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37話 婚約者

「ゼェ……ゼェ……も、もう、無理」


「大丈夫ですかー」


「わかってて聞いてるでしょ、あんた」


「ええ、まあ」


 エリザベートがこちらに来てから二日が経過した。あれからというもの、僕はなぜかニーナの付き人ということになっているらしく、もらっていたはずの休日も自由に使えない状況にある。


 もっとも、半分はエリザベートの付き人のようなものでもある。クラウディウス家の使用人は誰もエリザベートの面倒を見たがらないため、僕にしわ寄せがきているようだ。


 現在は恒例のマラソンである。これをやっておけばとりあえずエリザベートは疲れて客室で寝込んでくれる。


 ニーナもだんだんとエリザベートの扱いに慣れてきたようだし、初日程の大変さはないのが唯一の救いだろう。


「なにが悲しくて、わざわざこっちに来てあんたみたいなぱっとしない奴とマラソンなんかしなきゃいけないのよ! 相変わらずお母様はあんたに甘いし! ニーナは私を避けるし! ッざけんじゃないわよ!」


「言葉使いが汚いですよ。そんなんじゃ嫁の貰い手もつきませんよ」


「……フッ」


 何の気なしに僕がそういうとなぜかエリザベートは鼻で笑うのであった。


「……なんですか?」


「ザァンネンでしたぁ! もうすでに婚約者が私にはいるのよ!」


「な!?」


 今こいつ、なんていったんだ?


 こいつに婚約者だと!? 信じられん。こいつを娶ろうなど、いったいどんな酔狂な奴だというのか。


「確か、フレデリック第三王子ですよね?」


 話を聞いていたニーナからしれっと聞こえたその名には覚えがあった。というか、この国に住んでいてその少年の名を知らない人間のほうが少ない。


 マルクス王国 第三王子 フレデリック・マルクス。作中の攻略対象の一人で、主人公が最初に出会う人物だ。本来であれば第一王子のラウラ・マルクスや、第二王子のガーラン・マルクスが王位を継ぐはずなのだが、作中では彼が最も王位に近い男として登場していた。


 おそらくは何らかの理由でラウラ王子が失脚するのだろうが、そこまで詳しい内容は僕にはわからない。


 確かにフレデリックとエリザベートの婚約は作中でも明記されていた。僕の記憶では十二歳のころだったと思ったが、記憶と少し違うのが気がかりだ。


 なんせ、フレデリック以外の人間がエリザベート婚約したのかと思ったからこそ、僕も驚いたのだ。


 あと一年たってからエリザベートの婚約者を聞いていたのならそれほど驚くこともなかったが、この一年の差はいったい何なのだろうか?


 まさか、僕のせいじゃないよな?


 確かに作中のベストールと僕の行動は似ても似つかないだろう。しかし、それとこれに関係があるのだろうか……。


 自分の知っている物語から乖離しようとしている。その恐怖を感じながらも、考えて答えが出るものでもない。


 僕ができるのは僕がまともな人生を送れるように最善の選択をすることだけだ。そこにフレデリックの行動はたぶんそこまで重要ではない。


 よってその地点でこの件は深く考えないことにした。


「この国の王子の目ん玉は腐ってんのか……」


「ちょ、あんた今ものすごい失礼なこと言わなかった?」


「言ってないですよー」


「……ふん、まあいいわ。ふふふ、うらやましいでしょう?」


 いや、男の僕に言われても。


「いい? 平民のあんたと私とじゃまず住む世界が違うのよ? おわかり? 私はダイエットなんかしなくてもフレデリック様という最愛の方がいるの! わかったらひれ伏しなさい! そして私にお菓子かお肉を献上なさい!」


「あーはいはい。スゴイデスネ。そういえば、お嬢様はそういう話はないんですか?」


「ちょ、適当に相手すんじゃないわよ!」


 エリザベートの自慢話を聞くのもつかれるのだ。そのため、特に気にもしていないのに僕はそんなことを聞いた。


「あるにはあるけど、全部断ってるわね」


「なぜですか?」


「ジジイとか、ぶっさいくな次男坊とかばっかりだからよ」


 ドヤ顔で横からエリザベートはそう答えた。


「なんでエリザベート様が知ってるんですか?」


「親友のことだもの! なんだって知ってるわ」


「……ストーカー?」


「ちっがうわよ! お父様から教えてもらったの! 一人目はカラル家の骨男、二人目はエウラス家の色ボケ次男、三人目はロンドウェイン家の豚おやじ。私もごめんだわ」


「そういうことよ。私などのことを覚えていてくださりありがとうございます。エリザベート様」


「ふふん! もっと感謝してもいいわよぉ!」


 ニーナはずいぶん男運がないらしい。


 作中でもニーナが好きになるのは主人公と最も高感度が高い男性キャラクターだと妹が言っていたのを僕は思い出す。


 いっそのこと、学園に入る前に良い男でも捕まえてくれれば僕の気苦労も減るのだが、まあ、無理なんだろうなぁ……。


 そう思った時だった。


「エリザベート様!」


 遠くからクラウディウス家の使用人がエリザベートの名を叫びながら駆け寄ってきていた。ずいぶんとあわてているようだ。何かあったのだろうか?



ここまで読んでいただきありがとうございます!


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