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Paranormal World-パラノーマルワールド-  作者: mirror
二章 安息を求め彷徨い、そして嗤う。
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第五話

 しばらく無音が続いたが、観念したように部室のスライドドアがゆっくりと開かれる。


「えっと、その、失礼しまぁす」


 さっきよりも声がクリアに聞こえてきた。

 開いた隙間から顔を覗かせるのは三編みの小柄な女の子。うちの女子部員は二人ともそれなりに背が高いので、余計に小ささが際立って見える。

 ニット帽から伸びる綺麗な茶色の髪の毛が、身長と童顔から発生する子供っぽさを相殺していた。

 下手したら遥の方がよっぽど子供っぽいなと思いながら横目で一瞬遥を見ると、きょとんとした表情で僕に視線を返した。なんでもないと首を振っておく。

 しばらく考えるような仕草をした後。何を思ったか机の下から僕の足を軽く蹴った。

「いっ――――」

 結構本気で蹴ったのかジンジンと痛みが残る。

 僕らが変に沈黙していると、三編みの少女もどんどん小さくなっていく。ニット帽を引っ張り目元を隠す。何その萌え仕草現実にあっていいの?

 その姿を見て和人が席を立ちドアへと向かう。だから遥に指摘されるんだぞと伝えてやろうかと思ったが、僕はそれより部屋の外の女の子のことを優先することにした。

 残念ながら僕はこの手の対人スキルレベルはゼロに等しい。見ず知らずの女の子に話しかけるとかよっぽど追い詰められていないとできない。そこまで頑張らなくでもできる人がいるなら、その人がやるべきだというのが僕の持論。

 業務委託がうまい人ほど仕事ができる。つまり僕は仕事ができる。

 先程名前を読み上げた時に返事が帰ってきた。つまりはこの部屋の外で縮こまっている少女こそ、中野初衣という女の子なのだろう。

 まあ、和人にまかせておけばなんとかなる。こいつ意外に対人スキル高いんだよなあ……特殊な趣味のせいで友達が少ないしモテないだけで、顔だっていい。趣味を隠して生きればいいのに。


「ここに客人なんて珍しいな。とりあえず中に入りなよ」


 もしかしてこいつ気づいてないんだろうか。優希とアイコンタクトをとるが、首を横に振られた。

 なんでだよ。まだ何も言ってないでしょ。


「その、あのぉ、天野先輩っていたりします……かぁ?」


 ゆっくりとドアを最後まで開けて姿を見せて尋ねてくる。

 手を後ろで組み、首をキョトンと傾けた。


「あ? 鏡夜? それならそこにいるけど」


 体をひねって僕の方を指した。

 僕の姿を見ると、不安そうにしていた少女の困り顔が、ぱぁっと明るくなる。


「あぁ、先輩!」


 そう言って僕の座っている席までの数メートルをタタッと華麗に詰める。


「え」


 そんな動きに即座に対応できるわけもなく、僕は押し倒される形で椅子ごと後ろにひっくりがえった。

 あー、なんか既視感。最近のトレンドは女の子が男を押し倒すことだったりするの? 流行のど真ん中じゃん。ただ痛いだけなのでできれば遠慮したい。もっと僕の腰を労っていいよ?


「だいじょぶ? なんか鈍い音したんだけど」


 遥と優希が心配そうに僕を見下ろす。

 幸い頭は打ってないが、背骨と腰には大きなダメージが入ったようでとても痛い。


「折れた……」

「はいはい、大丈夫そうだねー」


 にっこりと笑って言葉を流す。

 なんでだよ。いや折れてないけども。


「はっ。し、失礼しました」


 慌てて僕から離れて地べたに正座する。

 短いスカートが絶妙な防御力を誇っているが、僕はとっさに目をそらした。

 防御こそ最大の攻撃と言えるわけですねわかります。

 背中をさすりながら立ちあがって問いかける。


「で、君はここになにをしに? というか名前から聞いてもいいかな。なんとなく察してるけど」


 うまく冷静を作れていると思う。そうでなければ困る。


「あ、そうでした。この前も結局名前を伝えるの忘れちゃってましたね」


 この前という表現に嫌な予感が拡大しているのを感じた。

 正座から立ち上がり、スカートについた埃を両の手で二、三度叩いて落とすと帽子を取り、上品に手を胸に当ててた。


「あたしは中野初衣っていいます。ここの一年で、えっと、先輩にはメッセージを送ったと思うんですけどー、わかります?」

「あぁ、そうだそうだ思い出したUIだ! どこかで聞いた名前だなって思ってたけど、そうだよ。ブログにメッセージくれた子だ! 何で忘れちゃったんだよ。貴重な体験なのに」

