私の想いを聞いてください
11
いつものように、竃山さんはそこにいた。
私が近づいてきたのに気づくと、閉じていた目を少し開けて、またすぐ閉じた。
「あなたも物好きね。部屋の引っ越しは染井たちがやるのでしょう?」
「少しくらい手伝わないと悪いですから」
中庭のベンチに座った竃山さんと、その前に立つ私。見慣れた風景のようで、少し違う。
竃山さんはあの騒動でお嬢様に髪を切られた影響で、あのラプンツェルのような長髪から、耳にかかるくらいの短髪になっていた。
そしてもう一つ違うのが私。
今日は、自分の意思でここに来ていた。
「引っ越しは終わったの?」
「はい。さっき、新しいルームメイトさんとも挨拶してきました」
結局、あの一件は染井さんがお嬢様に処分を下すことになったが、一筋縄ではいかなかった。
染井さんは当初、私への扱いや、竃山さんの髪を切ったことなどで、お嬢様に相当重い処分を下そうとしたけど、それを聞きつけた旦那様が学校側に連絡を入れた。そして、なんとかして欲しいと泣きついたそうだ。
この学校では生徒の処分についても、生徒会長が権限を持っている。だから染井さんの一存でお嬢様を退学にすることもできたそうだけど、度重なる協議の結果、それは避けられた。
結果だけ言えば、お嬢様には具体的な処分は下されなかった。
ただお嬢様と染井さんの間で『二度と私に近づかない』という密約が交わされた。これに背けば、即刻退学という条件付きらしい。
こうして、私は本当にお嬢様から解放された。
寮の部屋の引っ越しは、その一環だった。
「乙霧とは話はできたの?」
その質問に目を瞑って首を左右に振った。
「目も合わせていただけませんでした」
今日、何度も声をかけたけど、全て無視されて、こちらを見てももらえなかった。
「もうあれはあなたの主人じゃないわ。気にすることはないでしょう」
「……育てていただいたことは、間違いありませんから」
確かに長い間、ずっとひどい扱いを受けてきた。それを恨んでいないと言えば嘘になる。でも、私は確かに乙霧の家に育てられた。その恩まで忘れるわけにはいかない。
そんな私の意見に、竃山さんは呆れたようにため息をついた。
「やっぱり物好きね、あなた」
「……私が身につけた従者としての作法は、全てお嬢様に叩き込まれたものです」
「……だから?」
「そのおかげで、竃山さんに褒められました。感謝しないわけにはいきません」
きっとお嬢様本人に言えば、また突き飛ばされてしまうような意見だけど、私にとっては大事なことだった。
私が竃山さんと出会えて、こうして話せるようになったのは、お嬢様のおかげだ。
「……勝手になさい」
「はい」
どうやら竃山さんにとっても面白い意見ではないようで、少し嫌そうな顔をされた。それが可笑しくて、小さく笑ってしまう。
「それで」
竃山さんが半分だけ目を開けた。
「何の用? 今日は呼びつけていないわよ」
そう、今日は自分の意思でここに来ていた。ごくんと息を飲み込んだあと、一歩踏み出した。
「例の件、返事をさせてください」
「…………」
「私を、生徒会のバックアップメンバーにしてください」
あれだけ拒み続けていた誘いの返事を、ここにきて翻意した。
都合が良いし、勝手だし、ふざけるなって怒られても文句は言えない。
でも、今はどうしても、この返事をしたかった。
「言っておくけど」
「はい」
「あたしがあなたを助けたのは、あなたのためじゃないわ。染井に借りがあったからよ。あとついでに、乙霧の行動が目に余ったからにすぎないわ」
それについては、あの騒動のあとに強く釘を刺されていた。変な恩義を感じる必要はない、こっちの都合でやっただけだ、と。
「親の借金はあなたが気にすることではないわ。どんな手を使ってでも、あいつらに返済させるから」
「はい。でも、受けさせてください」
「あたしの髪を気にしてるのなら、それもやめなさい。髪なんて、そのうち伸びてくるのだから」
まるで私がこの返事をする理由を先回りして潰そうとするように、竃山さんは一連の騒動について、私に責任はないと断言した。
それは嬉しいけど、やっぱり答えは変わらない。
「お願いします」
「……なぜ? あれだけ、嫌がっていたじゃない」
私が主張しそうな理由を全て潰したあと、まるで試すようにそう訊いてくる。
でも、私はもう答えに躊躇しない。
「竃山さんのお力になりたいです」
そう返事をしたあと、違うなと思った。そうじゃない。こんな答えは、また誤魔化しで、逃げだ。
もっと自分の言葉で、意思で、本音で答えないといけない。
頭を上げて、真っ直ぐと竃山さんを見つめて、勇気を振り絞って言った。
「あなたの傍に、いたいからです」
契約とか、恩義じゃない。ただただ、私が彼女といたい。それだけの理由。
