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その様子を眇めるように見た後、川上君は私のほうを見てきた。
「それで、柿崎さんは小木のことをどう思っているんだ」
「わたし?」
自分のことを指さして聞き返してしまった。頷く川上君。
「私は、離任式の日に告白するつもりだったんだ」
そう言ったら「おお~」と、どよめきが起こった。
「でもね、その前に望みなしの告白をされちゃってね、そうしたら、どうしようかな~、って思っているんだよね」
「どうしようかなって、何を」
真智が不思議そうに聞いてきた。どうやら私が普通の(恋愛的な)告白をしたかったんじゃないと、気がついたみたいだ。
「私ね、母が翔真のお母さんに英語で話しかけていたのを見た時に、凄いなって思ったのよ。日本語以外で話す姿が格好いいなって。だからさ、私も母のように通訳を目指そうと思ったの。さっきの弟の台詞じゃないけど、そのためには大学で留学も有りかなと考えていたんだよね。その場合、誰も知り合いがいないところよりも、知り合いがいるところのほうがいいじゃない。でも、なんか来るなみたいに言われちゃったからさ」
「言ってない! そんなことは言ってないぞ」
私の言葉に翔真は焦ったように言った。だけどみんなは冷たい視線を翔真へと向けた。
「直接は言われなかったけど、ニュアンスはそうだったじゃない。翔真がいろいろ考えての、あの言葉だったのはわかるよ。でもね、自己完結しているし、かっこつけすぎ。私を思いやっているようで全然思ってくれてないし、私のことも解ってないよね」
翔真は唇を噛みしめるようにして私のことを見ていた。
「それで、柿崎さんは小木のことをどう思っているんだい」
川上君が再度、私に聞いてきた。私は川上君ににこりと笑いかけた。
「初恋の幼馴染みよ」
「初恋の幼馴染み? それってどういうことだい」
「だから、それだけだって」
私の答えに首を捻るみんな。
「えーと、その、もしかして、柿崎って、小木に恋愛感情を持っていなかった……とか?」
何故か、田倉君が恐る恐る聞いてきた。
「そうだけど」
「「ええー! うっそー!」
騒然となるクラスメイトたち。翔真もショックを受けた顔をしていた。
「ねえ、佳乃。私の間違いでなかったら、たまに小木君のことを見つめてなかった?」
真智が首を捻りながら聞いてきた。
「見てたけど」
それが何かと、言外に問いかけた。
「あの熱視線が恋する気持ちの表れじゃなかったとは、言わせないわよ」
その言葉に「ああ」と、納得した。ついでに手をぽんと打ち鳴らす。
「あれはね、翔真の成長ぶりが悲しくて、どこかに子供の頃の面影がないかと探していたのよ」
「「はっ?」」
「初めて会った時の翔真は、天使かと思うくらい可愛かったのよ。それなのに、中学で再会したら、『天使要素はどこ行った!』状態になっていたじゃない。それでも時々未練たらしく面影を探していたのよ」
みんなはポカンと口を開けて、私のことを見つめてきた。そのうちに川上君が笑いだした。
「そっかー、柿崎さんは天使が好きだったな」
普段は田倉君とおバカなことしているけど、川上君は私と同じ美術部だった。私がよく天使の絵を描いていたことを知っていた。
「そうなのよ。リアル天使だったのに、成長して間延びした顔になっちゃってさー。すっごく残念でさー」
そう不満を口にしたら、翔真は肩を落として項垂れた。
「で、でも、小木君はハンサムよね」
「あー、私は西洋系のバタ臭い顔って好みじゃないだよね。女の子は可愛くて好きなんだけど」
宮崎さんがフォローするように聞いてきたけど、私の答えに同情の視線が翔真へと集中した。そうしたら「ふふふっ」と上品な笑い声が聞こえてきた。
「あらあら、だから言ったのに。佳乃ちゃんが小学生の頃と同じような気持ちでいてくれるとは限らないと。好かれる努力をしないで、想われようだなんてねえ」
翔真のおばあさんはコロコロと楽しそうに笑っている。その隣に立つおじいさんは頬を引きつらせていた。ということは、おばあさんとおじいさんにも、何か楽しい話があったのだろう。……今は関係ないけどね。
おばあさんの言っていることは正しい。この三年間、私と翔真が会話をしたのは数えるほどだ。ただ一緒のクラスだったから、学校に行くと挨拶は必ずした。
もう一度言おう。会話は数えるほどしか、していない。昨日のあれが、この三年間で一番長く会話をしたのよ。そんな状態で、恋に落ちるわけはないよね。
「佳乃~」
昔に戻ったみたいに、涙を目に溜めて私のことを見てきた翔真。でも、仕草に面影があっても可愛さはないから、興ざめをしてしまう。
「元気でね、翔真。向こうで頑張ってね」
にっこりとそう言ったら「佳乃~」と、言いながら翔真は手を伸ばして来た。それを邪魔するように、川上君が間に入った。
「小木、向こうで可愛い恋人を見つけるんだな。柿崎さんのことは俺に任せてさ」
「はっ?」
「てっきり二人は伝えあってないだけの両想いだと思っていたから、今まで遠慮してたんだけど」
「はあ?」
翔真の間の抜けた相づちを無視して、くるりと向きを変えた川上君が私と向きあった。
「柿崎のこと、ずっといいなって思っていたんだ。もしよければ、俺とのこと考えてくれないか?」
「はあ~! ダメ、ダメ! 佳乃は俺の!」
翔真が川上君と私の間に割り込もうとした。それを田倉君と数名の男子が押さえている。
「いや、小木は振られただろ」
川上君は振り返ってそう言うと、再度私のことを見つめてきた。いつの間にか、周りには人だかりができていた。私は関係ない人たちに見られていることで、頬に熱が集まってくるのを感じた。
「柿崎さん、駄目かな」
「えーと、川上君も、県外の学校に行くよね」
「そうだけど、出来る限り連絡はまめにすると誓うよ」
真面目な顔で答えてくれた川上君。私は小さく深呼吸をしてから口を開いた。
「それじゃあ、友達からでいい?」
「もちろん」
ホッとしたように笑顔を見せてくれた川上君が手を出して来たから、私もその手をつかんで握手をした。何故か「わあ~」と歓声が上がった。そんな歓声にかき消されそうになりながら「そんな~」という、翔真の情けない声が聞こえてきたのだった。
このあと園先生を含めたみんなに、薄情ぶりを責められていた翔真。園先生が餞別として渡したものを見て、尚更情けない顔をしていた。先生が渡したのは、エアメイルの封筒。それも、クラスメイト全員の住所と名前が書いてあった。つまり、一度はこれを使って手紙を出せということだ。
今日は空港のそばのホテルまでの移動とはいえ、あまり引き留めるのも悪いだろうということになり、翔真たちは十二時前の電車でこの地を後にした。
帰り道、みんなが気を使ったのか、私は川上君と並んで歩いていた。分かれ道のところで、川上君が少し身を屈めて囁いてきた。
「俺の初恋は柿崎さんだから」
そう言った後、同じ方向に向かう男子のところに行き、「じゃあ、また」と去って行った。
「はっ?」
私の口からなんとも間の抜けた声が出たのは、彼の姿が道を曲がった後だったのでした。




