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黄昏のG   作者: 裏山おもて
6章 楽園都市
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「電位の固定……なるほど。通りで神経回路に異常がないわけですね。体内のナノマシンもとくに変異していません。問題なしです」


 仮宿まで戻ってきたユウトたち。

 デルタがシンクに触れると、すぐにシンクは跳び起きた。彼女を囲むユウト、デルタ、ニコ、ペキュラ婆さんを一瞥すると、冷静に事情を話すことを求めた。

 ありのままを説明したら、シンクはデルタの魔法に関心を示したのだ。


「細胞の電源のオンオフだと思えばいい。……あァ、科学都市以外じゃ電子機器は存在しねェんだったかァ?」

「いえ、既知です」

「……ほォう」


 今度はデルタがシンクに関心を返したようだった。

 その前にシンクはデルタに頭を下げる。


「デルタさん。先ほどは申し訳ありませんでした。事情を話すわけにはいかずと思って、無理に押し通ろうとしてしまいまして」

「気にすんな。それにオレは無傷だしなァ」


 事実、デルタは一歩も動くことすらなかった。

 シンクですら手も足も出ない。その強さを考えただけで舌を巻く。


「にしても、オメェの戦い方はバカ正直すぎるぜ。不死の力がなけりゃ二十回は死んでただろォが」

「そうですね。ですが、私にはそれしか能力がないもので」

「……にしては、オレに突っ込むとき妙に楽しんでた節があるみてェだったが、そこんところはどうだシンクさんよォ?」


 常に戦いの最中でも、デルタは相手の表情までしっかりと観察していた。

 シンクは否定することはなかった。


「そうですね。不死だからこそ、相手を制圧することにリスクはありませんでした。それよりも相手の力を計り、その正体を見極める癖がついてしまって……まあ、好奇心のようなものですよ。歳をとると、知らないことのほうが少なくなりますから」

「そういうもんかィ」


 納得したのか、それ以上は追及してこなかった。


「で、オレの魔法は解除したが……オメェらはこの都市に蔓延る薬を排除したいんだったなァ?」

「ああ、そうだよ」


 ユウトは即答した。

 シンクの目的は違うだろう。あくまでこの都市で情報を集め、世界樹へ向かって進むことだ。

 だからこそシンクが何か言う前にユウトが答えた。

 見て見ぬふりは、したくないから。

 だが。


「……それは無理な話だぜ」


 デルタの低い声が、部屋に響いた。


「どうして?」

「この都市は『楽園都市』じゃからのう」


 言葉を引き継いだのは、ペキュラ婆さんだった。


「そもそも、おぬしらはこの都市の構造に疑問を抱いたじゃろう? 繁栄することもなく、配給で最低限の食料しか手に入らない。人間として生きることを、尊厳を捨てざるを得ないこの都市のシステムに」

「ええ、もちろんです」

「ニコから聞いたとは思うが、この都市は『科学都市』の属都市じゃ。そもそも、この都市を含めておおよそ十の都市群から『科学都市』はできておる。科学都市はその全てにバイパスを走らせ、移動手段をもたせて行き来が可能にしておるのじゃ。そして属都市にはそれぞれ重要な役割がある。この楽園の意味とは、なんじゃと思う?」

「楽園の意味……」


 そう言われてもピンとはこなかった。

 最低限の食料。仕事もほとんどしなくていい。ただ、薬物が蔓延していて活気などという言葉はほとんどない。眠るように、閉鎖された都市。


「監獄、かしら」


 悩むユウトの背後――隣の部屋の入口から聞こえてきたのは、レイの澄んだ声だった。


「レイ! 寝てなくて大丈夫なのか?」

「ええ。おかげさまでかなり楽になったわ」


 毛布を体に巻き付けて歩いてくる。

 ユウトの隣――腕と腕かかすかに触れ合う距離に座ったレイ。

 少し、近いような……。


「こりゃまたえらいべっぴんじゃねェか。人形じゃねェだろうなァ?」

「また鼻のした伸ばして! デルタのスケベ!」

「監獄。まあ、正解じゃのう」


 ペキュラ婆さんは夫婦漫才をまるっと無視して、自嘲気味に呟いた。


「この都市の正体は、刑務所じゃ。都市群でレベル3以上の犯罪を犯した者を収容し、薬によって管理する刑務所。ただし、公にはされておらんがのう。出口もなく、体力や気力も奪われて、ここで暮らさざるを得なくなる……この都市の役割は、その意味では正しく機能しておるのじゃ。まあ、事情を知らぬ者たちからは楽園のように映るゆえ、外からは楽園都市と呼ばれておる」

「……ってことは、この都市にいるひとったちって」

「左様。囚人じゃよ。ニコのように、侵入してきた者も数多くいるがのう」


 囚人の都市だったのか。

 開いた口が塞がらなかった。


「でも、犯罪者たちにしては大人しいような」

「それは薬の力じゃ。パンに混ぜられているセキフトカロンという成分は、脳神経に作用して感情の起伏を抑える役割を持っておる。服薬中は眠気と快楽のみを感じ、薬が切れると思考がまばらになりぼうっとする。あらゆる力を奪う薬、とでもいえばよかろう」

