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鳥籠姫と黒い翼の魔法使い  作者: 飛翔生姜
第三章 色づく想いは紅葉のように
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黄金の名前






 グレルという町は、アルポロメ公国とファディロディア帝国の国境近くにぽつりと佇む静かな土地柄だ。町の西側に位置した緑豊かな森を持つ双子山が周辺でも有名で、今の時間帯は夕日を浴び、幻想的な黄昏の世界を生み出していた。

(あの日も、そうだったな)

 確か自分の誕生日だったと思う。まだ寒い二月だったのに、“彼女”はわざわざ仕事先まで迎えに来てくれた。

 家族に会いたくはないか。そう何度も尋ねた。自分と違い、“彼女”は血の繋がった家族が健在だったから。けれど、その度に“彼女”は首を横に振って微笑み、あなたが一番だと言ってくれた。

 疑う気持ちはない。けれど、少しずつ自惚れが積み重なっていたのかもしれない。

 ・・・・・そう思う程度には、気分が塞いでいる。表面上は余裕の態度を貫いているが、やはり“彼女”が何も告げずに一人で行ったことは、心に大きな痛手を与えていた。

(迎えに行って、いいんだよな・・・?)

 家族のことを何も言わなかったのは、自分に遠慮していたからなのだろうか。傍にいたこの十余年の間ずっと。

 自分にも弟がいた。カルダという名前の、双子のように良く似た弟だった。

 ある日突然、奪われた。

 そんな過去を知っていたから、“彼女”は自分に言えなかったのだ。“彼女”にも、大切な弟がいる。生き別れ、今は遠い場所で生きている弟。

 会える機会があるのなら、迷う必要などなかっただろう。

(俺って、意外と打たれ弱かったんだな)

 何せ相手は初恋の少女で、唯一無二の恋人である特別な女性だ。

 ふられたのかもしれない――――こんな時、どうすればいいか全く分からなかった。困ったときに助けてくれたのも、ずっと“彼女”だったから。

 出会いは最悪を絵に描いたような状況で、結論から言えば体内の臓器を滅茶苦茶にされた。見たこともないような剣で体を抉られ、傷口からは気色悪い「何か」がはみ出していたのだ。

 それなのに、彼女は自分を助けた。

 そしてこう言った。

『じゃ、紅い月の夜に出逢ったから、わたしは君を“紅夜”って呼ぶね』

 紅夜。

 かつて復讐鬼と呼ばれた彼――――ソルド・ディオールの、現在の名だった。










 グレルに到着したランティス達は、そのまま待ち合わせ場所の酒場へと向かった。以前ランティスが立ち寄り、「セリ」の噂を聞いた、あの酒場だ。

 店内に一歩踏み出すと、すぐカウンターからこちらを窺う青年を見つけた。眩しい金髪に、一瞬ランティスは目を疑う。

(サズ!?)

 いっそ神々しくさえ感じられる黄金の髪は、帝国の皇族でさえ滅多に生まれない色だ。貴重な輝きなんだぞ、と名誉など興味もないくせに威張っていた亡き親友を思い出し、その場に棒立ちになる。

「ランティス?」

「知り合いなの?」

 しかし、サズと面識のない他の面々は戸惑うばかりだ。

「ランティスさん・・・?」

「あ、いや」

 リーシャの声でようやく我に返り、ランティスは改めて青年を見る。

 当然だったが、サズとは似ても似つかぬ全くの別人だった。考えるまでもない、サズはもう死んだのだから。

 落ち着けと自分に言い聞かせるランティスを、金髪の青年もじっと観察していた。田舎町なので、よそ者である彼らは大概浮いているし、何より派手な外見から注目を集めてしまう。

 しかし、青年の目に好奇の色は見当たらず、淡々としていた。そしてゆっくり立ち上がり、何故かランティス達の方へ真っ直ぐ近づいてくる。

(・・・・・・?)

 近くで見れば見るほど似ていない、と思った。目の前の青年はどこか冷たい空気を纏い、どこか氷の刃を連想させる怜悧な雰囲気だ。サズのように頭が狂っているのではと疑いたくなる陽気さは皆無で、同じなのは髪色くらいだった。寧ろどうして正反対の二人を見間違えたのか、青年の接近も含め、ランティスは首を傾げる。

(金髪だし、帝国人なのかな)

 この眩しい金髪は、帝国以外では殆どお目にかかれない、珍しい色彩だ。だからこそ皇族の血をひくリアは、茶髪茶眼を強いコンプレックスに感じているのだろう。リーシャも金髪と称される色の髪だが、淡やかなそれは優しい印象がある。

 そうこう考えている間に、青年が真正面で立ち止まった。

「? こんにちわー」

 無表情で立ち塞がる青年に、リオンが敢えて軽い挨拶をする。

「・・・・・・こんにちわ」

 意外にも返事があった。

(え、返事した・・・)

(ていうか喋った?)

