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chapter 8

 アヤが倒れて数日間眠っていたころ、セイラは幼いころの夢を見ていた。

 セイラに似た容姿をした年上の女の子が、隣にいて一緒に遊んでいる夢だった。

 金色の髪に、透明感のある翡翠色の瞳をした女の子は、セイラを妹のように優しく接してくれていた。少女は、柔らかな笑みを浮かべて幼いセイラと話をしていた。そして、何度も名前を呼んでくれていた。その名前が、今の『セイラ』ではなく、本当の自分の名前であることを、セイラは無意識のうちに悟った。

 けれど夢の中では、その肝心な名前が聞こえてこない。少女は間違いなく、声を発しているはずなのだ。セイラに知られては困るのか、靄がかかったようになって、音として届いてこなかった。


「どうして……」


 夢のことを思い出していたセイラは、ぽつりと声をこぼした。

 思い出したいのに。優しくしてくれた女の子が誰なのか知りたいのに。セイラはもやもやとした気持ちを抱えたまま、アヤと出会った丘に通い続けていた。

 この日も、同じように丘に向かうと、数日間姿を見なかった人の姿があった。その人は、以前と同じように頂上にある木の根元に座っていた。


「アヤさん!」


 嬉しさのあまり、思わず声が大きくなってしまった。そのことに恥ずかしさを感じたセイラは、ほんのりと赤くなった顔を隠すように俯いた。


「セイラ。久しぶりだね」


 しかし、アヤが優しく声を返したことで、セイラは恥ずかしさを忘れて顔をあげた。照れくささよりも、嬉しさの方が大きかったのだ。

 セイラはアヤに近付き、立ったまま座っているアヤに声をかけた。


「最近、アヤさんの姿が見えなくて、心配していたんです」

「ごめんね。心配してくれてありがとう」

「心配くらい、しますよ。私はアヤさんの友達なんですから」

「そうだね。私が友達になりたいって言ったんだもんね。もう、平気だから大丈夫だよ」


 そう言って、アヤは笑う。しかし、すぐに翡翠色の瞳に真剣な色を宿した。そして、セイラに質問を投げかけた。


「ところで、私はセイラの元気がないことの方が気になるんだけど……何かあったの?」

「何かって……」


 突然アヤの纏う空気が変わり、セイラは戸惑う。下から見上げるようにして向けられた瞳には、心配の色が浮かんでいた。


「なんとなく、落ちこんでるような、迷ってるような感じがするんだよね」


 心の内を見透かされているようで、セイラは返す言葉が思いつかなかった。


「無理にとは言わないけれど、話してみたら? すっきりするかもしれないよ?」

「…………そう、させてもらってもいいですか?」


 躊躇いながら尋ねるセイラに、アヤはふわりと優しい笑みを浮かべてみせた。


「もちろん。隣に座りなよ」


 ぽんぽんと隣を叩いて座るように促す。セイラは、それに倣ってアヤの隣に腰を下ろした。

 しかし、セイラはすぐに話を始めなかった。アヤも声をかけて強要することはせず、大人しく待っていた。

 少しすると、セイラがぽつりぽつりと話し始めた。アヤは時折返事をしながら、静かにその話を聞いていた。


「……最近、変な夢を見るんです」

「変な夢?」

「はい。それも、同じ内容の夢ばかりなんです」


 セイラは、困ったような表情を浮かべていた。

 似たような体験をしていた時期が、アヤにもあった。その時は毎日辛かったことを覚えている。毎晩見ていた夢が、自分の幼いころ本当にあったことだったから。どうして、今になってと、そう思う日も多かった。


