永劫回帰の果てに
この町に転校生がやって来たのは、風もまだ涼やかな五月半ばのことだった。マリア。それは、誰もが一度は耳にしたことのある響きであり、そして、彼女の隣に座った少年の胸を震わせた、少女の名前でもあった。
少女はクラスに溶け込み、何事もなく一学期が終わった。夏休みが過ぎ去り、秋が訪れようとしている。そんな十月の下旬、ひとりの少年が、誰もいない放課後の廊下で、一枚の絵を眺めていた。『転校生』と題されたその絵には、作者の名前と、全国コンクールで入賞したことを示す花柄のリボンが付されている。少年は、額縁の中に描かれた少女に魅入り、自分の背景に舞う枯れ葉の音に、耳を澄ませていた。
どれほどの間、そうしていたのだろうか。少年は、ふと誰かの視線を感じ、廊下の左奥を振り向いた。するとそこには、絵の中から抜け出したのかと見紛う、くすんだブロンドの美しい少女が佇み、じっと少年を見つめていた。開け放された中庭の窓から吹き込む風に、少女の髪が揺れる。
少年と目が合った彼女は、自ら歩を進め、生き写しの肖像画の前で立ち止まった。
「ユウタ、ここにいたんだね……探したよ……」
「……クリスくんは?」
少年の問いに、少女は黙って首を左右に振った。
クリスの安らかな寝顔と、運動を停止した生命維持装置の姿が、少年の脳裏をかすめる。
「そうなんだ……残念だったね……今日は、君の誕生日なのに……」
「ユウタは大丈夫だった?」
何気ないその問いかけに、少年は諦めにも似た微笑を浮かべ、頬を掻く。
「やっぱりダメだったよ……辞めさせられちゃった……」
「生徒会のお金を横領したから……?」
少年は肌から指を離し、少女の瞳を見つめ返す。
「君は、それを信じるかい?」
少女は、そのか細い首を水平に振ってみせた。それを見た少年は、吹っ切れたように視線を中庭へと移す。紅葉の季節になり、一本の銀杏の木から、ハラハラと葉が散っている。
「奇麗だね……」
少年の呟きに合わせて、少女は窓辺に歩み寄る。そして、静かに唇を動かした。
「ユウタは中庭へ入らないの? そうすれば、もっとよく見えるのに……」
「……ここは、立ち入り禁止だからね。それに……人が出入りしてたら、この中庭もここまで奇麗じゃなかったかもしれない……」
全てが、現実と空想の間で揺れ動いていた。目の前にいる少女の存在だけが、彼にとって代え難いもののように、はっきりと世界の中心を占めている。
少年はそっと窓辺に移動し、少女のすぐ隣に立った。風と葉擦れの音だけが、沈黙するふたりを祝福しているかのような、そんな気がしてくる。
「でも、ユウタなら入れたかもしれない……あの楽園に……」
「……そんなことないさ……それに、神様はもういないんだよ……どこにも」
十月が終わろうとしている。等しく時は流れ、過去は思い出に変わり、未来は期待と不安の中で震えながら、青春の最後の扉を叩こうとしていた。
夕風が廊下に忍び込み、少女はその吐息を乗せ、少年にただひとつの謎を届ける。
「ユウタはあのとき、何を願ったの?」
雲間に射す光のように、見えない空の果てから、屈折した夕陽が降り注いでいた。それは世界の始まりでもなく、終わりでもなく、永遠に続く日常そのものであった。
結晶化した時間の中で、少年は少女を抱き寄せ、消え去った日々の想いを胸に、そっと耳元で囁く。
「君と、地獄をともにできますように……」
【完】




