二日目の終わり
視点はリクちゃんです(・・*
夜。と言っても誰もが大体寝静まった夜の時間帯だ。
「はぁ……気持ち~」
そんな時間にボクはというと、お風呂へと浸かっていた。それもそうだろう。まさかこの体で男風呂に入るわけにもいかず、だからと言って女風呂に入る勇気なんて無い。
ボクは受付に居たロピアルズのおばさんに全員がお風呂に入って出たら教えてほしいと願ったのだ。
昨日は個室のシャワーだけで終わらせたが、さすがに一週間ぐらいお風呂に入っていないと日本人には耐えられない。
みんながみんな、という訳ではないのだろうけど。
「リクもそろそろ、慣れればよいものの……」
「ですね。こんなじかんにおふろにはいるだなんて、まるで『女装』をかくしている『男の人』みたいです」
まさにそれなんだが。
いや、ボクの場合は指輪を嵌めているから一応は女の体だ。でも、お風呂まで女でいるつもりはない。指輪は念のため持ってはいるが嵌めていない。
だから、最近慣れてしまった胸の重みや股間の間に何も無い違和感などから解放されている。
髪も肩ぐらいまでの白銀に戻っている。
「やっぱり、元の体が一番落ち着く……」
こんなにゆったりできるのはいつ以来だろうか。
のんびりとし過ぎてしまって、うっかりお風呂で寝ないように、そしてルナやシラ。ツキがいる方面へと顔を向けないようにお風呂を堪能する。
「にしても、さすがにこの時間帯は眠いのぅ」
「わたしは『夏』のあいだならいつでも『眠い』です。おもに『冬眠』ならぬ『夏眠』のえいきょうによって」
「あたしはむしろ夜が本領発揮だよ! リク! リク! お風呂からあがったらリクの料理を食べたいな!」
ツキがお風呂の中ではしゃぎながら言ってくる。厨房を借りるのは夕飯の時の約束だったし、今の時間帯に借りても迷惑なだけだろう。
「また今度、ツキ。こんな時間帯に厨房を借りるのなんて迷惑です」
「黙って借りてバレなければ問題ない!」
食材をどうするつもりだ。だがそんなことは言わなかった。
ツキなら何かしらのルートを使って持ってきそうだからだ。食べ物のためなら何でもする。そんな人だ。
「ちぇ。だったら、家に帰ったらたらふく食べさせてよね!」
「ツキが手伝ってくれたらね」
「ひ、卑怯だよその返しは!?」
当然ではないか。ボク一人にツキの一食分を作れと言われたら、物凄く時間がかかる。神様は普通食べなくていい存在なのだ。そんな神様が好き好んで食べる。どれだけ食べるかわかった物では無い。
「シラはあいかわらずお風呂に入れないんだね……。家に帰ったらシラ専用のお風呂でもお母さんに頼んで作って貰う?」
実際、母に頼むのが一番安上がりだろう。ロピアルズって、なんでもできそうだし、社長なんだから少しは安くて済むだろう。
もしくは、魔法で異空間を作り出してお風呂場の空間を広くしたりしていそうだ。……自分で言っておいてなんだが、母なら本当にしてしまいそうで怖い。
しかも「あら♪ ならちょっと待っててね♪」とか言って数秒でお風呂が二つに増えたりとかしていそうで怖い。
「りくのていあんにはとても『感謝』しています。でもだいじょうぶです。わたしはおけさえあれば『問題』ありません。『足風呂』だけでもまんぞくできますから」
見た所、シラは確かに桶に水を入れてそこに足を入れている状態でこちらに向いていた。ただ、その桶の中に氷も浮いている所を見ると、そうとう冷たいのだろう。いや、逆にシラの方が冷たいのかもしれない。
ちなみにシラは白いタオルを体に巻いているので見ることはできる。ルナとツキはお風呂の中に入ってるのでマナーとしてタオルを巻いていない。
ツキはマナーという言葉を知っているかどうか怪しいが。
「それよりもリク。明日で家に帰る事になるのかのぅ?」
「えっと、確か三泊するって言ってたから……明日もここに泊まり、かな?」
明日、何をするかは分からないが。下調べもあらかた終わったから今度は城にでも行くのだろうか?
「それより、そろそろ……」
ボクは言葉を途中で切って、お風呂から立ちあがる。
少しのぼせてきたのでお風呂を出ようと思ったのだ。
「それもそうじゃのぅ」
「では、もどりますね」
「いいお湯だった~」
三人とも、それぞれお風呂を満喫して、ボクの中へと光となって戻って行く。
ボクはそれを確認した後、お風呂から出て脱衣所の扉へと向かう。
その途中ではまだ指輪はつけない。なぜならここは男湯なのだ。女が入っていたら大変だろう。
それでも、なぜかこの容姿でも女に見られるのだから、とても困る。
ちなみに女湯に入るという選択肢は初めからなかった。
ボクはタオルを片手に持ち、前へと持って置きながら、脱衣所の扉を思いっきり空けた。
「こんな時間に、誰か入ってたの……か…………」
「…………」
目の前にキリ。服に手をかけて、今まさに脱ごうとしていたその状態で、ボクと見つめ合ったまま時が止まった。
いや、別に変な絵では無いはず。ボクは男で、キリも男。男湯で男同士が合うことは何も不思議はないではないか。
そう、普通。これが普通なのだ。いくら最近女の姿のままで生活してるとは言っても、ボクはレッキとした男であって、顔が熱くなる意味がわからなくてッ!!
