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黄昏のG   作者: 裏山おもて
3章 失われるもの
34/73

13

 


 熱い。

 痛いというよりも熱かった。


「……なんで……」


 目を閉じたミンファの腕が、ユウトの脇腹に貫通していた。


「ユウト!」


 シンクが慌ててミンファを突き放す。

 腕が抜かれると血が溢れ出してきた。シンクがすぐにユウトの体を一度巣の外に引きずり出して、外気で血を凍らせる。

 出血が止まったのを確認すると、またユウトを巣のなかに戻した。


「ユウト! 大丈夫ですか!?」

「う、ぐ……ああ……でもなんで」


 麻痺して痛みはあまりなかったが、凍りついた脇腹に触れて顔をしかめる。

 ユウトの視線は自分の傷を確かめたあと、すぐにミンファへと移った。彼女は気を失っているようだが、その腕がうねうねと蠢いていた。


「あれは……腕じゃない!」


 腕と同じ位置に潜んでいた、魚型の鎧獣だった。

 左右から挟み撃ちにしてきた鎧獣はブラフだったのか。あの二体は外に警戒させるための捨て駒で、本命はこっちだった。

 シンクがすぐに魚型の鎧獣をミンファの体から引き剥して握りつぶした。


「狡猾な罠を……!」


 シンクが怒りの表情を浮かべる。

 そんな表情をするシンクも珍しいが、さすがにここまでくると確信できた。


「狙いは僕ってことか」

「どうやらそのようですね」


 シンクがユウトのすぐそばに立って、巣の外を睨む。

 近くで戦いを繰り広げているとはいえ、すべての巣に鎧獣がいないなんていくらなんでも不自然だった。ゆっくりと移動を続ける母親を守るための駒が、みすみす外敵の侵入を見逃すなんてことはあり得ない。それが罠でもなければ。


「……してやられた」


 巣の外にいたのは、鎧獣の群れ。

 初めからそのつもりだったのだろう。ミンファを攫ったのは確実にユウトをおびき出すためだ。他の兵士でもなく、メリダでもなく、ユウトがいま一番守りたいと思っていたミンファを。


「でも、一体だれがそんなこと」

「そこを考えるのは後です。来ますよ」


 巣の外にいる鎧獣たちが一斉に飛びかかってきた。

 シンクが先頭にいた一匹を蹴り飛ばすが、圧倒的な数にその爪や牙を身に浴びてしまう。つぎつぎに鎧獣が殺到し、その体を噛みちぎられ引き裂かれ貫かれる。

 だが、シンクは攻撃を受けながらも倒れたりはしない。


「いまですユウト! 私ごと!」

「くっ……【バースト・ギア】!」


 全力でギアを解放した。

 力の奔流が鋼の手のひらに集まる。周囲の空気を巻き込みながら収縮し、一気に放出される。

 烈風はシンクの背中に直撃した。その体を真っ二つに引き裂きながら、周囲にいる鎧獣を巻き込んで暴風となり吹き荒れる。

 血と臓物が嵐のように巣の中に巻き散る。

 つい、顔をしかめた。

 いまので数十体を一気に仕留めることはできた、が。


「シンク!」

「私なら大丈夫です。不死ですから」


 いつのまに再生していたのか、ユウトのそばに無傷の状態で立つアンドロイド。ユウトの攻撃をまともに喰らった影響で服はほとんど千切れてしまったにもかかわらず、本人は平気な顔をしていた。

 一瞬、シンクの臓物が巻き散った映像を思い出して吐きそうになる。

 かすかな恐怖を覚えた。


「しかし『黑腕』でもたいしたダメージを与えられないとは、さすがの皮膚ですね」


 シンクは険しい顔で周囲を眺めていた。

 巣の中を荒れ狂った烈風でも、皮膚を破ることはできていなかった。

 ユウトの義手の力はかなりのものだ。それでも『複巣母体』にまともに攻撃を浴びせられないとなると、どうやって仕留めればいいのかわからない。


「……やはり、核を見つけなければなりませんか」

「核?」

「はい。核は『複巣母体』に限らず鎧獣が持つ弱点……人間でいう心臓です。心臓そのものを持たない鎧獣はふつうは頭を潰されたら死にますが、『複巣母体』は頭部にあるはずの核を、体内に隠しているのです。それを見つけ出さない限り戦いには勝てません」

「でもどうやって……」


 攻撃すらまともに通らない相手に、体の中の核を壊せなんて無茶苦茶だ。


「やり方は色々あります。相性の良い魔法も存在しますし……体内にさえ入ることができれば、メイジェンさんに任せられるのですが」

「そうだね。でもその前に、ミンファを連れて戻らないと」


 ミンファの呼吸が荒くなり始めた。それと同時に体が冷えて震えてくるのは、あきらかに魔力枯渇が原因だった。

 ユウトはすぐに自分の外套を外し、彼女に巻きつけてやる。そこまで変わらないがないよりはマシだろう。

 ミンファを背負い、すぐに駆け出そうとしたユウト。

 だが力を込めた瞬間、脇腹の傷から血が噴き出した。


「うっ」


 足に力が入らない。

 思ったより深い傷だった。すぐにシンクに支えられて巣から出る。また傷が凍りついて止血の役割は果たしてくれた。


「ミンファ、しばらく我慢してくれよ」


 背中に背負う小さな体が、冷たくなっていく。

 嫌な予感が胸をよぎる。

 もうこれ以上失いたくない。


「……もう、これ以上は」


 歯を食いしばって走る。

 要塞都市と変わらないほど巨大な体。その体に沿って前に走るだけでもかなりの距離がある。シンクも表情を堅くしながら、周囲に視線を走らせ続ける。

 いつのまにか、空がかすかに明るくなってきていた。

 あと少しもしないうちに夜明けだろう。それまでにはなんとしてでも戻らなければならない。


 もっと速く走りたい。

 風よりも、何よりも速く。


 メオが言っていた。

 ユウトは桁違いの魔力を持っている。誰かの魔力を感じるような才能はないから、自分で実感はできない。だがそれが本当ならユウトはもっと速く走れるはずだった。今までと同じ速度で走っていては、きっとミンファの命が間に合わない。なら、もっと速く。


 集中して、加速しろ。

 足の裏に流し込む魔力の量を爆発的に高めた。


「――魂威変質!」


 ドン、と地面が揺れた。

 ユウトの踏み込んだ足は、凍った地面に深く足跡を刻み込んだ。

 視界がブレるほどの加速が起こる。


 ユウトの体は、シンクすら置き去りにして前へと進んだ。その加速はさながら流星のように、黑い義手の鈍い輝きを残像にして空を(はし)る。


 いける。

 この速度なら鎧獣たちに追いつかれることなくいける。

 ユウトがそう確信した瞬間だった。


『ゴオオオオオオ!』


 すぐ近くから、轟音が響いた。

 音の正体にユウトが気づく前に、地面を蹴って加速したはずの体が減速――どころか後ろに引き戻される。


「なんだ、これ……!」


 重力に引かれるような感覚。

 周囲の氷も小さいものは地面から剥がれ、後ろへと流されていく。

 ユウトはミンファの体をしっかりと抱きしめて振り向いた。


「嘘だろおい!」


 口が開いていた。

『複巣母体』がその巨大な口を大きくあけて、なにもかも吸い込もうとしていた。

 まるで引力だった。

 ユウトの小さな体は抵抗できずに、その力に引き込まれてしまう。ふわりと浮いて足場がなくればもう抵抗はできない。


「くそっ!」


 ミンファを抱きかかえたまま、ユウトは鎧獣の体のなかへと吸い込まれてしまった。


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