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ラプンツェルの断裁

「竃山っ、よくもやってくれたわねっ!」


 私を指さして、彼女は怒りをぶちまけた。


「横から泥棒みたいに奪っていくなんて卑怯よっ! そいつを返しなさい!」


 お嬢様の怒りは相当なもので、その怒声は学校中に響くんじゃないかというほど大きく、恐ろしかった。


 ただやっぱり、竃山さんは表情を変えなかった。まじまじとお嬢様を見つめたあと、ぽつりと言った。


「乙霧、いたのね」


 最初から相手にしていなかったようで、彼女はそこで初めてお嬢様の存在を認知したみたいだった。


当然、お嬢様はそんな最大限の屈辱に眉を吊り上げた。


「ふざけないでっ!」


「話は聞いていたでしょう。芙蓉はもうお前の物じゃないわ。契約は全て、無効なのよ」


 竃山さんは両親が残していった契約書の紙を指さした。


「あたしの父が、お前の父親と話し合って決めたことよ。お前が文句を言う権利などないでしょう」


「っ」


「部外者は引っ込んでなさい」


 お嬢様はずっと、自分が世界の中心だと思いながら生きてきた人だ。だから、ここまで蚊帳の外にされたことはなくて、それは間違いなく彼女にとって人生最大の屈辱だった。


 そしてそれを我慢できるほど、彼女は強くなかった。


 彼女が鬼のような形相でこちらに駆けてきたとき、私は恐怖で動くことができなかった。


それがダメだった。


 お嬢様は未だに悠然と座っている竃山さんに向かっていき、テーブルに置いたままにしていたハサミを手に取った。


 ダメだ、と危機に気づいたときにはもう遅かった。


 お嬢様は竃山さんのあの金髪を握ると、それにハサミを向けた。


「やめてーっ!」


 恐怖という金縛りが一気に解けて、そう絶叫しながら、竃山さんに迫るお嬢様を突き飛ばした。


 ただ、遅かった。


 次の瞬間、私の目に映ったのは、宙を舞う黄金の長髪。見慣れた、あの美しい、ラプンツェルのような彼女の髪。


「あ、ああ……」


 口から漏れたのは絶望の色をした、声にならない声だった。その場で崩れ落ちて、床に手をつき、髪が床にゆっくりと落ちていくのを呆然と見つめるしかなかった。


 私に突き飛ばされたお嬢様は壁に背中を打ち付けて、尻餅をついていた。


「お前っ、この私にむかってっ!」


 お嬢様は私に反撃されたことが許しがたかったようで、そう怒号をあげた。ただ、いつもなら身を縮ますほど怖かった声も、今は全然届いてこない。


 床に散らばった黄金の髪のことで、頭がいっぱいだった。


 バタンッ! という大きな音とともに応接室の扉が開いて、染井さんが中に駆け込んできた。


「何事ですかっ」


 そして部屋の中を見渡し、息を飲んだ。


 室内には崩れ落ちた私と、ハサミを手にしたまま尻餅をついたお嬢様、そして長髪の半分以上を切られたにも関わらず、表情を変えずに座っている竃山さんがいた。


それぞれに目をやった染井さんは、最終的にお嬢様に焦点を合わせた。


「乙霧さん、これは暴力行為です。今回は逃がしませんよ」


 落ち着いた口調だったけど、怒りのせいか声が震えていた。


 ただ、それに動じるようなお嬢様ではなくて、さすがに誤魔化すことはできないと諦めたものの、私を指さした。


「暴力行為はこいつもよっ! 私は突き飛ばされたわっ! 処分するなら、こいつだってそうしなさいよっ!」


「あ、あなたって人はっ」


 死なば諸共とも思えるお嬢様の主張に、染井さんの表情が強ばった。


 ただ、お嬢様は主張を変えない。


「そうでしょうっ、お前が私を突き飛ばしたのよっ!」


 お嬢様の非難は当然と言えば当然で、私は反射的にそれに首肯しそうになっていた。


「――違うわ」


