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鳥籠姫と黒い翼の魔法使い  作者: 飛翔生姜
第七章 聖女か魔女か 運命の女
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かつて夢見た世界




 まず昨晩のことだった。

 王妃の行方不明について、リアは気になって仕方がなかった。ジャスの無関心ぶりが更に拍車をかけているのかもしれない。

「ねえ、ヒルダは王妃殿下にお目にかかったことはあるの?」

「ないない。僕が男爵家に引き取られた頃にはもう社交界から遠ざかってたみたいだし」

 ジャスに与えられた部屋の寝室で、二人はベッドに寝そべっていた。気楽な姿で、しかし話題は重い。

「大丈夫なのかしら」

「知らなーい。殿下を捨てた薄情な女なんて」

「う、うん。そうなんだけど」

 だが普通に考えて、王妃ともあろう者が体裁も気にせず王子につらくあたるだろうか。それが事実であるのは疑いようがないが、だからこそ思う。

 王妃は一人で出歩ける状態ではないのではないか。

 気にするな、とジャスは言っていたが、精神を病んでいるらしい王妃の行動は予想がつかない。最悪の場合を考えると、どうしてもこのまま眠りに就く気にはなれなかった。

「口では何を言っても、もしもの事があればジャスは気にするわよね」

「まあねえ。殿下は無自覚だけど、愛情深い人だから。でも、だからってお姫様がこの宮殿から出るのは駄目。例の色ボケストーカー男が、いつどこで目を光らせているか」

「い、いろぼけ?」

 確かに端からみればサズは現状、そういう類いの男として映るのかもしれない。彼が自分のせいで悪く言われるのは複雑だったが、ヒルダもリアのために怒ってくれているのだと思えば、何も言えなくなる。

「そうだよ。もうね、お姫様は殿下のことだけ考えていれば良かったのに! よくも引っ掻き回りしてくれたもんだよ。まったく、その男といい王様といい、ろくでもない男が多すぎるんだ! どいつもこいつも、三角コーナーの中に棄てられてるような奴ばっかりだ。いや、むしろ全部まとめてゴミ箱に放り投げてやりたい」

「え、さん……何?」

 何だか内容が過激になってきた。さりげなく王まで悪く言われている。というか、犯罪者と同列に扱われる国王とは。

「そういうわけで、まずは寝る!」

「ヒルダこそ、とても眠ろうとしている目付きじゃないわ」

 自分が余計な話題を振ってしまったせいだうが、目には妙な力がある。ちょっと怖いかもしれない。

「ひょっとして、ヒルダ。あたしを寝かしつけたら、妃殿下を探しにいくつもりだった?」

「まっさかあ」

 ヒルダは詰まらなそうに言った。

「君を側で支えるよう仰せつかってるからね。君から離れたりしないよ」

 ただね、と続ける。

「殿下のことだ。お姫様の言う通り、表面上は冷静に振る舞っても、もし近いうち王妃が死体で見つかれば、何の非がなくたって自分を責めるだろう。そうなる前に手を打ちたいとは思う」

「どうやるの?」

 リアは勢い込んで尋ねた。ヒルダが一瞬黙り、やがて観念したように苦笑する。

「隠すと暴走しそうだね、君って。精霊に頼むつもりだったんだ。僕は稀少魔法(メロディア)の使い手だから」

「サーシェスさんと同じなのね」

 言った直後に、リアは激しく後悔した。その動揺がよほど顕著だったのか、ヒルダが噴き出す。

「そんなに青ざめなくても。まあ、姉さんのことは、気にはなるよ。だけど、やっぱり僕の家族はコーバッツ家の両親だけなんだ。それにさ」

 (サーシャ)の名前で呼ばれるのが不快なら、サーシェスはリオンに別人であると説明すれば良かったのだ。それをしなかったのは、リオンの情が自分から離れるのを恐れたから。

