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黄昏のG   作者: 裏山おもて
4章 眼と躰
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「いいですか。決して油断はしないように」


 グレゴリア隊の隊舎は少し暑かった。

 それもそのはず、壁の石のなかには鉄の板が埋め込まれているらしい。なんでもグレゴリアがくしゃみをするだけで石の壁や天井に穴があくという。


 どこかで聞いたような話だが、とにかく外套を着けていては暑かったのでいままで脱いでいた。

 もう陽も暮れ始めた夕刻。

 本部で会議をしていたシンクが合流して、ユウトの身だしなみを整えていた。


「ほとんどが商人らしいですが、機動隊員も数名混じっているようですから。グレゴリアさんがいるとはいえ相手が抵抗しないとも限りません。不覚を取るなんてことはなんとしても防がなければ」

「でもシンクもいるんだろ。なおさら安全じゃないか」

「その油断が大敵なのです。商人にだって人を殺めることができる魔法を使える者がいるかもしれません。それに魔法でなくとも、刃物ひとつあれば人は人を殺せるのです。……はい、これでいいですよ」


 シンクに背中を叩かれて立ち上がる。

 外套もしっかり着たし、支度も整った。


「さて、いきましょう」


 シンクに先導されて部屋を出る。

 階段から下には降りず、上に登っていく。

 隊舎の屋上に出た。

 屋上にはすでに人が集まっていた。大がかりな捕物になるはずだが、その人数は思ったより少なかった。


「真に信頼できる者のみを集めたのじゃ」


 グレゴリアを含めて十人ほど。

 全員が経験の多そうな機動隊員だった。


「もう少し支援要請をかけてもよろしかったのではないでしょうか」

「あまり北部隊の痴態を広めんでおくれ。それに新しい風は少ないからこそ、その意味も増すというものよ」

「お気持ちはわかりますが、ユウトにはあまり危険を冒させるつもりはありませんよ」

「もとよりそのつもりじゃ。参加することに意義がある」


 グレゴリアがうなずいた。

 さすがのユウトもわかっている。自分の役目はおそらく最初だけだろう。機動隊内部での不祥事を解決したのがその部隊の英雄十傑では、とくになにも変わりはしない。しかしそれが入隊したての若者であれば、機動隊全体への影響力も高いだろう。


