表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/65

「熱海・温泉旅館へ」

誕生日配信から一ヶ月あまりが経ち、四月も終わりに近づいた頃。燈哉は暗い部屋の中、スマホを耳に当てていた。相手は叔父——Vmove'sの社長である。


『この時期は毎年、新人同士の親睦を深めるために社員旅行をやっているんだ。去年は参加させなかったが、今年はどうだ? いい休暇になるぞ?』


「休暇? 別に要らないですよ。というか、そんなものに参加したらバレる危険しかないでしょう」


引きこもって配信を続けてきたせいで、燈哉には平日と休日の区別すらない。そもそも「休暇を取る」という発想自体が欠落しているのだ。


『まぁ、せっかくだから来いよ。二泊三日で熱海の温泉旅館。経費はほぼ会社持ち、部屋は一人一部屋だ。こんな機会はそうそうないぞ?』


「……参加メンバーは?」


『一期からはソロモン、ソラ、サツキ、コノハの四人。二期はスイ、クロコ、サエ。三期はみなみ、ケイ、ソフィー。四期はミハネ、おうちゃま、キララ。五期は志穂ちゃん一人。——計14人。もう全員に確認済みだから、あとはお前だけだ』


「14人……」


知り合いは何人かいる。だが、14人を三日間騙し続ける(遥はすでにバレているのでノーカウント)のは至難の業だ。しかも温泉旅館という、最高に気の抜ける空間で。


(申し訳ないが、丁重にお断りしよう)


「やはり、今回の参加は見送りということで」


『そうか。三日間、女のフリをし続けるのはキツいか』


「そういうことです。では、失礼——」


『遥ちゃんと美咲ちゃんの頼みだと言ったら、どうする?』


「……え?」


『本当はこの旅行、一ヶ月前に決まっていて、君を参加させる予定はなかったんだ。だが一昨日、二人が「どうしても綾芽ちゃんを」と頼み込んできてね。旅館に無理を言って、部屋を一つ増やしてもらった。……あーあ。断られたら部屋も無駄になるし、二人も悲しむだろうなぁ』


「あの二人の頼みで、しかも部屋は確保済み? ……それ、卑怯じゃないですか?」


『私としても、君にはいい交友関係を築いてほしいんだよ』


「……はぁ。バレたら困るのは、私だけじゃなくて社長もですからね?」


『君なら大丈夫だろう? 私は君を信用しているよ』


「……最善は、尽くします」


『では、来海ちゃんも参加ということで!』


電話の向こうの声が、少し嬉しそうに弾む。


『燈哉くん。気の抜けない旅行になるかもしれないが——思う存分、楽しんでおいで。きっと、いい思い出になる』


最後のそれは社長としてではなく、一人の身内としての言葉だった。


 ◇


『令和6年度 社員旅行について(配信者の部)

開催日時:4/28〜4/30(二泊三日)/開催場所:熱海・松璃まつり旅館

当日午前10時、現地集合。交通費・宿泊費(食事込み)は本社が全額負担します。』


「あと一週間もないじゃないか……」


業務連絡を確認した燈哉は、ため息まじりに旅支度を始めた。


"絶対にバレてはいけない温泉旅館"が、幕を開けようとしていた。


 ◇


四月二十八日、午前九時。燈哉——もとい綾芽は、集合時間の一時間前に現地へ到着した。


熱海の中心地から少し離れた、和風のつくりが美しい宿。「松璃旅館」と書かれた木の看板と、数本の松が出迎える。


一時間前だというのに、すでに三番乗り。先客の二人は、何やら楽しげに話し込んでいた。


「今回の宿すごくない? 前回よりめっちゃ"和"って感じじゃん」


「そうだね。まぁ僕は、居心地が良くて、ご飯が美味しくて、温泉が気持ち良ければ何だっていいんだけど」


「あんたは内面ばっか気にするタイプだったね。……てか、配信外でも"僕"呼びのままでいいの?」


「僕は配信で素を出さないための徹底さ。君こそ、配信中に素の"うち"が出てリスナーに笑われたのを忘れたのかい?」


「うっ……だからあれ以来、日頃から一人称を"私"にする特訓中なのよ……」


(見たことのない顔だ……。関係者だとは思うが、話しかけづらい……!)


