03戦目 クラス
自身の周囲が真っ白な光に包まれる。と同時に、体がふわりと浮くような感覚を味わう。エレベーターに乗って下降していく時の感覚に近い。
だがそれもほんの一瞬のこと。次の瞬間には、俺は草原に立っていた。広さとしては、野球場のグラウンドより少し狭いくらい。一対一で戦うならこれでもかなり広い方だろう。確か直径は約百メートルだったか。
辺り一面には、見渡す限り鮮やかな緑色の細長い草が生えていた。とはいえ伸びすぎという訳でもなく、せいぜい爪先から足首までが隠れるほどの長さだ。涼しげなそよ風が吹き付けている。対戦でなければ、このまま寝てしまいたいくらいの陽気だった。
見上げるとドーム状になった屋根が覆っており、屋根にはスクリーンのように青空が写し出されていた。
「このままサボりたくなるな……」
ふと見渡していると、俺の正面、五十メートルほど向こう側に人影があった。おそらくグリズリーだろう。斧を片手で振り回し、素振りのようなことをしているのがわかる。どう考えても、俺を切り裂く気満々だな。
ぼんやり考えていると、目の前に数字が浮かび上がった。いわゆる立体映像で、「5」と表示されている。これは試合開始へのカウントダウンだ。すぐさま「4」、「3」と変化していく。
個人的にはこの待ってる時間が、もやもやして苦手だった。
『バトルスタート!』
あっという間にカウントはゼロになり、試合開始の合図が空間内に響き渡る。ちなみにこの戦闘は他に観客もおらず、誰にも見えていない。設定すれば観客ありにもできるのだが、今回はどさくさに紛れて、こっそり観戦不可にしておいた。
「おりゃあああ!」
開始すると同時に、グリズリーが斧を振り上げてこちらに突っ込んでくる。初速こそかなり遅かったが、徐々にスピードが上がっている。やはり重たいものの方が加速度が高く、スピードが上がると速くなるな。
一方俺はというと、棒立ちのままグリズリーが走ってくるのを眺めていた。
「ふんっ!」
あっという間に目の前まで来ると、その勢いのまま斧を降り下ろしてくる。走る勢いが上乗せされて、かなり速い。
「ほいっ」
俺は軽く横に一歩ずれた。降り下ろされた斧は、俺のすぐ横を通過していく。フワッと風が巻き起こるほどの速さだ。
標的に避けられた斧が地面に当たり、ドオンと轟音を打ち鳴らす。そのまま砂煙が広がる。
おいおい……めちゃくちゃなパワーだな。こんなもの一撃でも当たったら、俺のアバターだと致命傷になりかねない。
「ちっ!」
横を向いて俺の姿を捉えたグリズリーは、地面から斧を持ち上げて横薙ぎに振ってくる。俺はその場に素早くしゃがんだ。
見えなかったが、空気の動く感覚で頭の上を斧が通り抜けたのはわかった。
「逃げんな、雑魚!」
二度も空振りしたグリズリーはというと、頭に血が上っているようだった。今度はめちゃくちゃに斧を振り回してくる。
「よっ、と!」
俺は斧を振り回し始めたタイミングで、敢えてグリズリーの懐に近づいた。そのまま腕の下をくぐり抜ける。そして背中側へと回り込んだ。俺の足は決して速くないが、細身な分グリズリーよりは小回りが効く。
「何っ!?」
「くらえ!」
グリズリーが驚いている間に、俺はグリズリーの背中に左手を当てた。そして、狙いを定めて勢いよく右手の拳を叩きつけ────。
「あ?」
ポスン、と空気の抜けるような音が響いた。俺の拳がグリズリーを打った音だった。グリズリーは何が起こったのか、ポカンとしていた。
「………………」
「………………」
一瞬の静寂。時が止まったかのように、お互い動きを止めていた。
「は……ははははは! なんだそりゃ! ゴミみたいな攻撃じゃねーか!」
静寂の後、グリズリーは大笑いし始めた。斧を下ろして、完全に棒立ちの油断しきった状態だ。
