わたしを倒す旅の十二歩。
迷いの森に足を踏み入れた時は、確かにみんな揃っていたはずなの。
なのに、今はわたしとアルしかいない。
「みんなはぐれちゃったね」
一寸先すらも見えないくらい深い霧の中、かろうじに目視できるアルの背中に言葉を投げかけてみる。
「お前はちゃんとついて来い。絶対にそれ離すなよ」
一瞬だけ振り返ったアルは、わたしの姿を確認するとまた前を向いた。
みんながいなくなった時に、アルは自分の服の紐をわたしに握らせたんだ。
迷子防止なんだって。
わたしは迷子にならないのにね。
森に入って最初にいなくなったのはフランクだった。
一番後ろで魔物を警戒する役目をしていたから、フランクがいなくなったことに気が付いたのは結構時間が経ってからだったの。
わたしはフランクが逸れた瞬間に分かってたけど静観してたよ。だって言うの面倒だもん。
フランクがいないことにみんなが気が付いた後すぐに、今度はタイチョーが霧の中に姿を消した。
リナが大声で呼んでいたけど、この森の中では声なんて霧に吸収されてしまう。
それからはみんな固まって移動することになって、スッとリナがはぐれた。
多分、ほんのわずかな瞬間に霧に飲まれてしまったんだと思う。
リナはこの森にかけられている魔法に勝つには弱すぎるもんね。残念だけど。
わたしはこんな魔法解こうと思えばすぐ解けるけど、人間にはそれができないんでしょ?
だからやらないんだ。
この霧は、森全体を覆って踏み込んだ人間を迷わす。
ただそれだけの魔法。
ちょっと足元が見づらくて困るけど、害はそれくらい。
「どこに向かってるの?」
霧で先が見えないはずなのに、アルは迷いなく真っ直ぐ森の奥へ歩を進めている。
まるでどこが奥なのか分かっているみたいに。
「この森で一番強い魔物を倒す。そうすればこの霧も晴れるだろうからな」
「そうなんだ。他のみんなは探さないんだね」
「あいつらは一人でも問題ない。霧さえ晴れれば閃光弾でも上げて集まることもできる」
「ふーん」
この森の番人を倒せば霧が晴れる、かなぁ?
うーん。なんか頭がムズムズするんだよね。
なんだろう?
なにか忘れてるような……?
「おい、チビ」
考え事してたのに、アルが歩を止めずに呼びかけたせいで中断された。
「こんな機会じゃないと、言うこともねえと思うから言っとく」
「何を?」
返事をしながら、なんだか最近よくアルと話す機会があるな、と思った。
洞窟の奥でアルって呼ぶようになった時とか、この森に入る前とか。
これまで全然話ししてこなかったからね。
「他がいない以上、この先の魔物を倒すのは俺とお前の二人きりだ」
「そうだね」
みんないなくなっちゃったもんね。
「絶対に俺の前に出るなよ」
「……出ないよ」
前にリナに言われているもん。
人間の魔法使いは後ろの方にいて、前に出るのは騎士とかだって。
「霧、深くなってきたね」
もうすぐ強い魔物の縄張りに入るんだろう。
アルの警戒が鋭くなってきたみたいだけど、正直わたしはあんまり危機感を感じてないの。
だってこんな森に引きこもってるんだもん、そんなに強くないに決まってる。
「……俺はお前を認めよう」
「へ?」
わたしはアルの言ってることが、いまいち分からなかった。
「お前がこのパーティーの仲間として相応しい奴だと認める」
アルの言ってることが飲み込めなくて、わたしには理解できない。
アルがわたしを認めた?
最初の頃は、わたしのこと睨んでたのに?
嫌いだったんじゃないの?
なのに、今。どうして?
