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黄昏のG   作者: 裏山おもて
4章 眼と躰
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「では参るとしようかの。デューラ、包囲網を」

「ハッ」


 グレゴリアが内壁の上で立ち上がる。

 眼下の建物に右手を向けたのは、屈強そうな機動隊の男。

 彼は静かに指先を躍らせるかのように動かしながら、魔法を唱えた。


「【紫炎の海壁】」


 赤紫色の炎が生まれ、敷地を取り囲む壁のように立ち昇った。

 それと同時、グレゴリアがユウトに視線を送る。

 わかっている。

 いまのはあくまで敵を逃がさないための魔法。狼煙を上げるのは、ユウトの仕事だ。


 ユウトを先頭に、部隊は壁の上から飛び降りた。そのままユウトとグレゴリア、シンクは中庭に着地する。それ以外の隊員たちはそれぞれ門のある場所へと散ったようだった。

 中庭を囲むように建っている建物は四つ。

 そのひとつで取引が始まっているのだろう。

 ここからは速度が勝負だ。


「【バースト・ギア】!」


 ユウトは天に掲げてギアを解放する。

 烈風が中庭に吹き荒れて、上空へと巻き上がる。

 その衝撃で、中庭に面している窓がすべて割れた。

 悲鳴が聞こえてきたのは右側の建物。


「ガッハッハ! ゆくぞ『魔女』よ!」

「私はユウトを守りながら行きますから、お先にどうぞ」


 シンクの返事も聞かず、グレゴリアは雄たけびをあげながら建物へと突っ込んでいく。

 途端に聞こえたのは数々の悲鳴だった。

 すぐに後を追ったユウトたちは、グレゴリアが拳で破壊した扉から中へと入る。


「神妙にしろオッ!」


 グレゴリアが手当たり次第に暴れまわっていたのは、大広間のようなところだった。

 もうすでに滅茶苦茶だった。

 部屋の中央に高く積まれていたのは樹氷片だった。かなりの数だ。ユウトとシンクがこのまえ集めた樹氷片の、数十倍の量はあった。

 それを囲むように数十人の人が集まっていた。みな黒いフードを被って目元を隠す覆面をしていた。


 いきなり扉を破って現れた巨人に、あっけに取られる者たち。その片っ端から掴みかかっては殴り倒していくグレゴリア。男だろうが女だろうが見境はないが、決して殺さないように手加減をしているのだけはわかる。

 とはいえ、全員が呆然としていたわけではない。

 そのなかには商人の護衛もいたのか、すぐにグレゴリアに魔法を放って応戦する者もいた。だがグレゴリアは魔法をすべて拳ひとつで打ち払うと、魔法を使ってきた者から叩きのめしていく。