俺はチラリとグリズリーの頭上に目を向ける。そこには体力ゲージが表示されている。戦闘中のプレイヤーは全員頭上に体力ゲージが表示されることになっている。ちなみに自分の体力ゲージは常に視界の端に浮かんで見える。
グリズリーの体力ゲージは満タンのままだった。いや正確にはほんのわずか減ってるはずだ。このゲームではシステム上どんなに防御力が高くても、ダメージはゼロにはならない。必ず最低ダメージは受ける。つまり、グリズリーの体力ゲージがほぼ満タンに見えるのは、グリズリーの防御力に比べて俺の攻撃が弱すぎたと言うことだ。笑うのも無理はなかった。
「まぁこんなもんだよな……」
今の俺はレベル1。それでなくても俺のアバターは、基本的な攻撃力も防御力も紙のように弱い。こうなるのは予想の範疇だった。
「予想以上に雑魚だな! さっさと終わらせてやるよ!」
ひとしきり笑った後、グリズリーは攻撃を再開した。といっても、接近してきて斧を振り回すぐらいだが。どうやらグリズリーは完全に近接タイプのアバターらしい。
「よっ、ほっ」
そして俺はひたすら避けまくっていた。なんとか下がりながら回避に専念することで、かろうじて生き残っていた。だがそれも長くは続かない。
「だから逃げるなっつってんだろうがぁ!!」
ひたすら避ける俺にますますイライラしてるようだった。怒らせたい訳じゃないんだがな。
「ん? おーし、溜まったぁ!」
まずい。グリズリーが叫んだ理由は察しがつく。おそらくスキルゲージが溜まったのだろう。流石に逃げ続けるだけではそうなるよな。
「喰らえ、『荒ぶる大地』!」
グリズリーは斧を両手で持ち、頭の上にかざした。そしてスキルを発動させる。すると、斧の周りにエネルギーというか、オーラのようなものがまとわりついていき、一回りも二回りも大きな斧が形成されていく。
「どりゃああああ!!」
斧が巨大になったところで俺の方に向かって一気に降り下ろした。俺とは少し距離があるにも関わらず、だ。
巨大化した斧が地面に触れる。すると、元の斧からオーラが離れるように形を変えて、地面を走り始めた。衝撃波へと変わったオーラは、まっすぐに高速で俺の元へと迫りくる。
「ぐっ!?」
俺は避けようと、咄嗟に横へと跳んだ。だが、アバターのスピードでは対して速く動けない。案の定、衝撃波の勢いは俺の移動速度よりも僅かに上回っていた。
完全に跳びきれなかった俺の足首を、衝撃波が貫通する。そして痺れるような痛みと共に、体力ゲージが一気に減っていった。
『デイドリ』はあくまでゲームなので、実際に斬られた痛みなんかを再現してる訳ではない。だが、今味わったようにダメージ量に比例して、痺れのようなものを体感することになる。
ひどいダメージの場合は、痺れた場所がほとんど動かなくなり、戦闘で圧倒的に不利になる。
「いてて……」
どうやらスキルのダメージはなかなかのものだったようだ。改めて確認するが、俺の体力ゲージはおよそ九割削られている。いや、むしろ一撃でゼロにならなかったのが不思議なくらいだ。
おそらく足首に食らったおかげだろう。現実の人間と同じように頭や首、心臓などにダメージを受けると、他の部位よりもダメージ量が増す。頭に当たってたら多分死んでたな。
とはいえ絶体絶命には変わりなかった。というかここからどう足掻いても、今の俺では勝ち目はないだろう。
「ふっ!」
「はっ?」
そう思った俺は、グリズリーに背を向けて走り始めた。後ろから、グリズリーの戸惑ったような声が聞こえてくる。さっきのダメージで足首が痺れたままなので、走りにくい。下手に体重をかけたら転びそうだ。
「待てこらぁぁぁ!」
不恰好に走りながら、首を回して後ろを向く。斧を担いだグリズリーがドスドス追いかけてくる。その差は少しずつ縮まっていた。
まぁ当たり前だな。ケガしてる俺とほぼ無傷のグリズリーでは勝負にならない。たとえ巨体で足が遅めのグリズリーが相手だったとしても、だ。