周りではぐちゅぐちゅと肉塊を捌く時のような音が木霊しだした。
「だから俺の背中任せたぞ、ラヒー!」
まるで何かの魔法のように、アルの声だけがスッと聞こえてきた気がしたの。
周りの異音が耳に入らなくなって。
でも、実際のところは状況が目まぐるしく変化してて。
アルは台詞と同時に走りだしていて、それを合図にしたかのように霧の中から出てきたのは目玉が無数に埋まっている肉の塊。
広くて、鋭い視界が、他の種族よりも多くの物を見通せる。
そんな目玉の塊の魔物。
アルが数個だけの目玉を斬りつけたところで、他の目がこちらの動きをしっかり凝視している。
アルが斬りかかっても、当たらない。
そんな戦いが始まっていた。
「しょうがない、なぁ」
わたしは溜息をつく。
アルはわたしのことを認めてくれた。
どうして?って疑問が頭を駆け巡ってる。
でも、でもね。
わたし確かに今、ちょっとだけ嬉しく思ってる。
理由なんか分からないけれど。アルがわたしを認めたことを、背中を預けたことを嬉しく思っているの。
だから。
わたしもアルのことを認めてあげる。
勝手に吊り上がる口角を抑えられないよ。
「アル、目閉じて伏せて!」
わたしが声を張り上げるのと同時に、アルが身を屈めた。
日光すらも遮るような深い霧。
そんな中で、突如強烈な光が生まれたら。
きっと、普通の魔物なら一瞬目が見えなくなるよね。
「上出来だ。ラヒー」
光が収まった瞬間。
口角を上げて、素早く動き出したアル。
硬直した魔物の中心に突き付けるように、アルが剣を差し込んだ。
断末魔のような声をあげながら、目玉の魔物の目玉がポロポロ落ちていく。
瞬殺ってやつだね。
目玉が全て落ちて行って。
周りには、まるで石ころのように魔物の剥き出しの目玉がたくさん転がっている。
「さて、なぜ霧が晴れない?」
アルが眉間にしわを寄せる。
「この魔物は、霧を発生させる原因じゃなかったってことじゃない?」
そう。
わたしずーっと頭に引っかかってることがあるんだよね。
なんだったっけ?
「他に原因があるってことか……。おい、ラヒー、お前は原因が分かったりしないのか?」
「うーんとね」
霧、霧……、きり?
あっ、思い出した!
「霧の木だ!」
「霧の木?」
そう。
魔物じゃなくて、それはただの植物。
まるでラダヒーみたいに。
魔力を必要とするけれど、魔物のように動き回ることもしない。
ただの植物。
食べれないから興味が薄くって、今の今まで忘れていたよ。
「霧の木っていうのは、魔物じゃなくてただの植物なの。でも、死体の魔力を吸って強力な魔法を発動させて霧を深くさせることがあるって聞いたことあるの」
「じゃあ、この霧はその植物が原因ってことだな」
「多分ね」
ただの霧の木って、ただ霧を発生させるだけしかできないらしい。
でも、たくさん魔力を吸っていると方向を惑わせる力も持つらしいんだ。
この場所にある木はきっと何百年も力を貯めていた木なんだね。
もう少し成長できれば、私みたいに変異できたかもしれないけど……。
もう、その機会もなくなっちゃうね。
「あれが霧の木だよ」
だって私が奪っちゃうから。
「この他とは色の違う木か?」
「うん」
霧と紛れてしまうほど、真っ白な大木。
根元にたくさんの目玉が転がっている。
もしかしたら、さっきの魔物はこの木を守るためにここにいたのかもしれないね。
「切り倒すぞ」
「はーい」
アルが剣を構えると、白い霧と剣から滲み出る黒いオーラが混ざり合う。
なかなか綺麗で不思議な光景なの。
目の良いわたしだからこそ認識できる美麗さ。思わず息が漏れた。
アルが剣を振り抜くと、霧の木は呆気なく切り倒される。
それに伴って、霧も次第に薄くなっていく。
きっとそう時間がかからずにみんなが集まってこれると思うよ。
「ねえ、アル?」
それまでの短い時間、わたしはアルと二人っきり。
わたしは何となくその場にしゃがみこんで、上目でアルを見た。
「わたしもアルのこと認めるよ」
「……そうか」
さっき、わたしはそう思ったからね。
口に出してみたんだ。
なんだかたくさんのお菓子を食べた時みたいな充足感。
今のわたしは嬉しい気持ちでポカポカしてるの。




