(3)
それにしてもイザベラ嬢の話を聞く限り、エルフィーネは授業態度も成績も優等生そのもので何の面白みも発見も無かった。むしろ俺への興味をもっと持てと思ったくらいだ。
他の令嬢達の様に、昼休みのカフェテリアや放課後のサロンに俺の姿を一目見ようと忍んできたり、偶然すれ違った時に頬を染めるくらいの可愛げが欲しかった。
知れば知るほど、エルフィーネの態度はもどかしく物足りなかった。
だからだろうか、珍しく人前で弱音を吐いてしまった。
「エルフィーネは、本当に俺のことを大事に思っているのだろうか」
「まあ!そんなこと!こんなに素敵で素晴らしいルーベンス様に恋焦がれない令嬢などおりませんわ。現に私だって……あっ、私ってば」
傍にいたイザベラ嬢は、思わずといった感じで頬を染めて俯いている。
そう言えば、エルフィーネのこんな顔を見たのはいつだっただろうか。いや、俺の前でそんな表情を見せたことなどあっただろうか。
「はあ、エルフィーネも少しはイザベラ嬢を見習って欲しいものだ」
思わずつぶやいてしまった。俺はため息を吐きつつ、遠くの景色を眺めた。
「では、ルーベンス様。私に一つ名案があるのですが……」
そこからまた日が経ったある日、俺はイザベラ嬢の提案に乗り学園の中庭の四阿に座っていた。
あと少しで約束の時間になるから、もうそろそろエルフィーネも来るはずだ。
「そろそろ、事前の打ち合わせ通りに致しましょう」
そう言ってイザベラ嬢は俺の隣に座り、身体をしな垂れかからせてきた。
エルフィーネとすらここまで近付いたことがなく、俺はどこか落ち着かない気分になった。
「緊張されてるのですか?」
「いや」
「うふふっ、ルーベンス様ったら」
彼女が俺の顔を覗き込むように、青い瞳で胸元からじっと見上げてきた。
そこにやっとエルフィーネがやって来た。
「エルフィーネ、遅かったな」
まだ時間になってはいないが、イザベラ嬢とのこの距離感が気まずくてごまかす様に声を上げた。
「お待たせ致しました、ルーベンス様。で、ご用件はなんでしょうか」
「ふん、可愛げのない」
婚約者の俺が他の令嬢にくっつかれているのに、眉一つ動かさず嫉妬もしないのかと俺は憤慨した。
「ごめんなさいね、エルフィーネ様。本日はどうしても私も同伴するようにと、ルーベンス様が仰るので」
事前の打ち合わせ通りの台詞をエルフィーネに掛けていく。
「まあまあ、それはさておき。俺の周りには、こうして魅力的な女性が多くてね。俺の寵愛を恋う女性を宥めるのも大変なんだ。俺は、エルフィーネに一途なつもりなんだけどね」
さあもっと動揺しろ、そして嫉妬しろと俺はエルフィーネの心を、表情を動かすことに必死になっていた。
「何とか言ったらどうだ?このまま俺に婚約破棄されたくなかったら、どうすればいいか本当は分かってるんだろ?」
さすがに、王命による婚約をこんな中庭で簡単に破棄できるなんて思っていない。
しかしそれでも、「婚約破棄」という言葉に驚き瞳を見開くもよし、開かずとも俺に対して縋りつき愛を囁くなら俺もそれに十分に応えてやるのに。
「ふん、強情だな。そんなだと、もうこの婚約は破棄するとしようか。君とは長年婚約者として過ごして来たから、婚約破棄することになってしまって、誠に残念だが」
エルフィーネは全く微動だにしない。何と応えて良いかも分からないのか?本当に噂通りの『にぶちん令嬢』に成り下がったのか。
「あまりのことに、言葉も出ないか?さあ、婚約破棄を撤回するなら……」
「そうだね。そこまで言うなら、婚約破棄でいいかもね」
ふいに良く通る声が聴こえ、エルフィーネが振り返った。
何でこんなところにいるんだ?王太子殿下が、学園などに用はないだろう。
「うわぁお、噂通り、美しいね。そりゃ、ルーベンスが執着するはずだ」
「クラウスっ!!」
クラウスがエルフィーネの瞳を見たことに気付き、俺は激高した。
胸元のイザベラ嬢の顔色が悪いが、今はそんなことどうでもいい。
「そうか、このことだったんだね。まあいい。では、その婚約破棄はこの王太子クラウスが見届け人となり、国王陛下に奏上することにしよう。そこのリットン侯爵令嬢も証人になってくれるよね」
有無を言わさぬ笑顔に晒されたイザベラ嬢は俺から離れて立ち上がると、真っ青な顔で頷いた。
「ちょっ、ちょっと待て。俺はそんなつもりじゃ……。それに、俺達の婚約は王命によるものでそんな簡単にくつがえされるものでは」
俺は焦った。クラウスは有能だ。やると言ったらやる。それが出来る能力も権力も何もかもを有している。俺にとっては逆立ちしても勝てない、目の上のたんこぶのような従兄だ。
「よく分かっているじゃないか。そこまで分かっているなら、軽々しく婚約破棄などバカげた単語を出すはずなどないのだが。王命だからこそ、王太子である私から奏上するのだ。ルーベンス=ブルネック、お前にはもうエルフィーネ嬢を託しておけぬ」
俺は絶句した。これはもはや、従兄弟同士の会話ではない。臣下に裁きを言い渡す主君の言葉だ。
「ルーベンス。ブルネック公爵家へ陛下より正式な沙汰があるだろう。リットン侯爵令嬢には、証言を求めることもあるやもしれぬのでそれだけ心に留め置いておくように。エルフィーネ嬢には、教室まで送りがてら少し話がある。行くぞ」
「はい」
クラウスに付き従い、俺を振り返ることなく去って行く彼女の後姿が、俺が間近で見ることが出来た彼女の最後の姿だった。
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