自分がない
夢結は、周りに距離を置かれてから、定時で仕事を終えられるようになった。
いつもなら、
「仕事が終わらない。」
と言う声が聞こえれば、声を掛け、仕事を手伝ったり、引き受けたりしていたが、今はしない。
声をかければ、徐々に、前のような関係を持てるかもしれないが、また人に関わり、その責任を負うことが怖くなった。
それでもたまに、早く帰りたい者から、仕事を振ろうとされるが、
「ごめんね。用事があって」
と、断っている。
しかし、助けて欲しいと思っている声を無視するのも辛い。
用事があると嘘をつくことにも心が痛む。
何か、始めてみようかなと思うものの、やりたいことがない。
今まで、趣味もなく、芸能人にハマったこともなかった。
いつもは時間があるときは、家で普段は行き届かない家事を行なっていた。
映画も、じっと座って見る時間があれば、家のことをしたいと思い、映画館に行くこともなかった。
自分のための時間を過ごしたことがない。
定時に家に帰れるようになっても、もえが夜ご飯の手伝いもさせてくれないため、夜の時間を持て余す。
「せっかく早く帰れるんなら、寄り道したら?」
もえが、時間を持て余し、スマホで占いを見ている夢結に声を掛ける。
「寄り道とか、時間がもったいないって思っちゃうんだよね。」
「家のことしなくていいんだから。」
「それは、わかってるんだけど。」
「時間があったら、やってみたいってことなかったの?」
「何か始めてみようかなって思うんだけど、興味を持てることすらないんだよね。」
「重症だね。自分のやりたいこともないなんて。」
夢結は改めて、自分は人のためにしか生きられない、自分がない人間だと思い知る。