「姉さんにとって、僕は邪魔みたいだし」

「そんなこと」

「いいんだ。殿下も言ってくれたし、だからこそ今の自分を大切にしたいんだ」

 微笑む横顔には、どこか儚い美しさがある。この件に関してはジャスと同じくヒルダの意思を尊重しようと改めて決めたリアは、寝台から降りた。

「あたしに隠す必要がないなら、もういいわよね。精霊たちにはどこから指令を下すの?」

「屋外だよ。じゃ、庭園に行こうか。夜の散歩だ」

「ええ」

 いそいそと寝室を出る。レイチェルはジャスの見張りとして彼のもとへ付いていたはずだ。ジャスが徹夜明けということは、クリフも勿論不眠不休であるわけで、同じくレイチェルに休憩室に叩き込まれている頃か。

「お出かけですか? お供しましょう」

 衣服を目立たないよう侍女のお仕着せに改め、意気揚々と寝室から出てきた少女たちに、レイチェルの息子ヒースが恭しく声をかけてきた。

「いいよ。ただの散歩だし。ヒースさんだって、そろそろ休まないと」

「しかし」

「大丈夫だって。それともなあに、女の子同士の心踊る麗しい宵の逢瀬を邪魔しようと?」

「えっ、いえ。そのような」

 慌てて身を引くヒースに、リアは脱力する。そうじゃないだろ、と言ってやりたい。

 なんとか誤解をといてから、陽翼宮にある庭園に移動した二人は、そこで固まった。

 庭園には先客がいたのだ。

 色とりどりの花が植えられた庭園の中心には、雅な阿室がある。その人物は月を見上げていた。

 淡く照らされた姿を見て、目を疑う。

 は? としか、言いようがない。

 黒い髪、蒼い瞳。ノアリスとよく似た面差し。しかし月の下で佇む姿は朧げで、子ども達のような力強さは感じられない。

「嘘でしょ」

 初めて会う女性だった。だが、すぐに誰だかわかってしまう。

「王妃殿下だわ」

「うっわ」

 呟く声に、ヒルダの呻きが重なる。虫でも踏んだような反応だった。

「ど、どうしましょう、ヒルダ」

「面倒だな。さすがに放置はできないし。探す手間が省けたのは良いけどさ」

「ヒルダ」

 心の底から億劫そうなヒルダに唖然とする。本当に王妃が嫌いらしい。

「あ、こっち見てるよ」

 まるで野良猫の様子を観察しているような気軽さで言われた。そして改めて振り向くと、確かに王妃はこちらを不思議そうに見つめている。

「こんばんわ」

 立ち上がり、その女は微笑んだ。

「私はレン。良い夜ね、お二人とも」

 今度はヒルダも息を飲んだ。リアとて驚いている。

 想像していた【不安定な王妃】とも【冷淡な母親】とも違う、まるで普通の女性だった。

「レン様、おそば近くに参っても?」

 もしかしたら王妃であることを隠そうとしているのか。様々な憶測が頭を過ったが、混乱の中で口にしたのはそんな言葉だった。

「ええ。もちろん。素敵なお花ばかりよ」

 どうぞいらしてと微笑まれ、リアはおずおずと近づく。供は見当たらない。そもそも、厳重な結界が張り巡らしてあるこの陽翼宮に、レンはどうやって侵入したのか。

 その疑問には、隣を歩くヒルダが答えてくれた。

「どっちだろうね」

「え?」

 囁きに戸惑う。

「王族専用の抜け道を使ったのか。それとも、クリフさんの術式を改編したのか」

 そういえば、と思い出す。クリフはジャスの母レメリーの一族を主筋とする家柄だと聞いたことがある。ならば、彼と同じだけの技量を有していても不思議はないのかもしれない。

「両方だと思うわ」

 頷きあった頃、阿室の下に入った。レメリーはにこにこ笑っている。その様は娘ノアリスとよく似ていた。

「仲良しなのね。二人はお友達なの?」

 可憐な乙女のように首を傾げる姿は愛らしい。しかし、同時に強い違和感を覚える。

 何か妙だと感じながらも正体が掴めないまま、リアはレメリーに答えていた。

「はい。あたしはリアといいます。こちらはヒルダ」

「リアさん、ヒルダさん。うん、覚えたわ」

 まただ。違和感が募る。手を重ねて関心を示すように頷く姿を見て、リアは何故か嫌な気分になってきた。とても可憐なのに、なぜこうも忌避感が沸くのだろう。顔立ちや表情は、恩人であるノアリスとよく似ているというのに。

