35話 マラソン再び
僕がここにいる理由はエリザベートの与太話に付き合うためではない。本来の目的を果たさなければならないのだ。
「ところでお嬢様、本日はよろしいのですか?」
「え?」
「ほら、アレです」
「あ、ああ、アレね」
ニーナがエリザベートと自然な形で縁をきる手段。それは至極単純である。
僕とニーナはしりもちをつくエリザベートを同時に見やった。
「え、何? 何なの?」
エリザベートは全く持って状況を飲み込めておらず、戸惑いながら交互に僕らを見るのであった。
「おや、お嬢様、エリザベート様にお話になられていないのですか?」
「え、ええ。そうね。これからお話しようと思っていたの」
そう言ってニーナ着ていたドレスを脱ぎ始めた。そしてドレスの下には運動着が着こまれていた。その瞬間、エリザベートは何かを察したように目を見開く。
「エリザベート様、私は今、マラソンに嵌っているのです」
「なッ!?」
「エリザベート様もご一緒にいかがでしょうか?」
「わ、私は遠慮して……」
「まあまあ、そうおっしゃらず」
「ちょ、やめ、イヤァァァア!」
嫌がるエリザベートのことなど意に介さず、ニーナと僕は数週間前から始めたマラソンに無理やりエリザベートを引きずり込むのであった。
そこからは何ともひどいものだった。ようやく慣れ始めた悪臭も、より一層、脂汗と混ざり合い、なんとも形容しがたい異臭があたりに漂う。
もちろんまともに僕らのペースにエリザベートがついてこれるはずもなく、コースを一周するのにいつもの五倍近くの時間がかかった。
一周目を終えるとエリザベートからぴちゃぴちゃとおびただしい量の汗が垂れ落ちていた。心なしか、ほんの少しだけ痩せたようにも見える。
「エリザベート様、元気がないようですが、いかがなされましたか?」
「だ、誰のせい、ゼェ、だと、おもってんの、よ!」
エリザベートは今にも倒れそうなほどに息を切らしながら悪態をついた。もっとも、今回に限ってはエリザベートのほうが正論であることは認めよう。
「あんたでしょ! あんたがニーナに変なこと吹き込んだんでしょう! ええ、そうよ、そうに違いないわ!」
「あまり騒ぐと血圧が上がりますよ。落ち着いてください」
僕がそういうとエリザベートは一瞬僕をにらみつけたかと思うと、魂が抜けたようにばたりと倒れこんでしまった。
「大丈夫ですか!」
さすがに嫌いな相手とは言え、目の前で人が倒れてニーナは動揺する。しかし、僕は特に動じることなく、門のわきに設置しておいた台車を取りに行った。
「……運んで」
遠くからエリザベートの声が響く。
「はい?」
ニーナは意味が分からず間の抜けた返事を返してしまう。
「館まで運んで!」
この女は三年前から一ミリも変わっていないのだろうとしみじみと思いながら、僕は台車にエリザベートを乗せるのであった。
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