 つまり今回のこれは政治的な意味合いでの参加だ。幸いユウトは何度も樹氷を退けているから、その実力があることはすでに知れ渡っている。

 危険を冒す必要はない。いわばパフォーマンスなのだ。


「では、ゆくぞ」


 宵闇になり始めた空に紛れるようにグレゴリアが跳んだ。

 機動隊内部でも極秘の作戦だ。出かける姿を見られるわけにはいかない。

 隊舎の裏路地に着地した作戦部隊は、そのまま身を隠すように壁沿いを移動する。

 しばらく進んでいくと、地面に大きな鉄の蓋があるのが見えた。

 周囲を警戒しながら、グレゴリアがその蓋をあけて穴のなかへと跳び込んだ。他の隊員も続く。


「水道施設です。ユウトが先に」


 真っ暗な穴だ。だが、行かないわけにもいかないだろう。

 暗い空間に足が竦むが、呼吸を整えて飛び降りた。

 縦穴はそれほど深くはなかった。薄い灯りで照らされた石の通路に着地する。

 すぐそばに水が流れていた。水路だ。


「これ若人よ。すぐに退かぬと『魔女』の大きな尻の下敷きに――」

「うぎゃ!」


 背中にシンクが降ってきた。

 地面に押しつぶされてしまう。ユウトの背中にのったシンクが、グレゴリアを睨んだ。


「いま、悪口を言われたような気がしましたが」

「悪いとは言っておらん。好きな者もおるであろうぞ」

「それより早くどいでシンク。重い」

「……ユウトまで」


 ため息をつきながら立ち上がったシンク。ユウトも起きあがる。

 地下水路があったなんて知らなかった。石造りの洞穴のような造りで、かなり低い。巨体のグレゴリアは腰をかがめている。声がかなり反響していた。

 壁にところどころ設置された灯りが水路を照らしているが、水が流れているだけでとくに変わったところはない。

 こんなところで取引するとは思わないが。


「身を隠しながらの移動手段には重宝するのじゃ。もっとも、迷路のような構造じゃから把握していなければ迷ううえに、出入口はかなり少ないからのう」


 そう言いつつも、なんの躊躇いもなく進んでいくグレゴリア。


「水道施設っていうからには、っと臭いものだと思ってたけど」

「下水道のほうは臭いですよ。もうひとつ下のフロアになります。あとで覗いてみますか?」

「……遠慮しとく」


 そんな軽口も叩きながら、何度も曲がったり進んだりする一同。

 しばらく歩いていたグレゴリアが足を止めたのは、何もない空間。水路もなく、おそらく資材置き場だったと思われる広い場所だった。

 シンクが首をかしげる。


「まだ目的地は先ですが……どうかしたんですか?」

「ふむ。何者かがここにおったようじゃの」


 グレゴリアの足元に、小さなパン屑が落ちていた。

 よく気づいたものだが、それよりグレゴリアが難色を示したのは落ちていたことそのものではない。


「まだ地面にぬくもりが残っておる……つい先ほどまでおったようじゃ」

「何者でしょうか」

「さあのう。だが、警戒するにこしたことはない。思わぬ敵に時間を取られたくはないからのう」


 そこからは、すこし慎重になりながら進んだ。

 とはいえ誰かと遭遇することもなく、予定通りに目的の場所についた。水路は思ったより肌寒くて、着くころには鼻先が冷たくなってしまっていた。

 グレゴリアが縦穴に据え付けられた梯子を伝って、ゆっくりと上に登っていく。かなり肩身の狭そうな登り方だった。

 どこかの倉庫のような場所だった。周囲に高く荷物が積まれている。


「備蓄倉庫ですよ。有事の際のために毛布や水などが保存されてます。管理管轄は機動隊本部です」

「……どのあたりにあるんだ?」

「貴族街の中です」

「えっ」


 意外な返答に声が漏れた。

 つまり、地下通路を通ってくれば内壁の検問を通ることなく貴族街に来れるってことか。


「水路はもともと、水道技術が発達する前に貴族たちの緊急避難通路として造られたものですからね。それに普段はこの蓋にも鍵がかかってますので開きませんよ。今回は先に開けてもらっていましたから出られただけです」

「なるほど……」

「貴殿ら、悠長に話しておる暇はないぞ」


 グレゴリアが倉庫の扉から外に出ていく。

 ユウトたちも後に続いた。

 倉庫は貴族街の隅に建っていた。内壁のすぐそばで、たしかに誰かの屋敷のそばの敷地外だった。それが誰か……は、聞くまでもない。

 倉庫から出て道を挟んだ向こう側の屋敷に、見覚えがあったのだ。


「……レイト家……」


 生まれ育った屋敷だった。

 屋敷の敷地からほとんど出たことがなかったから、道の反対側に倉庫があったなんて気づかなかった。なるほど鍵の所有者がゴート=レイトなら、今回の作戦にこの通路を使える理由も納得できた。


「行きますよ、ユウト」


 呆然としてしまったユウトの手を、シンクが引く。

 貴族街の静かな路地を少し進み、内壁に着く。

 内壁を守る兵士たちに気付かれないよう、門のそばにあった階段を上っていく。内壁の上には見張りはいないので、上に登ってさえしまえば誰にも気づかれないだろう。


「さて、そろそろじゃよ」


 グレゴリアが声を低くした。

 内壁を上りきると眼下に街が見えた。

 初めて内側から眺める北街だ。家々に灯りがともり、静かな風が吹いている。遠くに黒々とした外壁がそびえ立っている。

 そのまま内壁の上を移動して西街寄りに歩を進めた。

 しばらくすると足を止めて、グレゴリアが身を潜めながら眼下を指さした。


「この下に、大きな建物があるじゃろ」


 外壁沿いに建っていたのは、たしかに他よりも巨大な建物だった。大きな敷地に四つの棟が建っていた。中庭もある。まるで屋敷だ。

 旗も印もなにもないから、商会ではないだろう。かといって個人で持つにも大きすぎる。


「中央調査隊の外園支部じゃ。壁外活動の拠点といっても差し支えあるまい」

「それって……」

「そうじゃ。思った以上にかなり腐敗は深かったようじゃのう」


 落胆するように息を吐いたグレゴリア。


「見てみろ。周囲の建物の前、絶妙な配置に浮浪者のような者がおおくいるであろう? まるで隠れるように」

「ええ、はい」


 魂威変質で視力を上げ、暗がりを覗く。

 たしかに何人かが敷地を包囲するかのような配置で、路地で周囲を観察している。


「どうやらやつらが監視員らしくてのう。機動隊がもし周囲から突入を試みても、やつらに見つかった時点で取引自体は中止。到着する頃には別のことをしておれば証拠にはならん。もし樹氷を見つけても中央調査隊の敷地内じゃからのう、言い訳するには困らぬ」

「……中央調査隊ぐるみってことですね」

「おそらくはほんの一部じゃろうがの。夜間であれば誰も近づかんから、なるほど使い勝手のよい建物じゃ。にしても権限のある者が主導しておるに違いないが……想像していても始まらん。取引の現場を直接押さえて暴いてやるわい」


 中央調査隊が横流ししている樹氷。

 その一部は、昨日捕まえた機動隊の一員に流れたのだろう。

 それ以外にもかなりの数が流れているはずだった。それがここで取引されるらしい。


「さて、ぞろぞろと集まってきおったわ」


 眺めていると、人気のない路地を通って何人もが敷地のなかへと入っていく。

 見張りがさらに警戒を強めているのが見てわかる。


「まさか壁の上から見られておるとは思わんだろうが……さて、そろそろじゃの」


 グレゴリアが目を煌めかせた。

 同じように身を伏せた隊員たちに声をかけていく。


「貴殿らは予定通り出入り口の封鎖と、逃げようとする者たちの確保じゃ。多少手荒くなっても構わん。相手がどれほどの立場であろうが気にすることはないぞ。儂が全責任を負う。取引現場を直接叩くのは、儂と『魔女』、そしてこの若人じゃ」


 伏せた背中をバンと叩かれる。

 少し噎せた。


「都市の風通し、良くしてくれようぞ」


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