灰の守護者、ですわ~!!
意識を取り戻したアッシュに、わたくしはそれまでの事を説明して差し上げました。
陛下にもお教えしたカトレアとの契約の事や、レゼメルを倒した事、そしてアッシュの行いも全て聖剣の暴走によるものだったとして不問にしていただけた事など。
「そういう訳だから、お前も自分が処刑される心配はしなくていいぞ」
「あうぅ……」
そして早速アッシュは自身の失言を陛下に突っつかれ、顔を赤くしていました。
「陛下、あんまり虐めないであげてくださいまし~。さっき起きたばかりなんですから、もっと労わってあげてほしいですわ~」
「あっと、すまないな。また泣かせる所だった」
「……また、ですの~?」
「へ、陛下! それは秘密です!!」
何やら気になる事を零した陛下でしたが、アッシュの叫びに頭を下げるとそれ以上は教えてくださいませんでした。
「まあアッシュも目を覚ましたということで、丁度いい。またお前にも俺と共に動いてもらう事にしよう」
「はっ、はい。陛下をお守りするため、僕もすぐに快復を目指します」
目を覚ましたアッシュを早速陛下は有効活用しようとお考えなようで、慌ててアッシュもベッドから這い出すと陛下の前に跪きました。
「おっと待ってくれ、傅く相手が違うぞ」
「え……?」
そう言われた弟は目をぱちくりさせながら顔を上げます。
陛下の視線はわたくしの方へと注がれていましたから、アッシュもまたこちらへ向きました。
「アッシュ、お前がこれから守るのは俺ではなく未来の皇帝、フィアラだ」
「……。えーーーー!!!?」
見開いた目を更に開きながらアッシュは驚愕で叫びました。
言われた事が信じられなかったのかしばらく間が開いていましたが、まるで初めて聞いたかのようです。
「そんなに驚かなくっても。さっきフィアラさんが説明してたじゃないですか」
「し、してた……? 姉さん、そんなこと言ってた?」
「言ったはずでしたけど~……。指輪で交わした契約で、わたくしは皇帝にならなくてはいけなくなったと」
「それは聞いたけど、そんな事陛下が許すわけが……」
どうやらアッシュは陛下がおいそれと帝位を退くような人物ではないと思っているようです。
当然でしょう、彼は陛下を守護する任に就いていたのですからその人となりを少なからず理解していたはずですから。
わたくしの命がかかっているからと皇帝の座を譲るような方だとは欠片も想像していなかったのかもしれません。
「そういえば、前にそんな事言ってたような。……あれって冗談ではなかったんですね」
「心当たりはありましたのね~」
「半分は冗談だった。だが事情が重なってな、今の俺は完全に本気だぞ」
冗談半分で帝位を譲るお話をなさっていたというのはどうかと思うのですが、ともかく真剣な陛下の表情でアッシュも納得はしたようです。
「じゃあ、姉さんの事、助けてくれるんですね」
「当たり前だろう、誰の姉だと思っている」
聞くまでもない、と陛下は真っすぐに弟を見ます。まあわたくしの事を未来の皇帝だなんて呼んでくださったのですから、返事はそうなりますよね。
改めてのその言葉に、アッシュは顔を綻ばせました。
「よかったぁ……。姉さんがどんな契約を交わしてたのかずっと心配だったけど、それならもう解決したも同然なんだ……」
「安心するのはまだ早いぞ、これからはフィアラが皇帝になるんだ。俺に仕えていた以上に細心の注意を払い、決して傷付けさせるな」
「……はい! こんなに守り甲斐のある皇帝、他にいません」
「おいおい、俺はそんなに守り甲斐のない皇帝だったか?」
「……絶対なかったですよね、よっぽどの事がなかったら死にそうにないですし」
カトレアがわたくしに耳打ちしてきました。……おおむね賛同します。
レゼメルという強大な力で命を落としかけたものの、あんなのは例外です。おそらく、陛下の命を脅かせるものってほとんどないのではないでしょうか。
若くしてベラスティアの皇帝になれただけあって知恵も力も常人の域を超えていますし。
「そうですわね~、多分毒とかも効かない気がいたしますわ~」
「……フィアラ、聞こえてるぞ」
「い、いえ~今のは~……。耳も素晴らしいのですわね、おほほ~!」
「……できれば期待に応えてやりたいところではあるが、俺も普通の人間だ。普通に毒を盛られれば死ぬ。試さないでくれよ」
「ま、まあ試そうというつもりはありませんけれども~」
内緒話を聞かれ、念押しされてしまいました。本当に試そうとまでは思っていませんでしたが効果はあるようです。
まあそうですよね、陛下だってただの人。少し優れた能力を持っているだけの……あれ? 毒が効くと分かっているという事は、もしかして一服盛られた経験がおありなのでしょうか……?
