第三部 第五話
基地は大歓声に包まれていた。
2隻の宇宙船はドックの中に入れられ、これから調査と整備をすることになる。
モバイルで見ている限りヒロインはスーパーガールだったが勿論、この中に姿はない。
このヒロインが誰だか知っているのは1部の人間だけ、
ただ一緒に打ち上げられたクルー達が
沙希を取り囲んでお祭り騒ぎをするのは異様なことだ。
それともう一人セリナに技術者達が群がる。
地上からの命令でエアーパックを着換えないでそのまま地上に降りて来ていた。
早速ベルトの機能を調査している。
「あとでいいだろう」
とセリナを救い出したのはジョンだった。
彼らから逃げるように沙希の元へ走ったセリナは沙希に抱きついた。
皆が見ている前だったが我慢が出来なかったからだ。
恥も外聞もなくキスをする。そして腰砕けになるのはいつものことだ。
後ろから支えたのは杏奈と沙里奈。元気一杯で立ち上がるのも変わらない。
皆驚きで見ているだけだ。女同士の濃厚なキスも何の嫌らしさを感じない不思議な光景だった。
オルガー所長が沙希に固い握手を繰り返す。余程嬉しかったのか。
これを見て推理すればサキのやったことを・・・
そしてあのスーパーガールの正体が誰なのかは自ずから判ることだ。
故障船のクルー達は精密検査のため入院することになったが
救出船のクルーと沙希は簡単な検査で無罪放免となった。
沙希のヨーロッパへの招待はジョージから伝えられ、
「何だかこれからも忙しくなるわね、パパ」
沙希はそう言っただけだが、この旅行を楽しみにしたようだ。
「サキ!お願いがある」
「なあに、叔父さん」
スコットがサキの前に来て言った。
「君のことだから、何も言わなくても判ると思う」
「セリナに作ったエアパックのことね」
「そうだ、君はまだ自信がないと言った。じゃあ、自信があるように作り直してくれないか」
「いいわよ、でも今日は駄目!先約があるから」
「先約?」
「ええ、セリナの手料理をご馳走してもらうの」
スコットもモバイルの画面からセリナの気持ちがわかっていたから
「そうか、じゃあ明日必ず」
「わかったわ」
「それと完成したエアパックは、このNASAで作らせてほしいんだ」
「そうね、あんなのどこででもって言うわけにはいかないものね」
「サキ!出来れば今、契約とかの問題でシズカと話したい」
「わかった・・・瑞姉!」
と瑞穂を呼んでモバイルを受け取り、静香専務を呼び出した。
「沙希!・・・もうあなたって人は・・・」
「えっ?」
「モバイル・・・見ていたわよ」
「本当?」
「ええ、沙希の様子を聞こうと思ってスイッチをいれたとたんでしょ。
もう皆、パニクッてしまってあちこち連絡したあげく
こちらでモバイルを持っている人全員が見ていたみたいなの」
「でもIDが・・・」
「ううん、どうしてか判らないけどIDなしに見れたわよ」と
沙希が振り返るとゆりあの通訳で内容が判ったのか
ジョンとスコットがニヤニヤと笑っている。
「叔父さん!」
とプッと膨れる沙希、皆を心配させないため黙っていたし、
わざとIDを使って通信していたのに・・・NASAがやったのだ。
モバイルを持っている全員が見れるように。
「だって仕方がないじゃないか、クルー達の生命の危機はなかったし、
この救出劇を見る為に君を知っている・・・
モバイルを持つ者だけに見れるようにしたんだ。
こんな素晴らしいものを見られる特権って必要だからね」
「お婆ちゃまに叱られちゃう」
「小沙希ちゃん!言うことはそれだけどすか?」
「えっ?」
吃驚した沙希の顔に
「小沙希ちゃんの驚いた顔・・・うち、少し溜飲が下がりましたえ」
「お婆ちゃま!」
「おほほほ・・・それそれ、その顔・・・可笑しおまっせ」
「だって、そこって・・・」
「ほれ・・・」
とモバイルで周囲を見せる。高弟達や真理ママ、希美子や看護師の弥生等
家族達が全員揃っているのだ。
「みんな!」
「沙希!見たわよ・・・」
全員が声を揃えて叫んでいる。
「じゃあ、そこって京都の家?」
「そうよ」
という声にかぶさって
「ハアイ!」
と言う声が聞こえた。モバイルが顔を映す。ケイトだ。
「サキ!あんたって相変わらずだね。というより派手だったわねえ」
