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黄昏のG   作者: 裏山おもて
4章 眼と躰
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11

 

 まず見えたのは、小さな要塞都市だった。


 青い旗に白い雲のデザインが描かれた旗印の要塞都市。その旗がパタパタと揺れている。

 どこか遠い場所の都市だということはわかる。見たことも聞いたこともない要塞都市だった

 ただその都市は、すでに滅びかけていた。

 外壁は崩れ、街は破壊されていた。

 一匹の巨大な『複巣母体』に飲みこまれかけていた。

 都市の中心の塔――そこにいたのは壮年の男だった。右目に白い義眼を嵌め込んだ、壮年の戦士。

 彼は手にした剣を振りかぶり、『複巣母体』に斬りかかった。

 だが彼は、あっけなく飲みこまれてしまった。




 つぎに見えたのは、どこか暗い空洞だった。

 周囲に肉の房のようなものがいくつも垂れ下がっていた。まるで花が開く前の蕾だった。その蕾から出てきているのは、数々の鎧獣。

 鎧獣の出産だ。

 そのなかの一匹の鎧獣の目に、白い義眼が嵌めこまれていた。

 だがその鎧獣は外の世界に出ると、すぐに樹氷が直撃して死んでしまった。

 別の鎧獣が義眼を口に咥えて、『複巣母体』へと戻っていく。




 また、『複巣母体』の胎内が見えた。

 肉の蕾から出てきたのは二本足の鎧獣だった。爪は退化し、ずんぐりとした頭が特徴の鎧獣だった。

 だがそんな体で他の鎧獣たちとの生活ができるわけもない。

 そいつはすぐに死んでしまった。




 また胎内が見えた。

 つぎに出産されたのは、かなり人型に近い鎧獣だった。

 その鎧獣は器用に動くことができた。だが知能は低く、そのままでは樹氷を砕いて持ち帰ることもできなかった。

 他の鎧獣との喧嘩に巻き込まれて、そいつもすぐに死んでしまった。




 つぎに産まれたのは、ほとんど人に近い鎧獣だった。

 そいつは言葉もすこし話せた。身体構造が人間とほとんど同じで魔法も使えた。どんな場所でも歩くことができる魔法だった。

 そいつは外の世界に出されることもなく、『複巣母体』の胃の中で育てられた。人間の作った黒いフードのついた外套が、エサとともに胃袋に流れ込んできて、そいつはその服を着ていよいよ人間らしくなった。




 だが、まだ終わりではなかった。

 最後に産まれたのは、人間だった。

 小さな女の子の赤ん坊だった。身体も、内部も、すべてが人間そっくりだった。

 彼女は生まれたときから、右目に白い義眼を埋め込まれていた。

 彼女もまた胃の中で育った。たどたどしい言葉を教えられ、体の使い方を教えられた。そして彼女が少女の年齢まで育つと、『複巣母体』の中から連れ出されて、夜の闇に紛れてとある要塞都市まで連れてこられた。

 少女はこっそりと、人間の街へと放り込まれたのだった。




 少女はそのまま都市のなかで大きく育った。

 やがて十年ほどが経ち、少女は人間としてのほとんどを身につけていた。

 彼女は人間の言葉が話せ、薄くとも感情を持ち、そして過去に人間から奪った義眼を使いこなすことができていた。

 そうできるよう意図的に産み出されたのだから、彼女は何も疑問を持たなかった。

 ただ彼女は観察するだけ。

 誰かと関わることもなく、地下で身を潜め、静かに街中を観察していた。

 まるで監視するかのように。

 ただ役割を果たす人形のように……。



 ❆ ❆ ❆ ❆ ❆ ❆



「ユウト! しっかりしてくださいユウト!」


 肩を揺さぶられて、ユウトは我に返った。

 ほんのわずかな時間だった。一秒にも満たない刹那の出来事だった。

『白眼』の力だろう。

 シンクが歯を剥く。


「あなた、よくも!」

「待ってシンク。大丈夫だから」


 少女に掴みかかりそうになるシンクの肩を、ユウトは手で押さえた。

 近くに歩み寄る。

 いま見せられた映像が正しければ、それが少女の記憶の一部なのだとしたら。


 ユウトは少女の目隠しを完全に外した。

 鈍色の薄い瞳が、その下から現れる。

 かなり長い間痛みに耐えていたのだろう。目の周りは鬱血していた。

 近くでよく見てみると確かに右側だけ義眼だった。至近距離で見なければ、もともとの目の色と相まってわからない。

 その義眼をじっと見つめながら、ユウトは言った。


「君は……鎧獣だな?」


 見せられた記憶の通りであれば、そうだった。

『複巣母体』のなかで見た人モドキの鎧獣。そいつの妹のようなものなのだろう。

 シンクとメイジェンは小さく息を呑む。

 少女は淡々と答えた。


「だとすれば、どうするの?」

「君が憎い」


 ユウトは隠さなかった。


「僕の大切な友達は、鎧獣たちに殺された。僕は鎧獣が憎い。殺したいほど憎い。いまここで、君を引き裂いてしまいたいほどに」

「あら奇遇ね。私の親も兄弟も、あなたたち人間に皆殺しにされたわ」


 ユウトの視線から目を逸らし、じっとメイジェンを見つめる少女。

 ようやく合点がいった、とシンクが声を漏らす。


「メイジェンさんを襲った理由はそれですか」

「半分は正解。半分は違うわ」


 シンクの問いかけに、少女は首を振る。


「たしかに私は鎧獣よ。人間と姿かたちは同じでも、そうなるように造られただけの鎧獣。でもだからといってあなたたち人間が憎いわけじゃない」

「ではなぜメイジェンさんを襲ったのですか」

「親の仇でも憎めば、人間になれると思ったからよ」


 少女は自嘲するように幽かな笑みを浮かべた。


「あなたたち人間と違って、鎧獣は親に情を持たない。名前も持たない。巨大な母親の末端として役割を与えられ、死ぬまでその役に従事するだけ。私も同じように産み出されこの都市に放り込まれた」