「……でも、ニコは暴れてたけど」

「囚人じゃない者は例外じゃ。セキフトカロンはある種の劇薬ゆえ、段階を以って投与していかねばならん。この都市に侵入したニコは体を慣らすことなく摂取し続けている。自傷行為は、拒絶反応じゃよ」


 深い悲しみが、ペキュラ婆さんの瞳に浮かんでいた。


「……ごめんなさい」

「おぬしが謝ることじゃないわい。いや、むしろわしが謝らねばならぬことでもある。この都市の正体を知っていながら、おぬしには闇を知ってほしくて伝えていなかった。おぬしが逃げ出したのも、元はといえばわしが研究所に引きこんだからじゃ」

「お婆ちゃんは悪くない! あたしが……あたしが……」


 ニコとペキュラ婆さんは、お互い自分自身をずっと責めていたのだろう。

 またもや深く沈んでしまった空気を、デルタがあえて遮る。


「つうことだ救世主さんよォ。この都市があって薬があるんじゃねェ。薬があって、そのうえでこの都市が成り立ってんだ。薬を排除するなんてできるわけがねェ」

「それは……」


 否定することは、できなかった。

 もっと他のやり方はあるだろう。囚人たちを管理するため、薬漬けにしなくても済む方法がどこかにあるに違いない。

 でも、すでにそうなってしまっているものを変えるのは、途方もない時間と労力が必要だ。そのシステムに入り込んでしまったニコを助けるために、それだけのものをユウトたちが用意できるのか。

 本当に、救世主になれるのか。

 そう問いかけるように、デルタの視線がまっすぐにユウトの眉間に突き刺さる。


「神経回帰の実験は進んでいるのですか?」

「え?」


 そんなユウトの隣から、シンクが問いかける。

 ペキュラ婆さんは驚いた顔をした。


「……おぬしは、どこでそれを」

「知っているわけではありませんが、ここは科学都市の属都市ですよね? なら、脳神経研究も盛んなはずです。この属都市というシステムを完成させたのは何年前か知りませんが、都市を構成する石の状態から見るに、二百年程度でしょうか。百年あれば、創りだした薬物が作用する神経群の解析とその神経を復元させるくらい苦ではないはずです」


 なんのことはない、と言わんばかりにシンクは言葉を続ける。


「そもそも私が生まれた経緯が神経細胞複製技術の応用です。すでにヤナギ博士の研究室はなくとも、科学都市の心臓部といえる〝天羅の書物庫〟はまだ現存していますよね? でしたら研究も自然と進むはずです」

「……なるほど。おぬしの不死の力というのは、魔法ではなくナノマシンの効力じゃな? ということはおぬし、ヤナギ博士の遺産のひとつ〝彷徨える娘たち〟のひとりじゃったか」

「いえ。第二世代ではなく唯一無二の第一世代(プロトタイプ)です」

「なんと……ッ!?」


 今度こそ、ペキュラ婆さんは絶句した。


「……まさか……おぬしが、あの、」

「被検体番号紅001号・通称シンク。【無限体躯】の保持者にして、ヤナギ博士の意志を継ぎし導き手です」


 にっこりと微笑みかけるシンクに、ペキュラ婆さんは言葉が出ないとばかりに口を空転させていた。


「とにかく薬物依存や中毒から抜け出す方法がない、なんてことはないはずです。都市運営に使用するなら尚更、王立研究所でもその方法が確立されていると思うのですが」

「あ、ああ……ああ、それは間違っておらんよ」

「マジかよババァ!? なんでそれを早く言わねえんだ!」


 デルタが声を荒げた。


「それじゃあなんのために、俺たちは……。つゥか方法あるんなら、さっさとやりゃいいじゃねェか!」

「落ち着くのじゃデルタ。方法はあるはず……が、その理論は王族の中で秘匿されておる。王立研究所の職員ですら、その資料を閲覧する権限はない」

「――ッ!?」

「都市経営の立場からすれば当然ですね。そんなものが公開されてしまえば、この『楽園都市』は崩壊します」

「左様じゃ」


 深く唸るペキュラ婆さん。

 歯ぎしりをして悔しがるデルタと、目を伏せて黙るニコ。

 それぞれが歯がゆい思いをしているのは目に見えてわかった。


「だが方法はある。それは約束されているのじゃ。望みはまだあるともいえようて」

「もしかして、ペキュラさんはその研究をするためにここに?」


 ユウトが問いかける。

 ペキュラ婆さんは沈黙で答えた。それが是か否か、聞くまでもなかった。

 そしてそれが誰のためなのかも、もはや言う必要すらないことだった。


「進捗はどうでしょうか?」

「……糸口はある。だが、機材も資材も足りぬ。まだ先の話じゃよ」

「そうですか。何かできることがあれば、と思ったのですが」


 ニコを救うためにできること。

 ここが監獄の役割をしているというのなら、この都市そのものを救うなんてことはできないだろう。だがニコは囚人ではない。この監獄に迷い込んだだけだ。それならニコだけでも救ってやりたい。

