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第7話 魔女のチョコレート 4

「フィリス・マギカ、お前にちょっと用がある。時間をもらえるか?」

「は、はいっ!」



 バレンタインの翌日、いつもより早く自室を出た俺は一直線に2年生の教室へ向かうと、半ば強引にフィリスを連れ出した。

 それでなくても大きな茶色い瞳が、まるで零れそうな程大きく見開かれる。

 その様子に思わず緩みそうになる頰をぐっと引き締めると、俺は足早に生徒達のざわめく廊下を歩き始めた。


 長い廊下を抜け階段を降り、目的地の研究棟にある自室へと一直線に進む。

 そして暫く歩いた所でフィリスの声に振り向いた俺は、彼女のとの距離が大分開いている事に気が付いた。


 

「エリアス先生!」

「フィリス? どうした?」

「あの、だってここは生徒は立ち入り禁止の場所だから……」



 確かにここから先は一般生徒の立ち入りが禁止された研究棟。

 無機質な建物の入り口で躊躇うように辺りを見回すフィリスに、俺は手を差し出した。



「何だそんな事か。私が一緒にいるのだから何も心配いらない。ほら、おいで」

「は、はい」



 おずおずと載せられた小さな手をぎゅっと握ると、フィリスは小首を傾げて俺を見上げる。

 まるで怯えた子供のような仕草に、俺はふと以前の夢の中の出来事を思い出した。



「……うっかりしていたが、フィリスはすぐ迷子になるのだったな」

「え……だ、大丈夫です! あれは単に夢の中だけのお話で……」

「そうか? だがもしこの研究棟で迷子になったら、フィリスは一人で私の部屋まで来れるのか?」

「う……そ、それは……」

「はは、じゃあこのままだ。さあ行こう」



 俺はフィリスの手を強く握ると、今度はエスコートするようにゆっくりと廊下を進んだ。

 階段を上がり幾つもの扉の前を通りーーーーやがて辿りついたのは俺の研究室のドアだ。



「ここだ。……開けるぞ?」

「え? は、はい」



 ガチャリとドアを開けた瞬間、フィリスが驚いた様に立ち止まり息を呑んだのがわかった。



「……すごい……!」



 四方を天井までの本棚に囲まれた俺の研究室は、中央に無骨な大きな机が置かれる。

 普段の山の様に積まれた魔道書や羊皮紙の巻紙に変わり今日机の上に鎮座するのは、所狭しと並べられた様々種類のチョコレートケーキ達だ。

 濃いチョコレートソースがたっぷりかかったケーキに、絞ったチョコレートのクリームが綺麗に飾られたケーキ。果物が乗ったチョコレートタルト、ナッツがぎっしり乗ったチョコレートのパウンドケーキ……

 むせ返るような甘い香りに満ちた研究室は普段の様子とは余りに違い、自分ですら一瞬驚くほどだ。


 俺は入り口で立ち止まってしまったフィリスの腰に手を添えると、机の前まで連れて行った。



「昨日はバレンタインという日だったのだろう? 教授室で話しているのを聞いてチョコレートを探しに行ったんだが、夜も遅い時間だったので空いてる店がなくてな」



 昨夜の依頼、とある研究機関での解読不明になった魔方陣の解析を終えた俺は、夜も更けた街をチョコレートを求めて歩き回った。

 しかし飲食店以外の殆どの店が鎧戸を下ろす中、幸運な事に唯一明かりが燈っていたのは小さなケーキ屋だったのだ。



「唯一開いてたのがケーキ屋だったんだ。フィリスの好みがわからないからチョコレートと名前につくケーキは全部買ってきた。どれか好きなケーキはあるか?」

「……エリアス先生もバレンタインをご存知だったんですか?」

「ああ、昨日聞いたばかりだがな」

「じゃ、じゃあ、その意味というか、どういう日なのかは……ご存知なのですよね?」

「好きな相手にチョコレートを贈るんだろう? マリー教授がそう言っていたぞ」

「そ、そうですが……」

「ほら、早く食べないと折角かけていた冷却の魔法が切れてチョコレートが溶けてしまうぞ。確かこれが一押しだとか言ってたかな」



 フルーツの載ったチョコレートタルトをフィリスに差し出すと、彼女は慌てたように抱えた紙袋からリボンのかかった箱を取り出した。



「あ、あの、待ってくださいエリアス先生、私も渡したい物があるんです。本当は昨日のバレンタインにお渡ししたかったのですが……。良かったら私のチョコレートも食べていただけませんか」

「ああ、例のチョコレートか。俺がもらっていいんだな?」

「勿論です!」



 どうやらフィリスも例のマリー教授のチョコレートを作っていたようだ。

 自然と上がる口角をぐっと引き締め頰を真っ赤にしたフィリスから箱を受け取ると、俺は早速リボンを解き蓋を開けた。



「あ、あの、ハートの形はミルクチョコレートで、丸い形のは中に刻んだドライフルーツの入ったトリュフです。それから四角いのがマリー先生の特製レシピの生チョコレートなんです」



 平たい箱には可愛く飾られたチョコレートが6個並ぶ。

 ハートにはフィリスが自分で描いたのだろうか、見事な薔薇が咲き誇る。トリュフは色とりどりのチョコレートでトッピングされ、そして例の生チョコレートは白い砂糖とココアが綺麗にまぶしてあった。

