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黄昏のG   作者: 裏山おもて
4章 眼と躰
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 憎いという感情も、嫌いという拒絶も。

 なにもかもすべて吐き出すことができたら、どんなに楽だろう。

 暗くて濁った感情を無理やり抑えつけて。

 良い人である振りをして。

 そうして生きることに、なんの意味がある。


 でも、どちらにしろ。

 望みどおりにはいかないなら。

 最初から、嫌いも好きもなければよかったのだ。



 ❆ ❆ ❆ ❆ ❆ ❆



 石を打つ音が響いていた。

 街並から瓦礫が撤去され、加工されて新しくなった石が少しずつ家へと変わっていく。


 古びた石造りの街並が、中心部から綺麗な色に刷新されてゆく。家の建て方もすこし変わっただろうか、いままでの形とは少し異なっていた。


 家を建てる職人はそう多くない。

 住む家を失くした者たちは、そのほとんどが職人に教えてもらいながら自分で建て直していた。市場もいまだけはその規模を縮小している。

 中心街はほとんど壊滅状態になってしまったが、外壁に近い場所はあまり被害を受けてなかった。

 機動隊の隊舎付近にあるシンクの家も幸運なことに無傷だ。


「石材が足りませんか?」

「ええ、燃焼剤が不足していて加工できないらしく」


 シンクの家の前には少し開けた空地があった。

 その空地では男たちが石を切る作業に従事していた。ユウトもそのひとりとして、黙々と石を切っている。

 額に汗が滲みながら作業をしていると、空地の入口でシンクと職人の会話が聞こえてきた。


「燃焼剤ですか。製造局に依頼は?」

「どうやら樹氷片の在庫が切れてるようでして、街の復興に回せる分はもうないとのことです。それを受けて商会連合が昨晩依頼を出し、中央調査隊が今日の午後から樹氷採掘の遠征に向かうらしいんですが……いかんせんこの状況ですから、機動隊も護衛にそう多くの人員を裂くわけにもいかず。自然、採れる量に期待はできない現状です」


 ため息を吐きながら肩を落とす職人の棟梁。

 東街の大半の家を建て直すのだ。石が足りないのも予想できた状況だが、たしかに対処のしようもないだろう。

 シンクも困った表情を浮かべていたが、ふと何かを思いついたように振り返る。


「ユウト。せっかくですし、私たちも樹氷採掘に向かいませんか?」

「樹氷採掘? なにそれ」


 聞きながら疑問に思ったことを、そのまま言葉にする。


「鮮度の高い樹氷は燃焼剤などの素材として加工できますから、中央調査隊が定期的に採取しに行ってるんです。機動隊の討伐班が基本的には護衛として同行ないとダメですが、私とユウトであれば単独でも採掘許可がもらえるはずですよ」


 そうだったのか。

 樹氷のことも、中央調査隊のこともいまいち理解できていなかった。


「でも、樹氷に衝撃を加えたら感染するんじゃ……」

「そのために掘削器がありますから、ご安心を」


 よくわからなかったが、シンクがやる気になっていることだけはひしひしと感じ取れた。

 ただ黙々と石を切るよりきっと役に立つのだろう。

 ユウトが断る理由もなかった。


「わかったよ」

「決まりですね。では、すぐに準備してきます。待っていてください」


 シンクはすぐに空地から出て、中心街のほうへと向かっていった。

 職人が「毎度毎度ありがたいねえ」と言葉を漏らしていた。






「違います。腕に装着してレバーを握るんです。そうするとほら、圧力を一定に保ったまま切断できる仕組みになってます」

「……こう?」

「ですから、こうです。横に向けたら樹氷が割れて感染するかもしれないですから気をつけてください。まあ私がいれば治せますけど痛いですよ」

「気をつけるよ」


 左腕に装着したずっしりとした鉄製の機器を眺める。

 先端に鋭い刃がついていて、レバーを握って回転させ樹氷を切断していくようだ。とくに金属は樹氷感染しやすいはずなのだが、何かで歯の部分がコーティングされていて感染しないようになっているらしい。


