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黄昏のG   作者: 裏山おもて
4章 眼と躰
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 妙な夢を見た。

 どこか狭い空間で息をしていた。自分が、自分じゃないような感覚。思考がうまくまとまらずに、誰かの意思にすべてをゆだねているような。

 そんな夢を見た。

 目が覚めたらなぜか少し泣いていた。

 誰かの悲しみを、自分が背負ったような。

 そんな気がした。



 ❆ ❆ ❆ ❆ ❆ ❆



「おはようユウト」

「メリダおはよう。昨日は眠れた?」


 機動隊の朝は早い。

 昼勤の隊員たちは夜明けとともに集い、陽が沈むとともに帰ってゆく。

 まだ眠い眼をこすりながら詰所に入ると、同じように眠そうなメリダを見つけた。正面に座ると大きくあくびを漏らした。


「あまり眠れなかったな」

「一度僕が気絶させたせいかな。ごめん」

「いや、メイジェン総隊長と話をしたから興奮してしまったのだ。しかも褒めてもらえたなんてな。いま思い出しても嬉しい。顔がにやけてくる」

「……なるほど」


 目を輝かせるメリダ。本来なら機動隊員にとっての総隊長は、それくらい敬意を受ける存在なんだろう。

 威圧感のすごい年齢不詳の女性という印象しか持っていないユウトは、話を半分に聞きつつ受け流した。


「それに報酬もらえるんだってね。なんだろ。お金かな」

「まったく、ユウトはロマンがないな」


 細目で睨まれた。


「じゃあメリダはなにがいいの」

「勲章だな」

「勲章? それ、なにかの役に立つ?」

「……ほんと、ユウトは無知なんだな」


 呆れられたようだった。

 メリダは頬杖をついてあくび混じりに、


「勲章は機動隊員の一番の名誉だぞ。功績を重ねて九勲集めれば、十勲目として『十傑』の一員になる最低限の資格――英雄勲章がもらえるのだ。金なんかよりよっぽど欲しい」

「そうだったのか」


 そういえば漠然と英雄十傑になると言っていたが、その方法までは知らなかったっけ。


「いまのあたしの魔法じゃ英雄十傑なんて無理なことくらいわかってる。だから、少しでも誇れるものが欲しいんだ。目に見えた証の勲章はその最たる例なのさ」

「そっか」


 微笑むメリダ。

 その瞳の奥が輝いていた。


「メリダはどうして機動隊に入ったんだ? やっぱり英雄十傑になりたかったから?」

「いやあ、それを言われると恥ずかしいんだが……残念なことにこれしか職がなかったからだ。喧嘩っぱやくて他の仕事は雇ってもらえなくてな」

「そのわりにかなり意気込みあるよな。僕にとってはすごいよ」

「ユウトが無さ過ぎる気もするが……ま、仕事をクビにはなりたくないからな。ほら、きのう父親の話しただろ?」


 たしか元商会員の父のことだったか。

 ユウトはうなずいた。


「あたしの父は真面目でな、アグニア商会員だった頃、不正を内部告発したんだよ。ちょうど昨日みたいな地下取引を機動隊に密告したのさ。もちろん機動隊からは恩赦を受けたが、そのせいで商会を辞めさせられて、収入がなくなったのさ。母は幼い頃に死んでたから、その後貧困のあまり娘のあたしが身を売る覚悟までしたこともある」


 懐かしいような、寂しいような表情を見せたメリダ。


「まあギリギリのところで父の商売がうまくいったらしくて助かったんだが……商売ってのはギャンブルだよ。またいつ路頭に迷うかわからねえ。だから、あたしがしっかり仕事して稼がなきゃならねえのさ。そんなだから意気込まないとやってけねえんだ」

