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19話 ツボ

「…………」


「…………」


 僕が隣に座るも、ニーナは口を開くことなく、心底つまらないといった風に夜空を眺めていた。

気まずい。


「何か気の利いたことの一つでも言えないの?」


 沈黙に耐えかねたのか、ニーナがとうとう口を開いた。


 ええ?? 会話の流れ的に僕は聞き役だろ……


「すみません」


 しかし、エリザベートはともかく、伯爵令嬢に口答えは許されない。


「どうせ誰も見てないし、その敬語もなくていいわよ」


「いいんですか?」


「そりゃ、周りに人間がいるなら別だけど、そういうのって疲れるじゃない。私だって普段はもっと上品に話すわ」


「そういうもんですか」


 少なくとも、エリザベートと違ってはじめから話が通じる。なぜかそれだけで軽く関心してしまう。それだけ僕の中の貴族令嬢はゲテモノなのだろう。


「じゃあ、お言葉に甘えて……なんで一人でここにいたの?」


「夜会につかれたのよ。どうせ私のことを見てる人間なんていないし、主人の娘がいなくてもいままで気が付かなかったあなたがいい例ね」


「う、まあ、それは仕方ないというか、なんというか……」


 そもそもいままでかかわりとかなかったし。


「別に怒ってないわよ。むしろそっちのほうが気楽でいいわ」


「さっきめちゃくちゃなこと言ってたけど、ストレスでも溜まってるの?」


「ええ、それはもうたまりまくりよ。私みたいな子供に鼻の下を伸ばす気持ち悪い男も、常に私に伯爵令嬢としての気品を求めてくる夫人も、鬱陶しいって気づかないのかしら」


「ああ……」


 夜会は貴族同士の出会いの場でもある。まさかニーナみたいな子供もその対象に入ってるとは……。ただのロリコンじゃねえか。


 貴族としての気品も、かなり神経をすり減らすものがある。僕もそれが嫌であの場から出てきた節がある。


 というか、平民の僕からすればあの空間はもはや異次元だ。精神的に疲れて仕方がない。


 様式通りにできなければ平民上がりはこれだから、とバカにされ、きちんとしていても平民のくせに生意気だとバカにされる。


 その点、こうやって普通に会話ができるニーナや、兵団のみんなは楽でいい。


「あなたはどうだった? 平民には荷が重かったんじゃない?」


「平民とか関係なしにあそこは魔境だよ」


「フッ、でしょうね。でも、魔境……ね、すこし失礼なんじゃない?」


「これでも言い足りないくらいだね。騎士になれるのはうれしいけど、将来またこんなのに参加しなきゃいけないのかと思うと気が重いよ」


「へぇ……同感ね。平民とは感性が合わないと思ってたのだけど、案外話してみるとそうでもないのね」


「平民バカにすんなよ。平民は平民で頑張ってんだ」


 ニーナの皮肉たっぷりの言葉に僕は張り合うように少し乱暴な口調で返す。それを皮切りにニーナは会場にいたいろんな貴族の悪口を吐き出した。


 ニーナはまるで僕を壺かなにかかと勘違いしているのかと思うほどズカズカと聞かれては不味いことを平気で口にした。


 とにかく愚痴の量が尋常ではない。


「……で、あの貴族、母様の悪口をいって、聞き流してやったんだけど、ほんと、○ネ!」


「あはは……」


 数分後


「……そんでもって将来はワシの嫁になれ―ってキモッ」


「ハハハ」


 数十分後


「……あんなんだからプライドばっかのババアは嫌われんのよ! 何が伯爵令嬢としてのふるまいよ!」


 かれこれ一時間近くニーナの愚痴はとどまるとこを知らない。さすがに疲れてきた。


 噂には聞いていたが子供であっても女は容赦がない。


「な、なあ、そろそろ時間も遅いし、夜会も終わって貴族たちも出てくるんじゃないか?」


 時刻は十時半くらい。夜会も終盤に差し掛かっているはずだ。それに僕のほうもさすがに退散したい。


「あら、もうそんな時間?」


 ニーナは懐中時計をポケットから取り出して確認する。そして飛び降りるようにベンチから立ち上がると、かわいらしくくるりと身をひるがえして僕を見た。


「ねえ、たまに私の話し相手になってよ」


「ええ……」


 正直、疲れた。僕だって聞くばっかりじゃ、さすがに疲れる。ほとんどニーナのしゃべりっぱなしだったから聞きたいことも聞けなかったし。


「なに? いやなの?」


「ソ、ソンナコトナイデスヨ」


「棒読みなのが気になるけど……まあいいわ。そうね……三日に一回くらいここで私の愚痴を聞いてよ」


「ええ……」


 三日に一回かぁ……。精神的にキツい。


「何よ。まだまだ私のうっ憤はこのくらいじゃ晴らされないのよ。盗み聞きの代金だとでも思いなさい」


 ニーナは腕を組んで得意げにつんと鼻っ柱を夜空に突き立てた。


「はぁ、わかりました。わかりましたよ、お嬢様」


 僕が渋々そういうとニーナは「ふんっ」と小さく声を出してそっぽを向いた。


 これからこの女の愚痴のはけ口になるのかと思うと気が重い。とはいえ、何事もポジティブに考えねば。


 僕が愚痴を聞いていればその分ストレスが発散されて学園での腹黒っぷりも少しはまともになるかもしれない。うん。そうに違いない。そうでも考えないとやっていけなさそうだ。


「約束よ! じゃ、またね」


 そう言ってニーナは自分の部屋に走り去っていった。


 この数日後。ニーナの母親は原因不明の病から命を落とし、僕とニーナの約束はほんの数回で終わりを迎え、伯爵家は喪に付すこととなる。



ここまで読んでいただきありがとうございます!


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