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104話 鍛練 その五

「こんなことのために、自分の命を懸けたのか……」


 力なくそういうシスティをしり目に僕は自分の傷の手当てを行った。王子に万が一のことがあったときのために消毒アルコールと、布を持っていたのだ。


 幸運である。


「自分の命をどうしようと私の勝手です。それに、言ったでしょう。私がきっかけを作ってしまった以上、私はあなたを放置することはできないんです。なら、一番手っ取り早い方法を使ってしまうに限る。それだけのことです」


「下手をすれば死んでいたかもしれないんだぞ! 貴殿は私なんかのために死んでいい人間ではないだろう!」


 自分が殺そうとしてきたのに、ずいぶんと僕のことを心配するではないか。まあ、そういう風に仕向けたのは僕なんだけど。


 悲しみでぐちゃぐちゃの心に踏み込んで、無理やり剣を握らせて、戦わせて、徐々に思考を鈍らせて、純粋に僕を殺すように仕向けたのはまさしく僕だ。


 乗せられたシスティもシスティだが、原因は僕にあるのだからシスティの怒りも分からなくはない。


「私は簡単には死にませんよ」


 しかし、怒るシスティとは対照的に僕は冷たく、端的に返事を返した。


「何を根拠にそんなことを言っている!」


「根拠なんてありませんよ。でも、まあ、ちょっとキザっぽくなるんであれなんですけど、しいて理由を挙げるなら……」


「?」


「僕は英雄らしいですから。こんなことで死んだりしませんよ。もっとやばい橋もいくつもわたってきてますから」


 僕がはにかんでそういうと、システィは驚くような顔をしながら、しかし、どこか納得したように口を閉じた。そして、静かに笑った。


「英雄か……」


 そう口にしてシスティはしばらくの間、沈黙した。僕はかける言葉もなく、ひたすらけがの手当てを行った。思った以上に血が止まらなくて焦ったが、なんとか止まってくれたため、大事には至らなさそうである。


「その……迷惑をかけてすまない」


 手当てをし終えたタイミングでシスティは僕に近寄り、口を開いた。


「気にすることはありませんよ。勝手に私がけがしただけですから」


「……貴殿はやさしいのだな」


「ええ。やさしいですとも。こんなにやさしい人間、世界中探したってなかなかいませんよ」


「フフッ、確かにそうかもな」


「いや、真に受けないでください」


「わかってるさ。でも、本当に貴殿には迷惑をかけた」


 そういうシスティは目元を赤くはらしてはいたが、もはや涙を浮かべることはなく、まっすぐと僕を見据えていた。


「いいですよ。何回も言ってますけど、結局のところ原因は僕ですから」


「だとしても、私は貴殿に助けてもらった。礼を言うのは当然だろう。この度は本当に迷惑をかけた」


 そういうとシスティは深々と頭を下げた。そんなシスティを見て僕は少しだけため息を漏らした。


「何か礼をしたいのだが……」


「いりませんよ。別にとくにほしいものもありませんし、そんなつもりでやったわけでもありませんから」


「そうか……。なら、せめて、私が助けになれることがあればその時は何でも言ってくれないか? 私にできることであればなんでもしよう」


 そう言ってシスティはぐいぐいと僕に顔を近づけ、真摯に僕を見つめた。さすがに気恥ずかしくなり、身を引くが、それでもシスティは身を引かなかった。


 というか、年頃の娘が軽々しく何でもとか口にするものではない。僕だって女性に興味がないわけではないのだから、そういう方面のことを考えてしまう。


 しかし、システィにそんなつもりはないのだろう。純粋に、僕に礼を尽くしたいのだ。これはどれだけ否定しても引くことはないだろう。


「……わかりました。その時はよろしくお願いします」


「ああ! 私の器量でどうにかなる問題であればなんでも任せてくれ!」


 システィは自信満々にそう言って胸を張り、得意げな表情を浮かべた。


「ところで、厚かましいかもしれないんだが、その、他人行儀な話し方はやめてもらえないか?」


「?」


「その……同じ騎士同士、もう少し仲良くしてはもらえないだろうか」


「ああ……そういうことですか」


 騎士という身分の人間は一応は貴族に分類されるとはいえ、この学園ではあまり大きな顔はできない。それに、大半が、貴族令嬢、子息であり、騎士、という称号をわざわざ手にして学園に来るものというのは少ないのだ。


 システィはきっと、数少ない同じ騎士同士、仲良く接しておきたいと思っているのだろう。別にそれ自体に反対する理由はない。


 ただし……システィは十分美人である。ニーナやアリーシャのような花のある典型的美人ではないものの、それでもやはり美人である。


 おそらくは彼女もヘンリー皇子の取り巻きとして、僕が知らないだけでゲームの登場人物の一人なのだろう。


 よって、システィと仲良くなることでまたも、嫁探しにきている貴族のボンボンたちから余計な注目を集めることになりかねない。


 僕個人としてはあまりそれは望ましい状況ではない。ただ、面と向かってこんな理由をシスティに言うこともできない。


 そんなことをすればまるで僕がシスティを口説いているようではないか。


「誰も見てないところでなら構いませんけど、人目があるところでは勘弁してください。中には僕とラザフォード殿が話すのをあまりよく思わない人物もいるでしょうから」


ここまで読んでいただきありがとうございます!


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