「~~~~ッ!? なな、何でキリさんここに居るんですか!?」
タオルを前に持ってきておいたよかった。じゃなければ大事な所が隠れていなかった。
「お、俺は白夜達の遊びに付き合わされて風呂に入り損ねたから、こんな時間でもまぁいいかと思ってだなッ」
白夜達――まさか、ボクが料理人にあのレシピを教えている時に先に部屋に行った組はこれを狙って!?
「と、というか男同士だからな、何も問題はねぇよな!? ねぇハズだよな!?」
「で、ですよね!? あ、あはは~男同士だから何も問題ないハズですよね!?」
とか口で言っておきながら、そそくさとお風呂場の近くに置いた浴衣と下着を取りに移動して手早く着るのは意識しちゃってるからだろうか。
「ぼ、ボク以外の人は入っていませんでしたからっ! ご、ごゆっくり!」
ボクは浴衣を着終わってから指輪を嵌めて、また着崩れていない事を確認しながら、走ってキリの真横を通ろうとした瞬間……。
――足を滑らせた。
「ひゃぁ!」
「うわッ!?」
ドタンッ。そんな音を出しながらボクは誰かを巻き込んで倒れてしまった。いや、誰かだなんて分かるだろう。この部屋にはキリしか居ないのだから。
目をあけてみると、目の前にキリの首筋が。見上げてみると、キリの真っ赤な顔が目前にあった。
ボクがキリを押し倒し、しかも体を押し付ける形となってしまったその状態に、顔がさっきよりも真っ赤に染まった。
「ごごごごめんなさい!! 今すぐに起きますから!!」
「おお、おぅ」
そう言って、ボクはすぐ起きようとして足に力を込める、と……。
「いたッ」
ボクは突如きた激痛に顔をしかめる。この痛みは何だろうと思って視線を向けてみると、別段何の変哲もない足が四本あるだけだ。
つまり、足を滑らせたせいで足首を捻ってしまったのだろう。
さすがに両足という訳ではなく、左足には激痛が来なかったので左足で立とうとする。が、どうしても右足首から来る激痛を押さえる事が出来なかった。
「お前、足捻ったのか?」
「あははは……ごめんなさい。すぐどきますから」
何とか左足だけでキリの上からどく。右足首がかなり悲鳴をあげている。これは少し酷いかもしれない。
「えっと、確かユウがテーピングか何か持ってるよね……」
ボクはそう呟いて、壁に手をつきながら歩き始めて――突如として現れた浮遊感に襲われた。
「ひゃっ!? き、キリさん?」
突如として現れた浮遊感は、キリがボクを軽々と持ち上げたようで、それが膝の裏と首の後ろらへん。俗に言うお姫様抱っこ。
「なな、何しているんですか!? は、恥ずかしいです!」
「足いてぇンだろ? 黙って運ばれろ」
キリはそう言うと歩を進み始めた。
いや、この格好かなり恥ずかしいんだけど!?
「あの、キリさん。ボク歩けますから……」
「嘘だろ。だったら左足だけで立ってねぇよ。それに、更に悪化したらどうすんだよ。ったく、ソウナが確かまだ起きてやがったな。俺が風呂に行く前にまだ遊ぶって言ってたからまだ起きてるはずだからな」
二階に上がるくらいで悪化はしませんから! それに部屋近いから大丈夫ですってば!
などと言えるはずの言葉がなぜか出てこない。まるで喉でつっかかってしまって出てきたくないと言っているかのようだ。
その後、キリに連れられて153号室へと戻ったボクとキリに女性陣が殺到。ソウナがボクの足首を治してくれたのだが……。
「リク君。どんな滑り方したの? 〈治癒の光〉で完治しないのだけど? ……元々神経とかを治すような魔法では無いのだけどね。外傷とか血を止めるだけの魔法だもの」
完全には完治しなかったようで、ユウが持っていたテーピングを使って右足をぐるぐるにソウナが巻いた。きつく締められるような感覚と、冷えるような感覚を覚えながら、治療を終えた。
「で、お前らまた変な事やってリクの右足を悪化させたらいけねぇからリクは俺たちの部屋で寝かせる」
「ナイスだキリ!」
「変わりに雑賀をこっちに置いてやるよ」
「それはそれでナイスだキリ!」
という事に、さすがに今回はバツが悪かったと感じた女性陣からは否定の声はあがらなかった。
ただし、キリとボクだけというのは気に入らなかったようで、この話を知らなかったマナとアキとヘルも一緒に154号室へと入った。
こうして、やっとの事でヘレスティア二日目が終わったのである。
キリのラッキースケベ発動(==;
ちなみにキリは押し倒された時に完全に当たっています。当たっているんです(・・*
無かった事にしようとしていますね。この人。
誤字、脱字、修正点があれば指摘を。
感想や質問も待ってます。




