~エピローグ~
その神官様はよぼよぼのお爺さんだった。
よぼよぼの神官様はよぼよぼのロバに乗ってよぼよぼに神官兵に連れられてこの辺境の村にやって来た。
僕はお母さんとお父さんに手を振ってみんなと一緒に教会に入る。
今日は【神の祝福】を受けるため10歳の子供は皆教会に集まる。
これは奴隷の子供も同じで。大きな町や都市の奴隷の子も10歳になると祝福を受ける。
最もこんな辺鄙な村に奴隷なんていない。
今年【神の祝福】を受けるのは僕を入れて15人だ。
みんなワクワクしている。
どんな職が貰えるのか。それによって今後の生活が大きく変わる。
「ねぇねぇ。アスルはどんな職が貰えたらいいと思っているの?」
花冠が大きすぎたのか。しきりに花冠を直しながらポドリーが僕に尋ねた。
ポドリーも皆もこの国の民族衣装を着ている。
女の子は白いブラウスに三角の刺繡を刺して赤いスカートを履いていて。
男の子は白いシャツに三角の刺繡に赤いズボンを履いている。
ポドリーの髪は母親に似て深い藍色で瞳は緑だ。
顔には少しソバカスがあって、愛嬌がある。
「馬鹿だなポドリー。アスルはお母さんの後を継いで薬師になるんだろう」
オルガが親指を立てて二カッと笑う。
「お父さんの後を継いで猟師に成るかも知れないよ」
「あれ? アスルのお父さんは昔兵隊さんじゃなかった?」
「父さんも母さんもお城に勤めていたけど。お金が貯まったから辞めて結婚したんだ。城勤めはきついって言ってた」
「う~~~ん。お城で侍女になるのもいいかと思うけど……そうなの……きついの……」
「ははは。一番鳥が鳴く前に起きなきゃならないんだから。寝坊助のポドリーには無理無理~」
「なによ‼ あんただって寝坊助じゃないの‼」
「ほらほらケンカしないの。皆席に着いているよ。僕らも席に着こう」
僕たちは教会の入り口にあるお布施箱にお金を入れる。
そして水盤で手を洗う。
子供達は席に着きながら興奮している。
教会の壁には白い衣をまとったヨグナス神のお姿が描かれている。
村長の奥さんがハープを鳴らし【神の祝福】の儀が始まる事を告げる。
よぼよぼの神官様が祭壇に上がり皆を見渡す。
「おめでとう子供達。今日はヨグナス様が皆に【祝福】を授けてくれるめでたい日だ」
子供達はキラキラとした目を神官様に向ける。
オルガの目はギラギラしているが。
オルガはおやじさんと同じ鍛冶師になりたいんだっけ?
気合入っているな~。
僕は神官様を見る。神官様は足が不自由なんだろうか?
歩いた時、カチャカチャと義足の音がした。
まあかなりのお年寄りだしな。神官様でも戦に巻き込まれることもある。
辺境の村を回る途中で魔物に襲われることもある。
巡礼は命懸けだ。
後でお薬を差し上げよう。
僕がそんな事を考えているとオルガの名前が呼ばれた。
「オルガ」
「はい」
オルガは気合を入れて水晶に触る。
水晶が温かく輝き。
「オルガは【鍛冶師】の職を神から授かった」
「おっしゃ~~~やった~~~‼」
オルガはピョンピョン跳ねて外で待っている親父さんの所に飛んで行った。
おやじさんもおばさんも嬉しそうだ。
「ポドリー」
「はい」
ポドリーはギクシャクしながら立ち上がり祭壇の前に立つと水晶に手を伸ばす。
水晶は水色に輝き。
「ポドリーは神より【織り姫】の職を授かった」
「わー‼ ありがとうございます。ありがとうございます」
ポドリーは神官様にペコペコお礼を言いながら両親の所に駆けていく。
嬉しそうだ。これで村一番の織り子のジョベッテアおばさんの所に弟子入り決定だな。
「アスル」
「はい」
どうやら僕は最後の様だ。
いつの間にか席に座っているのは僕だけだった。
ドキドキする胸を押さえて僕は祭壇の前に立つ。
水晶に手を伸ばす。
水晶は眩しく輝いた。
「アスルは神より【救いし者】の職を授かった」
「あの……【救いし者】ですか?」
僕は困惑する。
「ああ……大まか過ぎてよく分からないじゃろう」
神官様は皺だらけの顔に微笑みを浮かべると僕の頭を撫でる。
「ワシの職は【導く者】じゃった。この職は【教師】でも【神官】でもなれるものじゃ。それと同じで君の職は【医者】でも【神官】でも【薬師】でもなれる者なんじゃ」
「えっ? 本当にお母さんと同じ【薬師】に成れるの? 良かった‼ 嬉しい。ありがとうございます。神官様あの……」
僕はポケットからお薬を出す。
「これ僕が母さんに習って作ったんです。よろしければどうぞ」
神官様はちょっとびっくりしていたが、優しい笑みを浮かべるとお薬を受け取ってくれた。
「じゃ。ありがとうございます。良い旅を」
ここら辺の民は別れの挨拶に『良い旅を』と言う。
