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黄昏のG   作者: 裏山おもて
3章 失われるもの
32/73

11

 


「ご、ごめんなさい……」


 門の前は怪我人で混雑していた。


 治療は危険度の高い兵士から順番に受けさせているようだった。それもそのはず、怪我人に対して医療班の人数が少なすぎる。応急処置すら満足に受けられない者もいた。


 痛みに呻く者、むせび泣く者、手当はまだかと怒鳴る者。

 それぞれが死を感じて剥き出した感情に、医療班の隊員は歯を食いしばって治療を続けていた。

 そのなかで、必死に謝りつづける少女がひとり。


「もう少し、もう少しですから」


 ミンファだ。

 彼女は唯一、医療班のなかで休まずに治癒魔法を使い続けていた。彼女が右手をかざした場所から細胞が活性化して再生していく。凍りついた怪我も傷痕を残すことなく塞ぐことができていた。

 彼女まわりには、治療を求める兵士たちが取り囲むように群がっている。


「まだかよ! いてえんだよ!」

「もっとはやくできねえのか」

「手え抜いてんじゃねえ! 死んじまうだろ!」

「ご、ごめんなさい……ごめんなさい……」


 謝りながらも治癒魔法を止めない。

 ミンファの表情はひどく疲れていた。休憩なしにずっと魔法を使い続けていたせいか、冷や汗が首筋を流れ落ちていく。


「もう少し我慢してください……」

「ふざけんな! 早くしろ!」


 喚きたてる兵士。

 その様子を見かねて、ミンファの前に立ちふさがったのはメリダとユウトだった。

 メリダが呆れた様子で兵士を睨む。


「あんたら恥ずかしくねえのか?」

「てめえは関係ないだろ! どけ!」

「関係あろうがなかろうが、それこそ関係ねえだろオッサン。自分の行動が恥ずかしくないのかって聞いてるんだ。別にあたしに答えなくていいけど、自分の胸に聞いてみろ」


 睨み合うメリダと兵士。

 メリダの言っていることは正しいだろう。だが死の恐怖に苛まれている人間にとっては、正しいかどうかは関係ない。火に油を注ぐようなものだった。

 いまにもメリダに掴みかかりそうな兵士。

 ユウトはその兵士の後ろに回り込むと、義手で首筋を軽く叩いた。


「がっ」


 意識を失って倒れる兵士。

 周囲がざわつき始める。


「おいユウト、なにしてんだ」

「そんなに痛いなら寝てたほうがマシだと思ったから」


 あっけらかんと言うユウトに、見ていた別の兵士が声を荒げる。


「ふざけんな! おめえになにがわかるんだよ!」

「わかるよ」


 ユウトは外套をはためかせる。

 その下にある義手を――失くした右腕を見せつけるように。


「知ってる? 死にそうなほど痛いときは、叫ぶ力も出せなくて気絶するんだよ。そうやって喚く元気があるんなら、自分を治してくれる相手にもうちょっと気を配ったらどうなの?」

  