「君の役割?」

「人間社会の監視よ。あなたたち人間が『複巣母体』と呼ぶ私の母親は、〝進化〟のためならどんなものでも欲したから。だから私はこの街で、できる限りの情報を集めて母親に送っていた」

「その義眼の力で?」


 ユウトが聞くと、少女はまたかぶりを振る。


「この義眼は鎧獣には効かないわ。脳がなければ感覚接続はできない」

「じゃあ、どうやって」

「あなたたち人間はこの氷の世界に抵抗するために魔法と言う進化形態を遂げたのよね。でも私たち鎧獣は、抵抗するのではなく適応していったのよ。固い外殻を持ち、樹氷を食べて生きられる体になっていった。その一環で言葉を捨て、もっと高度なコミュニケーション器官を有するようになったの。人間の言葉でいう『共感覚神経ネットワーク』。皮肉だけど、この義眼と似たような力よ」

「ほほう。それは興味深い」


 メイジェンが目をギラつかせていた。

 言葉を捨て、それ以上のコミュニケーション手段を使うとは。


「鎧獣のほうが人間よりも高度な知的生命体だと言いたいのか?」

「比較に意味はないわ。ただあなたが思うより、私たち鎧獣のコミュニケーションは便利じゃないのよ」

「どういう意味だ?」

「母親の体内に大きな共鳴器官――〝母核〟があるの。その器官は心臓であり集積回路であり受信装置で、私たち末端の心臓部〝神経核〟と共域周波接続されるようになっている。私たちが見たり聞いたり感じたりしたものは、〝神経核〟を通して、すべて母親にフィードバックされるようになっているのよ」

「む……なにを言いたい」


 メイジェンが理解できずに首をひねる。

〝神経核〟というのが鎧獣の弱点だということはなんとなくわかったが、それ以外はよくわからなかった。


「つまり一方通行のネットワークだというのですね」


 シンクはすぐに理解したのか、うなずいた。


「そうよ。私たちは母親や他の鎧獣が見たものの情報を得ることはできない。ただ役割という名の命令を持って産まれてくるだけ。私の場合、この都市の監視だった」

「なるほど。それなら母親の道具と同じようなものですね」

「そうよ」


 ユウトはふと思い出した。

 役割を持って造りだされた存在だというなら、自分は道具だと言っていたシンクと同じじゃないか。


「道具は意志を、感情を持たない。でも私は人間として生きることもできたわ。母親があなたたちに殺されて与えられた役目がなくなった私は、もう何をしようが自由だった。……だから私は、人間になりたかったのよ」

「それでメイジェンさんを」

「ええ。親の仇を取るのは、人間らしい行為でしょ?」


 ぼんやりと、どこか空虚な言葉で首をかしげた少女。


「でもあなたは失敗した」

「そうね。失敗したわ」


 いまは地下で拘束され、衣服を纏うことも許されず、拷問を受けている。

 それのどこに自由があるのだろう。

 どこに、人間がいるのだろう。


「しかし疑問です。あなたがその義眼を持って産まれた意味がまだ不透明です」

「とくに理由はないわ。私の母親が私を造るとき、より便利な機能を備えるようにしただけのことよ。ちょうど手元にあったしね」

「ですが『霊王の五躰』の適合は、それこそ遺伝子情報に組み込まれているものです。そう簡単に言えることではありません」

「簡単よ。『複巣母体』はこどもを造る時、自分が食べたものの情報を使って遺伝子組み換えをすることができるだけよ。だからこそ人間の姿をした、雌の、義眼を持った少女を産むことができたのよ」

「それならたしかに理論上は可能ですが、かなり高度な技術です。染色体すら操作しないといけません。私が生きていた時代ですら、成功例は極めて稀でしたし……」

「もちろん何度も失敗したらしいわ。私がその完成品」


 まるで本当に自分を道具としか思っていない言葉。

 本当に、それ以上でも以下でもないという言葉だった。


 人間に造られた人間。

 鎧獣に造られた人間。

 ユウトにはふたりがどこか遠い存在だと感じてしまった。

 シンクはしばらく考えいたようだったが、納得したようだった。


「鎧獣がそんな高度な生命体だったなんてにわかには信じられませんが……わかりました。つまりあなたの母親は『白眼』の本来の適合者を、『白眼』ごと食べてしまっているということですね?」

「そうみたいね」

「では、ひとつ取引しませんか?」


 シンクはメイジェンの顔を伺いながら、少女に一歩近づいた。

 メイジェンは勝手にしろと言わんばかりに肩をすくめて、地下室から出て行った。拷問を担当していた老父もいつの間にか姿を消している。

 地下にシンクとユウト、そして少女だけになると、シンクは少女の右目を見据えて言った。


「あなたを殺してその右目を奪うのは簡単です。ですが、事態はそう単純なものではないようです。ですから取引です。私たちがあなたを人間として扱います。鎧獣ではなく、人間にしてみせます。そのかわり私たちに協力してください」

「……協力?」

「はい。私たちの仲間になってください」


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