「同期と、ダンスを」
「MVには、ダンスシーンを入れる」と楓が宣言した時、燈哉は正直、他人事のように聞いていた。アバターに振付データを流し込むのだと思っていたのである。
その認識は、琴音の一言で粉砕された。
「無理。うちのアバターは**完全体型連動**。既製の振付データを流すと、関節の動きが「借り物」になって、一瞬でバレる。……**中の人が踊れなきゃ、アバターも踊れない**。それがVmove's品質」
「聞いてないんですけど!?」
「だから先生をつけるって言ったじゃない。——ダンススタジオ、予約済み。相手は**もう待ってる**」
◇
土曜の朝。市内のレンタルダンススタジオに、綾芽は重い足取りで向かった。
鏡張りの部屋の中央で、ストレッチをしていた少女が、ばっと顔を上げる。
「——あっ! 綾芽ちゃん、おはよ!! 待ってました!!」
ポニーテールを揺らして駆け寄ってきたのは、日に焼けた肌の、笑顔のまぶしい少女——**青山輝羅々**。蒼山キララの中の人である。
「き、輝羅々ちゃん。今日はよろしく……。その、お手柔らかに」
「任せて! あたし、教えるの大好きなの! ——さ、始めよっ! 準備運動から!」
(熱海の旅行以来だけど……この子、素でもキララのまんまなんだよな。眩しい)
準備運動の段階で、綾芽は思い知ることになる。輝羅々の指導は、太陽のように明るく——そして、**アイドル志望の本気**だった。
「はいっ、そこでターン! ……あー、惜しい! 綾芽ちゃん、軸がブレてる! おへその下に、棒が一本通ってるイメージ!」
「棒……こ、こう?」
「そう! うまい! ……って、え、今の一発でできた!?」
「ま、まぐれかも」
「まぐれじゃないよ、それ!」
輝羅々の目が、きらりと光った。
「綾芽ちゃん、**体の使い方を頭で理解するタイプ**だ。理屈で覚えて、体に落とす人。……ふっふっふ、そういう人の教え方、あたし知ってるよ〜? 全部、理屈で説明してあげる!」
そこからの指導は、的確という言葉では足りなかった。重心の位置、力を抜く筋肉、目線の高さ、拍の取り方——輝羅々は全ての動きを言語化し、綾芽の頭に流し込んでいく。
(すごい。この子、感覚型に見えて——**教えるために、全部言葉にしてきた人**だ)
「輝羅々ちゃんって、いつからダンスやってるの?」
「五歳から! あたしね、ずーっとアイドルになりたかったの」
休憩中、スポーツドリンク片手に、輝羅々はあっけらかんと言った。
「オーディション、いっぱい受けてさ。最終まで行って落ちたのも三回。……で、悔しくて泣いてた時に、Vmove'sのオーディションを見つけたの。『歌って踊れる子、求む』って」
「それで、キララに」
「そう! ——あのね、綾芽ちゃん。あたし、VTuberって**アイドルの完成形**だと思ってる」
輝羅々は、鏡の中の自分を指さした。
「顔とか、事務所の推しとか、そういうの全部関係なくて——**パフォーマンスと魂だけで勝負できる**でしょ? キララはあたしの魂の形。だから、キララのダンスだけは、誰にも負けたくないの」
「————」
(……この子も、抱えてきたんだな。落ちた三回の分も、全部、キララに乗せてる)
「……輝羅々ちゃん。俺——私の初MV、ダンス監修、正式にお願いします。振付も、一緒に作ってほしい」
「!! ——**任された!!**」
◇
特訓は、週三ペースで続いた。
筋肉痛で階段を降りられない日もあった。ソロモンのレッスンとの掛け持ちで、喉と足が同時に悲鳴を上げる日もあった。それでも、鏡の中の動きは、確実に「踊り」になっていく。
三週目の終わり。通しで踊り切った綾芽に、輝羅々は拍手を送りながら、ふと真顔になった。
「……ね、綾芽ちゃん。一個だけ、聞いていい?」
「な、なに?」
「綾芽ちゃんのダンス、すっごく良くなったんだけど——**サビの『それでも好きだ』のとこだけ、動きが誰よりも強い**の。なんで?」
「————」
「振付以上の何かが乗ってる、っていうか。……そこに、綾芽ちゃんの一番があるんだなーって」
(……鋭いな、この子。パフォーマンスのことになると、誰よりも)
「……そこは、その。**一番、本当のことを歌ってる場所**だから、かな」
「ふーん? ……よくわかんないけど!」
輝羅々は、にかっと笑った。
「**本当が乗ってるダンスは、絶対に届く**よ。アイドル志望の勘、信じて!」
——踊りの先生は、太陽で、理論派で、そして本物のアイドルだった。