「ケイト!お腹は?」
「あと2~3週間ってとこかな」
「私帰れないけど、ごめんね」
「なにを言ってるのよ、そんなこと心配しないで・・・
はいはい、ママ・・・人が話しているのよ、邪魔しないで・・・わかったわかった。
サキ!ママが代わってくれって」
「ママが?」
「ハアイ、サキ、あなたを映画やテレビの録画でみたけど、
こうしてお話するの初めてだから、何だか緊張しちゃうわ」
「どうしてよ、ママ!私もママの娘よ。娘に対して緊張したりするのっておかしいわよ」
「サキって本当、話に聞く通りの子ね。嬉しい・・・」
「ねえ、ママ。後で連絡するからゆっくりとお話しましょ」
「わかったわ」
「静姉と代わってくれる」
画面が静香の顔を映す。
「沙希、何事?」
「あのね、モバイルで見たと思うけどセリナの着ていたエアパックのことで
スコットが話があるって」
「わかったわ、代わって・・・」
モバイルをスコットに渡すと沙希は大きく伸びをした。
周囲は家族達が取り巻いており、皆話を聞いていた。
エアパックを外して技術者に渡したセリナはもう着換え終わり沙希の横にいる。
姉妹達がニヤニヤ笑っており、カアッと頬を赤らめ恥ずかしがるセリナを好ましく見ていた。
モバイルでの打ち合わせはスムースに終わり、契約と調印は静香自身、
ワシントン支局の立ち上げに来る時に行なうことになった。
「ねえ、静姉。私この2~3日のうちにヨーロッパに1ヶ月行くことになったの」
「それは聞いているわ。政府の方から連絡があったから。
それとさっきモーガン大統領から連絡があったわよ」
「えっ?大統領から?」
「日本の家族に沙希の功績を称えてのお礼なの。
それと何でもヨーロッパからアメリカに帰ってきたとき称号を与えるって聞いたわよ」
「えっ、恥ずかしいなあ、称号だなんて・・・もうハリーったら」
「あははは、仕方ないよサキ!あんたはそれだけのことをしたんだから」
と横からケイトが顔を出して言う。
「あっ、そうだ。私がヨーロッパに行くときに5人・・いえ、6人のお姉さんと
私の娘が日本に行くからよろしくね」
「そのことはジェシーから聞いているから、心配しないで」
「沙希!言うのが後になったけど、今日無事にチェとジャクリーヌが着いたから」
「じゃあ、2人は?」
「今、下の温泉に翔ちゃんと入りにいってる」
「ジャクリーヌの体のことくれぐれもよろしくね」
「そんなこと気にせずにきちんと仕事をするのよ。
変なことに巻き込まれてはだめよ。もし、そうなったら逃げることね」
「は~い」
ぷっと膨れてスイッチを切った。
「もう、私を子供扱いにして・・・」
「あははは・・・サキ!子供のほうがまだ扱いやすいと思うよ」
「もうパパッたら」
いっそうにホッペを膨らませるサキに皆大笑いだ。
その中で一人戸惑っていたのがセリナだ。
こんな子供のようなサキがあんな凄い人間だとどうしても結びつかないのだ。
けれどこんな可愛らしさにキュンと母性本能をくすぐられたのも本当だ。
「ねえ、セリナ」
と声をかけたのはセリナも知っているハリウッドの天才女優コーデリア・ビーナスだ。
「あなたも私達と日本へ行くのよ」
「日本に?どうして?」
「今日、サキを泊めるんでしょ」
ビクッとして真っ赤になる。頷いたのはしばらく時間がたったときだ。
「サキと寝たらよくわかると思う。ねえ、エバ」
「教えてあげるけど、もうそれは凄いんだから・・・」
「そんなに?」
言葉だけでもクラクラしちゃう。
「最後、気が遠くなるときに出来たって確信するの」
何を?っと聞かなくても判る、妊娠のことだ。
「だからね、6人で行くの」
「じゃあ、さっき私の娘って言ったのは?」
「あなたの1歳の子供のことじゃない」
ぐっと来た。
「優しいでしょ、サキって・・・」
唇を思いっきり噛み締める。でないと嗚咽がもれそうだ。
★
帰りに基地内のスーパーに寄る。沙希とする買い物。
こうしていると沙希って本当に子供っぽい・・・というより子供そのものだ。
スーパー内を走り回ったり、お菓子をほしがったり、試食品は必ず食べている。
ちょっと目を離すといなくなる。
何をしているかと思うと子供達と仲良く遊んでいるのだ。
どうしても宇宙でのあの沙希とは結びつかない。