「二人は王子殿下にお仕えしているの?」

 侍女の服装を見てのことだろう、穏やかな顔で尋ねられる。リアは咄嗟にヒルダを窺った。彼女は案の定レメリーを睨んでいたが、リアの視線に気付き目を伏せた。

「……そうだよ」

 渋々といった様子で答えるヒルダに安堵したリアだったが、レメリーは次々と言葉を放つ。

「そうなの? 私も、もうすぐなの」

「はあ?」

「ちょ、ヒルダ」

 彼女の態度は心臓に悪い。思わず諌めるような形になるが、ヒルダもさすがに我に返った様子だった。

「ごめん、お姫様」

「いや、謝る相手はあたしじゃなくて」

 ぼそぼそ小声で会話する少女ふたりを見て、レメリーは更に笑みを深める。

「もうすぐウィル様に嫁ぐのよ」

「え?」

 ウィルとは誰だと言いかけたリアに、今度はヒルダが耳打ちする。心なしか、その顔が青ざめて見えた。

「国王ウィリアムの愛称だ」

「あ、そうなの」

 教えてもらえて助かったと安堵したのは一瞬だった。そしてすぐ、現実を知る。

 もうすぐ、嫁ぐ?

(まさか)

 そんなはずはと思いながら、リアは恐る恐る尋ねた。

「畏れながら、レン様は御歳おいくつでございますか?」

「十八よ」

 それがどうかしたのかと言わんばかりに首を傾げるレメリーは、どうみても三十代の女でしかない。確かに常識外れな瑞々しい美貌ではあるけれど。

 なんてことだと、隣のヒルダが呻く。

 レメリーは精神が逆行しているのだ。

 これなら自分の子どもたちに無関心なのも当然だ。彼女は自分を未婚の娘だと信じている。出産の記憶さえないのだから。周囲はそれを隠すのに躍起だった筈だ。国王の冷淡な対応も納得がいく。下手に関わってレメリーが現実を知ったとき、今度はどんな事態になるか、考えるだけで頭が痛くなる。小康状態に過ぎぬとはいえ、ジャスの立太式が終わるまでは大人しく宮殿に引きこもることで、束の間の平穏を保たれるなら、それは願ってもないことだ。

