第8話『キス、そしてまだ知らない熱』
春風が夜を撫でるように吹いている。
中庭のベンチで、私はカイゼルと肩を並べて座っていた。
「風、気持ちいいね」
「お前が冷えるのは困るがな」
そう言いながら、ふわりと膝にかけられたのは、カイゼルの外套。
温かくて、ちょっとだけ彼の香りがした。甘い花のようで、でも少しスパイスがきいてる、あの不思議な匂い。
「……最近、少しだけ、変わってきたんだ」
「変わった?」
「うん。カイゼルのこと、昔は“怖い”とか“神様みたいに遠い”って思ってたのに……」
目を伏せて、続ける。
「今は……“近くにいてくれる人”から、“ずっとそばにいてほしい人”って、思えるようになってきて」
「……そうか」
カイゼルは私の手をとった。指先が熱を持って、心臓がどくんと跳ねる。
「なら、次の一歩を踏み出すのは――俺の役目だな」
「え……っ」
その瞬間、肩を抱かれて、唇が塞がれた。
「――っ!」
深くて、甘くて、逃げ場のないキスだった。
舌先が触れたとき、びくんと体が跳ねて、頭の中が真っ白になる。
「ふ……ん……ッ」
呼吸が奪われて、口の中が熱くて、手も体もどうしていいか分からない。
なのに、怖くはなかった。むしろ、カイゼルにすべてを預ける安心感があった。
やがて唇が離れる。
「……リリー」
私の名前を、囁くように呼ぶカイゼルの声が、妙に艶っぽくて。
「お前の身体が成長したら、もっと深くお前を知りたい。肌のぬくもりも、鼓動の速さも、全部……俺だけのものにしたい」
「――っ、それは……」
顔が熱い。体中が熱い。
わかってる、これは、ほんの触りの“恋”じゃない。
本物の愛に踏み込む、直前の境界線。
でも私は、まだ震えていた。
「……もう少しだけ、待ってください」
「私は……まだ、全部に答えを出せるほど、大人じゃないから」
「――ああ。待つとも」
彼は私の髪を撫で、もう一度、今度はそっと唇を重ねた。
触れるだけの、やさしいキス。
それが、次の約束みたいに感じられて――胸が、きゅっと鳴った。