そんな勝手で気ままな私の返事に、竃山さんは少しだけ驚いたあと、唇を綻ばせた。
「条件があるわ」
「え」
「散々返事を先延ばしにしたのだから当然でしょう?」
「うぅ」
そう責められてしまうと、ぐうの音もでなかった。
「一つ。これを預けるわ」
彼女はポケットからブラシを取り出すと差し出してきた。
「また、髪が伸びてきたら、お願いできるわよね?」
「――はい、喜んでっ!」
何度も力強く頷く。だって、それは私と竃山さんが、繋がれたきっかけだから。
私はブラシを受け取ると、両手で胸に抱いた。そんな様子を、竃山さんがおかしそうに見ていた。
「あと、もう一つ――名前で呼びなさい」
「……え」
「あたしは芙蓉と呼んでいるわ。あなたとあたしは主従じゃない。そんな堅苦しい呼ばれ方は嫌よ」
主従じゃないって言いつつ、いつも命令口調じゃないですか。だけど、そんな反論できるはずない。条件なら仕方ないけど、これには躊躇してしまう。
口に出してみようとするけど、全然声が出なくて、魚のように何度も口をパクパクとさせてしまう。
そんなことをしていたら、口の中がカラカラに乾いて、そこでやっと声が出た。
「し」
でも最初の一文字で止まってしまった。顔が熱い……。自分が今、真っ赤っかになっているのが鏡もないのによくわかる。
そんな私のことを、竃山さんは何も言わず待ってくれていた。
「し……しょう、ぶ、さん」
「あたしはそんな変な名前ではないわ」
こんなたどたどしい呼び方じゃ、ちっとも納得してくれなかった。モジモジとしたあと、今度こそと意を決して、叫ぶように呼んだ。
「祥撫さんっ」
「よろしい」
こんなに緊張するとは思ってなくて、運動したあとみたいに息が荒くなってしまった。
「今後はそう呼びなさい。名字で呼んだら返事をしないからね」
「……はい」
自分で言うのも変だけど、先が思いやられる。絶対に何度も失敗してしまう……。
「条件をのむなら、いいでしょう。染井にはあたしから話しておくわ。――よろしくね、芙蓉」
「はいっ! ありがとうございます!」
また頭を下げる私に祥撫さんは、ぽんぽんと、ベンチの空いているスペースを叩いた。
つまり、祥撫さんの隣。
「座って」
いいのかなって思ってしまったけど、ここで遠慮してもお風呂のときみたいに引っ張っていかれるだけだから、遠慮しながら「失礼します」と挨拶をしてから座った。
そして座った途端、私の肩に祥撫さんが頭を預けてきた。
「えっ、あ、えぇ!」
また混乱してしまって、いつものように慌ててしまう。
「静かになさい。昼寝の途中だったのよ。あなたが起こしたのだから、肩くらい貸しなさい」
祥撫さんは目を閉じたまま、そんな主張をしてくる。だけど、私としてはすぐ横に彼女の顔があって、緊張でどうかなってしまいそうだった。
心臓が跳ねそうな勢いで鼓動していて、それが彼女の睡眠の邪魔になるんじゃないかと心配になるほどだった。
ただ、祥撫さんは気持ちよさそうに目を閉じていた。
そんな身勝手さに、思わず「はぁー」と脱力してしまう。だけど、そんな気ままさこそ、祥撫さんらしいところで、それが身近に感じられることが嬉しかった。
「祥撫さん」
聞こえないと思ったから小声で話しかけたのに、まだちゃんと眠っていなかったようで「なに?」と目を瞑ったまま返事をされてしまった。
続きを言うことになるなんて思ってもいなかったけど、ここで誤魔化しきれるわけもないから勇気を出した。
「私、ずっと祥撫さんの傍にいますから」
そんな恥ずかしい宣言に、祥撫さんがくすぐったそうに「ふふっ」と笑った。
「好きにしなさい」
「はいっ!」
もう好きになってます。
この心臓が爆発しそうな想いも、いつかちゃんと自分の意思で、言葉にしますから。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございます。
この物語はシンデレラストーリーであり、主従百合でもありました。
実はこの祥撫という少女は別の物語で登場させたキャラクターで、書いてるうちに気に入って、
彼女だけの物語を作りたいって思い、作り上げたのこの作品となります。
ちなみにその元となる物語はKindleで発売中です(宣伝)。
https://www.amazon.co.jp/%E8%8A%B1%E5%9C%92%E3%81%AB%E6%9D%A5%E3%81%9F%E3%82%8B%E5%B5%90-%E5%A4%A2%E8%A6%8B-%E7%B5%B5%E7%A9%BA-ebook/dp/B07PG9XS48
ツイッターもやっていて、おもに百合のことを呟いてます。
それでは最後に改めて――
お読みいただき、本当にありがとうございました。