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黄昏のG   作者: 裏山おもて
3章 失われるもの
36/73

15

 

 どれくらいの間、泣いていただろう。



 空洞内が揺れていることに気付いて、ユウトは顔を上げた。

 少女の亡骸を守るように抱いたまま天井を見上げる。揺れは少しずつ大きくなっていた。

 巨大な『複巣母体』の体が揺れているのだ。外でなにが起こっているのかこの中からではわからないが、確かめようにも簡単に出られるわけじゃない。

 ……でも、出なければならない。

 ミンファが残した「生きて」という言葉と、最期にくれた暖かな力がユウトの足を動かした。

 なにより、ミンファをしっかり埋葬してやりたい。


「せめて、それだけでも……」


 ミンファを抱えて歩き出す。

 胃袋の入口は閉じていた。開いていたとしてもかなり上部にあり、壁を歩けでもしないと辿り着くのは難しいだろう。

 硬く分厚い肉に囲まれた胃袋は破ることもできない。

 困難な状況だ。

 だが、諦められるわけがなかった。


「【バースト・ギア】」


 ユウトは閉じた入口にむけて烈風を放つ。

 入口にある弁は、他の部分に比べて柔らかかった。烈風で破れて血が落ちてくる。

 また『複巣母体』の体が大きく揺れた。

 つぎの瞬間、開いた入口から樹氷が降ってきた。また『複巣母体』が何かを吸い込もうとしてるのだろう。後ろに下がったユウトの前に積み重なっていく樹氷。

 都合がいい。


「帰るよ、ミンファ」


 ユウトは落ちてきた樹氷の上にのぼっていく。かなり高い位置まで積み重なってくれたおかげで、入口が目と鼻の先だった。

 魂威変質を使い跳びあがる。うまく入口をくぐって食道を通る。

 細長い洞窟のような場所を進んでいくと、揺れもかなり大きくなってくる。かすかに外から音が聞こえ始めた。


 傾斜のある場所を上ると光が見えた。

 鎧獣の口が開いている。太く鋭い歯が閉じようとするのを、巨大な体が防いでいた。自らの全身を使い、無理やり顎を開かせていたのは老齢の戦士。


「ようやく出てきおったか若人よ」


 怪人グレゴリア=レグザがニヤリと笑った。

 ユウトは彼の横から外の世界を眺める。

 夜はとっくに明けていた。


『複巣母体』の目と鼻の先には、すでに要塞都市が迫っていた。このまま進めばあと数分で外壁に辿り着かれていたかもしれない。

 その侵攻を止めていたのは英雄十傑だった。

 彼らは、外壁の上にずらりと並んで魔法を放っていた。


「みんな……」

「ユウト!」


 そのなかから飛び出したのは金髪の少女シンク。

 ひと跳びで鎧獣の口まで来ると、安堵の息を漏らした。


「無事でなによりです。そばにいることができず、ごめんなさい」

「うん……でも……」


 ユウトの腕の中で眠るように死んでいるミンファ。

 彼女を見ると、シンクは目を伏せた。


「ミンファさん……」

「取り込み中悪いがのう、儂もそろそろ限界じゃ」


 グレゴリアが顔をしかめた。

 ユウトとシンクはすぐに飛び降りる。グレゴリアもふたりのあとに続いた。凍った地面に着地する。


『複巣母体』はその巨大な目をギロリとユウトに向けた。

 逃がすまいと言わんばかりにまた口を大きく開けて、吸い込んでこようとする。


「いまです!」


 シンクが声を張り上げた。

 その瞬間、英雄十傑たちが一斉に魔法を放った。

 口の中へと放り込まれていく魔法たち。集中砲火を浴びて低いうなり声を上げた『複巣母体』。さすがに十傑たちの魔法を一斉に浴びて、無事なはずがない。

 だが、それだけでは致命傷にならないのも事実。核を破壊しない限り死なないのなら、外からの魔法じゃ限界がある。


「あとは私に任せろ」


 悶える『複巣母体』の鼻先の空中に立っていたのは、赤い髪の女性だった。

 都市機動隊総隊長・メイジェン。


 彼女はゆっくりと空中を歩き、開いた口のなかへと入っていく。

『複巣母体』はエサを見つけたかのように、そのままメイジェンを飲みこんでしまった。一度飲みこまれてしまえば脱出することの困難な胃の中に閉じ込められてしまう。それはユウトが身をもって知っていた。