「さて、話がズレたがそういう訳だ。今日からは俺でなく、フィアラを守る魔術師となってくれ」
「はっ、陛下!」
敬礼と共にリゲルフォード陛下の命を承るアッシュ。……でしたが、その直後に戸惑いを見せました。
「あ……でも陛下はもう陛下じゃなくなって、姉さんが皇帝になるって事は僕、これから姉さんの事を陛下って呼ぶ必要が……?」
「そ、それはちょっぴりむずがゆいですわね~……!」
まだ気が早くはありますけれど、そういう事になります。わたくしが皇帝なら、それを守護するアッシュは陛下、と呼んでくるのでしょう。
でも実の弟にそんな呼ばれ方をするのは、流石に気恥ずかしいです。
と思っていると、カトレアがわたくしを見ながらにやっとしました。
「あー、じゃあ私もこれからはそうやって呼ばなきゃかな。……ね、フィアラ皇帝陛下?」
「い、今までどおりに呼んでくださいまし~~!!!」
やっぱり駄目です。我慢しようかと思いましたが、あまりに慣れない呼称に耐えきれませんでした。
いつかは嫌でもそう呼ばれなくてはいけないのかもしれませんが、現状はわたくしの呼び方は今のままでお願いしたいところです。
「ま、一応今はまだ皇帝は俺だからな。フィアラもこう言っているし、呼称に悩むのは後にしておけ」
「はい、……えっと、陛下」
「一瞬悩んだな」
弟のリアクションに苦笑する陛下でしたが、すぐに真面目な表情へ切り替えます。
「アッシュが目覚め、聖剣に取り憑かれていた後遺症も無いと判断できた。本来ならもう数日休ませてやりたいが……フィアラ即位のためにお前にも働いてもらいたい。構わないな?」
「任せてください、姉さんは僕が守ります」
陛下に返すその瞳には、確かな決意が滾っているのが見て取れました。
まだ15歳の弟ですが、その表情を見ていると頼もしさを感じ、わたくしのためならどんな事でもしてくれそうな気がしてきます。
「では、そんなアッシュに早速わたくしからのお願いが~」
「なに? 何でも言っ……わっ!? え!?」
何でもいいそうなので、わたくしはアッシュの背中から抱き着きました。
「ね、姉さん……?」
「このままおんぶしてくださいまし~~」
「あー、フィアラさん昨日歩き回って筋肉痛だったんですよね」
「姉さん…………」
一瞬顔を赤くしていた弟ですが、わたくしとカトレアの言葉を耳にするとスッと収まりました。
3つも下の子ですから持ち上げてもらえないかもしれませんでしたが、わたくしは軽々と背負われます。
とっても助かりました! この部屋まではなんとか走ってこられましたが、もう立つ事すら大変でしたから。
「はぁぁ~、楽ですわ~……。アッシュが起きそうって聞いてすっ飛んできましたから、後の事なんて何も考えていなくって~」
「……。そう、なんだ。そんなに辛いの?」
「1歩ごとに足全体が悲鳴を上げていましたわ~! 泣きそうなくらい辛かったですけど、今はと~っても快適ですのよ~!」
「そっか……。なら、よかった」
アッシュにおぶられながら、わたくしは部屋から出るのでした。
……カトレアと陛下がずっと静かに微笑んでこちらを見ていたのが目に入りますが、あまり気にしないでおく事にします。




