04戦目 学内サーバー
ほんのわずかでも、楽しんで頂ければ幸いです。
その後は果てしなくうざかった。あの男子がまたしても嫌味を言ってきて、まとわりついてきたのだ。体格的にも直接暴力を振るいそうなタイプだと思ったが、粘着してきて厄介だった。
内助がまたしても割り込んで来なかったら、ストレスが溜まりまくるところだった。内助のおかげで多少心の平穏は保たれたが。
「さて、そろそろ帰ろうぜ」
内助が鞄を持って誘ってきた。申し訳なく思いつつも、その誘いを断る。
「悪いな、俺はちょっと先生に呼ばれてるから」
「そうなのか? なんか用事か?」
「いや、多分俺のレベルの件じゃないかな」
「ああ……待っておこうか? なんなら俺もついていくぞ?」
俺は苦笑する。見かけによらず内助は本当に心配性というか、面倒見がいいらしい。
「いや、どのくらいかかるかわからないし、先に帰ってくれ」
「……わかった。じゃあまた明日な!」
「ああ、また」
手を振り、内助は揚々と帰っていった。
「さて、行くか」
俺も立ち上がり、鞄を背負い帰る準備をする。ふと後ろを振り向くと、一人まだ席に座ったままの生徒がいるのが見えた。あれは……姪原さんだな。
他の女子と話してはいるものの、帰る準備をしていない。まだ残るつもりなのか? まぁ俺にはあんまり関係ないな。
「じゃあな、雑魚」
…………イラッとする声が後ろからかけられた。腹立たしいが、ここは我慢だ。無視して教室を出た。
▼
まだ慣れない校舎の中を歩いていた。今日は入学式だけあって、ほとんど人を見かけない。おそらく二、三年生はまだ春休みなのだろう。
一つ一つ教室の上のプレートを確認しながら、ゆっくり廊下を歩いていく。そして、ようやくそれらしき大きな扉が見えた。
「職員室……ここだここだ。失礼します」
引き戸を開きながら中に声をかける。新しいデザインの引き戸はガラガラなどの音が全くせず、すんなり開いた。
中には机が向かい合わせでずらりと並んでおり、それぞれの机では教師がパソコンで何か作業してるのがわかる。何人かの教師が声に反応してこちらを向いたが、すぐに作業に戻っていった。
俺はそろりと中に入ると、邪魔にならないよう静かに辺りを見回す。先生はどこだ?
「ああ、お待たせしました、霜屋くん」
船戸先生が向こうから、小走りでこちらにやってきた。やはりかなり小さい。俺を見上げながらニコニコしているが、本当に小学生くらいにしか見えない。
「あっ! 今、先生のことを小さいって思いましたね!」
勘はかなり鋭いようだ。今までの経験則によるものかな。
「それはさておき……」
「否定しないんですか!? ……こほん! まぁいいです。こちらにどうぞ」
先生に先導されて、一旦職員室を出る。そしてすぐ隣の部屋へと入った。扉の上のプレートには『生徒指導室』と書かれている。
「どうぞ!」
中は小さな部屋だった。両側の壁には本棚が並んでおり、真ん中には長机が一つと、それを挟んで向かい合うように置かれた椅子が二つ。
俺は扉側の椅子へと腰かけた。先生が奥の椅子に座る。
「さて、霜屋くん。何の話かわかってますね?」
「ええ、レベルのことでしょう?」
「そうです。どうして小細工までして、わざわざレベルを下げる必要があるんです?」
一瞬迷った。正直に本当のことを話すべきか。迷った末に、ある程度自分の気持ちを話すことに決めた。
「……俺は戦うのに疲れたんです。高校生活はのんびり平穏に暮らしたいんですよ」
「もったいないですよ。だってあなたは……」
「先生」
「!」
強引に先生の言葉を遮った。何を言おうとしたかは予想がつく。
「それはもう、終わったことです」
「……ごめんなさい。でも、あなたが本気を出せば学年一位、いや学校で最強にもなれるはずですよ?」
「興味ありません」