 だが英雄十傑たちは、みなその腕を下ろして肩の力を抜いた。


「勝負ありです」


 シンクのつぶやきに答えたのは、亀裂が走る音だった。

 山のように巨大な『複巣母体』を覆う甲殻が、まるで突然寿命が来たかのように風化していく。亀裂がいくつも走り、割れ始めた。

 ボロボロと崩れていく外殻。

 メイジェンがその殻を突き破って、甲殻の頂点から飛び出してきた。


 彼女の手には赤い石のようなものが握られていた。

 生きた鉱石のように、脈打つ赤い石。

 それはメイジェンの手に掲げられると、その表面を黒く澱ませてゆっくりと色を失っていく。やがて脈動も止まると、ユウトたちが見上げていた『複巣母体』も、その瞳から光を失っていった。

 終わる瞬間は、とても静かだった。


 完全に『複巣母体』の動きが止まった。


 わずかな沈黙が訪れる。

 陽がのぼった氷の世界で、要塞都市の目の前まで迫った巨大な鎧獣。

 だがその脅威に、怯える必要はなくなったのだ。


「歓べ! 我々の、勝利だ!」

『おおおおおおお!』


 メイジェンの勝鬨に、応えるようにして響いたのは歓声だった。

 外壁の英雄十傑がみなその拳を高々と掲げると、見守っていた機動隊兵士たちが呼応するように雄たけびを上げる。

 その轟きは、要塞都市中に地鳴りのように響いた。


「また死に場所を失うたわい」


 グレゴリアも満足したのか、ゆっくりと門に向かって歩いていく。

 都市から聞こえる勝利の声が少し遠くに感じた。

 ユウトは冷たい少女の亡骸を抱えたまま、空を仰いで目を閉じる。


「……生きたよ。都市も、僕も……」


 ユウトのかすかな声に、空に吹く風だけが答えてくれた。



 ❆ ❆ ❆ ❆ ❆ ❆



 東街壊滅。

 死傷者多数。


 手に入れたのは巨大鎧獣の亡骸と、都市を守り通したという誇りのみ。

『複巣母体』との戦いの爪痕は深く残されてしまった。都市にも、人々にも、そしてユウトにも。

 殉死した機動隊員の葬儀はまとめて執り行われた。


 討伐班三十五名。

 治安巡査班二十七名。

 医療班一名。


 彼らは等しく共同墓地の片隅に眠った。灰になり、土に還り、その影は記憶の中にしか残すことはできない。


「つらいですね」

「……うん」


 葬儀が終わり、機動隊員たちは帰っていた。

 ひとりだけ墓地に残って慰霊碑をじっと見つめていたユウトに、シンクが遠慮がちに話かけてきた。


「もし……もしユウトがこの街にいてつらいのなら、やはりここから去りませんか。この街から去って遠くの都市でしばらくゆっくり過ごしてもいいんですよ」

「いや、まだいいよ」

「よいのですか?」

「うん。もう少しだけ、考えたいから」


 自分が『黑腕』を授かった意味を。

 世界樹と戦うということを。


「……僕はまだ、知らないことだらけだ」

「そうですね。私もまだまだのようです」


 それに、せめてこの街が復興するまでは残っていたかった。

 逃げ出すような真似だけはしたくない。

 ……いや、できなかった。

 死なせてしまったミンファのためにも。他の人たちのためにも。


 それがせめてもの、罪滅ぼしになると信じて。

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