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鳥籠姫と黒い翼の魔法使い  作者: 飛翔生姜
第六章 舞い降りた蝶は残酷で
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本の虫でも恋をする






 ヒルダと別れたジャスは、その足で旧書庫に向かった。堅物生真面目な側近は、ジャスが命じねば休息もとらないのだ。

「ひどい顔だな、クリフ」

 薄暗い室内で見る顔は死霊のように不気味な窶れ方をしている。淡白にみえて誰よりも頑固なクリフは、ずっとリーシャの延命について調べてくれているのだ。

 よほど疲れているのか、ジャスの入室に気づかなったらしいクリフは、珍しく慌てた様子で振り返った。

「失礼致しました、王子殿下」

「分かったから跪くなよ。鬱陶しい」

 本音を言えばこのやり取り自体が面倒なのたが、今更クリフの性格を矯正できるとはジャスも思っていない。

 ふと、クリフの横で山のように鎮座する書物の量に、ジャスは目を伏せた。頼んだのは自分だが、まさかここまで尽くしてくれるとは思わなかった。

 しかし素直に休めと命じて従うほど可愛いげのある男でもない。ジャスは溜め息をついた。

「いきなり本題だが、どういうわけかリーシャが城の上空にいるようだ。ランティス達も近くにいるだろうし、一時中断して、まずは彼らと連絡をとりたい。今ヒルダにも頼んでいるところなんだが、その間の警護を頼む」

 警護ならば交代制だ。遠回しな休息せよとの命にクリフはしばらく無言だったが、ややしてようやく頷いた。

「かしこまりました」

「ああ。でも、ランティス達はどこにいるんだろうな」

 ジャスがチュニアールを出る時、彼らはアルポロメに旅立った後だった。師匠とは会えたのだろうか。

「チュニアールの使節団へは?」

「確認したいけど、俺が直接使者を送れば勘ぐる連中がいるだろう」

 自国でこそ何をするにも制限があり不便だと嘆息する。チュニアールとの関係を公にするかは、父である国王の指示を仰がねばならない。だからヒルダ相手にも、チュニアールの名を出すことはできなかったのだ。

(まあ、あいつならたどり当てるだろ)

 容姿の特徴と名前のみ。この人で溢れた王城ではひどく困難な探し物だ。しかし、そのヒントの少なさこそ最大の近道だと、ヒルダならすぐに気がつくはず。

 こんな面倒な立場の自分を、それでも主と呼ぶヒルダ達に、ますます頭の下がる思いのジャスだった。
















 一方のヒルダもジャスの信頼に応えるように、概ね見当をつけていた。

(わざわざ情報ぼかすってことは、普通なら殿下と結びつけて考えないような相手だ)

 ということは、予てからの噂は宛にならない。しかし帝国や公国は王室同士の関わりを見るにありえないし、東の連邦は大切な王位継承者の留学地として些か治安に問題がある。

(と、なると)

 招待されている国をすべて把握しているわけではない。一度名簿を見れば大体は絞られるだろう。しかし自分が名簿を借りると変に勘ぐられるし、そもそも成り上がり男爵家の養女に宮廷での地位などない。変装したところで、今度は誰の使いだと言う話になるし、まさかそこでジャスの名を出すわけにも行かない。

 身分が高い知り合いならシリスがいるが、あの幼い少年を私事に付き合わせるのは主の望むところではないだろう。

 しかし、この宮廷において、王族に次いで発言力をもつ味方の貴族といえば。

「・・・信じて巻き込んでみるかな」

 呟いて、ヒルダはその足を書庫に向けた。

 大昔から続くこの国には古文書や世界各地の神話、伝承、史実、文化、多種多様な書物が多くある。中でも機密性が高いものや禁書指定のものは旧書庫に、開くだけで魔力を要するような本は王族専用の書斎に保管されていると聞く。ここ百年ほどの書物や地図は資料室に鎮座していた。

