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黄昏のG   作者: 裏山おもて
4章 眼と躰
48/73

12

  

 医務室のベッドには、少女が横たわっていた。


 拘束具を解いたとたんに気を失ってしまった。さすがに痛みに耐えるのに体力を使ってしまったのか、いまは深い眠りについている。

 ベッドのそばに座るのはユウトひとりだった。

 扉の外から、メイジェンとシンクの話し声が聞こえる。


「結局、大人しく話してくれましたね。自白剤が効いたのですかね」

「かもしれん。鎧獣だったから効き目が遅かったのかもな。拷問はあまり効いているようには見えなかったし」

「とはいえ、鎧獣の生態には驚かされるばかりですね」

「ああ……本当に、人間よりも高度な知的生命体かもしれんな」


 氷の世界で生き延びた唯一の生命体。

 暖域に閉じこもった人間とは、その社会構造もなにもかもが違いすぎる。少女が言っていたとおり、比較に意味はないのかもしれないが。


「ですが、それゆえあまりこの都市に長居していられなくなりました」

「例の『神経核ネットワーク』か」

「ええ。ネットワークが広範囲に及ぶもので、もし『複巣母体』同士が接続できるのだとすれば、おそらくユウトと私、そして彼女の三人が……『霊王の五躰』の三つが同じ都市に集っていることがバレています」

「そうなれば、次の『複巣母体』が襲撃に来るな」

「はい。ですから、一刻も早くここを去らなければなりません」

「ううむ……こればかりはどうにもならんな」


 低く唸ったメイジェン。

 もうこの都市にいる理由より、ここから離れる理由の方が多くなってきたようだった。

 そろそろ旅立つときか。


「……長い間、お世話になりました」

「それはこちらの台詞だ。シンクがいなければエヴァノートはここまで繁栄していない。二百年間、この都市を守ってくれてありがとう。都市民を代表して私から礼を言わせてもらう」


 扉の外では、きっとメイジェンが深々と頭を下げているのだろう。

 ユウトは静かに眠る少女の寝顔をじっと見つめる。

 長い睫毛に、綺麗な肌。

 人形のように整った顔は、鎧獣だと言われてもふつうは信じないだろう。


「君が僕を見つけたから……かな」


 憎いと思えば人間らしいと、少女は言った。

 それならユウトは紛れもなく人間だった。

 この少女が義眼の力を使って街を監視していたというのなら、きっと『黑腕』のことも、ユウトが鎧獣たちの天敵のひとつ『黑腕』を持っていることも、そしてユウトが守りたかった相手がミンファだったということも、この少女が見たことを通して『複巣母体』が知ったのだろう。