 切られた髪の毛を気にもとめず座り続けていた竃山さんが、やっと口を開いた。


「乙霧が勝手に転んだだけよ。――芙蓉、そうでしょう?」


「な、何を言ってるのよっ! 私はそいつに突き飛ばされたわっ! 嘘はやめなさいよっ!」


 それは聞いたことのある言い分で、お嬢様もこんな場面でやり返されるなんて思ってなかったようで、大声で抗議していた。


 ただ、相変わらず竃山さんはお嬢様を相手にしないで、じっと私を見つめていた。答えを急かすわけでもなく、恣意的に促すわけでもなく、ただただ私の返事を待っていた。


 自分の意思で答えてみろと、その目が語っていた。


「――はい、その通りです」


 私は自分で、私を縛っていた運命を突き放した。


「お、お前……」


 お嬢様がその答えに打ちひしがれている間に、竃山さんが染井さんに一瞥して、彼女はそれに頷いていた。


 まるで『あとは任せた』と言ったみたい。


「では、乙霧さん、詳しい話は生徒会室でしましょう。……積もる話も、ありますから」


 染井さんの背中から、急に複数の人影が現れた。さっき別れたばかりの弓道部の五人組で、彼女たちは足音をたてながら部屋に入ってくると、すぐにお嬢様を包囲した。


 全員がいつものふざけた感じではなく、眉を吊り上げて怒っていた。


「早く立ってください」


「よくも部長を傷つけてくれましたね」


「芙蓉先輩だって泣かせて」


「ただで済むなんて思わないでくださいよ」


「絶対に許さない」


 五人で囲むようにしてお嬢様を立ち上がらせると、まるで容疑者を連行するように引っ張っていく。


 お嬢様は最後まで、私たちに怒鳴り続けていたけど、染井さんと五人組に連れて行かれた。


 改めて静かになった室内。たださっきと違い、私はただただ、罪悪感に押しつぶされそうになっていた。


 床に散らばった黄金の髪が、胸を締め付けてくる。


 気づけば、また涙が出てきて、下唇を噛んで耐えようとするけど、嗚咽は止まらない。


「よく泣くのね」


 当事者である竃山さんは切られて半分ほどの長さになってしまった髪のことを気にもとめていなくて、むしろ泣いている私を面白がっているようだった。


「……さい」


「なに?」


「ごめんなさい……私なんかのせいで、こんな……」


 謝って済むわけもないのに、それしかできない。それが申し訳なくて、悔しくて、また涙が出てくる……。


「芙蓉、次に同じことを言ってみなさい。許さないわ」


「え」


 竃山さんが椅子から立ち上がって、私の前で片膝をついた。


「前にも言ったわ。――あたしがつけた値札に文句をつけないで」


 両手で顔を挟まれて、顔を向き合わされる。


 綺麗な青い双眸に、泣いている私が映っていた。


「私なんかなんて、二度と言うんじゃないわ。――返事は?」


 逃げ場のない私は、みっともなく鼻を啜ってから、蚊の鳴くような声で「……はいっ」と返事をした。


 そんな私を、竃山さんは珍しく「ふふっ」と声を出して笑った。


「ほんと、よく泣くわね」


「だって」


「いいわ。それが、あなたの感情なのでしょう?」


 竃山さんがこつんと、自分の額と私の額をくっつけた。その行動に、息が止まりそうになるほど驚いてしまうけど、伝わってくる体温の心地よさに動くことができなかった。


「これからは、あなたは自由よ。だから、それでいいわ」


 少し間を置いてから――。


「気ままに生きていきなさい」

これにて、芙蓉を縛っていた運営は、祥撫によって瓦解しました。


祥撫が芙蓉に言ったように、彼女はこれで自由です。


そんな彼女ですが、まだやるべきことがあります。


彼女が最後のある決断をする最終回が、明日となります。


最後までお付き合いください。

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