「では、門を開きます」


 門兵がそう言って鉄扉に隙間をつくる。

 ユウトとシンクが外の世界に出ると、すぐに門が閉まる。

 凍てつく気温。

 都市のそばの地面にはいくつも大きな穴が開いていて、その向こうには山のような骸があった。

『複巣母体』の外殻は、ここ数日で降った樹氷によってほとんど凍りついてしまっていた。内部の硬い肉もほとんどが白く変色してしまって、ボロボロと崩れている。近づくことは禁止されていた。

 その亡骸をしばらく眺めて、ユウトはじっと息を止めていた。


「大丈夫ですか?」


 顔を覗き込んでくるシンク。


「……うん。大丈夫」


 ミンファの死にゆく姿が、冷たくなっていく肌が、いまでもついさっきのことのように思い出せる。

 まだ記憶に新しい。

 思い出すたびに自分を殴りたくなる記憶。


「では行きますよ。念入りに調査もしてますし鎧獣はいないはずですが、念のため警戒していてください」

「わかった」


 シンクが先導して歩き出す。

 世界樹から降ってきた樹氷は、都市から離れれば離れるほどその大きさを増す。壁のように、あるいは建造物のように高く太い樹氷も珍しくなくなっていく。それに比例して、まだ鮮度の高い樹氷の割合も増えてゆく。

 巨大な樹氷ほど感染力も強い。


「さて、このあたりでいいでしょう」


 シンクが背負っていた大きな籠を下ろした。

 周囲に積み重なる古い樹氷は、シンクが手をかざして消していく。初めて彼女を見たときもおこなっていた芸当だが、魔法を使えないと知ったいまその原理が気になった。


「これですか? 『消化』ですよ」


 大きなものも、小さなものも、樹氷であれば左手で呑みこんでしまう。

 周囲の見通しを良くしながらシンクは話した。


「私が造られる元になった技術のひとつです。樹氷に対して打つ手のなかった当時の科学文明が、樹氷を解析して造り上げた唯一の対抗手段です。細かい説明をすれば現在の文明知識では理解できないので割愛しますが、いわゆる鎧獣と同じ原理ですね」

「……鎧獣と?」

「はい。樹氷を取り込み、エネルギーとして変換し蓄える。いわば食事です。アンドロイドの消費エネルギーは人間の数十倍ですから、私も定期的に樹氷を取り入れないと動かなくなるんですよ」


 触れるか触れないかの距離になると、一瞬で消すように樹氷を呑みこむシンクの左手。

 それが鎧獣の食事と言われても、イマイチ実感は乏しい。


「鎧獣は胃袋でその工程を行いますが、私は樹氷特有の分子結合を崩壊させる振動波をぶつけることでその構成物質を皮膚表層にある消化器官で瞬時に吸収します。べつに左手だけじゃなく、全身どこからでも食べることはできるのですけどね。なんとなく左手で統一してます」

「分子……振動波……?」


 首をひねる。


「覚えなくても大丈夫ですよ。ようは私にとって樹氷は食材であって脅威ではないということです」


 とにかく、シンクはいつもの食事だけでは足りないってことはわかった。

 しかし聞けば聞くほど、アンドロイドってものがよくわからなくなる。

 見た目は人間と同じなのに、傷どころか体が引き裂かれてバラバラになっても一瞬で修復してしまう。そのエネルギーを支える食材は理解できたが。


「さて、見通しはこれくらいでいいでしょう。採掘にとりかかりましょう」


 シンクが腕に掘削器をつけて、近くの樹氷を適度な大きさで切りだしていく。

 ユウトも同じようにして樹氷を切っていく。

 ふたりはシンクが持ってきた籠に樹氷が溢れるまで取り出していったのだった。



 ❆ ❆ ❆ ❆ ❆ ❆



 陽も傾き始めた時間に戻ってきたユウトとシンクは、籠いっぱいになった樹氷を調査隊の隊員に預けた。

 礼を言って去っていく隊員の背中を見送って帰路につこうとしたとき、入れ替わりで機動隊員が走ってきた。


「あら。本部隊の……?」


 シンクが眉をひそめる。

 兵士は慌てた様子でシンクのところまで駆けてくると、荒くなった息のまま姿勢を正して言った。


「シンク様、至急本部までお越し願えますか」

「どうしたんですか。そんなに急いで」

「緊急事態です」


 兵士の表情からは血の気が失せ、青ざめてしまっていた。


「メイジェン総隊長が何者かに襲撃されました。意識不明の重体です」

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