「……ねぇ、どんな夢なのか、聞いてもいい?」


 心配と興味から、遠慮がちに尋ねてみる。


「多分、ですけど、私が小さいころの夢だと思うんです」


 セイラの言葉を聞き、アヤは既視感を覚える。

 十数日前まで、アヤも自分の幼い頃の夢を見ていた。


「私の他に、もう一人女の子が同じ部屋にいて、一緒に遊んでいるんです。その子の方が年上で、私に優しく声をかけてくれている夢で……」


 アヤは、自分が見ていた夢と似ていると思った。


「ただ、その女の子が自分の名前を呼んでくれているはずなのに、声が聞こえてこないんです。もやっとしてて……」

「そうなんだ」


 少しの沈黙の後、アヤが口を開いた。


「ねぇ、その夢に、大きなクマのぬいぐるみとか置いてない?」


 もし、セイラがアヤと同じ夢を見ているのなら、その部屋には大きなぬいぐるみが転がっているはずだった。


「すみません。よく、覚えていないんです……」

「そっか。ごめんね、急に」


 申し訳なさそうな声を聞き、努めて明るい声で返す。しかし、少しだけ期待をしてしまっていたため、残念な気持ちは隠せなかった。

 気まずい沈黙が少し続く。

 先にその空気を破ったのは、アヤだった。


「私ね、妹がいるはずなの」

「確かじゃ、ないんですか?」

「どうだろう。最近、昔の夢を見て知ったからね」

「そうなんですか」


 そしてアヤは、静かに夢のことを話した。


「ついこの前まで、昔の、私が小さかった頃の夢を見ることが多かったの。初めは年下の女の子と一緒に遊んでるの」


 今度は、セイラが既視感を覚えた。つい最近見るようになった夢と似ていると思った。


「けどね、最後にはその女の子がアクマに連れて行かれちゃうの……。そして、その日に両親も失ったんだ……」


 思わぬ結末に、セイラは息をのんだ。何も言うことができなかった。


「多分、その女の子は私の妹だと思うんだ。だから、さっき『いるはず』って言ったの」

「……そう、だったんですか」

「暗い話しちゃってごめんね。でも、セイラの話聞いた時、なんか似てるなって思ったんだ」


 沈んだ空気を変えるように、アヤは明るい声を出して言った。


「いえ……。私も、アヤさんの話を聞いてて私が見た夢と似てるなと思ったので」

「そっか」


 再び沈黙がおりようとした時、アヤがぽつりと言葉を漏らした。


「……アクマにね、連れて行かれちゃった女の子、多分今のセイラと同じ年くらいになってると思ったの。勝手に重ねちゃってごめんね」


 アヤは困ったような表情を浮かべて笑った。


「……あの、その女の子の名前、アヤさんは覚えているんですか?」


 セイラは、戸惑いながらもそう問いかけた。

 もし、セイラの夢とアヤの夢が同じものだとするのなら。そうだとすれば、夢の中では知ることのできなかった本当の名前を知ることができるかもしれないと、淡い期待を抱いていた。内容が似ているからといって、アヤの夢と同じとは限らないと、セイラ自身も判っていた。しかし、どこかで同じ夢であるという確信がもてていた。根拠なんて何もないというのに。


「……サヤ」


 セイラの質問から少ししてから、アヤはつい最近見た夢で思い出した名前を呟いた。しかしその声は、答えるために言葉にされたたわけではなく、ただぽつりと零されただけだった。そのため、音となってセイラに届く前に消えてしまった。


「えっ?」

「女の子の名前、『サヤ』っていうの」


 アヤは、つい最近見た夢で思い出すことのできた名前を呟いた。

 アヤが妹の名前を告げた瞬間のことだった。セイラの頭の中に、夢で見た光景が広がる。思わず、セイラは目を閉じて両手で頭を抱えた。


「セイラ?」


 急に様子のおかしくなったセイラを、アヤが心配そうに覗きこむ。

 目を閉じたセイラには、先日見た夢が見えていた。今まで聞くことのできなかった、年上の少女の声が聞こえてくる。何度も呼ばれていたのに聞けなかった本当の名前が、ようやくセイラの耳に届いた。夢の中のセイラに優しくしてくれていた少女が口にした名前と、先程アヤが教えてくれた名前が一致する。そして、夢の中の少女とアヤの姿が重なる。セイラは、忘れていた自分の過去を思い出した。

 アヤがしてくれた夢の話と、セイラの夢があまりにもそっくりだったのは、同じ夢だったからだ。

 セイラは、アヤが言っていた大きなクマのぬいぐるみを抱きしめていた。そのセイラに優しく笑って声をかけてくれていた少女は、確かにセイラのことを『サヤ』と呼んでいた。自分には、姉がいたのだ。