そこで言葉が途切れる。しばらく先生と見つめあっていた。意地でも目は逸らさない。
「はぁ……わかりました。でも先生としては、あなたの本気を見せて欲しいところですけどね」
先生はため息を着くと、疲れたかのように上を向いた。
「話は以上ですか?」
「ええ、そうですね」
「じゃあこれで失礼します」
「ええ、また明日。気をつけて帰って下さいね」
先生と指導室を出るとそこで別れた。さてこれからどうしようか。まっすぐ帰ってもいいのだが……。
「いや、まだ昼前だし。帰るのももったいないな」
そこで俺は一つの案を思い付く。せっかくだから学内サーバーを探検してみるのはどうだろう。
「慣れておくに越したことはないしな」
俺は学校内をふらふらと歩き回った。そして気づくと中庭にたどり着いていた。
中庭はなかなかおしゃれなところだった。中央には噴水が置かれ、あちこちに花壇やベンチが置かれている。
「この辺でいいか」
俺は適当なベンチに腰かけると、VRグラスを取り出した。わざわざ教室まで戻るのは面倒だし、ここから接続するとしよう。
「リンクスタート」
▼
「う~ん……よし!」
俺は背伸びをしてから辺りを見回す。前回リンクした、建物の前に立っていた。ここから軽く探検して帰ることにしよう。
よくよく見ると建物は学校と同じ形をしていた。学校サーバーというだけあるな。
「どっちに行ってみようかな、っと」
俺はメニュー画面からマップ機能を選択する。これでサーバー内全体のマップを見ようとした。言ってみれば、世界地図を見るのと同じだ。
マップを開いてみてわかったが、どうやら今いるこの位置は、この世界の中心部にあたるらしい。学校が中心とは、なんか皮肉っぽい気がするな。
「じゃあとりあえず、北に行ってみるか」
特に深い理由はない。リンクした時に北の方を向いていたから、そうしようと思っただけだ。俺はのんびりした足取りで歩き出した。
遠くの方には山がそびえ立っているのが見える。例えて言うなら山岳エリアってところか。
『デイドリ』はあくまで対戦格闘ゲームであり、モンスターは存在しない。いや、厳密にはボスモンスターみたいなものは存在するが、少なくとも野生のモンスターに出会うなんてことはあり得ない。従って突然モンスターに襲われる心配はない。
その代わり、別の心配はある。それはモンスターではなく、プレイヤーが襲ってくる可能性があることだ。ここは『ステージ』と異なり『フィールド』と呼ばれる場所だ。ここでは戦闘の申し込みなどすることなく、自由に対戦することができる。いわば無法地帯だ。
だから、突然プレイヤーが攻撃してくることはあり得る。だが今日は入学式。上級生はおらず、一年生も大半は帰っている。だから多少は余裕を持って探索できるというわけだ。
「最悪、襲われたらダッシュで逃げるか、諦めて死ぬか……」
のんびり風景を見ながら山に向かって進んでいく。木が生えている中に紛れて、大きな岩もゴロゴロ転がっている。徐々に岩の割合が多くなってきた気がする。
このまま優雅に頂上まで山登りしようかと思った、その時だった。
「待てー!」
突如向こうの方から叫ぶ声が聞こえてきた。俺は足を止めて状況を確認する。すると、山の方に人影が見えた。誰かが走ってこちらに降りてくる。……一人じゃない、複数人いるな。
咄嗟に近くにあった大きな岩の後ろに隠れた。そしてそっと向こう側の様子を覗き込む。
「待てって言ってんだろ!」
「嫌だってば!」
一人の女子プレイヤーが走ってこちらに向かってくる。上半身は黒のチューブトップのみ、下半身はミニスカートとかなり露出度が高い。頭には猫耳カチューシャをつけて、そして大きな特徴として、両手には猫の手のような大きな爪のついたモコモコの手袋をはめていた。
「んん……? あれは姪原さんか?」
