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本神殿からきた司教様 2



 珍しい顔立ちをし、この国の人々よりも白い肌をしたルイーゼは、とにかく街の中では目立って仕方がなかった。聖騎士の制服というだけでも目立つというのに、この国で見かけないような容姿と、それが洗練された美しさを兼ね備えているルイーゼは、異物の塊のようなものだった。その上、街中で話していて気が付いたことだが、ルイーゼの言葉には特殊な訛り方があった。あまり聞いたことが無い訛りで、あちこちに話しかけるものだから、すぐにルイーゼの噂は広がった。


「やはり私の訛りは珍しいですか、シンシア姫」


 あちこちで声を掛けられ、どこの訛りかを問われるルイーゼが、楽しそうに笑いながらシンシアに話しかけて来た。その手には既に、たくさんの戦利品が入れられた鞄が握られている。


「はい、特にこの国は他国の行商人などの出入りが少ないものですから、初めて聞く訛りに皆、喜んでいるんだと思います。

 初めて聞く訛りということは、その国から来た初めてのお客様かもしれないですから」


「その考え方、面白いですね。

 私の国では、訛りがあると少々馬鹿にされると言いますか・・・下手をすると弾かれてしまうこともあるので、移民してきた者たちは必至に言葉を矯正するのです。

 差別的な話ですから、あまり大きな声では言えませんけれど」


 困った人たちです、と言いながらも目を細めて遠くを見つめるルイーゼは、あまりそのことをよくは思っていないのだろう。どこか寂し気な表情をしていた。


「ルイーゼ様は、どちらのご出身なんですか?」


 思わずその思い描く先がしりたくて、軽い思いでシンシアが問いかけると、ルイーゼは一瞬歩みを止めてからふわりとした笑みを浮かべて見せた。


「どちらだと思いますか?」


 あまり触れてほしくはないことだったのだろう。問い返して来たルイーゼの真意を機敏に感じ取ったシンシアは、どう返すべきかの答えが見つからずに口を閉ざしてしまう。先ほど、ルイーゼは北方大陸の訛りだと説明したのを思い出したのだ。北方大陸は戦争が多いので、もしかしたらそのあたりも何か関係しているのかもしれない。そう思うと、シンシアは何も続けることはできなかった。ルイーゼもそれ以上は何も言わず、街並みを楽しむように歩いている。


 夜は青白く光る街は、昼の光の下では雪が降り積もったように白い街並みとなり、その上に色とりどりの旗を掲げたり、絵を描いたりとしてある、ちょっとした美術館のような様相をしている。中央大陸では、地方ごとに似通った街並みとなっているが、このような街並みを持つのはノーブル王国ただ一つだけ、と言われている。


 大通りではあちらこちらで音楽が鳴り響く。楽器を弾いているものや、歌を歌っているもの、ダンスをしているもの、と人それぞれであるが皆、楽しそうな笑みを浮かべていることが共通点で、シンシアはこの日常の城下町を歩くと、強くこの国を守りたいと感じる。


「あ、シンシア姫、先ほどから気になっていたんですが、この屋台でよく売っている白い石はなんですか?」


 不意にふらふらーっと屋台に吸い寄せられていくルイーゼの先には、この街並みを作っている白石を小さく磨き、アクセサリーにして売っている店があった。この辺りでは有名なお守りである。ルイーゼはどうも気になるようで、店主に確認を取ってからそれをつっついたり、手に触れたり、日にかざしてみたりしている。


「それはこの街並みと同じ、白石を磨いて作ってるんです。

 夜になると青白く光る特性があって、とっても綺麗なので、おすすめです。

 お守りとしてつかってください」


「夜になると青白く光る?