「リアさんとヒルダさんは?」

「あたしは十八で、えっと」

 ヒルダをちらりと窺う。彼女は少し躊躇ったのち答えた。

「僕も同じくらいかな」

 姉のサーシェスが二十歳前後だった筈。そう納得する。

 リアは知らないことだが、この姉妹を初め、ランティスやリオンもその生い立ちゆえ、正確な年齢が分からない。誕生日さえ不明であり、他人から与えられたものが殆どだった。

「そうなの! じゃあこれから仲良くして頂戴ね」

 レメリーが艶やかに笑う。美しいひとだ。それなのに、リアもヒルダもその麗しさに感嘆することはできなかった。

「私はね、王子さまを産むのよ」

「え」

 思わぬ発言に戸惑う。そしてすぐ、彼女は自分の息子について何も覚えていないのだと思い直した。

 ジャスのことを言っているわけではない。

「そうお父様に言われたわ。絶対に丈夫な世継ぎを産みなさいって」

 おかしいわよね、とレメリーはまた笑った。よく笑うひとだな、とぼんやり思う。

「まず元気で、毎日笑ってくれたら、それだけで充分なのに。男の人って本当に分かってないわ」

 聖母のような眼差しで語る彼女は、自分が自分を否定していることに、本当に気づいていないのだろうか。

「ノアリス様もジャスも元気なのに」

 拒んだではないか。目が赤いだけで。

 ノアリスが拐われ、一人残ったジャスに寄り添うこともせず他国(チュニアール)へ送った。そして自分は過去の夢幻に逃げ込んでいる。

 ああ、どうしよう。リアは天を仰いだ。

 この女を力一杯に殴り付けてやりたいのだ。

 しかし反面、抱き締めてやりたい。

 女としての怒りと、やはり女としての哀しみがある。彼女の息子に心を奪われたこその矛盾だった。

「のありす?」

 リアの呟きを拾った王妃は首を傾げる。

 その時、変化が起こった。

「のありす……」

 レメリーが今までの笑みが消え、頭に手を添える。何かを思い出そうとしているようにも見える様子に、リアとヒルダは息を呑んだ。

 しまった、とリアは己の失態を悟る。ジャスからはよく鈍臭い間抜け女だとか馬鹿にされるが、全くもってその通りだと今ばかりは同意せざるを得なかった

「のありす」

 譫言のようにレメリーが娘の名を繰り返す。麗しかった面が強ばっており、瞳孔は開いてしまっていた。徐々に呼吸が荒くなり始める。

「あれ? 琥珀ちゃん」

 リアが咄嗟に立ち上がった時だった。

「どうしたの?」

 隣のヒルダと揃って、ぎぎぎ、と錆びた鉛のようにぎこちない動作で振り向く。すると案の定、庭園の入り口にいるのは、紅夜を伴ったノアリスだった。

「ふたりもお月見? わたしも紅夜と」

 そこで彼女は言葉を切った。視線はリアとヒルダ前にいる、自分の母に固定されている。

 そんなノアリスの横で、紅夜だけは場の空気に頓着せず、リアたちに軽く手を挙げて挨拶してきた。今それどころではないと思いつつ、膠着状態になるのが恐ろしいリアは会釈で応じる。

「こんばんは。あの」

 この状況をどう説明しようかと慌てるリアだったが、それより早くノアリスが口を開いた。

「琥珀ちゃん、ヒルダちゃん。そのひとから離れて」

 ゆっくりと歩み寄るノアリスの目から、一切の感情が抜け落ちる。肉親を見る眼差しではなかった。

「あ、いえ。この方は」

「駄目だよ、琥珀ちゃん。あなたは王子さまの大切な相手なんだから、そんな危ないひとに近づいたら駄目」

「危険度は俺やお前の方が上だろ」

「……紅夜ったら」

 穏やかな声音だが徐々に早口になりつつあったノアリスを、横にいた紅夜が軽口で宥める。そんな彼を、見事な手綱捌きだとヒルダが小声で讃えた。

「ウルフラーナ。昨日ぶりだな」

「はい、紅夜さん。ノアリス殿下も」

「うん」

 紅夜に頭を撫でられて、膨れつつもノアリスは大人しくしていた。しかし、その視線はしっかり母レメリーを見つめていて、何か怪しい動きがあれば、という警戒の色が強い。

「そっちに行っても構わないか?」

 もうノアリスと紅夜は、阿室のすぐ前まで来ていた。距離は殆どない。もうすぐ庇の下に入ろうという位置だ。

「あ、えっと」

 王妃(レメリー)がいる場で、さすがに自分が答えていい内容ではない。そう判断して振り向くと、レメリーは青い顔でノアリスを見つめていた。

「あ、あ……あなた」

「なあに?」

 ノアリスが口許だけの笑みで答える。氷が音になったら、きっとこんな風なのだろうという声だった。

「ノアリスなの……? 本当に?」

 ヒルダとリアは驚いた。完全に精神年齢が逆行しているのではないのだろうか。

「大きく、なったのね」

 茫然と目を見開き、レメリーが呟く。その両目から滴が溢れた。誰かが何かを言うより早く、レメリーは唇を震わせる。

「産まねば良かった」

 その場の空気が凍りついた。少なくとも、リアにはそう感じられた。自分に向けられたのではないかと、思わず怯んでしまう呪詛のような言葉だ。

 胸を抉られるような、確かな痛みを覚える。かつて自分の命を憎んでいた日々は、まだそう遠いものではない。

「あなたたちさえ産まなければ」

 レメリーが後退りながら続けた。既に視線はリアやヒルダを素通りしている。

「……あなたは本当に変わらない」

 これまでの柔和さが嘘のような冷たい眼差しで、ノアリスが母を見返した。嘆くことすら億劫だと言わんばかりの態度に、リアは俯く。

 ノアリスはジャスと違い、母親に完全な見切りを付けているのかもしれない。彼女は、あまりにも遠い世界で長く生き過ぎた。

 それを悪いことだとは、全く思わない。悲しいとも寂しいとも違う。上手く言い表せない感情が、傍らのリアに芽生えていた。ノアリスを諌めたいのか、レメリーを庇いたいのか。自分で自分がわからない。