俺は、ステージの外周にある壁に沿って走り続ける。が、抵抗むなしくグリズリーとの差はみるみるうちにゼロとなった。大きくなっていくあいつの足音が、すぐ後ろから聞こえるようになってきた。
「さっさと死ねぇ!」
俺はくるりと向きを反転させて、後ろを向いた。そのまま踏ん張って止まる。追い付かれた以上、背中を向けたままでは攻撃を避けることもできないからな。
「ふんっ!!」
グリズリーは斧を闇雲にブンブンと振り回して、俺を狙ってくる。俺はなんとか回避しようと、斧をじっと見つめた。
「おりゃおりゃおりゃあ!」
「ほっ、はっ、なんの!」
斧の軌道をよく見て、なんとか紙一重でかわしていく。ずれ、しゃがみ、飛び退き、回避しまくる。
もう一撃、上から斧を振り下ろすつもりだ。それを見て、先に横に避ける。
「はっ!」
「!?」
だがその瞬間グリズリーがニヤリと笑った。斧を振り下ろす途中で止めたのだ。ごく単純なフェイントだった。だが俺は急に方向を変えられない。
「とどめだ、コラァ!」
「ぐはっ!」
吸い寄せられるように斧が俺の頭上から落ち、それが当たった瞬間目の前が真っ暗になった。
▼
確実にやられたという感覚の後、俺はステージの外であるゲートの前へ戻されていた。アバターも無傷のままに戻っている。
「まぁ、予想通りだな」
誰にともなく呟いた。こうなることはわかっていた。今の俺は本気を出す訳にもいかないし、戦えば負けるだろうとは思っていた。
辺りを見回すが、グリズリーはどこにもいない。一足先に現実世界に戻ったんだろう。
一息ついたところでメニュー画面を呼び出し、『リンクオフ』を選択する。一瞬の空白の後、周囲が真っ白になりやがて真っ暗へと切り替わった。現実世界へ戻る時に起こる現象だ。
目をゆっくり開ける。まだ見慣れたとは言いがたい、真新しい教室が視界に入る。俺はリンクする前と同じように、自分の席に腰かけていた。
次に視界に入ったのは、グリズリー……いやそういえば結局本名聞いてなかった。まぁ、いい。面倒だから男子でいいや。
とりあえず男子がニヤニヤした笑いを浮かべて、教室の真ん中に立っているのが見えた。背が高いから一際目立つ。そしてその周りには他のクラスメイト達が集まっていた。
「どうだ! やっぱり俺の勝ちだ!」
周りの生徒達の反応を見てわかった。おそらく今の対戦の映像記録を見せているのだろう。『デイドリ』におけるステージ対戦は、リアルタイムで観戦するには同じくステージ内に入り、観戦モードを選択する必要がある。
ただし、対戦については自動的に記録されている。ステージ内には極小サイズのドローンが飛び交っており、それにより対戦を記録されている。そしてその映像は戦ったプレイヤーのVRグラスへと自動的に保存されると言うわけだ。おそらくその映像をクラスメイト達のVRグラスに送り、見せびらかしているのだろう。
「やれやれ……」
男子と目が合う。俺を嘲るような目で見つめていた。厄介なことだ。
「真偽、大丈夫か?」
肩に手が置かれた。首だけ動かして横を見る。そこには心配そうな顔をした内助が立っていた。
「心配するな。どうせレベル1の俺が負けるのはわかってたからな」
「でも……。なぁ、やっぱり協力するからレベル上げないか?」
俺の正面に回り込んだ内助は、両肩をガシッと掴んで真剣な目で見つめてくる。
「そんな気を遣ってくれてありがとな」
「じゃあ……」
「でも俺はこのままでいいんだ」
「なんでだよ……」
「そうだな……ちょっとだけばらすとな」
「うん?」
「俺にも奥の手はちゃんとあるんだよ」
本当はそこまで喋るつもりはなかった。だがあまりにも真剣な目で見られてつい、口が滑った。
「うーん……わかった。あんまり納得いかないけど、お前がそういうなら」
「ああ、頼む」
この最初の連続投稿で、読者様の反応を見ようと思ってます。