徐々にこちらに近づいてきてわかった。今日出会ったばかりのクラスメイトだ。間違いない。
そして彼女の後ろからは、三人の他のプレイヤーが追いかけていた。俺の隠れている大岩のすぐ近くまでやってくる。俺は様子を窺うのをやめて、岩の後ろに隠れてしゃがみこんだ。
岩の向こう側から会話が聞こえてくる。息を潜めて会話に耳を済ませる。
「だからさぁ、話だけでも聞いてよ」
「そうだよ、俺達は別に危害を加えるつもりはないんだから」
「ねっ、ちょっとだけでいいからさ!」
それぞれ違った男性の声を拾った。おそらく追いかけていた三人組の声だろう。対して女性の声……姪原さんの声も聞こえてくる。
「しつこいですよ! 私は入るギルドは決めてるんです。付きまとわないで下さい!」
怒ったような声が響いた。だいたい状況は読めてきた。察するに三人組はギルドに勧誘しようとしているのだろう。そして姪原さんはそれを断ろうとしている。
「そんなこと言わずに、ねっ?」
「あっ、ちょっ、離して下さいってば!」
焦ったような声、その後にガンッと鈍い音が響いた。そして一瞬静かになる。
「あっ……ごめんなさ……」
「いってぇ~……この女! 調子に乗るなよ!」
「もういい、入らないならやっちまおうぜ!」
会話の内容でわかる。これはまずい雰囲気だ。三対一で戦闘が始まろうとしている。
「おい、いくぞ!」
「このっ!」
「くらえっ!」
「ほっ、はっ、にゃんの!」
そこからはガン、ガン、ガキン、と鈍い音がいくつも響き渡る。おそらく戦闘が始まったんだろう。おそらく三人相手では厳しいかもしれない。
俺は再び岩陰からそぉ~っと覗いてみた。今なら戦闘に夢中で、俺にも気づかないはずだ。正直隠れていて申し訳ない気持ちはあるが、面倒事はごめんだからな。
「にゃああああっ!」
「ぐわっ!」
「がっ!?」
覗いた時に見た光景、それは姪原さんが両腕を振り回し、二人の男を吹き飛ばす場面だった。やはりレベルは伊達じゃない。相当強いな、この子。
勧誘してきたってことは、あの三人は先輩なんだろう。にも関わらず、一対三でも互角以上に戦えているとはその実力は計り知れない。
このままいけば、余裕で姪原さんの勝ちか……なんて思っていた時だった。吹き飛ばされなかった三人目の男が、槍を突き出して狙ったのだ。
「うりゃあ!」
「にゃっ!?」
咄嗟に姪原さんは避けきれなくて、腹にかすっていた。かろうじて刺さるのは回避したようだが、それでもまぁまぁダメージを受けているようだった。
「今だ!」
「連携して当たれ!」
そこで形勢が変わってしまった。三人組の武器はそれぞれ剣、斧、槍とバリエーションに富んでいる。それらの長さをよくわかった上で、上手く連携を組んで攻撃を仕掛けていた。
姪原さんも必死に応戦するが、徐々に徐々に分が悪くなっているようだった。HPを見るとじわじわ削られているのがわかる。
「にゃっ、くっ、このぉ……」
……ここまでだな。よく頑張っているようだが、流石に分が悪すぎる。向こうの三人組もダメージを負ってない訳じゃないし、頑張れば倒せないこともないだろう。だがこのペースでいけば、姪原さんのHPが先に尽きる。
「……まぁ、俺には関係ないしな」
見つからないように岩の裏側に戻ろうとした。すると、向こう側から小さな声で呟くのが聞こえた。とても小さな声だったが、それはなぜかはっきり聞こえた。
「うう……負けたくない……」
…………その言葉にふと、かつての仲間を思い出した。そうだ、あいつらも最初は負けたくない一心で、必死に努力してたっけな……。
「ああ、もう……仕方ないな」
俺は自分の頭をクシャクシャとかきむしる。正直面倒だが……ちょっとくらいなら大丈夫か。
俺はそう呟いて、首のチョーカーをつかむとゆっくり首から外した。