 勝手に無口な印象を抱いていた一同は目を丸くするが、青年は構わず続ける。

「赤毛のランティス・ラゴート、茶髪のリオン・ラーヴァ、黒髪のサーシェス・ユリットだな」

 すらすらと名や特徴を読み上げるように言われ息を呑む【ラジェーテ】の三人を横目に、リーシャが小首を傾げる。

「お知り合いですか?」

 青年の方もリーシャを見て「誰だコイツ」と怪訝な顔をしたが、すぐに打ち消して口を開く。

「お前達の師に世話になった者だ。屋敷まで案内するよう言付かっている。行くぞ」

「あ・・・あの!」

 言うや、もう会話は不要とばかりに出口へ向かう青年を、サーシェスが呼び止めた。

「何?」

 鬱陶しそうな顔には、早く来いと書いてある。けれど、リーシャがいる以上、危険は避けねばならない。

「私達は、あなたの事を知らないんです。せめて名前くらいは教えて頂けないと信じられませんし、付いて行けません。・・・昔のコードネームでも構いませんから、名乗って頂けないでしょうか。あなたもあそこに・・・“ラジェーテ”いたのでしょう?」

 そういいながら、サーシェスやリオン、ランティスは、青年のことを徐々に思い出していた。勘違いでなければ、目の前にいるのは組織でも有名だった“あの少年”だ。

 三人の不穏な眼差しに青年は眉を顰めたが、やがて肩を竦めた。こういう反応も想像していたのだろう。億劫そうではあるが、不快げな様子でもない。やっぱりそう来るか、と言いたげだった。

「この髪で分かると思ったんだけどな」

 黄金の目を伏せ、気乗りしないように髪を弄る。けれど告げねば話は進まないと理解しているようで、渋々のように名乗った。

「“黄金の鷹”ソルド・ディオール。ご覧の通り帝国出身だよ。齢は二十五。他に何か質問は?」

 めんどくさそうな顔で言われても、挙手しようなどとは思えない。

 町を出て山の上にあるという屋敷へ向かう道すがら、ランティスは古い記憶を手繰る。

 復讐鬼【黄金の鷹】は、当時まだ少年だったにも関わらず、組織でも指折りの実力者だった。命じればどんな惨い殺しも淡々とこなし、いつしか帝国の血筋を窺わせる容姿も併せて、【死の皇帝】や【黄昏の鬼神】などと囁かれるようになっていた。

 ランティスも一度、彼と同じ任務に赴いたことがある。結果として、肉や赤を見るだけで吐き気を覚えるという症状が一ヶ月ほど続いた。

(そういえば・・・)

 長い別れの始まりとなった崩壊の日、師は言っていた。まだ子ども達が残っている、と。

【黄金の鷹】なんて殺しても死なない、一緒に行こう。そう駄々を捏ねる自分を師は最後まで言いくるめようとしたが、最終的にサーシェスに引きずられてランティスは師の元を去った。

 ・・・・・・その事を、どれだけ後悔してきただろう。

 父を殺めたという師。彼女はずっと、ランティスに負い目を感じているようだった。幼い子どもを天涯孤独の身にしてしまったのは自分だと。だからこそ、傍を離れて彼女が自害してしまうのではないかと気が気ではなかったのだ。

(もうすぐ、会えるんだ)

 今度こそ――――知らず、拳を握る。

 無事な顔が見たい。どうか平穏に暮らしてくれていれば。その姿を見るまで、胸の閊えが消えることはないのだ。

 そうして師と再会を果たせたら、今度はリアと向き合おうと決めていた。

 ランティスは彼女に告げねばならない。

 自分はサズを知っているのだと。

 間接的に、リアのことも知っていた。サズは口を開けばリアリアと煩いくらい、婚約者に入れ込んでいたのだから。

 そして何より、見殺しにしたことを。

(・・・今は目の前のことに集中しよう)

 ともすれば、記憶はサズと出会った頃よりずっと昔、母の死体を眺めていた時にまで遡る。

 今でも響く、呪いの言葉。

『お前さえ産まなきゃ、お前の母親も死なずにすんだかもしんねぇのになぁ』

 現実味がなくて、ただ血に汚れた母の美しい髪を見ていた。すぐ横に身を屈めた男の嘲弄が、どうしても忘れられない。

(セルガの奴・・・ッ)

 かつて【ラジェーテ】首魁として君臨したセルガ。死して尚、多くの者の心を縛り続けている。ランティスもその一人だった。

(・・・くそっ)

 思わず悪態をついてしまうのは、単純に目の前を飄々と闊歩する【黄金の鷹】が憎たらしいからだ。

 正直、ランティスは彼が恐ろしい。見ているだけて、共に参加した任務先での凄惨な場面を思い出してしまう。

 間違いなく、この男は異常だった。

 今がどうだかは分からない。師が傍でみていたなら昔ほど狂った精神状態ではないのかもしれないが、だからと言って手離しで信頼などできるはずもない。人のことを言えた立場ではないと自覚あるランティスからしても、この男は血に汚れすぎている。見ているだけで、とっくの昔に闇へ葬った【ラジェーテ】時代の陰惨な記憶が蘇るのだ。

