琥珀色の再会
西暦二一九二年四月一二日
「では、少し早いですが昼休憩に入ります。午後からは座学も交えながら、引き続き“アーム”の操作について学んでいきます。一三時までに、ここへ集合してください」
「「「はい」」」
実習が一区切りついても、エヴァとニアは興奮冷めやらぬ様子だった。
「あの慣性制御、思ったより素直だったわね」
「でも補正を切ったら難易度が跳ね上がる。慣れが必要」
二人はアームの操作について熱心に語り合っている。その表情は真剣そのものだが、時折楽しそうな笑みも混じっていた。
(彼女たちと同じように過ごしてるだけじゃ駄目だな)
才能では敵わない。だったら、別の場所で追いつくしかない。僕は僕なりのやり方で、この“アーム”を自分の手にする。
本番で失敗しないために、失敗するなら今のうちだ。百回でも、千回でも、必要ならここで終わらせておけばいい。
「晶、お昼どうする?」
「先に行ってて。ちょっと教官に話があるから」
「分かった」
ニアは小さく頷くと、何か言いたそうにしていたエヴァの腕を引っ張り、そのまま教室を出ていった。学生たちが次々と退室していく中、僕は神崎教官のもとへ歩み寄る。
「神崎教官、少しお時間いいですか?」
「なんだい、星野。質問かな?」
教官は端末を片付ける手を止め、こちらへ向き直った。
「はい。……今日の僕の操作ログと、できれば一班のログも見せていただけませんか?自分の操作と二人の操作で、何が違うのか確認したくて」
神崎教官は少しだけ意外そうに眉を上げた。初日から他人のログと比較したいなどと言い出す学生は、珍しいのかもしれない。
「いいだろう。別に機密でも個人情報でもないからな。後で共有しておこう」
「ありがとうございます」
僕は軽く頭を下げる。
「それと、“アーム”のシミュレータって、寮の端末からでもアクセスできますか?」
「ああ、基礎訓練用なら可能だ。ただし、あれは簡易版だぞ。実機の慣性や反応まで完全再現できるわけではない」
「構いません。まずは操作に慣れたいので」
そこまで言ってから、僕は少しだけ間を置いた。
「……あともう一つ。週末、この施設は使えますか?」
神崎教官の手が止まる。
「……週末も練習するつもりか?」
「はい。どうやら僕、習得に時間がかかりそうなので。失敗する可能性は、できるだけ事前に潰しておきたいんです」
数秒の沈黙。
やがて神崎教官は、小さく口角を上げた。
「なるほどな」
そう言うと、僕の背中を軽く叩く。
「分かった。申請方法もログと併せて連絡しよう。技術科の空き時間に使うことになるから、希望の時間に練習できる保証はないが」
「かまわないです。ありがとうございます」
「礼には及ばんさ。頑張れよ、星野」
「……はい!」
気付けば、返事に少しだけ力が入っていた。
***
教室を出て廊下へ向かうと、先に待っていた望月さんと合流した。これで、いつもの四人が揃ったことになる。
「ねぇ、ニア、エヴァ。ちょっと星野君、借りてもいい?」
望月さんが軽い調子でそう言うと、ニアが即座に反応した。
「晶は物ではない」
淡々とした口調だが、妙に真面目だ。
「ニアの言う通りですよ。そもそも、そういうのは本人に聞いてくださいよ」
僕も苦笑しながら抗議する。
「ごめんごめん」
望月さんは悪びれた様子もなく笑った。一方、エヴァは腕を組みながら、じとっとした視線を向けている。
「で、どういうこと?」
「いや、紹介したい人がいて」
「紹介?」
エヴァが片眉を上げる。するとニアが、小さく呟いた。
「つまり、また晶に抱きつきたい人?」
「あははっ、今度は違うよ……たぶんね」
望月さんは意味深に笑うだけで、それ以上は教えてくれなかったが、その様子を見る限り、どうやら悪い話ではなさそうだ。