文字通り本当の『旅』だったり『人生の旅』を言い表している。
『あなたの人生に良い風が吹く旅でありますように、あなたの人生に恵みの雨が降りますように』と言うのが元々の言い表しだったらしい。
今は短縮されている。
『あなたの人生(旅)に神の祝福を』と言う古代アルメキア語から来ているとも言われている。
そう母さんが言っていた。
難しいことは分からないが、僕は父さんと母さんの所に駆け寄る。
その年老いた神官は嬉しそうに駆けていく少年の姿を目で追う。
少年は教会の入り口の所に佇んでいる両親の所に駆け寄る。
その二人の姿を見て神官の目が見開いた。
「……‼」
神官様は何かを呟き。彼らの元に駆け寄ろうとしたが。
義足がデコボコした床に蹴躓いて転んでしまった。
「大丈夫ですか?」
教会の管理を任されている男が神官を助け起こす。
神官は三人の姿を追うが、もうどこにもその姿はなかった。
「あの子……」
「ああ。最後に見てもらったアスルの事ですか?」
男は神官を長椅子に座らせると服に着いた埃を払う。
「森の近くに親子で住んでいるんですよ。父親は狩人で母親は薬師です。あの子は母親に似て髪も目も黒いんです。隣の国では珍しいですがこの国では黒髪で黒い瞳はざらにいますよ」
男は老神官が隣の国の出身である事を知っていた。
神罰が下され多くの貴族がこの国に流れてきたが多くがその命を落とした。
神罰を恐れ信仰を捨てる者も多かったが、この神官は信仰を捨てることはなかったと聞く。
「そうか……そうだな……あの娘は死んだんだ……」
神官はそう言って俯いた。
その手の中にある薬に気付いた。
ガラスの小瓶に入った薬は青く揺らめいている。
「ああ。ポーションを貰ったんですか? あの子も母親に似ていい薬師になるでしょう」
年老いた神官は暫くそのきらめきを眺めていたが、蓋を開け一気に薬を飲んだ。
不思議な薬だった。
足を失った時からずっと熾火のようにその身を苛む痛みが無くなった。
思わず声を漏らす。
【救いし者】
神官は今更のようにその意味を知る。
神官は教会の壁に飾られた神の象徴を見上げると。
涙が頬を流れ落ちた。
そうして神に深い感謝を捧げる。
後にその子供が【癒しの薬師】と呼ばれるようになるのは暫くしてからである。
~ Fin ~
~ 登場人物紹介 ~
★ ミーア
辺境の村に住む少女。薄い茶色の髪と瞳。本人はポヤポヤしているがはた目から見ると美少女である。
10歳の時に【神の祝福】の儀で【黒い聖女】の職を授かった。
5年間聖女の修行を終えたら村に帰れると思っていたら、城に連れていかれ王太子の婚約者にされる。
形だけの婚約で城の片隅にある館に押し込められた。監禁状態で10年間祈りを捧げる。
無理がたたり体中が黒くなり粉になって消える。
★ アル
ミーアと同じ辺境の村に住む男の子。アッシュブロンドで緑の瞳。
ミーアが好きで15歳になって、王都にやってきたら。ミーアは王太子の婚約者にされていた。
城勤めの兵士になってミーアを陰ながら見守る。聖女の護衛は契約で顔を見せてはいけない、声をかけてはいけない、聖女に触れてはいけない。と制約がある為、自分だと知らせる事が出来なかった。
ミーアが黑い粉になったのを故郷に持ち帰り湖に流す。すると水の神の祝福によりミーアは生き返る。
★ ミハエル神官
王弟でミーアの村にやって来てミーアに【黒い聖女】の職を授けた。
ミーアを城に連れていき、王太子の婚約者にした。
神官の仕事が忙しくなりミーアにあまり会えなくなった。
王族に神罰が下されたことを知り何とか回避しょうとして各地の教会を訪ねるが徒労に終わる。
片足と片目と若さを失う。逃げ出した貴族は体のどこかを失い。失った所が火傷のようにジクジクと疼き。どんなポーションも効かない。苦痛のあまり自殺する者も多い。
王族で生き残っているのは彼だけである。
★ ガウディ・オキニス
オキニス国の王太子。ミーアの仮初の婚約者。
後に王位を継いだが、【黒い聖女】を死なせてしまったために神より【神罰】を受ける。
そんなに悪い王では無かったが、いかんせん部下を信じたら横領してくれて聖女も死なせた。
ぶっちゃけ彼の不幸は父親のせい。
★ イグレシア・ビエンナーレ
【黒い聖女】付きの侍女長。ガウディの父親の元婚約者。ビエンナーレ伯爵の令嬢。
ガウディの父親に無実の罪で婚約破棄され伯爵家からも追い出される。
先王に救われて城で侍女として働く。魔道具で金髪碧眼美女の容姿を灰色の髪、灰色の瞳で平凡な容姿に変えられる。本来なら王妃となり何不自由なく生きていくはずだったのに。侍女にされ王族を恨んでいた。ミーアの事は平民と馬鹿にしていた。
