いつだって僕たちは何も知らない
ジャスの姉姫という、思いがけぬ協力者を得たリアだったが、しかし状況は却って面倒になった気がする。名前を使ってくれてかまわないと彼女は言ってくれたが、そんな親切な人を巻き込めないし、これからもジャスの味方として城での立場を確立してほしかった。ならば、今後は迂闊に接触するわけにはいかないな、と考えたところで、リアはふと気づく。
(ジャスの味方として、か)
唐突に理解する。どう足掻いても、ジャスとはいずれ離れるのだ。しかもそれは、そう遠い未来の話ではない。頭では分かったつもりでいたが、そもそもこの式典を終えて、再びチュニアールに戻るかも未定なのだ。そのことをじわじわと実感する。
ならば、今この想いを伝えたいと願う自分は何なのだろう。もし仮に同じ気持ちを抱いていても、その先は?
「考えても仕方ないか」
ため息と同時に、思わず声がこぼれた。
(まったく)
どうして気持ちより先に体が動いて、頭が一番遅いのか。何かを我慢して飲み込んだりするのは得意だった筈なのに。そうやって幼い頃から生きてきたのに、いつのまにか本能のまま駆け抜けるようになってしまった。
(ジャスに出逢ってからだ)
本当の自分を知った。醜くて卑怯で臆病で、寂しがり屋な強がり。騒がしいのは苦手だとばかり思っていたが、それは、人の輪に入れない自分が情けないという気持ちから目を背けていただけ。
そして。
短所ばかりの自分を、好きだと笑ってくれた温かな人たちとの出会い。彼らの優しさに報いたいと思える自分が生まれた。
(全部ジャスがいたからだ)
たとえ報われなくても離れることになっても、彼がくれたものすべてに懸けて、想いを伝えよう。恋慕だけではない、感謝と親愛と友情を、すべて。
(よし!)
気持ちを新たに足を進める。どうやってジャスと接触するかは未だ手探りだが、この気持ちをぶつけるまでは帰らないと覚悟を決めて。
もし、この時ランティス達のもとに戻っていたら。
あるいは少し前、素直にヒルデガルドやノアリスに事情を打ち明けていたら。
大切な人を失ってしまう未来を、変えられることができたのだろうか。
「あの、紅夜さん」
「ん?」
セブンとともに魔法の訓練を終え、赤毛の色を茶に変えたランティスは、身支度の傍ら紅夜に尋ねた。
「さっき話に出てた恋人って、もしかして“悪魔の瞳”と呼ばれた人ですか?」
「まあ、わかるよな」
軽く認める紅夜に、ランティスはますます意外に思う。血を好む残忍な殺し屋だと決めつけていたのに、10年以上も一途に愛を捧げている姿は、少しばかり眩しく見えた。
「すごい、ですね」
「そうか?」
何より紅夜は、それが極当然のような顔をしている。男同士で恋愛話などとは思うが、もう少し彼とその恋人について聞いてみたいと思った。
「俺からすれば、お前らの方がすごいけどな」
「え?」
何のことか分からず戸惑うランティスに、紅夜はやはり淡々という。もう少し表情をだしてほしい。それとも、彼の恋人がここにいれば何か違うのだろうか。あまりに落ち着いてみえるから忘れがちだが、紅夜の恋人は行方知れずのままなのだ。能面のような無表情は、焦燥と不安を押さえ込んでいるのかもしれない。
「オレたちが、すごい?」
「ああ。種族が違うだろ? お前は龍の娘、あのリアって女は身分こそ近いが、相手の王子は魔女の末裔だろ。女神の再来と崇められる身で、正反対の立場の相手を選べるのは嫌味なく、すごいと思うが」
「え?」
ランティスとリーシャは、確かに人間と竜で種族が違う。おそらくは年齢も時間の早さ寿命も、何かも。だからこそ共に過ごす今を大切にしてゆくと決めているランティスは、自分達のことについては何も思わなかった。
引っ掛かったのは、ひとつだけ。
「ジャスが魔女の末裔? 何のことです」
確かにジャスはお伽噺で語られる魔女と同じ力を持っているし、黒髪赤眼という特徴も揃っている。しかしそれは公に出てはいない情報で、ランティス達も紅夜の前で口にしてはいない。
何より、その“魔女”とて元を辿ればトロナイルの民なのだ。同じ力を持つ親族が国内にいても不思議はないし、だからこそ、魔女を断罪した王室にその血が入ってしまったのだろう。
だが、今、紅夜は。