僕たちは、そのまま技術棟の休憩区画へ向かう。
無重力区画にある施設なので、一般的な食堂とはかなり雰囲気が違う。通路の延長のような円筒形の空間に、小型テーブルと固定用シートが壁沿いへ並んでいる。飲み物も通常のコップではなく密閉式のパウチだ。
ここでの食事は僕たちも初めてなので、技術科の先輩たちの様子を観察する中、ニアがぽつりと呟く。
「私たちがいると邪魔?」
望月さんは「えっ」と目を丸くした。
「ごめん、全くそんなつもりは無いの。ただ、あなたたちの知らない人だから……」
「邪魔じゃないなら、同席するわ」
エヴァが腕を組みながら言い切る。その横で、ニアも小さく頷いた。望月さんは数秒だけ困ったような顔をした後、肩をすくめる。
「ま、いっか」
その返事を聞いたエヴァは、どこか勝ち誇ったような顔になった。
(いや、別に勝負じゃないんだけど……)
僕はそんなことを思いながら、円卓の固定シートへ体を滑り込ませた。すると望月さんが、僕たちとは反対側の通路へ向かって手招きをする。どうやら、“紹介したい人”を呼んでいるらしい。
やがて、軽く壁を蹴りながら一人の女性がこちらへ近付いてきた。褐色の肌に、肩口で切り揃えられた黒髪。年齢は二十歳前後に見えるが、落ち着いた雰囲気がある。
僕は必死に記憶を手繰り寄せた。
(どう見ても二十代前半くらいにしか見えない。信濃の乗組員じゃないのは確かだ。それに、日本人でもないとなると……)
女性は慣れた動きでシートへ体を固定すると、望月さんが紹介した。
「紹介するわ。アリーよ」
「はじめまして。アリヤ・プトリ・サントソです。“アリー”って呼んでください」
その名前を聞いた瞬間、記憶が繋がった。
(あっ、受験の時の!)
エヴァ、ニアと順番に握手を交わしている姿を見ながら、ようやく思い出す。受験のとき同じチームだった女性だ。
「はじめまして……じゃないですね。星野晶です。合格、おめでとうございます」
「そちらこそ、おめでとう。でも、覚えててくれたのね。嬉しいわ」
アリーは人懐っこい笑みを浮かべながら右手を差し出した。僕もその手を握り返す。思ったより、ずっとしっかりした手だった。
握手を終えると、アリーも空いていた固定シートへ腰を落ち着ける。すると、エヴァが興味津々といった様子で身を乗り出した。
「で、晶とはどういう繋がりがあるの?」
望月さんが「ああ、それね」と頷く。
「学院受験の三日目って、四人チームだったじゃない?星野君とアリー、それに私、同じチームだったのよ」
「チーム琥珀ね。今となっては懐かしいわ」
「なるほどね」
僕が頷くと、エヴァは納得したように腕を組む。
「こうなると、残りの一人も気になるわね」
「もしかして、四人目も女性?」
ニアの問いに、僕は首を横へ振った。
「いや、違うよ。筋肉隆々の男性だったな。名前は……確か……」
「マイクね」
アリーが即座に答える。
「そうでした!」
僕は思わず声を上げた。
マイク——確かにそんな名前だった。大柄で豪快そうなのに、意外と周囲への気配りが細かい人だった記憶がある。
「さすがに連絡先までは交換してないけど……」
望月さんが少し残念そうに言うと、アリーも小さく頷いた。
「私もフルネームは忘れちゃったわ。でも、ニュージーランド出身の受験者ってそこまで多くないから、入学者名簿を調べてみたの」
そこで、彼女は少しだけ視線を落とした。
「……マイクって名前は、無かったわ」
一瞬だけ、テーブルが静寂に包まれる。
「そうなんですね……」
僕は小さく呟いた。操船も上手かったし、チームのまとめ方も自然だった。だから、なんとなく当然のように受かっているものだと思っていた。ただ、学院は、そう単純な場所ではないのだろうし、いろいろな事情で辞退している可能性もある。