結局話しかけるのを諦め、綾芽はスマホを取り出す。——余談だが、この旅行のために燈哉はスマホケースを新調している。男女どちらが持っていても不自然でない、グレー×透明のやつだ。準備だけは、いつだって周到なのである。


その時。背後から、まっすぐこちらへ駆けてくる足音がした。


振り向くと——


「あ、莉音先輩、お久し——」


「あ、ちょっと待っ——!」


莉音が、飛びついてくる途中だった。おんぶを狙った腕が綾芽の肩にかかり、倒れまいと綾芽が踏ん張り、勢いを殺しきれなかった二人の顔が、正面から——


……重なった。


唇と、唇が。


「は、離れてくださいっ!」


「ご、ごめん綾芽ちゃん!!」


弾かれたように距離を取る二人。突然の事故に、当事者二人はもちろん、談笑していた先客二人の目もまん丸である。


「莉音!? アンタ何やってるの!?」


「まさか莉音って、そういう……?」


(なんで開幕零秒でこんなことになるんだよ!!)


綾芽は真っ赤になった顔を両手で覆った。


 ◇


「まぁ、ただの事故だ。莉音も反省している。綾芽君も、気を取り直そう」


「ご迷惑をおかけしました。私はもう大丈夫です」


「ったく、莉音はすーぐやらかすんだから〜」


「うっ……誠に、すみません……」


紺のシャツにベージュのズボン、黒のマッシュに赤いメッシュを何本か入れた、ホストにいそうなカッコよさの美少女が優しく場を収める。——北東南西ソラの中の人、海道柚木かいどうゆずきである。


その隣で莉音に呆れているのは、サラサラの長い茶髪に夏物の薄手の服を纏った、お姉さん味あふれる美人。——九頭如ソロモンの中の人、中洲朱里なかすしゅり。二人は最古参として、この旅行の引率を任されているのだ。


「まぁ、うちなら——じゃない、私なら、面識も薄い三十半ばのおばさんとキスなんて絶対嫌だけどね〜」


「た、確かに……。ごめんね綾芽ちゃん、穢すような真似しちゃって……」


しゅんとする莉音に、綾芽ははっきりと言った。


「け、穢す? 私はただ——綺麗な先輩にキスされて、照れてただけですよ。だから、もう謝らないでください」


「…………え。それってつまり、私とキスした事実が嫌ってわけじゃ、ない?」


「だから、照れてるだけですって。……恥ずかしいので、言わせないでください」


「私とのキスに、照れてるってこと!?」


「そうだって言ってるじゃないですか! 言わせないでくださいよ!」


(——何この子、可愛すぎか??)


一瞬で調子を取り戻した莉音が、にんまりと身を乗り出す。


「綾芽ちゃん可愛すぎ。ね、もう一回キスしよっか?」


「や、やめてください! 先輩は恥ずかしくないんですか!?」


「可愛い綾芽ちゃんとなら、何回だってできちゃうよ〜?」


(え、莉音って本気でそっちの人だった……?)


目の前の急展開に、朱里と柚木は顔を見合わせるしかなかった。


——まだ始まってすらいない、二泊三日。果たして燈哉は、この調子で乗り切れるのだろうか。

社員旅行参加メンバーリスト


一期

九頭如ソロモン

北東南西ソラ

神楽阪サツキ

古屋コノハ

二期

浜辺スイ

犬神クロコ

千羽サエ

三期

早坂みなみ

吉寧ケイ

ソフィア・ピュアライト

四期

明野来海

法々ミハネ

蒼山キララ

魂盛おうちゃま

五期

極同志穂

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