「鏡夜人の名前覚えなさすぎ。他人への興味の無さが伺えるわ」

「はぁ? そっくりそのままお返ししますー。優希にだけは言われたくないんだけど? 僕より社会に適応する気ないじゃん」


 まあ実際、人の名前なんて覚える意味のないものに記憶領域は割かない主義だから仕方ないけど、それでも僕にとっては重要な登場人物だったろうに。断じて興味の無い他人ではない。

 ただまぁ学校の生徒の名前なんて覚えたく無いってフィルターは働いたかも。

 記憶にかかったモヤモヤが晴れた気がした。


「というかメッセージって何」


 部室での話を聞いていなかった優希が首を傾げる。


「ほら、部活動の一環として始めたあのブログにさ、メッセがきてたんだよね。一応学校名は明記してあるからわかったんでしょ」

「ほーん。というかあのブログって機能してたんだ……とっくに凍結状態かと思ってた。鏡夜飽きっぽいし」

「失礼な。僕はやるときはやる男ですし。飽きっぽいのは遥だけ」

「なんか飛び火した⁉︎」


 まぁ、Iron Rabbit氏に感化されてるから続いているところは大きいけど。


「よかったぁ。ちゃんと届いてた」


 初衣はホッと一息つくと、適当な椅子に腰掛けて苦笑いする。


「返信とかなにも返ってこなかったから、もしかしてもう使われていないのかなぁとか思ったんですよねー。最終更新日も今年の6月とかになってましたし」


 しまった。メッセージが珍しくて浮かれて、返信するのを完全に忘れてしまっていた。

 僕も苦笑いしつつ頰をかいていると、二方面、和人と優希から冷ややかな視線が送られてくるのを感じ、強引に話を進めることにした。


「で、でだ。本題に戻ろう。うん」

「あ、そうでした。といっても今日来たのは、先輩が無事かなーという確認だったんですけど、元気そうで良かったです」

「ということはやっぱりキョーヤが倒れる前に一緒にいたって女の子は初衣ちゃんだったんだねー」


 なにが嬉しいのかニコニコしながらいう遥。


「あ、はい。といっても私も気を失ってしまったみたいなんですけど。力にはなれなかったってゆーか」


 気まずそうに手遊びを始める彼女の答えに違和感を覚えた。

 病院に運ばれる際、僕の近くに誰かいたという話は話は無いと遥に聞いた。

 レディーファーストで誰かが先に女の子の方だけ病院へ連れて行ったとか……? 流石に無いと思いたいけど。

 それかわざわざ別の病院に連れて行ったのだろうか。病室が開いてないなんてことはなかったと思うが。

 そんな疑問を投げるかどうか迷っていると、初衣が言葉を続けた。


「あれ? でも気を失ったって表現で正しいのかな」


 首を傾げる彼女に優希が言葉を返す。


「どういうこと?」


 言うべきがどうか迷っているように腕を組んで唸っていたが、意を決したように手をほどき、言葉を続ける。


「うん、うん。だって私も先輩も、多分あのとき――」


 一度言葉を切る。彼女も口に出そうとして矛盾した発言だと理解したのだろう。だって僕たちは今こうしてここにいるのだから。

 だが、現状確認は必要だと、ゆっくりと口を開く。

 その先は、僕が一番聞きたく無い言葉だった。

 声に出していって欲しくない言葉だった。

 あのときの感覚は今でも覚えている。宙をまい、赤く染まり、世界が闇に飲み込まれる感覚。

 痛みすら置き去りにした、絶望という感覚。

 僕はまた無意識に首元をさする。大丈夫。首はある。繋がっている。

 冷や汗が酷い。

 部室の空気はとても重々しく、張り付いていた。

 そうだろう。遥も、優希も、和人も、誰一人として初衣がいった言葉の意味を理解しきれず、思考が止まっていた。

 その静寂が、たまらなく息苦しかった。


「――死にましたよね?」


ぽつりと告げられたそれが、僕らの日常のエラーを拡大した。

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