閑話③皇帝カイゼル視点『その日、帝国が静かに崩壊した』
帝国暦801年、初春。
その朝、俺はいつもより早く執務を終え、城の私室に戻る予定だった。
だが――
「陛下っ! 大変です、リリー様が……!」
侍女の青ざめた声に、世界が歪んだ。
「……何があった」
「け、けさから熱が下がらず、寝台から起き上がれず……うわごとで、陛下のお名前を――っ」
その瞬間、自分の感情が抑えられなくなった。
俺は魔法転移でリリーの私室へ飛んだ。儀礼も秩序もない。そんなものより――彼女が、彼女が……。
◇ ◇ ◇
「……カイ、ゼル……?」
布団の中からか細い声がした。
俺を見て微笑もうとして、咳き込む小さな体。
「リリー……!」
俺は彼女を抱きしめた。震えるほど、弱っている。体が熱い。
「すぐに治る……すぐにだ。どんな魔法でも、薬でも――」
「だいじょうぶ……カイゼルが、いるなら……」
「黙って、寝ていろ。すぐ……助ける」
俺は治癒の禁呪を展開した。
全魔導省から医師団を召喚し、宮廷直属の神殿の長老まで呼び出した。
「帝国中の薬と魔術を総動員しろ。リリーを救え」
「お、仰せのままにぃぃぃっ!!」
もし、この世に“絶対に癒せない病”というものがあるのなら――
俺は、世界を滅ぼしてでも、それを変える。
それほどに、彼女は俺の中で絶対だった。
◇ ◇ ◇
リリーが眠るそばで、俺は一晩中、彼女の手を握っていた。
ふと、彼女が寝言のように囁いた。
「……カイ...ゼル……ずっと、そばにいて……」
「もちろんだ。永遠に、だ」
その言葉を、誰にも聞かせないようにそっと唇を落とす。
彼女が目を覚ましたとき、笑って抱きしめられるように。
その未来だけを信じて、俺は静かに夜を越えた。
――そして、彼女が「おはよう」と笑った朝。
世界が、再び、光を取り戻した。




