24話 引きこもり令嬢
あっけないほど伯爵は僕の提案を受け入れた。さすがに僕が貴族の娘に手を出すほど馬鹿ではないと判断してくれたのだろう。
どこぞのモンペ侯爵とはわけが違う。
伯爵にニーナの部屋に案内される。やはり貴族の娘の部屋ということもあって扉からして僕の寝泊まりする宿舎とは違う。
「お嬢様、お話があります」
僕は部屋の中に響くように少し強めにノックしてからそう言った。
「……誰?」
一年前に聞いたあの声だ。
「ベストール・ウォレンと申します」
「……入りなさい」
僕が名乗るとニーナは少し間をおいて僕を部屋に招き入れた。正直、一度話してそれっきりだったから忘れられているかもしれないと思っていたが、どうもそんなことはないらしい。
「失礼します」
後ろで伯爵はあっさりとニーナが僕を受け入れたことに動揺し、少し不安げに僕を見ていたが特に気にすることもなく、僕は扉を開いた。
「何しに来たの?」
僕の顔を見るや否や、ニーナは冷たくそう言い放った。
その時のニーナは、一年前のニーナとはまるで別人のようだった。ベッドに横たわり、表情に色はない。目元にはクマもあり、どことなく不健康な印象を受けた。
思わず僕はつばを飲み込み、一瞬、言葉が出なかった。
「旦那様が心配しておりましたので」
「……出て行ってもらえる?」
あきれたようにニーナはそういうと、視線を僕からそらしてしまった。
「そういうわけにもいきません」
そう言って僕は扉を閉め、机に置かれたニーナの朝食に目を向けた。
「朝食は……とられてないのですね」
「気分じゃないわ。どうせ一日中引きこもってるんですもの。食欲も失せるわ」
別にふざけている様子もなく、本心からニーナはそう言っていた。
食事ものどを通らないほどのストレスを感じていたのかと思うと、いっそのこと、ニーナ本人のことよりも、何があったのかが気になる。
単純に考えればカレンの嫌がらせなのだろうが……
「何があったんだ? 僕でよければ相談に乗るよ」
僕はニーナのベッドに腰かけ、一年前のように語り掛けた。
「ずいぶんなれなれしいわね。ここは屋敷の中よ。誰かに聞かれてたらどうするの?」
「扉から離れてれば、よっぽど大声で話さない限り大丈夫だよ。大体、そういうの、嫌いなんだろ」
「……なに、もしかして傷心に付け込んで口説こうとしてるの? 悪いけど、あなたは好みじゃないわ」
「違うわ。これも仕事だっつうの」
「仕事? あなたはペイジでしょう? こういうのは使用人とか、外部のカウンセラーとかの役割だと思うのだけど」
「屋敷で世話になってる以上、広義的には使用人も兵士もペイジも似たようなもんだよ。それに、お前との約束もあるしな」
「? 何のこと?」
「三日に一回、愚痴を聞くって約束。あの日からずっと待ってるんだけど。解雇するならちゃんと通知くらいはしてほしいね」
「ああ、そういえば、そんな約束したわね。おぼえててくれたのね」
約束を思い出すと、ニーナは少しだけ笑った。
それから適当にとりとめもない話をしているうちに、少しずつではあったがニーナも以前のように饒舌になっていった。
そこからはとにかく、自分への仕打ちに対するカレンの悪口ばかりだった。
しつこくまとわりついてくるとか、汚れた手で触ってくるとか、まあ、ちょっとしたことばかりではあったが、なかなかの数であった。
失礼な話ではあるが、ニーナの愚痴を聞いているうちに何となく、ニーナは昔のままだと安心してしまった。
「なるほどねぇ……。で、本当にそれだけなのか?」
一通りカレンの悪口を吐き切ったニーナは満足したように壁に背中を押し付けた。
しかし、どうも妙だった。
カレンの嫌がらせというのは確かに鬱陶しいものではあるが、ニーナが引きこもってしまうほどのひどいものとは僕にはとても思えなかった。
引きこもる前に何かきっかけがあったはずだ。そのきっかけになりうるものが思い浮かばない。
「ええ。それだけよ」
堂々とそう答えるとニーナはベッドに横になる。もはや話すことはないといった感じである。
しかし、逆にこの態度が僕にはどうも何かを隠しているように見えてしまった。
「じゃ、カレン様のとこに聞きに行ってくるわ」
「ちょ、ちょっと。なんであの子のところに行くのよ!」
あからさまに焦るニーナ。
フッ、十一歳のガキが。これでも僕の中身は高校生だ。お前の嘘くらいお見通しなんだよ。
「そりゃ、一方的にお前の言い分ばっか採用するわけにもいかないし……」
「も、もうちょっと待ちなさいよ! ほら、私の朝食、食べてもいいわよ! ペイジのあなたが食べるものなんかよりもよっぽどおいしいはずよ」
確かにニーナの朝食は僕が普段食べているものよりも明らかにおいしそうではある。
しかし、いくら貴族の食事とはいっても、あくまでこの世界のものである。研究された二十一世紀の食事と比べればやはり見劣りするのだ。
そもそも、食べ物につられるほど食い意地は張ってない。
「急にどうしたんだ? まさかとは思うけど、カレン様のとこに行かれたら不味いことでもあるんじゃないだろうな」
僕がそういうとニーナはスゥッと目をそらした。そんなニーナを問い詰めるように僕はニーナに疑いの目を無言で向け続けた。
「あーもう! わかった! 話すから!」
しばらくすると根負けしたのか、ニーナは自分の悪行を洗いざらい白状した。その内容はカレンにされたものの比ではなかった。
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