 今ヒルダが足を踏み入れたのは、そんな資料室の隣の中央書庫だ。ここならば、さほど身分がなくても入ることができる。

(まあ、書庫の主さまのお友達だしね)

 先日挨拶を交わしたもう一人の『友達』を思い描きながら、彼女は扉を開けた。







 ロジオン・フィジー・ルートバルスは今日も今日とて本の世界に没頭していた。

 大切な友人である王子の特別な式典の為、幼少ぶりに領地から離れて、このトロナイル王宮へと足を踏み入れてから、もう半月は経つだろうか。先日ようやく目通りが叶った彼の王子はすっかり精悍で凛々しく成長していた。もちろんあの薔薇も宝石も霞ませる美貌は健在だが、幼い頃にはなかった貫禄さえ滲ませて、穏やかに笑う王子に、ロジオンは流れた月日を感じた。自分が本に埋もれ他者との交流を避けている間に、王子は随分と遠くまで行ってしまった。もともと身分という壁はあったが、血縁だけみれば再従兄弟という関係で、昔はもっと近くに感じられたのに、もはや別世界の人間のように思えてしまう。

(ヒルダ殿もだけど)

 もう一人の友であるヒルデガルド・コーバッツとて、今や世界にその名を轟かすトロナイルの歌姫だ。王子とは未だに親しく交流しているようで、挨拶の際は王子の傍らで明るく笑っていた。昔から仲が良かった二人を思い出すと、少し気分が鬱ぐのを感じた。

(やはり好きあっているのだろうか)

 実際は遠慮なく罵り合うような、色気のイの字もない子供じみた悪友同士なのだが、久し振り見た彼らの演技に、ロジオンはすっかり騙されていた。

(殿下が相手では、どうしようもないか)

 集中力が切れてきたロジオンは、そのまま本から目を離し、背もたれに身を委ねる。幼い頃の小さな恋心が、まさかこんなにも大きく胸にのし掛かるとは思わなかった。

 ロジオンはヒルダが好きだ。

 子供の頃、見たこともない東洋人の容姿に驚いた。笑った顔が素敵だと思った。自分や王子に歌を歌ってくれて、ほんの数日で虜になった。

(どうして今更)

 これまで何も行動を起こさず本の世界に溺れていた。秘めた恋はいつか冷めるだろうと。それなのに、いざ大人になった王子とヒルダが仲睦まじく寄り添っているのを見ると、なかなか堪えるものがある。

「ヒルダ殿・・・」

「はい。なんですか、ロジオンさま」

 呟きに対して、有り得ない返事がきた。ぎょっとして振り向くと、幼い頃から恋い焦がれた想い人が、更に驚いたように立っていた。

「ヒルダ殿、いつからそこに」

「え? 気づいていらしたからお呼びになったのでは」

 きょとんと小首を傾げる様が愛らしかった。緩く波打つ黒絹の髪がふわりと揺れる。触れたい衝動に駆られながら、ロジオンは慌てて取り繕った。

「え、ええ。まあ・・・ご用ですか?」

 我ながら無愛想な受け答えになってしまったとロジオンは猛省したが、当のヒルダは気にした風もなく続ける。

「はい。少しお願いがありまして」

「僕にですか?」

 どんな内容かは知らないが、初恋の相手に頼られて嬉しくはずがない。少なからず高揚しながら、ロジオンは必死に平静を装った。

「どのようなお願いですか?」

「人探しをしているのです。国外からいらしている使節団のどなたかではあるのですが、生憎いずれの国か分かりかねまして。招待客の名簿を見たいのですが、私の立場では閲覧が叶いません。恐縮ですが、ロジオン様にお力添え頂きたく存じます」