 鮮やかな色彩に溢れたフィリスのチョコレートは、まるで彼女の人柄を表す様に俺を楽しませてくれる。



「これは……すごいな。フィリスが一人で作ったのか?」

「ええ、でもその、フランさんのと違ってあまり大人っぽくはできなかったのですが……でも、味は自信があるんです! それに私、エリアス先生が元気が出るように、一生懸命おまじないをかけましたから!」

「元気になるまじない……? 魔女のチョコレートとは、食べた相手を魅了する効果のあるチョコではないのか?」

「魅了……? いえ、マリー先生が教えてくれたのは疲れが取れる回復系の呪文でした。だから私、最近エリアス先生は随分お忙しいようだから、少しでも疲れがとれますようにって……」

「……成る程。そういう事か」



 昨日のフランとかいう生徒が何故あんなに顔色を悪くしいたのか、俺は何となく理由が分かった気がした。



「……だがどうしてフィリスは昨日の俺とあの女生徒のやり取りを知っているんだ?」

「それは……あの、私昨日エリアス先生が教室にフランさんを探しに来たのを見ていて……。わ、私、フランさんと違って落ちこぼれだし、あんなに綺麗じゃないし、でも、これから色々努力しますから! 先生が私のステルス目当てだとしてもいいんです! ですからどうかお側にいさせてください!」



 泣きそうに瞳を潤ませて俺を見上げるフィリスはとても可愛らしいが、そもそも何か大きな誤解があるようだ。

 俺は溜息を吐き机の上にあるケーキの上に乗ったチョコレートソースのかかったイチゴ摘むと、それをひょいとフィリスの口に放り込んだ。



「んっ!?」

「確かチョコレートには緊張を和らげリラックスさせる効果があると昨日のケーキ屋の主人が言っていたぞ? フィリス、まずは落ち着け」



 大きなイチゴで膨らんだ頬が動くのを確認すると、俺は箱から例の生チョコレートを手に取った。

 昨日と同じように二つに割ってじっくりと観察してみるが、やはりフィリスのチョコレートからは魔法式が読み取れない。

 魔法の残滓すら全く分からないのだから、確かにこのステルスという特性は凄いと素直に思う。だが……

 割ったチョコレートを口に入れると、チョコの濃厚な甘みとフルーツの様な酒の香りが口の中に広がった。



「うん、美味いな。……フィリス、何か勘違いしているようだから言っておくが、まず俺が昨日教室に行ったのはお前を探すためだ。あの女生徒に声をかけたのだって、お前の居場所を聞くためだぞ?」

「えっ? だって先生は真っ直ぐにフランさんに声をかけてたし、彼女のチョコレートを食べていらっしゃったから……」

「それはたまたまあの生徒しか知ってる奴がいなかったからだ。それに俺はあのチョコレートは口にしていない。マリー教授の言う魔女のチョコレートというのが興味があったら、その場で割って中の魔法式を確かめただけだ」

「えっ?」

「それと後は何だ? 俺がフィリスのステルス目当てだと言ったか?」

「は、はい……。でも! それでもいいんです! 私は……」



 俺は大きく溜息を吐くと持っていたチョコを机に置き、フィリスの頬を両手で挟んだ。



「フィリス、落ち着いてよく考えろ。そもそもの大前提としてステルスを発揮するには何かしらの魔法を使う必要がある。そうだな?」

「は、はい」

「確かに私が構築した魔方陣をお前が発動させれば、理論上ではどんな魔術も完璧に隠蔽できる。だがそれはあくまで理論上の話。……フィリス、お前の魔力量では俺の構築した魔方陣を発動させるのは無理だ」「え?」

「普段フィリスが安眠グッズとやらにかけているのは入眠、もしくは導眠の魔法だな?」

「え? は、はい、その通りです」

「以前お前が魔力切れに陥った時に使った魔法、あれは恐らく夢を操る魔法で中級程度の魔力量を必要とする」

「はあ……?」

「そして世間一般的に『魔術師』と呼ばれる人間が使う魔術は高等、もしくはそれ以上だ。……つまり中級程度の魔術で魔力切れになるようでは、フィリスには俺の構築魔方陣をする発動することは出来ないって事だ」

「あっ……!」

「わかったか?」



 俺は笑いを堪えると、恥ずかしそうに俯き顔を赤らめたフィリスの頭を撫でた。



「じゃ、じゃあなんでエリアス先生は私なんかを……」

「なんでと言われると困るな。だがそんな泣きそうな顔をするな。俺はお前のふわふわと笑う顔が好きなんだ。……さあ、もういいだろう。チョコレートが溶けてしまう」

「きゃっ!?」



 俺は有無を言わさずフィリスを抱き上げると、そのまま机の椅子にどかりと腰を降ろした。



「お前が俺の事を一体どう思ってるか大いに疑問は残るが、今大事なのは目の前にあるチョコレートだ」



 俺はそこで言葉を区切ると、膝の上のフィリスを覗きこんだ。



「……俺に直接食べさせて欲しいか? それともフィリスが俺に食べさせてくるのか?」



 ニヤリと笑う俺を見つめ返すフィリスの顔は真っ赤でーーーー俺にはチョコレートより美味そうに見えた。





このお話にて完結です。

お読みいただきありがとうございました(*^_^*)

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