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黄昏のG   作者: 裏山おもて
5章 ナノマシンという病魔
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 地下通路は外壁のそばまで続いていた。

 狭い階段を上り、内側からしか開かない扉を開けて外に出る。扉の外はどこかの橋の下――冷たい空気が吹く水路沿いだった。


 待ち伏せはいなかった。逃亡する想定をされてなかったのかそれともほかに理由があるのか、近くにはあからさまに誰もいなかった。

 外壁の門はすぐそこ。しかも、ここから見る限り門兵の姿もない。

 逃げろと言われているような違和感だった。

 しかしそこを問い詰めるような相手もいない。


「食料もすでに頂いてますし、このまま次の都市へ向かいましょう」

「ああ……せっかくの快眠が……」

「何を言ってるんですか。美少女ふたりに囲まれて寝るのも充分快適じゃないですか」

「……美少女?」

「はい。美少女です」


 たしかにシンクは綺麗でスタイルも良いし、レイは人形のような美しさと儚さを備えてはいるが、しかし。


「知ってるかシンク。見た目が幼い長寿の人をなんて呼ぶのか」

「なんて呼ぶんですか?」

「ロリバ――」

「おっと手が滑りました」

「痛い痛い痛い! ごめんなさい口が滑りました!」


 耳を掴まれた。

 そんなことをしていると、先に橋に上がっていたレイが冷たい視線で見下ろしてくる。


「敵はいないみたいだけど、どうするの」

「ほら行きますよユウト」

「はい……」


 そのまま三人は外壁へと向かった。

 一晩どころか数時間でこの都市を去ることになるとは思わなかった。まだ凍てつく寒さのなか、外の世界へ出るなんて考えただけでも憂鬱になる。

 そう思っていると、ふとシンクが足を止めた。


「待って下さい。血の匂いが……」


 そう言って、近くの狭い路地へと歩いていく。

 このタイミングで厄介事は勘弁してほしいものだったが、たしかに血の匂いが風に混じって漂ってくる。

 あまり嗅ぎたくない匂いだ。

 シンクが路地を覗くと、すぐに駆け出した。

 路地の奥に倒れていたのは――兵士だった。


「大丈夫ですか!? しっかりしてください!」


 見覚えがあった。

 外壁から王の屋敷まで送ってくれた兵士だった。

 彼は背中をバッサリと何か歪な刃物で刻まれて、おびただしい量の出血をして倒れていた。

 シンクが呼吸と鼓動を確認してから、ゆっくりと首を振った。


「ダメです……もう、時間も経ってます」

「なにがあったんだ」

「わかりません。ただ事態は単純なものではなさそうです……レイさん」

「やってるわ」


 振り返ると、レイが右目の義眼を輝かせていた。

『白眼』の力は、共感覚ネットワークを使って他人の感覚を覗いたり同化させたり、あるいは植え付けたり奪ったりするものだ。ネットワークの範囲はかなり広いが、レイ一人の脳ですべてを同時に見ることはできない。視覚や聴覚を頼りに同時に何人もの感覚に潜り、そこから情報を得る。

 少し待っていると、レイが小さくつぶやいた。


「見つけたわ」

「繋いでください」


 シンクが迷わず言う。

 するとユウトの頭にも、どこかで誰かの見ている感覚が流れ込んでくる。





『おいおいおいおい。ふざけんじぇねえぞ?』


 炎を背に男が立っていた。

 背が高く、短い髪は天を衝くように逆立っていた。目つきの悪い男だった。

 そいつは右手に妙な形をした武器を持っていた。丸みを帯びたトゲのついた剣のような武器だ。

 男は足で人を踏みつけていた。よく見れば、それは執事だった。王のそばにいたはずの年若い執事。


『殺すふりをして逃がす……そんなことも見抜けねえと思われたってことか。ああ? 俺も見くびられたものだなあ!』

『ご、誤解じゃ』

『言い逃れできるとでも思ったのか爺さんよう?』


 男は武器をぐるぐると回して、まっすぐこっちに近づいてくる。

 恐怖と、怯えと、焦燥が激しく鼓動を揺らした。この視点――ネロの感情だとわかってはいるが、感覚を繋いでいるユウがそう感じているような錯覚を覚えた。

 男が武器の刃を喉元に向けてくる。


『連中はどこだ。言わねえと、この都市の民たちを皆殺しにしていく』


 炎に照らされたその男は、まるで射殺すような目でこっちを睨んでいた。





「――レイさん!」

「無理よ。感覚の強制操作は直接目視しないとできないわ」

「仕方ありませんね! 急ぎます!」


 シンクが地面を蹴って屋根にとびあがる。

 ユウトとレイもシンクに続く。

 いま見た男が誰かは知らないがなんとなく事情は察した。都市の人たちがいきなり魔法を撃ってきたのは、おそらくその男の仕業だろう。

 そしていま武器を向けられているのは王だ。執事はもう殺されていた。その背中に兵士と同じ傷痕があるのも見えた。

 王も同じ目に合うまで、時間の問題だ。

 はやく助けなければ。


「先に行く!」


 魂威変質の精度を高めて、シンクとレイを置き去りにして街の空を跳んだ。

 一瞬で景色が過ぎ去り、わずか十数歩の跳躍で元の屋敷まで戻ってくる。

 上空から見えたのは男と王。

 そしてふたりを囲んでいたのは街の人々だった。彼らは手を出せずに、距離を取って手をこまねいている。

 男はいまにも王に斬りかかりそうな剣幕だった。


「やめろッ!」


 ユウトは男と王の間に着地する。

 男はとっさに後ろに下がって武器を構えた。


「おっと、まさか自分から戻ってくるとはな」

「な、なぜ戻ってきた!?」


 王が目を見開いた。

 そんなことはシンクに聞いて欲しいが、とにかくこの光景を見せられて引き下がるわけにはいかない。

『黑腕』を男に向ける。


「僕らを狙ってるのか?」

「おいおい、初めて会った相手には挨拶しろってママから教わらなかったのか?」


 男は武器をくるりと回して、享楽的に笑った。


「答えろ! 僕らを狙ってるのか? この都市の人たちを殺して脅してまで……」

「役に立たないやつを殺してなにが悪い」

「っ! 【バースト】!」


 つい烈風で男を狙った。

 だが男は軽々と跳んで避ける。身のこなしがただ者じゃない。


「話の途中で相手を殺そうなんてせっかちだなボウズ。礼儀は身に着けろってママから教わらなかったのか?」

「母は、生まれたときに死んでる!」

「おっとそれは失礼」


 男はじりじりとユウトに向かってくる。

 重心がぴくりともブレない。隙が見えなかった。

 少なくとも、体術はかなり鍛えられている。メオやシンクに匹敵するくらいの鍛え方だろう。いまのユウトじゃまともに戦っても分が悪そうだ。


「さあ、どうぶっ殺してやろうか――」

「【接続(リンク)】」


 ユウトの背後に遅れてやってきたのはシンクとレイ。

 レイの右目の輝きが、一段と濃くきらめいていた。

 男はレイではなくシンクを見て、口元に歪んだ笑みを強く浮かべた。

 まるで仇敵に会ったような歪んだ笑みだった。


「てめえがシンクだな! 死ねえ!」


 男は奇抜なその武器を振りかぶる。

 だが、残念ながらすでにレイの『白眼』の支配範囲内。


 男はけたたましい笑い声をあげながら、その切っ先を変えると自分の腹を切り裂いたのだった。


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