 葛藤するリアの前で、冷えきった母娘の会話が続いていく。

「どうしてあなたが陽翼宮にいるの?」

「ぶ、無礼者!」

 青い顔でレメリーはノアリスを非難する。王妃である己より先に許可なく口を開いた挙げ句、詰問した娘に対して怯えながらも腹を立てたらしい。同然の反応だと感じる一方、その気概に驚いた。

 しかしノアリスの表情は動かない。

「答えてよ」

「知らない! 私は何も知らない! なのに、どうして誰も助けてくれないの!」

 レメリーが頭を抱え、叫んだ。大きく開かれた目は、今にも眼球が飛び出すのではないかという鬼気迫るものがある。

「助けを待つばかり。嘆くだけ。あなたはそうして、王子様を追い出した」

 ノアリスの声は変わらず平淡だ。だからこそ、ようやく気づく。彼女は激しい感情を必死に押さえつけているのだ。

 母への苛立ち、嫌悪、忌避、失望、落胆。

 そして圧倒的な悲しみだ。

「皆そうやって私を責める! よもや悪しき者と契り子を成したかと! それとも自身が穢らわしい魔女の血筋ではないかと私を蔑み責め立てる!」

 レメリーは泣き崩れた。もう嫌だ。そう頭を振る。

「なにも栄華を望んで王室に嫁いだのではないわ! ウィル様はどうして助けて下さらないの? 私はただ、国のために尽くしたかったのよ! ウィル様にお仕えすることが私の生まれたときからの使命だった! なのに、どうしてこんなことになるのよ!!」

 なんで、なんで、私ばかり。

 ノアリスとジャスを産んだ、産んでくれた女性の言葉に、リアは立ち尽くした。何かを伝えたい。だけど、言葉が出てこない。

 このままではレメリーが壊れてしまう。そう危惧しながらも、その慟哭に圧倒されていたのだ。

「立派な王妃になりたかった。可愛い王女と賢い王子を産み育て、子どもたちに恥じぬ母でありたいと! ねえ、それがこんなに憎まれなければならないほど、愚かな望みだったの!?」

 正気を失いかけているのではないかと、見る者の背筋を凍らせる剣幕で、レメリーは身近にいたリアにすがり付いた。咄嗟に振り払うこともできず硬直していると、直後にヒルダが何の躊躇いもなくレメリーの首筋に手刀を叩き込む。

 王妃の体重が丸ごとのし掛かってきて、危うく転びかけたリアを、ノアリスが支えた。そして、気絶した王妃を紅夜が抱き留める。

「やるな、お前」

 紅夜の口調は呆れていた。その目はヒルダに向けられている。リアも唖然とした。

 リアのために、ヒルダはあっさり王妃を殴ったのだ。

「ひ、ヒルダさん」

「大丈夫だよ。隠蔽すれば」

 けろりと恐ろしい言うのはノアリスだった。

「まずは移動しよう。もう王子様は寝てるだろうし、こんな人のために起こしたくない。ちゃちゃっと隠しちゃおうよ」

「殺すなよ」

 紅夜が真っ先に釘を刺す。ノアリスは返事をしなかった。それがリアは恐ろしかった。

「だったら、あたし達の部屋へ! あそこなら守りは万全ですし、あたし、お世話します。この方はジャスの……あたしの大切な恩人を産んでくれた、実のお母様ですから」

 その母を見放せるはずがないのだと力説すれば、ヒルダがやれやれとため息をついた。

「お姫様の仰せなら仕方ない。僕も殴った手前、目を離すわけにはいかないし」

「わかった」

 紅夜が王妃を抱き上げた。そのまま踵を返す。

「こっちです」

 この場で本当の意味で、自分と同じく王妃を守ろうとしてくれているのは、紅夜くらいしかいないようだ。それを理解したリアは、半ば青ざめながら彼の少し前を、小走りで進んだ。













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