 そのために、ユウトたちができることは。


「――科学都市にその答えがあるのね」


 じっと話を聞いていたレイがつぶやく。

 とても簡潔で、まっすぐな言葉で。


「なら、科学都市に行きましょう。もともと行く予定だったのよね」

「ですがレイさん、それは明らかに目的が違います」

「そうね。でも、ユウトは乗り気のようだわ」


 義眼を輝かせて、ユウトの心情を感じ取ったレイ。

 レイの言う通りだった。救える道があるのなら、その道を行かない理由がない。

 科学都市に隠された秘密があるのなら、それを探るまでのことだ。

 そんなユウトの表情を見て、シンクが大きくため息をついた。


「はあ……ユウトはほんと、言うことを聞かないんですから」

「良いのか、救世主殿よ」


 ペキュラ婆さんが、初めて熱の入った視線を注いでくる。

 彼女だけじゃない。デルタはさらに身を乗り出してきた。


「期待していいんだな!?」

「あまり過剰な期待は、困るけど」


 それでもできる限りのことはしたい。

 そう意思を固めたとき、当事者のニコが悲しそうに首を振った。


「あの、あたしは、ユウトお兄さんたちに頼りたくないかなぁ」


 口元に浮かんでいたのは弱々しい笑みだった。

 でも、どこか嬉しそうな笑みでもあった。


「どうして?」

「うんと、たしかに今朝までは薬が怖かったよ。もうこんなところから抜け出したい、逃げ出したいって思ってた。救って欲しい、って、少なからず思ってたんだよ。……でも、いまはそこまで思ってないんだ」

「なんでだよ!? オメェ、自分の顔色わかってんのか!?」

「わかってるよ。体中が痛むし、健康だって言えないことくらい自分でもわかる」

「ならなんで、」

「だって、デルタが心配してくれたんだもん」


 ニコは、心の底から笑みを浮かべた。

 本当に幸せそうに。


「ペキュラお婆ちゃんも、デルタも、あたしのこと心配してくれた。デルタなんかいままで一度もあたしのこと見てなかったもん。戦いばっかりで、あたしのことなんてちっとも考えてなかった。……だけど、いまは違うもん。デルタの瞳にあたしが映ってる。あたし、それだけで救われたんだよ?」

「……あ……オレァ……はじめっから……」


 デルタは泣きそうな顔をしていた。

 いままでずっと心配していたのだろう。幼い頃から一緒に過ごすなかで、ひとときもニコのことを心配しなかったときはなかったに違いない。

 でも、ニコはそう感じていなかった。それはニコが鈍いのか、あるいはデルタが不器用だったのか。どちらもあったのかもしれない。

 ただデルタにとって、今回が初めてだった。その気持ちに気付いてもらえたのも、伝える機会が巡ってきたのも。

 それを理解しているからこそ、デルタは言葉を紡げなかった。

 ただ泣きそうな顔で、ニコの瞳を見つめるだけで。


「……ごめんね、わがままで。でも、だから、あたし無理にこの都市から離れる必要なんてないって思うんだ。デルタがそばにいてくれるだけで、幸せなんだって思ったから」


 嘘偽りのない言葉だ。

 それまでのデルタとニコの関係を知らないユウトたちですら、それが理解できるほどに感情が込められていた。


「ニコ……オレァ……」

 デルタはそんなニコに、言葉を振り絞った。


 その瞳に決意の炎が宿っていた。


「――オレァ、オメェをもっと救いてェんだ。こんなちっぽけな幸せじゃなくて、もっともっとでけェ幸せをやりてェんだよ。だからオレも行くぜ。……いや、連れてってくれ」


 ユウトたちに向き合って、頭を下げた。


「世界の救世主さんよォ、オメェたちに頼みたい。この先、戦いじゃ絶対誰にも負けねェと誓う。だからオレを連れてってくれ。オメェたちの槍として科学都市へ向かわせてくれ。ニコを救う方法を探してェんだ」


 もっともっと、彼女を救う。

 デルタはきっと不器用なのだ。

 ニコを幸せにするために、どうしていいかわからない。

 だからこそ、求めるのだろう。


「……そこまで言われれば、仕方ないですね」


 シンクも折れたようだった。

 ユウトとレイはもとよりそのつもりだったので、もちろん首を縦に振った。


「じゃあ、決まりだね」


 次の目的地は科学都市シントーキョー。

 話を聞く限り、その都市だけは世界樹時代以前の姿を保っているのだろう。

 不安と期待を織り交ぜて、ユウトは窓の外――科学都市があるであろう方向を眺めるのだった。




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