「マイクのことだから、まさか宇宙船に乗るの、諦めちゃったなんてことはないよね」
アリーがしんみりと言葉を漏らす。あの過酷な試験の最中、いつも不敵に笑って、皆を引っ張っていたマイクの勇姿が僕の脳裏をかすめた。
少しだけ空気が沈みかけたところで、話題を変えるように双子へ視線を向けた。
「そういえば、ニアとエヴァって、三日目どうだったの?やっぱり同じチームだったりした?」
「いや、違う」
「さすがに別チームだったわ」
二人はほぼ同時に答える。
「へぇ。でも、一人ずつだと心細かったりした?」
望月さんが興味深そうに尋ねる。
「私も知りたい」
アリーも身を乗り出した。
「本人たちを前にして言うのもなんだけど、トップ成績って聞いてるし」
するとニアが、いつもの調子で淡々と答えた。
「そんなことない。でも、試験のチームはエヴァがいないから静かだった」
「ちょっと!」
エヴァが顔を赤らめて抗議すると、望月さんとアリーが笑う。
「全課題はクリアできた。でも、制限時間に少し間に合わなかった。だから、満点ではないことは確か」
「その点は私のチームと逆ね」
エヴァはどこか得意げに胸を張った。
「タイムには自信あるけど、いくつか完全じゃない課題があったわ。だから、私のチームも満点では無かったわね」
「そうなんだ!じゃあ、私たちすごいかも」
望月さんが嬉しそうに笑う。
「そうそう!減点らしい減点も無かったし、制限時間内だったわけだし!」
アリーも同意するように頷いた。
「いやいや、彼女たちと僕たちは課題が違いますから」
「それもそうか」
望月さんは苦笑しながらスポーツドリンクのパウチを傾ける。無重力用ラウンジの窓の向こうでは、ゆっくりと地球が流れていた。
実習初日。
まだ始まったばかりだというのに、学院という場所が、ただ優秀な学生を集めただけの学校ではないことを、僕は少しだけ理解し始めていた。ここには、それぞれの夢があって、それぞれの努力がある。そして、その全てが報われるわけではない。
ほんの数ヶ月前に同じ課題に取り組み、同じゴールを目指していた人でも、同じ場所にいない。その事実が僕の胸へ重く響いた。
◎登場人物
◯星野晶(15)(166cm):主人公。国際宇宙学院の新入生
◯ニア・スターリング(10)(136cm)(女性)(イギリス):国際宇宙学院の新入生。両親が高名な学者。人見知り。やや無口。両親が主人公の両親に救われたことに感謝しており、本人も主人公を大切に感じている
◯エヴァ・スターリング(10)(138cm)(女性)(イギリス):国際宇宙学院の新入生。エヴァの双子の妹。饒舌。勝ち気
◯望月凛(20)(165cm):国際宇宙学院の新入生。主人公とはアカデミー入試の下見で出会った。語学堪能な健啖家
◯アリヤ・プトリ・サントソ(インドネシア)(19)(女性)(158cm):通称“アリー”。褐色の肌と肩口で切り揃えられた黒髪がトレードマーク。特技は水泳と操船。船舶免許保持。明るいくて実直だが、負けず嫌い。主人公、望月凛とは受験のとき、同じチーム琥珀だった。
◯神崎恒一(34)(182cm):技術科の講師。必要以上に喋らないが、面倒見は良い。コーヒー好き。左手首に古い工具傷。
◎用語
◯国際宇宙学院:宇宙船の乗組員を養成するための専門機関。グリニッジ標準時なので、日本との時差は九時間
◯新入生:初等生とも呼ばれる。入学してから半年間。学年色は白。最初の三ヶ月は特に“トレーニー期間”で、水曜の一限目にトレーナーから指導を受ける
◯技術棟:無重力区画にある実習棟の一つ。主に技術科の実習を行う。




