32話 再来する災い
午前十時。兵士たちは門の両脇にずらりと数十メートルの列をなし、一台の馬車の到着を待っていた。
とはいえ、僕は団長であるエドモンドさんの付き人として列には加わることなく門の前で待機していた。
しばらくの間こうして待っているが、一向にクラウディウス家の馬車は現れない。そんな状況ではあくびの一つも出るというものだ。
そんな時だった。
「いらしたぞ」
エドモンドさんが一言そう告げるとともに、僕の耳に車輪の揺れる音が入ってきた。遠くを見るとそこには悪趣味なほどに装飾の施された馬車が先行する騎馬兵と一緒に向かってきていた。
そこから先は以前エインベルズ家がクラウディウス家を訪れたときと大差はなく、二言三言、グラハム様とバカ侯爵が話して貴族たちは屋敷へと消えていった。
残された兵や使用人は馬車の移動と荷下ろしである。
ただし、僕に限っては一つだけ許されていることがあった。
「父さん。久しぶり」
数年ぶりにみる父さんの姿はあまり変わっておらず、今も元気にやっているようだった。
「ベストール! 大きくなったな! 見違えたぞ!」
対して父さんは僕を見るなりバンバンと肩をたたいた。あれから僕もかなり背が伸びた。父さんから見れば、僕はもう別人のように見えることだろう。
「こちらでの暮らしはどうだ? 不自由はしてないか?」
「まさか。文句のつけようもないよ。給料はいいし、兵団のみんなもいい人ばっかりだよ。それに、このままいけば騎士にもしてもらえる。将来は父さんに楽させてあげられそうだよ」
「まったく、見ないうちにこんなにも立派になって、父さんはうれしいよ」
「ハハハ、恥ずかしいからそういうことは言わないでよ。父さんのほうはどう?」
「こっちは特に代わりないさ。そこそこの給料をもらえてそこそこの生活ができてる。むしろ、お前のほうがいくぶんか裕福なんじゃないか?」
「そんなことないよ。訓練ばっかで自由な時間なんてなかなかないし」
最近はニーナに拘束される分、休日も休める時間は少ない。訓練が終わってからも、暗くなってからでは町に出ても大概の店は閉まっているし、実際、僕の生活はかなり縛られている。
「まあ、若いうちは苦労をしておくものだ。父さんの歳じゃもう新しいことはできないし、できることはできるうちに全部やっておくもんだ」
「なんか、しばらく見ないうちに年寄り臭くなった?」
「お、言うじゃないか」
このあとも、どうでもいいようなことをたくさん話した。それでも周りが作業をしている中、自分たちだけこうしているのも申し訳なくなり、すぐに仕事に加わった。
馬車の荷下ろしを済ませると何もなければ見張り番の兵士や使用人は持ち場へそれ以外の兵士は訓練場へ向かった。
しかし、僕はまたも別件が待っていた。ニーナのやつがわざわざグラハム様に言って僕を呼びだしているのだ。
大方、一人でエリザベートの相手をするのが怖いのだろう。
僕は門の横に台車を設置すると、呼び出しに応じて、指定された場所まで出向いた。
しかし、そこに二人の姿はなかった。
少し早かったかと思い、時計を見る。若干早めではあった。そのため、気長に二人が現れるのを待つことにした。
待っている間、久しぶりに会うエリザベートはいったいどのような状態なのだろうかと、ふと、青空を見ながら想像してしまう。
奥方の話だとおそらく性格は悪化してることだろう。また、僕が課したマラソンのノルマも守っていないようだから贅肉もえげつないことになっているだろう。
これ以上は想像するだけ無駄だろう。どう転んでもまともになっているわけがない。
僕は瞳を閉じ、深々とため息をついた。その次の瞬間だった。あたりにひどい悪臭が立ち込め、後ろから今まで感じたことがない類の衝撃が僕を襲う。
それは打撃というにはあまりにも貧弱で、しかし、妙なほどに体がその場からひどく押し飛ばされる、なんとも奇妙なものだった。
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