102話 鍛練 その三
「……すまない。訳の分からない妄言につき合わせてしまって……」
我を取り戻したように少し落ち着いてシスティはそう口にした。
「かまいませんよ。私が原因みたいですから」
「違うんだ……本当に、私は……」
「言い方を変えましょうか。少なくともきっかけを作ったのは私みたいですね」
「…………」
そういうとシスティは黙り込んだ。否定はできないのだ。事実なのだから。
「言いたいことがまだあればいくらでも聞きますよ。妄言でも、愚痴でも、相談でも。それくらいしか私にできることはありませんから」
「……私は、これからどうすればいいと思う」
「これまで通り……とはいかないでしょうね。皇子の護衛はつらいですか」
「そんなことは……ない」
一応は否定はしたものの、即答とはいかなかった。その反応はもはやそれ自体が言葉ではない答えなのだ。
きっと、自分では皇子を守れないと思っているのだろう。自分には過ぎた大役だと、そう感じているのだ。
だからこそ、もはや剣を握る意味すらも見失おうとしているはずだ。ずっと必死になって努力してきたものが目の前の男にコケにされたのだから、無理もない話である。
ただ、慰めの言葉をかけようとは思わなかった。そんなに親しい仲というわけでもないのだから、上っ面の言葉など意味をなさないのだ。
それに、そういう役は、僕みたいなのじゃなくて攻略対象たちのような色男にこそ似合う。
「なら、つらくても皇子の護衛を続けるのが無難でしょう。その過程で自分探しでもなんでもすればいいんじゃないですか」
「……自分探しか。私は見つけられるだろうか」
「さあ。さすがにそこまでは答えかねますね。でもまぁ……そうですね、目的くらいははっきりさせておくべきでしょうね。やみくもに何かをしても絶対に失敗するだけですから」
「目的……」
「はい。目的です。私はそうは思いませんが、ラザフォード殿が剣士は自分には向いていないと思ったのなら、それ以外で自分がどうなりたいのかを考えるべきなのです。その結果、今の道に戻ってくることも、別の道を見つけるのかも、ラザフォード殿次第です」
「…………」
しばらく黙りこみ、システィは僕の言葉をうのみにして自分がどうなりたいのかを考え始めた。すると、またも、システィは涙を流し始めた。
またも何かを思い詰めてしまったのだろうか。まじめすぎるのも考え物である。
「大丈夫ですか」
「いや、すま、ない。自分の、やりたいことも、わからない、自分が情けなくて……」
嗚咽交じりにそう答えるシスティの姿はもはや目をそむけたくなるほどであった。おせっかいでずいぶんと面倒な女に声をかけてしまったものであると少し後悔した。
「いままで、剣術しかしてこなかったんだ……。いまさら、ほかの生き方なんてわからないんだ……」
「なら、それでもいいんじゃないですか。きっと、それが答えなんですよ。先ほどから言ってますけど、別に私はラザフォード殿に剣の才能がないとは思っておりません。むしろ、女性でありながらよくぞそこまで鍛え上げられたものだと思っているくらいですから」
「しかし、事実として私は貴殿の足元にも及ばない。その程度の人間が続けるものなど意味はないだろう」
どれだけ僕が説得してシスティは聞く耳を持たなかった。仕方のないことではあるが、このままでは話が進まない。
でもでも、だっての押し問答では意味がないのだ。仕方がない。ここは少し強引に話を進めるほかあるまい。
「騎士、システィ・ラザフォード!」
唐突に名を呼ばれ、システィはビクッと、反応した。そして、目元を赤くはらして驚愕の表情で僕を見上げた。
「勝負に負けて悔しかったか! 己の技をコケにされて悔しかったか!」
「……当たり前だ」
そう言いながらシスティは立ち上がった。しかし、依然として涙が止まる気配はない。
「悔しいに決まっているだろう! 今まで積み上げてきたものをすべて踏みにじられて悔しくないわけがないだろう!」
彼女は感情的に、何一つ包み隠すことなく僕に反論してきた。本心からの叫びである。
それでいい。それでいいんだ、システィ・ラザフォード。
「ならば剣をとれ! この首を打ち取り、屈辱を晴らして見せろ!」
僕がそういうと、システィは涙を流しながら、自分の剣を握りしめた。唇をよくかみしめ、涙で視界がぼやけながらも静かな殺意をそこに宿した。
しかし、その恰好は何とも情けないもので、泣いているからなのか、震えが止まらなった。
悔しい気持ちから立ち上がったはいいものの、勢いに任せた者であってまだ完全に吹っ切れてはいないのだろう。
「剣を持ったからにはシャキッとしろ!」
僕の怒鳴るような声にまたもシスティは体をヒクつかせ、震える自分の体を何とか抑え込もうとした。
しかし、そんなシスティに容赦をするつもりはなかった。
「肩の力を抜け! 腰を引き、重心を安定させろ!」
僕がそういうと、心底悔しそうに涙や鼻水を垂れ流しながらシスティは態勢を直した。
しかし、少しはまともになった。
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