「……君が、憎いよ」


 わかっている。

 この少女はそういう役割を持っていたからそうしていただけだ。この少女自身に害意があったわけではない。

 だけどそう簡単に割り切れなかった。

 ユウトは少女の首筋に触れる。

 ほんのりと暖かい。力を込めれば、すぐに折れてしまいそうなほど細い首だった。


「僕は……どうすればいいんだよ……」


 だが、ユウトと少女はもう同じ立場になってしまった。

 科学兵器を手に世界樹の破壊へと向かうことになる。これから先はどちらかが欠けてもダメだろう。仲間と言う名の鎖で縛られてしまったから。

 だったらこの胸に渦巻いた気持ちを、どこにぶつければいいのだろうか。

 ユウトは少女の首から手を離す。


「……殺さないの?」


 少女がうっすらと目を開けていた。

 起きていたのか。


「ああ、殺さない」

「なぜ? 私が憎いんじゃないの? 憎いと殺すのが、人間じゃないのかしら」


 グサリと刺されるような言葉。


「憎くても我慢するのも、人間だよ」

「そう。人間って意外と面倒なのね」


 少女が起きあがる。

 いまはもう服を着させてある。最初に会ったときから変わらない、薄い肌着程度の服。

 鎧獣だから寒くないのだろう。

 そう思っていたが、


「こんな格好で寝たせいで、少し冷えたわ。何か羽織る物が欲しいのだけど」

「あれ? 寒さは得意なんじゃないのか? いつも薄着だし」

「寒いわよ。いつも寒い」

「そうだったのか。じゃあどうしていつもそんな恰好でいたの?」

「服を買うお金なんてないもの」


 当たり前のように言う少女だった。


「盗もうとは思わなかったのか?」

「それは食料だけよ。快適さを求めてしまえば際限がなくなるから、自制してるのよ」

「なるほど」


 ユウトは部屋の隅に畳まれてあった毛布を少女に渡した。少女は毛布を体に巻きつけて丸くなると、扉の外に目を向けた。


「それで、これからどうすればいいの? あなたたちの仲間になるということでいいのかしら」

「君が嫌でなければね」

「べつにどちらでも構わないわ。私を人間にしてくれるなら、断る理由もないし」


 自分のことなのに、さほど興味がなさそうだった。


「なら一緒に来てもらうよ。まあ僕が決めることでもないんだけど」

「この都市を離れるということでいいのよね?」

「ええ、西に向かいます」


 扉を開けて入ってきたシンク。


「ここから西へしばらく行くと、小さな要塞都市があります。そこを経由してさらに西に向かうと、ここよりも大きな要塞都市がひとつ建っています。そこで情報収集をしましょう。残り二つの『五躰』の在処を調べなければなりません」

「わかったわ」

「そのまえにこれをどうぞ。あなたの服です」


 シンクが少女に渡したのは医療班と同じ制服に、ユウトと同じ緑色の外套だった。

 少女は素直に受け取って、制服を着る。

 いままで質素な布のような服ばかりだったからわからなかったが、制服も意外と似合っていた。

 ただ、外套を手にするとそれをじっと眺めて首をかしげる。


「……これは、どうやって着るのかしら」

「こうするんですよ」


 シンクが少女の首に外套を着けてやる。

 かなり立派な風貌に様変わりした。

 自分の服装を興味深く眺めてから、少女はユウトのほうに振り向いた。


「少しは人間らしくなったかしら」

「まあ、似合ってるよ」

「そう。ありがとう」


 意外と従順だった。

 驚いてると、少女が怪訝な顔をした。


「なにか文句でも?」

「いや……礼も言えるんだなって」

「褒められたらお礼を言うのは当たり前でしょう?」


 それもそうなんだけど。


「ではさっそく準備をしに戻りましょう。急な出立ですが、各方面への挨拶はしておかなければなりません。次にいつ戻って来れるかわからないのですから」


 シンクはそのまま医務室を出て行こうとして、足を止めた。

 ユウトが動こうとしないのを疑問に思ったようだった。


「どうかしましたか?」

「いや……名前をまだ聞いてないなと思って」


 もちろん、少女の名前だ。

 これから先、しばらく一緒に旅をするのだ。名前も知らないのは不便どころの話じゃない。

 そう思ったが、少女は淡々と答えた。


「名前なんてないわ。鎧獣は名前を持たないから」


 どこか冷たい言葉だった。

 そういえばそんなことを、地下室でも言っていたっけ。

 シンクも困ったような顔をしたから、ユウトは大きくため息をついた。


「君は人間になりたいんだったよね」

「ええ。ひとまずは」

「なら、まずは名前からだよ」


 名前がないならつければいい。

 べつに、それくらいなら珍しくない。

 ない物を生み出すことは、昔から得意だった。


「呼ばれたい名前、ある?」

「とくにないわ。名前はただの記号でしょ? 好きに呼んで構わないわ」


 たしかにそうなんだけど。

 とはいえ、名前は大事だ。

 少女のことは憎いが、その憎さも含めて守っていかなければならない。

 守りたいのではない。守らなければならない仲間だからだ。

 べつに仲良くなる必要はないことはわかってる。仲良くなる必要も、なりたいとも思わない。これから先とっさに守ってやることもできないかもしれない。守らなければならなくても、心でまだそれを容認できてはいなかった。

 だからこそ、ユウトは覚悟する。


「……レイ」


 かつて最も守りたかった妹。

 でも、守る前に失ってしまった。

 その一部を借りて呼べば、少しは守ろうと言う気にもなるかもしれない。


 彼女の名を、憎い相手につけるなんてどうかしてる。

 そんなこと自分でわかってる。

 でも、それくらいしないとこの道は進めないだろう。

 痛くても、苦しくても、進まなければならない。

 ミンファにもらった命。

 自分だけ、痛みから逃げてはならないはずだ。


「レイ、はどうだ」

「それでいいのですかユウト?」


 シンクが眉をひそめた。

 レイラのことは知っている。だから心配にもなるのだろう。

 それでも、ユウトはうなずいた。


「いいんだ。君さえよければ、レイと呼ばせてもらう」

「……レイ……レイ……」


 少女は何度かその名をつぶやいて、覚えようとしたようだった。


「僕はユウト。こっちはシンク。これから長い旅になる。仲良くしてくれとは言わないけど、せめて裏切らないようにしてくれよ」

「ええ、努力するわ。よろしくユウト」


 握手を交わすようなことはなかったけれど。

 ユウトと鎧獣の少女――レイは、堅く視線を合わせて頷きあった。

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