「そっか……やっぱメリダは強いな」


 いつも快活で明るい印象の裏に、そんな大変な事情があったのか。

 メリダが「強くないさ。足掻いてるだけ」と肩をすくめる。

 ちょうど勤務開始の鐘がなり、詰所にいた昼勤の隊員がぞろぞろと仕事に向かっていく。

 まだ所属を決められていないユウトは、シンクとともに近隣でまた民間の手伝いだろう。腰を浮かしかけたとき、メオが人波に逆らって詰所に入ってきた。


「やあユウトくん、おはよう。今日も眠そうだね」

「メオさんほどでもないですけどね。朝からどうしたんですか?」

「それはまるで僕が朝に起きてるのが珍しいみたいな言い方だね。残念ながらそのとおりだけど。それはともかく、ユウトくんに呼び出しだよ」

「呼び出しですか?」


 誰からだろう。呼び出されるようなことをした記憶はないが。

 メオは意地悪そうな笑みを浮かべた。


「北部隊隊長……グレゴリア爺さんからの支援要請だよ」






 要塞都市の東西南北からは、それぞれ中心に向かって一本ずつ大通りが伸びている。


 市場がその通り沿いの広場にあるため、街の中心街は自然と大通り道沿いになっている。商店なども多く大通りに店を構えているのだ。

 いつも賑やかなその大通りとは逆に、路地裏に入ると途端に道が狭くなる。住民たちの家や仕事場が軒を連ね、限られた土地で工夫して暮らしている。


 それゆえ外壁沿いにある機動隊隊舎から別の隊舎への移動は、かなり面倒だった。最短距離で向かうには狭く入り組んだ路地をうねうねと迷わないように進まなければならない。

 だから他の部隊から出動要請があるときは、いつも別のルートを使っている。


「待っていたぞ若人よ」


 片側から冷気が吹きつける外壁の上だった。

 なるほど、たしかに外壁なら迷うことも道を見失うこともない。多少遠回りにはなるが、ただ壁の上を進んでいけば都市を一周できるのだから。


 北側まで歩いて進んだユウトを待っていたのは、巨人とも見間違えるような体格の老父。

 怪人グレゴリア=レグザだった。

 彼は身の丈に合った大きな外套をはためかせ、氷の世界を眺めて座っていた。


「掃討作戦ぶりかの。息災じゃったか」

「はい、おかげさまで。あのときはありがとうございました」


 ユウトが腰を折ると、グレゴリアは豪快に笑った。


「よいよい。若人の未来を守るのは老獪のつとめ。それより此度の支援要請、感謝するぞ」

「いえ……でも、どういった要件なんです? 僕なんかを指名するなんて」


 目の前の怪人の手にかかれば、どんな案件でも解決しそうなものなのに。


「もしや自分を卑下しておるのかのう。いまこの都市で、もっとも強力な兵器――ゴホン、もっとも強靭な風魔法(・・・)を持っているのは貴殿じゃというのに。それと、魔力総量から考えて魂威変質の強さも都市随一じゃろう? メイジェン総隊長に比肩するほどの魔力じゃろうて」


 グレゴリアは大きな手でユウトの頭をぽんと叩いた。

 思ったより怪力ですこし首が痛かった。


「とはいえそれほど危険な真似はさせぬ。『魔女』にきつく言われておるからのう。ただちょいと風穴をあけてほしいだけじゃ」

「風穴、ですか」

「そうじゃ。儂の拳ではあけようとしてもあけられぬ風穴をのう」


 どこか遠くを見るようなグレゴリアの視線。

 どういう意味だろうか。

 答えあぐねていると、グレゴリアが不意にユウトに向かって頭を下げた。


「昨日は、儂の部隊の者が世話をかけたのう」


 驚いた。

 まるで平服するかのように深い謝罪だった。英雄十傑のなかでも一目置かれているであろう老父が、これほどまでに低く頭を下げるなんて。


「どれほど力と熱があっても、或いはどれほど強い光を以ってしても、腐敗した闇は消えぬもの。だが腐敗した空気を払う風さえあれば、いかなる闇も晴れようぞ。ただ惜しむらくはその風を起こせるほどに儂は若くない。風とは、未来じゃ。希望なのじゃ。年老いた拳ではせいぜい闇を叩きのめすのみ、またすぐに生まれてくる……それに儂自身の目はもう曇ってしまっておる。自分の家のなかに闇が生まれていたことに気付きもせんかった。じゃから貴殿に頼みたいのじゃ。この都市に、どうか一陣の風を吹かせてほしい」


 グレゴリアはゆっくりと頭を上げた。

 その瞳は老父とは思えないほどに燃えている。

 享楽的でもなく、活発的にでもない。

 ただ静かに燃えていた。


「昨夜、貴殿が捕らえた儂の部隊の者が白状しおったのじゃ。本日夜、大規模な地下取引が行われるようでの。当然それを機動隊が見逃す道理もない。……そこで、貴殿には手伝ってもらいたいのじゃ。敵は味方……腐敗した者どもを捕らえるために、どうか力添えを」



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