*悪魔の歌*
どうも悪魔としての性分か、それとも己が特になのか、バアルは好奇心というものが人一倍強い自覚はあった。
人間が身を崩して行くさま、あるいは汚れていくさま、無様な醜態を晒して行く様子など、眺めていることが好きだった。
そんなバアルが久しぶりに人間に召喚、というより捕まったのはつい先日のこと。
高位悪魔、それなりに名の通った悪魔である自分を捕らえられるなど並の魔術師ではない、それこそ悪魔たちの中で「最悪」と評判の伯爵か魔術狂いと評判のどこぞの姫君くらいなはずだが、そうではない。
(あの子ども。幼女。お嬢さん。一体なんだったのか)
古いまじないの一つではあった。
完全なる満月の日にのみ、悪魔の通り道が人の鏡と重なることが稀にある。
誘い出す歌の見事さについつい気になって脇道を逸れたバアルにも非があるにはあるけれど、それにしたって、ただの子どもの、ままごとのような術式で魔神バアルが捕らえられたなど冗談にしか思えない。
と、まぁ、それはまぁ、もういいとして。
とにかく不思議なお嬢さん。
燃えるように赤い髪に青い瞳の女の子。
悪魔とのやりとりがどんなものかよくわかっていないだろうに、神に祈り続けるより、悪魔を捕まえてみようというその心、血を見てみれば母親が砂の民であったので、なるほど魔女の子なら納得できなくはなかったけれど。
悪魔と関われば遅かれ少なかれ、ロクな目に遭わないのは神こそ全て正しく、悪魔は何よりも悪いものであるという意識のある世で仕方のないこと。そういうものと関わったらどうしようもなく、悪運が付いて回るようになる。ケチがついた、とでも言えば良いのか。
バアルがそれらを黙っていたのは、人が過ちを犯すのを黙って見ている悪魔の悪意からではなくて、そのちょっと変わった子どもの身にこれから起きる悪運、不運、そう言ったものが、はたしてこの妙な子を傷付けるほど鋭利なものか、あるいは身を焼けるほどに燃えられるものなのか、ただただ単純に、疑問だった。
悪魔を捕まえようなどという幼い子ども。無知で無力でどうしようもない子。悪魔に何を願えばいいのかよくわかっておらず、時折自分の愚かさをはにかむような子どもを、はたしてただの人の悪意が傷つけられるのだろうか。
と、そう思って、眺めていた。
母親がとうに捨てられどこぞに放り出されていることも知らず、せっせせっせと、娼館の主人の懐ばかりを厚くするために懸命に働く赤い髪の幼女。
横たわるだけという約束を、時たま反故にしようとする輩は、バアルがひょいっと指を振ってその体に激痛を与えた。歳をとるものが多いので、突然の体の痛みはごくごく自然のことと怪しまれず。むしろ、黙って幼女の隣で寝ているだけで痛みが治まり、気持ち、若返ったように体が軽くなると噂になった。
バアルはその幼女を眺め続ける。
ある時、娼婦の一人に母の事実を教えられて、幼女が娼館を飛び出した。
ただの子供が、行く当ても、探し出すツテもなくどうするのかと眺めた。
するとその幼女、歌をうたい出した。
悪魔をそわそわと落ち着かなくさせる、甘くて軽やかな歌声。
明かりのない夜の道で、そわそわと、子鬼や形を成せない低級の悪魔が幼女の影にしがみつくように寄っていった。
ワラワラ、ザワザワ、ギュウギュウと、幼女が歌うと、悪魔たちが笑う。
「おかあさん、おかあさん、おかあさん」
幼女の願いは簡単だった。
母を探して欲しいと、それだけのこと。
それならば、子鬼や影の悪魔たちだって、探し回ることくらい出来る事。
麗しい歌声のお礼として、街中の影やうつろが動いて、揺れて、歪んで、蠢いた。
彼らはあっという間に、幼女の母親を見つけ出してしまうだろうとバアルはわかって、そしていつものように眺めているべきだったのだけれど、どういうわけか。
「お探しのご婦人であれば、えぇ、この僕が、ご案内いたしますよ」
ひょいっと、バアルは幼女の前に現れた。
黒い蜘蛛の姿。長い脚をさっと上げて幼女に声をかけると、ぼろぼろと泣いていた幼女がぴたりと泣き止んだ。
「今度は瓶を持ってないけど、お願いを聞いてくれるんですか?」
閉じ込められたわけでもないのにという幼女に、バアルは何でもないように答えた。
「悪魔にも善意というものはございますよ」
この話は……私の実姉が離婚して……
養育費についてモメ……相手の両親が養育費について一人3万が相場だと……姉の請求額はおかしいと……言って姉を傷付けたことによる怒りから……生まれております……
世の八割の……相手が、養育費を支払わないと世間の「常識」を知って……心から……「ふざけるな」という……支払え養育費!!
無事に姉が、十分な養育費を受け取り……姪っ子たちが本来当り前に授けられるべき全ての教育と娯楽を……十分な愛情の元……受けられますように……