その為【黒い聖女】に贈られた宝石やドレスを横領するようになる。
男爵令嬢の息子の護衛騎士の正体は知らなかった。
知っていたら毒殺ぐらいはしただろう。
★ ルナレス・オキニス
オキニス国の王太子だった。ガウディの父親。不幸の元凶。
学園に編入して来た男爵令嬢に恋をしてイグレシアに無実の罪を着せ婚約破棄をする。
男爵令嬢と結婚できると思っていたら、隣の国の姫と結婚する羽目になる。
結局男爵令嬢は愛人とするしかなかった。男爵令嬢が産んだ息子を自分の子供だと思っていた。
隣の国の姫には后妃の座を男爵令嬢には愛を与えていれば十分だと思っている。
父親に王位を諦める代わりに離宮で男爵令嬢と暮らす事を受け入れる。
書類上数年だけ王位に就いていたことになっている。病気のため直ぐに王位を息子に譲ったことになっている。
★ パペレリア・メルガド
メルガド男爵令嬢。平民からメルガド男爵の養女になる。
転生者でも魅了の魔力を持っている訳でもない。ただの美少女。そして脳みその皺が無い子。
息子を産んだが、誰の子か分からない。
本人は博愛主義者だと思っている。ルナレスの言いなり。
ルナレスが王妃にしてくれると思っている。
離宮に押し込められた。不満が募っていく矢先にルナレスと共に黑い粉になる。
ただの傾国かな?
★ フレンテ・ポマダ
パペレリアの息子。淫乱な母のせいで誰の息子か分からない。
DNA検査があれば庭師の息子だと分かる。
自分は王子だと思っている。故に不満たらたらで騎士団の仕事もサボリがち。
ガウディ王太子を妬む。【黒い聖女】の支度金などを横領していた。
その金で謀反を企てていた。
横領がばれ牢の中に放り込まれる。侍女長と共に処刑される。
★ ゲールバトル・オキニス
先王。ルナレスとミハエル神官の父親。ガウディ王太子の祖父。
ミーアとガウディ王太子との婚約を決めた。
実際はミハエルに嫁がすつもりでいた。
だから、ミーアはミハエル神官しか会うことは許されなかった。
バカ息子のせいで苦労する。ルナレスに王位を譲って楽隠居をしようとしたら黑い粉になってしまった。
★ エリナ・オキニス
隣の国の姫。政略結婚で嫁いできた。
ルナレスの婚約者の事や、我が物顔で振る舞う元平民の男爵令嬢の事で成り上がりの平民を嫌う。
故に【黒い聖女】の事も嫌い、没交渉。その事以外ではまともな人であった。
祖国に逃亡しようとして孫と共に黑い粉になる。
★ この世界の裏ネタ
この世界の魔王は王族や貴族が澱みを貯め込んで変化する。
故に王族や貴族は澱みを嫌い、毎日城や王都の澱みを神官に浄化させていた。
その為かなりのお布施が教会に収められている。
オニキス国の教会は金が集まることによる慢心や腐敗で聖女が減ってきている。
最悪教会が魔界となる事もあった。
ミハエル神官は教皇になったが、聖女教会の教皇である為市長ぐらいの権限しかない。
この世界は多神教の為絶対的な権力を持たないし、宗教戦争はない。
が魔王と変化した者を国と協力して討ち果たす。
★ 【黒い聖女】
【黒い聖女】も昔は数が多く。交代制で城勤めをしていた。
(三ヶ月城勤めで他の月は地方回りといった具合)
ミーアはかなりな激務であるが、辺境のブラック農民の為たいして苦にはなっていなかった。
貧乏だった為、粗食も激務もドーンと来いである。
本人は屋根のある部屋で神官服が支給されて、ご飯も作って貰えてベッドで寝れて極楽極楽♪と思っていた。
ただホームシックにはなっていた。
これが貴族の娘なら耐え難いものであっただろう。
「なにこの薄いスープ」「このパン硬い」「神官服ばっかりじゃないの」「ベッドがボロイしに布団が薄い」「この部屋六畳で狭いし暗い」「休みが無いの」「お茶会ぐらい開け」「身支度を自分でしろっていうの」「娯楽が無いわ」「王太子の婚約者なのに会えないの」
流石に貴族の娘なら横領されていることに気付いて訴えていたな(笑)
ミーアが黑い粉になったのは急激にその身に澱みを集めて浄化しきれなくなったためである。
ミーアが死んだため澱みは逆流して澱みを出している王族や貴族の元に帰りその身を黑い粉にさせて浄化した。つまり神罰でもなんでもなく自業自得であった。神様は何もしていない。
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2019/12/8 『小説家になろう』 どんC
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思ったより長くなってしまいました。
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