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23話 伯爵の不安

「しっかりしてくださいよ。エドモンドさん」


「ヒィック。うああああ、べすとーるぅ!」


 その時、僕は酔いつぶれるエドモンドさんを介抱していた。


 たまにエドモンドさんは馬鹿みたいに酒を飲む。そういう時は大概失恋した時だ。


 この人は収入もよければ人柄もいい。身長も高いし顔も悪くない。騎士とはいえ、ほとんど平民と変わらないため、恋愛も自由である。


 だというのにすこぶる女運は悪い。僕がエインベルズ領に来てからすでに七回目。半年に一回以上のペースである。


 最初は相手方の浮気、次はお金目当ての詐欺。その次もそのまた次も似たようなもので、いい加減学ばないのかと僕は若干あきれ気味であった。


 結局、エドモンドさんはそのあとワインを追加で一本飲み干すと、泥のように眠ってしまった。


 それがいけなかった。


「あだまいだい……」


 翌日、エドモンドさんを起こしに行くととてもベットから起き上がれる状態ではなかった。


「しっかりしてくださいよ。今日までの提出書類とか大丈夫なんですか?」


「ああ……昨日のうちにやっといた……。ベストール……悪いが、グラハム様のとこまで届けといてくれ……」


「いいんですか? エドモンドさんがいかなくて」


「そんなに重要な書類じゃないし、たぶん大丈夫……。兵たちにはお前は遅れるって伝えとくから、頼んだ……」


 エドモンドさんはそういうとベッドから毛布ごとヌルリと落ちて、這うようにクローゼットに向かった。


 僕はため息をついて仕方なく伯爵の部屋に向かった。


 案の除、伯爵は僕が部屋に入り、書類を提出すると渋い顔をした。


「エドモンドはどうした?」


「それが……」


 僕は事の顛末を話すと伯爵は頭を抱えてため息をつく。


「あのバカは全く、昔から治らんな……」


「あははは……昔からなんですか……」


「ああ。昔からだ。普段はよく働くし兵たちからの信頼も厚いが、女のこととなるとあいつはとんとダメだ。今度高級娼館にでも連れて行ってやるか……」


 伯爵様、一応、僕は十一歳の子供なんですよ? そういう話はもっと別のところでやってくださいよ。


「ベストール君、エドモンドのペイジはどうかね? エドモンドからは君はよく働くと聞いているが、困ったことなんかはないかね」


 伯爵は唐突に僕の身の回りのことをたずねてきた。きっと、僕がクラウディウス家からの推薦を受けているという体でここにいるため、気にかけてくれてるのだろう。


「いえ。むしろ、僕みたいな平民に皆さん優しくしてくださるので不満なんて一つもありません」


「そうか。それはよかった」


 そういうと伯爵はどこかもどかし気に口をつぐんだ。


「? どうかなさいましたか?」


「い、いや、あまり子供にこういうことを聞くのも変な話だ。気にしないでくれ」


 伯爵はそう言って僕の疑問に答えることなく退室するように言った。しかし、なぜかその時は伯爵のその行動に深い疑念を抱いてしまった。


 普段、堂々としている伯爵のそんな態度を初めて見たからかもしれない。もしくは、最近この家の空気が変わったからかもしれない。


 どちらにせよ、伯爵のその態度がどうしても気になってしまった。


「旦那様。僕は平民である僕に騎士になる道をくださった旦那様に大きな恩を感じております。僕でよければ何なりとお話しください」


 僕がそういうと伯爵は数秒考えこんだ。そして、大きく深呼吸をした後その口を開く。


「実は、娘達のことなのだが……あまり仲が良くないみたいでな。それだけならよかったんだが、ニーナのほうが部屋に引きこもってしまってな……」


「ニーナお嬢様がですか?」


 衝撃だった。最近姿を見なかったとはいえ、仕事をしている僕と、ニーナが合わないことはそれほど不自然なことではないため、まさか引きこもっているとは思わなかった。


「私にはあの年頃の子供が何を考えているのかさっぱりわからん。私も妻も部屋には入れてもらえんから話も聞いてくれん」


「いつごろから何ですか?」


「二週間ほど前だ。その様子だと兵のほうには噂は広まっていないのか」


「はい。初耳です」


 兵という性質上、あまり内側のことに関心が向けられることがない。何せ、僕らの役割はこの領地を守ることであり、噂話の対象になるのはたいてい、外の軍隊の動向だとか、使用人たちが兵に話に来るほどのよっぽどのことくらいだ。


 実質、兵と使用人はほとんど別世界の住人であるため、そんなことはめったにない。


「さすがに私たちも参ってしまってね。食事もちゃんとのどを通らないらしい。できれば、同年代の君から何か意見が欲しいんだが」


「カレンお嬢様からは何か聞かれていますか?」


 同年代、というカテゴリーで括るなら二歳しか歳の違わないカレンに話を聞くのが筋だ。僕に聞く前にカレンから何か言われてるはずである。


「カレンはそっとしておけ、と言っていたよ。黙っていればそのうち出てくるだろうとね。本当にそうならいいんだが……」


 実際、それは間違ったことではない。傷ついたときに一人になりたくなるのは自然なことだ。とはいえ、おそらくカレンの場合は嘘をついているだろう。


 姉妹になって日が浅いとはいえ、姉の立場なら無理やり部屋に立ち入ってニーナを引っ張りだすこともできたはずだ。というか、伯爵に頼まれれば普通はやるはずだ。


 おそらく、ニーナは伯爵の話も奥方の話も聞かないと言っていたが、そこにカレンが含まれていないということは、カレン本人が拒否したのだろう。


 そうしないということはただ面倒くさい。もしくは、ずっとニーナに引きこもっていてほしい。そこまでは思っていなくとも、それに準ずる感情を持っているはずだ。


「話してみないことにはなんとも言えませんね。原因はカレンお嬢様との不仲でよろしいのでしょうか」


「おそらくはね。できればこれからは姉妹なのだから、仲良くしてほしいんだが、何分、あの子はヘレンにひどくなついていたからな……。新しく来たフィーネやカレンを受け入れられんのかもしれん」


 そう言って伯爵は黙り込んでしまった。僕も返す言葉が見当たらず、口を閉じてしまう。


 これはかなり不味い状況だ。


 ニーナへの干渉は今のところほとんどできていない。


 この先、引きこもったまま学園入学まで姿を見せないとなると、ニーナをほとんどノータッチの状態でエリザベートや、主人公と対面させることになる。


 それではシナリオ通りにエリザベートの破滅につながるし、それに追随してクラウディウス家の没落。そしてクラウディウス家に仕えていた人間への偏見で僕にも飛び火してくる。


「せめて、会話ができれば……」


「ん?」


 気づけばそんなことを口走っていた。


ここまで読んでいただきありがとうございます!


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