 無論、右腕を失うほどの傷を負った者はその中にはいなかった。

 周りの声が一斉に静かになる。

 これ以上誰も文句は言えなかった。


「ふん。根性なしどもめ」


 小声で悪態をつくメリダだった。

 失った右腕をこんな形で使うとは思わなかったけど、意外と役に立つものだ。

 ユウトは外套を戻し、その下に義手を隠す。


「……ユウトくんありがと」

「礼なんていいよ。それより、そろそろ休んだらどうだミンファ」

「でも……」

「無理はしないで。ミンファが倒れたら本末転倒だ」


 もう体力も魔力も限界に近そうだった。


「そうだよ。僕も隊員を過労死させるわけにはいかないからね。休んでおいで」


 騒ぎを聞きつけたのか、門の隙間から顔を覗かせたメオ。隊長の介入に背筋が伸びる兵士たちに構わず、彼は優しくミンファに声をかけた。

 さすがに隊長命令ならうなずくしかない。

 誰も文句は言わなかった。


 ミンファはゆっくりと立ち上がった。ふらりと体勢を崩しかける。

 もう歩く体力も残ってなかったのか。無理しすぎだった。

 すぐにメリダがミンファを背負って、隊舎のほうへと歩き出す。この場所じゃろくに心が休まらないだろう。いい判断だった。

 そのまま隊舎へと入っていたメリダの背中を見送ると、ユウトは道の端に腰を下ろした。


「意外と度胸があるのですね」


 シンクの感心のような、皮肉なような口調だった。


「度胸ってほどのもんじゃないよ。ただ少し、イラッとしたから」

「そうですか。羨ましいです」

「シンクはそういうイラッとすることないのか?」

「ありますよ。そうじゃなくて――」


 と、シンクが言いかけた言葉を遮ったのは悲鳴だった。

 隊舎からだった。

 女の叫び声。誰のものかは聞くまでもない。

 メリダだった。


「ユウト!」

「わかってる!」


 考えてる暇はない。

 すぐに走り、隊舎に入る。心当たりは医務室しかない。

 医務室の扉を開けると床に倒れていたのはメリダ。頭から血を流して気を失っていた。


 そして部屋の奥。


 窓の桟に足をかけて部屋を飛び出そうとしていたのは、フードを深く被った人影だった。そのフードに隠されたせいで顔までは見えない。だが、そんなことはどうでもよかった。

 その手に抱えていたのは、気を失ったミンファだった。

 フード姿はそのまま窓から跳びあがり、隣の建物の屋上へと移る。


「させません!」


 シンクも窓に駆け寄り跳ぶ。ユウトも遅れて後に続いた。

 だがユウトたちが跳びあがった瞬間、フード姿は外壁に向かって跳んだ。屋根なんかよりも遥かに高い外壁は、跳んで越えられるようなものじゃない。もちろんフード姿も外壁の半分にも満たない高さまでしか跳びあがれなかった。

 そのまま落下すると確信したユウトは、目を見開く。


「え?」


 フード姿は壁に立っていた(・・・・・・・)。まるで重力を無視するかのように、壁に足をつけてそのまま駆け上がる。

 さすがにシンクも打つ手がない様子で、その影を視線で追うことしかできなかった。

 あっという間にフード姿は外壁のむこうへと消えていった。


「……ミンファさんを攫った?」


 怪訝な表情を見せるシンク。

 なにが起こっているのかわからない。いまのは間違いなく人間だった。この戦いの真っただ中、人間が人間を攫って壁を越えるような事情はユウトになんて想像もつかなかった。


「メリダ!」


 わからないが、悠長に気にしているわけにもいかない。

 すぐに踵を返して医務室に戻る。倒れたメリダの頭を止血して、抱き上げた。


「大丈夫かメリダ!」

「う……うう」


 目をかすかに開いて返事をした。

 出血の量はそれほど多くはないが、頭部は動かすと危険だ。それくらいの知識はある。

 すぐに駆け付けた医療班の隊員にメリダの治療をしてもらう。

 流れていた出血が止まると、すぐに安らかな表情で寝息をたてはじめたメリダ。そのままベッドに運んで寝かせておく。

 メリダのほうは、ひとまず安心か。


「いまのはなんでしょう」


 シンクが窓際で、壁を見上げて眉をひそめていた。

 ユウトにわかるわけがない。

 ただユウトの胸がざわめいて仕方がなかった。

 一刻も早くミンファを――フード姿を追いかけないと。


「待ってください」


 部屋を出ようとするユウトの手を、シンクが掴む。


「ごめん、待てない」

「闇雲に追いかけても壁の向こうでは見つかりません」


 振りほどこうとした腕を、しっかり掴んで離さないシンク。

 そんなことはわかってる。

 だからといって、頭で考えてわかるようなことでもないはずだった。なら足を動かしてどうにかしないと。誰が、なぜ、なんのためにミンファを攫っていったのかわからないのだ。わからないことが言い様のない不安を駆り立ててくる。

 外套に縫われた刺繍を握りしめた。


「落ち着いてください。そうじゃありません」

「……行き先がわかるのか?」

「心当たりはありませんが、予想はできます」


 シンクは外壁の上――陽が沈んで暗くなりつつある空を見上げた。

 もうすぐ夜がくる。

 戦いの止まない夜が。


「いまの人影、わざとらしく姿を見せてから去っていきました。壁を走る能力があることを考えるとどこからでも壁を越えられたはず。それなのに、あえて見せつけるようにここから越えて出て行きました。人の手が多くて戦いに近いこの東から、あえて。……おそらく私たちに追ってこいと言いたいのでしょう」

「どこに?」

「いまこの壁の向こう側に鎮座するのはただひとつです。『複巣母体』に、誘っているのでしょう」



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