血族ではく、末裔と断言した彼に、ランティスはきな臭いものを覚える。
一方、問われた紅夜はきょとんとした。
「・・・・・ああ、そうか」
「はい?」
「王子は知らないのか。いや、そうか。だから国王は、王子を王宮から離して育てたのか」
「え?」
嫌な予感がした。というより、知ってはならないような、そんな気がした。
だが、この状況で何も聞かないのは逃げでしかない。ランティスは一呼吸おいて尋ねる。
「どういうことですか」
紅夜は少し考える素振りをみせ、ややして珍しく、困ったような顔をする。
「お前たちは、何があっても王子個人の味方だな?」
「もちろんです。あいつはオレの弟だ」
力強く断言するランティスに、紅夜は苦笑いした。どこか複雑そうな眼差しで頷くと、口を開く。
「トロナイル王室について、お前たちは最も肝心な部分が抜けている」
聞かねば良かったと思った。
この日ランティスは、目の前の青年や、その恋人と同じく、歴代のトロナイル国王と共犯になった。
登場人物が多くて混乱してしまわれた方、
奇遇ですね、私もですよ。←
以下、簡単に状況説明。
[トロナイル王国]
ジャス
・リアに嫌われたと思っている。公務が済めば一度リアに殴られに戻らねばと腹くくってる。
ヒルデガルド
・ジャスの信頼の厚い味方。彼の側室候補として名が上がっているが、ジャス以外の命令は聞かないと国王相手に一蹴した。
ノアリス
・ジャスの姉。殺しの技を身に付けた王女。リアを匿い協力者となる。
クリフ
・ジャスの側近。ジャスとリアの関係を密かに応援していた。ジャスの母方に仕えてきた家系。
ヒース
・ジャスの護衛官。ジャスの乳母の次男。涙脆い方向音痴。
[チュニアール使節団]
リア
・ジャスへの恋心を遅まきに自覚し、告白すべくトロナイル王国にやってきたか、既にヒルデガルドやノアリスに見咎められている。
ランティス
・赤毛隠してリアとともに潜伏中。トロナイル王室の秘密を知った。
リーシャ
・トロナイル王宮の上空で龍の姿で待機している。余命が春までしか残っておらず、ジャスに延命手段について相談していたが、あまり悲観はしていない。
サーシェス
・リオンとランティスの幼馴染み。リオンに恋心を抱いているが擦れ違いがある。
リオン
・サーシェスに執着しているが、実は幼い自分と合流があったのは彼女の妹サーシャであることを知らず、二人の姉妹を同一人物と誤認している。
シンルー
・リーシャと共に待機中。ロッドを探している。
セブン
・リアとジャスの仲を取り持つと意気込んでいる。
イリヤ
・ジャスの友人として、彼をチュニアールに連れ帰るつもり。
ティフォール
・チュニアールの巫女姫。女王の名代として、式典で盟約を交わす役割を担う。ルフィス至上主義。
マロナ
・チュニアールの大司祭。幼く中性的な容姿。リアを気に入る。使節団の代表。
メブルス
・大きな雪豹の姿をした魔物。マロナの脇侍。城内では結界に阻まれ顕現が難しく、マロナの影に潜んでいる。
アラン
・イリヤの兄だが、ジルハーツの血を持たない養子。数年前に記憶喪失だったところを保護された。左手が義手。
ヒュージ
・イリヤの実父でアランの養父。後から合流予定。
[外部協力者]
マリーナ
・ランティス、サーシェス、リオンの恩師。ソルドの育て親。ロッドの実母。トロナイル城下で待機。
ペルセフォネ
・ソルドの育て親。マリーナと同じく待機。
ソルド
・通称紅夜。トロナイル王宮にいる恋人を探すためランティスたちに協力する。
[アルポロメ公国]
セレスフィア
・アルポロメの公女。ジャスの妻の座を狙っている。
ルドルフ
・アルポロメの太子。セレスフィアの同母兄。
[ファディロデイア帝国]
マリアンヌ
・ファディロデイア帝国の皇女。ジャスの婚約者候補筆頭。リアの従姉妹。
[黎明の騎士団]
ラミアナ
・赤毛の暗殺者。ノアリスに深い恨みを持つ。ランティスの母アイリスの異母妹シルフィの娘。
イア
・四年近く前ラミアナに拾われた金髪紫眼の青年。ランティスの知己で、リアの行方を追っている。
ロッド
・仲間と共に王宮に侵入していたが、早速というかノアリスに拘束された。シンルーの姉メアリーの恋人でありながら、メアリーを殺している。