 胃が痛い。どころか、吐き気さえする。

 しかしそれは後ろの幼馴染二人も同じらしく、ちらりと覗き見ただけで顔色の悪さが把握できてしまう。唯一けろりとしているのは、【黄金の鷹】の所業を知らないリーシャくらいだ。

「おい。もっと早く歩けないのか?」

 一方、突き刺さる不審の眼差しに気付いているのかいないのか、金髪の青年が不機嫌な声で振り返った。

「こんな山道だったとは思わなかったもので」

 ランティスは軽口のように言ったが、実際その通りだった。師が暮らす屋敷は山の上にあるらしいが、何故こうも険しい道が続くのか。最早これは登山の領域だと思う。

「ああ・・・そうか。俺は慣れてるから何も思わなかったけど・・・あ、おい。そこ危ないぞ」

「へ?」

 突然に目を向けられ、リオンがぎょっと身じろぎした。示された足元を見やると、人間の手と思しき白骨が転がっている。

「げっ」

「踏むなよ。気にならないなら別だけど」

 やはり淡々として言うソルドに、今度はリーシャも蒼い顔になる。

「あの・・・どうして人骨が?」

「自殺の名所だから、ここ。特に山を越えた樹海の辺りが人気だな」

 なんでそんな土地に腰を据えたのだ師匠・・・。

 普通はここで「やはり罠か」と疑うべきなのだろうが、何せ相手は自分達の師だ。寧ろ人里で普通に暮らしているほうがよほど信じられないので、ある意味、信憑性が増してしまう。

「そういえば、お前・・・赤いの」

「ランティスです」

 いささか憮然として名乗るが、ソルドは気にした風もなく続けた。

「姉はいないか?」

「は?」

 思わぬ質問に目が点になるランティスを見て、ソルドは更に問う。

「身内に年の近い女はいないか? お前と同じような赤毛で、口の悪い女だ」

「心当たりはないです」

 両親の記憶自体が殆どないのだ。親戚など存在するのかも分からない。率直に答えるランティスに、青年は意外そうに瞬いた後、「違うのか」と呟いた。

 意味深な態度に、ランティスは眉根を寄せる。

「何なんです」

「いや。他人の空似だ」

 この年齢で女性に似ていると言われるは心外だったが、そこにあるのは答えるつもりもなさそうなソルドの背中だけだった。





 そしてソルドの後を警戒しながら付いて行った先には、古風な屋敷が佇んでいた。なんでも以前は山賊の根城だったそうだが、【ラジェーテ】崩壊後にこの町へ辿り着いた師達が強奪したまま、ずっと住み続けているらしい。

(山賊から奪った屋敷に腰を据えてたのか)

 しかも立地といえば自殺の名所。もうどんなリアクションをすればいいのか分からない。

 そして再会は、あまりにも呆気ないものだった。

「おや、もう着いたのか」

 庭先の畑でかけられた声は、間違いなく自分たちの育て親である女性のもの。東洋のエプロンだという“割烹着”を纏い、天狗の仮面を身につけて芋畑で仁王立ちするような人間、他にそういまい。

「マリーナさん、他に何か言うことないの?」

 涙ぐみながら、呆れ声で言うリオンに、師は微笑んだ。

「ああ、久しぶりだ。大きくなったな、三人とも」






 夕方、少なからず興奮した彼らがようやく落ち着いた頃。

「今日は泊まるんだろう?」

「え?」

 屋敷を案内するのも、金髪の青年の役目だった。師が意気揚々と厨房へ出かけたのを見ると、どうやら何かを作ってくれるらしい。

 が――――。

「胃薬は持ってるか?」

「いえ。・・・失念していました」

 師マリーナの精進料理は健在らしく、ソルドもその威力を知っているようだった。そうか、と哀れむような眼差しを向けられ、ランティスは彼に妙な仲間意識を感じてしまいそうになる。

「そうだ、まだ同居人がいるんだけど、そっちにも会っとくか?」

「どなたですか?」

「“樹海の毒草”って覚えてるか?」

 リーシャを除く三人は揃って首を傾げた。誰?

 一方、その様子をさして興味なさげに眺めていた青年だったが、不意に屋敷の地下に引き篭もっている男を思い、内心で苦笑した。

(本当に影が薄かったんだな、博士)

 いつも通りの「うるさいっ」という怒鳴り声が聞こえて来そうで、それが少しおかしかった。






 食事まではのんびり寛ぐよう言われ、それぞれ客間に案内された。思えば丸一日馬を爆走させていたわけで、明日は筋肉痛かな、と思考の片隅で苦笑する。

(あの人は、信じていいのかな)

【黄金の鷹】――――良い印象など持ったことはないが、師が信じた相手なら、自分達がいつまでも猜疑的な態度で接するわけにはいかない。事実、彼はマリーナと随分親しそうだった。

 それに、と思う。

 マリーナが自害していなかったのは、きっと彼らが傍にいてくれたからだ。

 そう思うと、寧ろ感謝せねばならない相手ではないだろうか。

(ん?)

 何気なしに窓の外を見ると、予想しない組み合わせの男女がいた。

「サーシェス・・・?」

 黒髪の幼馴染と、件の青年ソルドが庭で何か話しているようだった。














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