 グレゴリアの圧倒的な強襲になすすべもなく倒れていく者がいるなかで、我先にと逃げていく者たちもいた。

 部屋のそれぞれの扉から逃げていこうと出口に殺到する。ユウトたちのほうに向かってきた者は、シンクが気絶させていく。

 なかには機動隊の兵士もいた。剣を提げたていたが、さすがにグレゴリアとシンクを見てその武器を使おうとはしなかった。ただ逃げることを重視し、背中を向ける。


「魂威変質」


 ユウトは逃げ出そうとする機動隊員を見定めて、地面を蹴った。

 爆発的な跳躍で天井に跳びあがり、天井を蹴って機動隊員の正面に回り込む。

 一瞬で目の前に現れたユウトに、機動隊員は目を見開いて別の扉に向かって駆ける。


 だが、遅い。

 ユウトの魂威変質のほうが数段も上手だった。どれだけ急いで逃げようがユウトの速度には敵わない。

 即座に追いついて、首の後ろを強打して気絶させる。

 すぐそばにいた機動隊員らしき男も同じように逃げようとするが、その逃げる先に瞬時に回り込んだユウト。


「ば、化け物かよ……」


 腰に提げた剣を抜く気力も失ってしまったようで、地面に座り込んでしまった。

 部屋のなかを暴れまわるグレゴリア。逃げようとしても、ユウトとシンクが回り込んでしまう。

 数十秒で、ほとんど制圧してしまった。


「手ごたえがないのう!」


 不満そうに周囲を見回すグレゴリア。動いてる相手を見ればすぐに襲いかかっていく獣にしか見えなかった。


「そうですね。もう少し何かあると踏んでいたのですが」


 シンクも警戒しながら眉をひそめる。

 大がかりな取引とはいえ、参加しているのはほとんど商人や中央調査隊だ。英雄十傑が二人もいて苦労することなんてないだろう。

 息をつこうとした、そのときだった。


「う、動くな!」


 床に倒れたフリをしていたのか、ユウトのそばにいた覆面の男が立ち上がって機動隊員の剣を拾うと、そばで気絶している女商人の喉にあてがった。

 つい足が止まる。


「う、うう動くな! こいつを殺すぞ!」

「これ御仁、物騒なことはやめるのじゃ」

「うるせえ! 動くなっつってんだろ!」


 グレゴリアの言葉に声を荒げる男。

 覆面の下に見える目が、血走っていた。


「う、動くなよ! そのままだぞ!」


 さすがに人質を取られては、英雄十傑といえど簡単に手は出せない。

 グレゴリアもシンクも、じっと男の動向を伺う。

 男はずるずると女を引きずるようにして移動する。そのまま反対側の扉の近くから、ゆっくり部屋を出て行こうとしたときだった。

 グレゴリアが壊した扉から、ひとりの機動隊員が入ってくる。


「ユウト、これはなんだ!」


 メリダだった。

 戸惑ったように周囲を見回していた。


「メリダ、どうしてここに?」

「最近、魔法を鍛えるために浮かせた剣に乗って飛んで帰ってるんだ。そしたら家のそばで騒ぎがあるじゃないか……そのまま来てみたら、こんなことになってて。これはなんなんだ。なんでこんな酷いことを……」


 一般人の集まりを襲撃したようにしか見えないのだろう。

 ユウトは中央に積まれた樹氷を指さす。

 メリダは息を呑んだ。


「まさか……大元の取引だったのか?」

「ああ。あとはあのひとを捕まえれば終わりだ」


 残るは女性を人質にとっている覆面の男だけ。

 このまま逃げおおせるつもりなのか、扉から出て行こうとしていた男。

 だがなぜか、その動きを止めている。

 メリダを見つめて固まっている。


「え?」


 メリダも固まった。

 メリダと覆面の男は見つめ合う。まるで空気が凝固してしまったかのように、ふたりの視線がぶつかり合って時が止まる。


「……メリダリア……」


 男の口から漏れたのは、メリダの名前。

 その手から剣が落ちて、カランと床に転がった。


 ――脳裏に、嫌な予感が走った。


 隙が生まれたのを見て、グレゴリアがすぐさまその拳を振り上げて覆面の男に殴りかかる。

 ユウトは魂威変質を使ってグレゴリアより先に男のそばに回り込み、その巨大な拳を両腕を使って受け止めた。

 さすがの怪人。ただの拳がとてつもない威力だったが、なんとか耐える。


「どういうつもりじゃ」

「待ってください、グレゴリアさん」


 覆面の男からはもう戦意は感じなかった。

 いや、それどころか。

 彼はメリダを眺めて膝をついた。

 呆然とそのすべてを諦めたかのように。


「そんな、まさか……」


 メリダはゆっくりと歩いてくると、震える手で膝をついた男の覆面を外す。

 その下から現れたのは壮年の男の顔。

 温和そうな男性だった。


「うそだ……そんな……」


 メリダは顔を蒼白にさせて、首を何度も振った。

 こんな現実は信じたくないと。

 そう、言うように。


「嘘だと言ってくれ……父さん」



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