 ・・・知らなかった。

 一応、書物で他国のことを知っていたつもりですが、まったく知識が足りていないようです。

 それならば、夜はこの街ごと青白く光るというのは、この石が発光して、ということですか」


「はい、他国から来た人は、魔法を使って演出していると思うみたいですけど。

 あ、まだこの国では使われるのは魔法なんです。

 魔術師は私だけ」


 魔法と魔術師は似ているようで、全く違うことをする。端的に言えば、魔法は想像だけで技を放つことができ、魔術はその技がどのように構成されているのか、どのような条件で発動するのかなどなどを研究し、論理的に作り上げるというものだ。魔法ははっきりとした想像が出来なければ発動しないうえに、膨大な魔力を使う。魔術ははっきりとしたイメージが出来なくても、その理論さえ押さえておけば発動できるし、魔力も必要最小限でいい。それも一定の理論と法則さえ守れば、魔術はいくらでも新しく創りだすことができる。けれど、研究費用が莫大にかかることと、沢山の理論を覚えなければいけないので、ノーブル王国のような小国ではとてもではないが手が出せないのだ。


 なので、シンシアが魔術師となれたのは奇跡と言っても過言ではない。クレマという優秀なはずの人材がこんな小国に流れ着き、その優しさをもってシンシアに教えようと思ってくれなければ、シンシアは魔術師になれなかった。


「クレマが基礎しか教えられないのがもったいないと言っていましたよ。

 ルクレシア皇国の民は、基礎は必修ですが、それ以外は専門の学校でも行かなければ学ぶことはありません。

 クレマは教会へそのまま入ってしまったので、基礎以外は知らないのでしょう。

 入ってから、もっと魔術を学べばよかったと思ったそうですが、成長が終わってしまえば勉強するのは大変なのです」


「なぜですか?」


 何か大きな問題点でもあるのかと、シンシアが真剣な声で問えば、ルイーゼは唇に人差し指を当ててにっこりと笑んだ。


「記憶力が衰えるからです」


「・・・へ?」


 あまりにも当たり前のことを言われて、シンシアは思わず抜けた声を上げてしまう。年を取れば記憶力が悪くなるのはわかるが、それがどう魔術の勉強と関係があるのか繋がらなかったのだ。覚えることが沢山あるとはいえ、頑張ればできなくないと考えた。けれど、ルイーゼはゆっくりと首を振る。


「普通の人は、自分の生活を営む傍らで勉強しなければいけません。

 そんな中で、あの膨大な量を覚えるのは無茶がありすぎます。

 若い内ならまだなんとか、他のことをしながらできますけれど、それでも生活が魔術学だらけになりますから。

 それに、魔術陣などの感覚は若い方がつかみやすいというのもあって、苦労するのです。

 クレマは一度、それでも、と挑戦しましたが、一カ月も持たずに体調を壊して上司の司教に怒られていましたよ」


 仕事では決して自分の感情を見せず、人々に笑みを向けることを決めているクレマが、その日ばかりは顔面蒼白になりながら仕事をしていた。周りは休むように言ったにもかかわらず、どこか頑固なところがあったクレマは、休むことなく働き続けた結果、禊用の池に落ちたのだ。儀式をやっていなかったのが幸いだったが、大急ぎで他の司教たちがクレマを引き上げた後、救護室へ運ばれた。神殿には回復魔術を仕えるものも多いので、大事には至らなかったが、救護室でクレマが敬愛していた上司の司教に延々と説教をされ、かなり落ち込んでいた。


「クレマ先生がそんなことするなんて、想像できないです。

 いっつも落ち着いてて、無茶はしないタイプに見えるというか・・・」


「その時にかなり怒られたからでしょう。

 ・・・ま、その上司の司教も、救護室でそんなことをしていたので、お医者様に怒られたのですけど」


「あちゃぁ、まあ、それは怒られますよね。

 救護室で怒ってたら、他にも患者さんがいるんでしょう?

 それにしても、ルイーゼ様はよくクレマ先生のことを知ってるんですね」


 クレマはルクレシア皇国の神殿出身で、ルイーゼは本神殿の上級司教である。あまり結びつきが無いように思えたのだ。シンシアの言葉に、ルイーゼは再びふわりとした笑みを向けると、神殿の方へと指を向けた。


「神殿の奥の森に、街が見渡せる高台があるのでしょう?

 案内してくれませんか?」



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