第二話
最近聞いた生意気そうな高い声が不意に聞こえてきた。
とっさに開いていた大量のブラウザを閉じる。もうみられてるし何の意味もないのはわかってるけど。
「な、な何しに出てきたのさ。そもそも僕はアプリは後ろに下げてたと思うんだけど」
「あたしを普通のアプリと一緒にしないでよね。あたしは存在してるの。自分の意思ででてこれるし、引っ込めるの。わかる?」
何それ。起動してもいないのに勝手に出てきて視覚と聴覚への無断アクセスとかもう完全にウィルスでしょ。アンインストールしてやろうかと思う。
というか僕じゃなきゃアンストしてたね。僕の寛大さに感謝してほしいぐらいだ。
「そもそもあんたが呼んだんじゃない。何度も何度も何度も何度も通知鳴らして。私には私の生活があるんだからそういうの迷惑なんだけど? ストーカーなの? 警察に突き出すわよ」
「何このAI正気? 設定の作り込みが激しすぎでしょ。IronRabbit氏の趣味全開じゃん本当やばい人じゃんそこに痺れる憧れるー」
全肯定系が主流な現代であえてツンロリを当ててくるとか彼女はよくわかってる。ロリババアじゃなくてロリなところも良い。あれ、ロリだよね?
不安になり、本人に尋ねてみることにする。
「ねえフォルテ。君って年齢はいくつなの?」
「十四だけど。それが何よ」
フォルテの回答に、机の下で小さく握り拳を作る。
ロリババアが悪いとは言わないが、やはり眺めておくなら純正ロリを眺めるのが一番だ。
「はぁ?」
僕の反応に不信感を抱いたのか、表情が曇ってきた。ほんと表情が豊かだよね。困り顔だけでもこれだけのバリエーションがあって、ポリゴンの乱れもない。相当お金かかってそうだな。
今度あったら絶対開発秘話とか聞きたい。交渉材料とか用意したほうがいいかな。
まぁそれは置いておいて、とりあえずベルがしっかりフォルテのところに通知を送っていることの確認が取れたのは大きな収穫だ。これで急ぎの用事の時はひたすら嫌がらせのように押してやればいい。痺れを切らして出てくるまで。
だいぶ陰湿だなとは思うが、彼女はプログラムだ。遠慮はいらない……はず。
「僕の良心が痛まなければ……」
「で、何のようなのよ。大したようじゃなかったらあんたの視覚と思考を盗撮してネットの海に慣れ流してやるから」
何それ怖い。というか思考を盗撮するとかとんでもないことさらっと言ってるけどそんなこといちアプリに可能なの?
視覚、聴覚に関しては脳に送られてくる信号を複製してデータ化するっていうMirage側の機能があるわけだけど、思考ってなんだ?
「ちょっと聞いてる?」
「あ、あぁごめん。いやすみません……でも用があったのは本当だよ。大事な用だ」
真意がどうであれこれ以上フォルテの機嫌を損ねるのは得策ではない。
あれ、僕出会って数時間で完全に尻に敷かれてない? 気のせい?
大事な用と言っても、それは帰ってきてからの数回で、電車に乗ってた時はただの好奇心だったわけだけど、今用があるならそれでいいでしょ。過去は振り返らないことにしているので。
「おっけー、聞いてあげるから早くしてよね。今ちょっと、ほんとに忙しいんだから。やらなきゃいけないことも多いの。主にあんたのせいでね」
自覚してるの? と腕を組み、無い胸を押し上げるように肩をすくめる。
「し、知らんがな。すぐ人のせいにする人間は総じて仕事ができないって決まってるんだぞ。無能アピールもほどほどにしておいた方が—-―」
いつもの癖で無意識のうちに軽口を叩いていた。いけない。黙ろう。
右手の甲で口元を押さえ、黙りますと訴える。
そんな僕を見て、フォルテは懸命だと小さく頷いて見せた。
僕を見る彼女は冷静な表情だが、その瞳からは未だに「大したようじゃなかったら許さない」という意思が伝わってくる。
これはほんとに下手なことは言えないな。身内ならともかく、素性の知らない電脳少女は本当に何をしでかすかわからない。しかもあのIronRabbit氏の使いだ。本当に個人情報を抜かれかねない気がする。
ここは慎重にいこう。
「えっと、その、ですね。アプリをバックで起動しておくのは構わないんだ——ですけど、こいつ、身体から離すと自動的に電源がオフになる仕様でしょ? だからどうしようかと思って。これつけたままじゃお風呂にも入れないわけで」
そういうと、フォルテは先ほどまでの殺意が抜け、ぽかんと硬直していた。
「何、フリーズした? Mirageの回線はまだまだ安定しないなぁ」
画面に向かって手を振ってみる。まぁよく見れば瞬きしてるし、ラグい訳ではないのはわかるんだけども。
「いえ、思ったよりまともな用件だったと思って」
「僕を何だと思ってたのさ。いつだって誰よりもまともだよ」
そもそもまともじゃない存在にまともかどうか判断されたくない訳だが。流石に黙る。
僕の心情な知らずにフォルテは言葉を続けた。
「で、その不安に関しては、Mirageは外しても構わないと答えておくわ。アプリがインストールされた時点で同時にデバイスのプログラムに干渉して接続関係の仕様を書き換えてあるから」
「はあ……って、は?」
「ぁん?」
「いえ……何でも無いです」
平然と言ってるけど、デバイス本体の仕様を変更するようなことは流石にまずいんじゃ。
利用規定なんてまともに読まないけど、まず確実に保証の対象からは外れたよね。もう完全にウィルスじゃん。しかもものすごくたちの悪いタイプの奴。
トロイの木馬も真っ青なレベル。
「まぁそういうことだから。外しちゃっても構わないわよ。何なら今外してみれば?」
僕は言われるままにMirageの留め具を外してみる。
本来なら霧が晴れるように全てのUIが消えるはずだが、確かに接続は保持されているようだ。
フォルテは「言った通りでしょ?」と言わんばかりにウィンクをかます。悔しいが可愛い。
不覚にもドキドキしていると、部屋の扉をノックする音が聞こえて思わず心臓が跳ね上がる。変な声が上がった気がした。
「うわ……キッモ。嘘でしょ」
「うううるさいな!」
ガチめなトーンでキモいとか言われると流石に傷つくんですけど。 思わず声を上げちゃったじゃないか。
ワタワタとしているともう一度ノックの音が響くのと同時に、今度は遥の声も聞こえてきた。
「キョーヤ? 取り込み中? 誰かと話してるの? だったらまた後にするけど」
「あ、えっと——」
フォルテに目をやる。
「別に好きにすればいいじゃ無い。どうせ私はあんた意外にはには見えも聞こえもしないんだし。そもそも、私はそろそろ裏に戻るわよ。乙ー」
そういうと、僕の返答を待つことなく画面は黒く暗転し、次第に待機モーションが流れ始める。