「……お、ねいちゃん?」


 ゆっくりと顔を上げアヤを見たセイラは、戸惑いながらぽつりと呟いた。


「えっ?」


 ようやくセイラの顔を見ることができたことに安心するや否や、思わぬ言葉にアヤは驚きを隠せなかった。


「今、何て……」

「お姉ちゃん」

「サヤ、なの……?」


 アヤは戸惑いながら確認をとる。しかし、セイラから返事がくることはなかった。いつの間にかセイラが、アヤの腕の中に倒れていたのだ。


「セイラ! しっかりして!」


 軽くセイラの身体を揺すり声をかけるが、反応が返ってくることはなかった。


「セイラ!」

「まったく。困ったものね」


 セイラを呼び続けるアヤの上空から、女の人の声が降ってきた。アヤが声のした方に目をやると、そこにはリリーと呆れたような表情のローズの姿があった。声をかけてきたのは、ローズだった。


「まさかセイラが思い出すなんて思ってもいななかったわ」

「思い、出す……?」

「ええ。少しは楽しめたかしら? まぁ、一瞬だっただろうけど」


 アヤは腕の中で意識を失っているセイラを見た。

 少し前にセイラは、アヤのことを『お姉ちゃん』と呼んだ。驚きはしたけれど、不思議と違和感はなかった。昔からそう呼ばれていたのだろう。嬉しさと懐かしさを感じた。

 そんなセイラが、今はローズによって眠らされている。早いところなんとかしないと、このまま連れて行かれてしまうことは、すぐに予想できた。


「妹に、サヤに何したの?」


 セイラから目をはなし、アヤは上空にいるローズを睨む。


「あなたも気付いていたのね。何したかって? ただ眠らせただけよ。余計なことを思い出してしまったから」

「余計なこと?」

「そうよ」


 ローズは悪びれもせずに答える。


「自分自身の過去が?」

「ええ。セイラには、必要のないことだもの」

「それはそっちの都合でしょう?」

「否定はしないわ。でも、思い出されては困るのよ。だから、また消させてもらうわ」

「そんなこと、させない」


 アヤは静かに言い放った。その声はしっかりとしていて、アヤの怒りがこめられているような気がした。


「『させない』ね。でも、忘れたの? 私が連れて帰りたいのは、あなたも同じなのよ?」

「それが?」


 冷たい声質で言う。すると、ローズが嘲笑うかのような口調で返してきた。


「あなたはもう少し賢い人だと思っていたけれど、どうやら私の思い違いのようね」


 ローズの言葉に、アヤはムッと眉を寄せる。


「私の魔術に苦しめられたこと、もう忘れてしまったのかしら?」


 その言葉に、ハッと目を見開く。そんなアヤを見て、ローズは満足そうに微笑んだ。


「思い出したようね。でも、もう遅いわ」


 そう言って、ローズが呪文を唱え始めた。

 アヤは呪文の詠唱を止めるため、セイラを横にそっと寝せ、ローズに向かって攻撃しようとした。


「お姉様の邪魔はさせないわ」


 しかし、ローズの隣にいたリリーがアヤに攻撃してきた。アヤは、自分とセイラを護るために魔法陣を出現させて、リリーの攻撃を防ぐ。その間に、ローズの魔法陣が少しずつできあがっていった。

 解決策の見つからなかったアヤは、魔法陣が完成する前に、静かに眠るセイラを抱きしめ固く目を閉じた。必死に頭を働かせ、この場所から離れる方法を考える。けれど、何も思い浮かばなかった。そうしてアヤが焦っている時だった。

 ――ガシャーン

 ガラスが割れるような音が、小さな丘に響いた。


「なっ!?」


 その音がしてすぐ、ローズの驚く声がアヤの耳に届く。何があったのか気になったアヤは、きつく閉じていた目をゆっくりと開けた。

 その視界に入ってきたのは、完成間近だった魔法陣が崩れ、液体のようになって溶けている様子だった。

 予想もしなかった事態に、アヤは思わず呆然としてしまった。そして、背後からよく知る人の声が聞こえてきた。


「間に合ってよかった」


 その声を聞いたアヤは、驚きで目を見開いた。

 首を回して後ろを見ると、そこには安堵の笑みを浮かべたタクトの姿があった。


本館連載:H27 6/16~8/28

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