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18話 ニーナ・エインベルズ

 奥方の口利きもあり、僕は早めに会場から退室することが許された。僕は会場から抜け出すと大きく背伸びをする。


 一気に疲れた。社交界など、軽はずみに来るもではないと身をもって知った。もう二度と行きたくない。まあ、この先何回か出席することになるかもしれないけど。


 さて、今日はさっさと着替えて眠ってしまおう。そう思い、宿舎に向かった。


 その途中のことだった。エインベルズ家の広い中庭の一角。そこのベンチに黒髪の少女が座っているのが後ろから見えた。


 ニーナ・エインベルズだ。作中における最悪の腹黒女。無意識にも警戒してしまう。


 しかし、なぜこんなところで一人でいるのだろうか。確か、夜会のはじめのうちは会場で見かけたが……。まさか、彼女も会場から抜け出してきたのか? 


 興味本位から僕は足音を立てないように近くの茂みに身をひそめる。


「ああ、ダッルい」


 開口一番、ニーナの口からお嬢様らしからぬ発言が飛び出す。

あ、これ、聞いちゃいけないヤツだ。


「ったく、何なのよ、なんで私がジジイどものご機嫌取りなんかしなくちゃなんないのよ。女もみんなみんなブスばっかだし」


 うわぁ……早くも悪女の片鱗を見つけてしまった。


 そこからもニーナの愚痴は続く。人前で見せる可憐な令嬢の雰囲気など皆無の荒んだ目つきと汚い言葉遣い。


 人前で隠せるだけエリザベートよりはマシだが、こんな裏表の激しい女とは極力かかわりたくないなぁ……。そんなことをしみじみと思い、その場から退散しようとしたその時だった。


「いぃったァ‼」


 足首のあたりから強烈な激痛が走り、思わず隠しようもないほどの大声を上げてしまった。目を向けるとそこには一センチ近くの大きなアリがいた。どうやら足をかまれたらしい。


「だれ!?」


 茂みの中でアリを追っ払っているとニーナがこちらに尋ねてくる。


「あ、怪しいものではありません!」


 もはや隠れることは不可能と判断し、僕は痛みもアリも無視して立ちあがりニーナに敬礼した。


「あなたは……」


「ベストール・ウォレンと申します! 縁あってエドモンド様のペイジをさせていただいてます」


「なんでそんなところにいるの?」


 な、なにか、なにか適当な言い訳はないのか!?


「え、えーと……ハッ、く、クワガタです!」


「クワガタ?」


「はい! そこの樹に大きなクワガタが止まっていましたので捕まえようとした次第です!」


「ふーん」


 ニーナは疑いの目を向けながら僕に近づき、顔をのぞき込んでくる。しばらく僕の顔をじろじろ見ると、何かに気が付いたように手をたたく。


「思い出した。あなた、クラウディウス家の推薦できた平民ね?」


「は、はい」


「……ねえ、どの辺から聞いてたの?」


「は、はい?」


「とぼけないで。聞いてたんでしょう? あたしの独り言」


 ニーナは僕の瞳をのぞき込む。その瞳を僕はのぞき込む。その瞳の中のニーナはその先の僕の瞳をのぞき込む。かがみ合わせの向こうの自分の姿はひどく動揺している。


 結局僕は耐えかねて口を開くのであった。


「お嬢様がダッルといったあたりから聞いてました」


「ほぼ全部じゃない! 盗み聞きだなんて、ずいぶん趣味が悪いのね」


 そういうとニーナはベンチに戻っていった。そして深々と腰かけると小さく息を吐く。


「……もし誰かに言ったりしたらどうなるか、わかってるんでしょうね?」


 怪しくほほえみながらニーナは僕を脅した。それに対し、僕は無言で首を縦に振った。


「そ。ならいいわ。もう下がっていいわよ」


「あの」


「なに?」


「悩みがあるなら、相談に乗りましょうか」


 唐突な僕の提案にニーナは眉間にしわを寄せる。もちろん、僕だって無意味にこんなことを言っているわけじゃない。


 ニーナ・エインベルズの性格がひん曲がっていることはこの数分で十分理解できた。しかし、その原因は未だに不明である。


 おまけに、彼女の行動は僕の破滅エンドに深く関係する。エリザベートとうまい具合に疎遠になってくれていればこんなことをする必要もないが、その確証は今はない。


 まあ、たぶん、二年前の初対面であれだけ最悪な印象を植え付けたんだし、大丈夫だとは思うけど、確認は必要だ。


 ならば、ちょうどいいタイミングだし、ここでニーナについて何かと情報を得ておくべきだろう。


「はぁ? 何言ってるの? まさか、私に気でもあるの?」


 見てくれはよくても、お前だけはない。


「いや、そういうわけじゃなくて……」


「……そうね。さすがに平民だし、そんな分不相応なことは考えないわね。あなたにはもう聞かれちゃったし、いいわ、隣に座りなさい」


 言われるがままに僕はニーナの隣に座った。その時、ニーナからは香水のいい香りがした。


 エリザベートのせいで感覚が若干マヒしていたが、やはり女の子はこうでなくては。


ここまで読んでいただきありがとうございます!


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