 淑やかに語る彼女に、ロジオンは驚いた。昔は随分と蓮っ葉な娘だったというのに、見事な貴族令嬢ぶりだ。

 頼みごとについては、寧ろせっかくの好機なのだから、こちらからお願いしたいくらいだったが、王子に親しいのだから、自分でなく王子本人に頼めば話は早い気がする。

 そんな疑問が顔に出たのか、ヒルダは苦笑いした。

「殿下は親しくすることを許して下さいますが、この宮廷において私は所詮、素性しれぬ卑しい娘です。堂々と殿下の御名を出せば、あの方の御威光に傷がつきます」

「・・・僕ならいいと?」

 あまりにも王子に対して献身的な姿勢を見せられると面白くない。一臣下としてのものであろうと、他の男に尽くすため自分を利用する彼女が、ほんの少し恨めしい。そしてヒルダは、その事実を隠そうともしないのだ。

「お気持ちを害してしまったなら申し訳ありません」

 しれっと言う彼女を見て、ロジオンは思う。

(変わったのは外面だけで、中身は昔のままなのか?)

 強気で無鉄砲。向こう見ずで不器用。

 じっとヒルダを見つめると、彼女はたまりかねたように笑い始めた。令嬢然とした上品な微笑ではない。歯を見せてからから笑う姿が、子供の頃と重なった。

「もー無理。限界」

「・・・・・・すっかり大人っぽくなったと感心してたのに、僕をからかっていたのか」

 彼女の変わらない笑顔が嬉しい反面、それを表に出すわけにはいかないと、ロジオンは顔をしかめる。

「いやぁ、こないだ殿下のところで挨拶したじゃないですか。その時うっかりお嬢様モードで接しちゃって、こりゃ面倒だなとは思ってたんですけど。やっぱ駄目ですねぇ。子供の頃の友達が相手だと、どうにも素が抜けきれなくて」

 にこにこと話す口調は蓮っ葉で、それでこそだとロジオンは嬉しくなった。

「その、取って付けたような敬語もいらないよ、ヒルダ」

 思いきって自分から口調を改めたロジオンは立ち上がった。ヒルダの望む出席者名簿は、隣の資料室にある。

「そう? じゃあ遠慮なく。あ、こないだも思ったけど、やっぱ背が伸びてるね」

 高い順応性を発揮したヒルダは、それはもうあっさりと素の口調で笑いかけてくれた。時を遡るように、色鮮やかな日々の記憶が甦る。

(まだ間に合うだろうか)

 コーバッツ男爵家で、彼女と王子と自分の3人。信じられないほど眩しい思い出。

 今からでも二人に追い付けたら、どれだけいいだろう。

 そんな夢想に耽るロジオンを現実に引き戻したのは、彼の乙女染みた感傷を全く知らない想い人だった。

「さっきはびっくりしたなぁ。ヒルダ殿って何、みたいな。昔は『ヒルダちゃん』だったのに」

「や、やめてくださいよ!」

 ・・・・・・早い話、子供頃は(いや、下手したら今も)ヒルダが一番気が強く口が立つため、大きな声ではいえないが、自分も王子も子分のような立ち位置だった。王子は呼び捨てにしていたが、ロジオンはよく「ヒルダちゃん」と呼び彼女の後を引っ付いて回っていた。

「・・・ヒルダちゃん?」

「えー、ごめん。自分で言っといてなんだけどちょっと気持ち悪いから呼び捨てにして?」

(相変わらずだ・・・!)

 自由奔放で無頓着。ヒルダはとても可愛くて、一緒にいると元気を分けてもらえるが、真面目に付き合うと少し疲れる時もある。

「じゃあ、ヒルダで」

「はいはい。それじゃ、こっちは『ロージャ様』でいいかな?」

 彼女の口から幼少の頃からの愛称が出てきて、ロジオンはまたひとつ喜びを得る。態度に出ないようそっぽを向いて「お好きに」と返すのが精一杯だった。











うっかり忘れかけてたロジオン登場。屁理屈ヘタレなのでチュニアールの駄メンズ共とは気が合いそうです。

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