車に乗る頃はもうヘトヘトに疲れてしまった。
けれど何故か心地よい疲労だ。
家は少し基地から離れた大きな家だった。
「ただいま!」
「お邪魔します」
と2人して買い物袋を持って玄関を入る。
出迎えたのはセリナの両親だ。
ママがアリサを抱いて、パパはニコヤカに出迎えた。
「パパ、ママ・・・ただいま」
素早くパパの頬にキスし、ママにもキスをしてアリサを抱くセリナ。
こうしてみたらとても素敵な家族に見えるが、
家の中の空気が鈍よりと澱んでいるのを沙希は見逃さなかった。
「サキ、父のデイブよ。そして母のマーガレット。
彼女はサキ・ハヤセ、素晴らしい人よ」
「ようこそ、来てくれて嬉しいよ」
というデイブにサキから抱擁する。マーガレットにも同じだ。
目をパチクリして驚いている。初めて会ったのにこんな抱擁。
こんな少女には初めて会った。
サキは気にせずセリナの抱くアリサに向かい合った。
すると
「きゃっきゃ」
サキに向かって笑いながら大きくジェスチャーをする。
「まあ、この子は・・・こんなこと初めてよ、サキ。
人見知りが激しくて困っていたのに」
「別に人見知りじゃなくてよ、セリナ。・・・アリサはね」
と両手を出すと身を乗り出してサキに抱かれにきた。
「アリサは、必死に話しかけていたんだけど
誰も真剣に聞いてくれなかったのでちょっと拗ねていただけ・・ねえアリサ」
3人は呆然とこの少女と小さな赤子を見ていた。
サキが言ったことでアリサがサキの頬に『プチュ』とキスをしたのだ。
「ねえ、アリサ。私は誰?」
すると即座に
「ちゃちゃ」
と言ったのだ。
「じゃあ」
とセリナをさして
「この人は?」
「マンマ」
ママといったのだ。
セリナの目から涙が溢れる。
「この人は?」
デイブを指差す。
「ジ・・ジ」
「この人は?」
「バ・・バ」
このアリサの反応に3人は大騒ぎとなった。初めて意味の判る事を言ったのだ。
デイブとマーガレットはサキを改めて見て
「サキ・ハヤセ、あなたは不思議な人だ」
といった。
「私は普通の女よ。ねえアリサ」
するとアリサがサキに向かって何かを言っているようだ・・・
いやそのように見えた。
「駄目ですねえ、アリサは。そう、判ってもらえなくて癇癪をおこしたの」
「サキ!アリサは何て言ったの?」
「悪戯をしたの。誰も判ってくれないって癇癪をおこしてね。
ねえデイブ、アリサを許してくださいね」
「アリサを許す?」
なにを言っているのかわからない。
「アリサがあなたの大事なパイプをホラ、
暖炉の隅の小さな穴・・・あの中に隠してしまったの」
「パイプを?」
と言って立ち上がって暖炉の隅の穴の中を懐中電灯で照らした。
「あっ!」
立ち上がったデイブの右手にはパイプが握られている。
「本当でした。あなたのいったこと」
「アリサは嘘はいいませんわ。
ただただママとジジとババにアリサ自身を見ていて欲しかっただけなんです」
アリサはサキに一生懸命何かを訴えている様子だ。
「ねえ、アリサ。それってとても大事なことよ。わかった。ちょっと待ってね。
うん、いたわ。
・・・・よし、これでママとジジとババに以前の笑顔を取り戻してあげられる」
もう2人は本当に会話をしているんだと納得してしまう。
この子は天使・・・3人の目にはサキが背中に大きな真っ白い翼がある天使に見えるのだ。
「じゃあ、アリサ。ママと仲良くしてもいい?
・・・うん、弟と妹よ・・・仲良くしてね。うわあ、うれしい・・・
じゃあ、いいもの聞かせてあげる。日本の横笛よ」
といってアリサをセリナに渡す。そして掌を上にすると忽然と現れる1本の横笛。
『翔龍丸』だ。
こんな信じられない現象に思わず固まってしまうパパとママ。
セリナは慣れているので平然としているがアリサは喜んでいる。
ゆっくりと唇をつけると静かな曲が流れ出した。
生まれて初めて聞く音色、東洋の曲のようだがだが聴いたこともない3人に・・・
いや4人の心に深く深く入り込んでくる。素人にも天才だと判る吹き手、
セリナもパパもママも知らず知らずのうちに涙を流していた。
これは・・・・神だ・・・デイブとマーガレットは十字を切った。
曲が消える・・・・窓の外は小さな光が無数に天に昇っていった、
「セリナ!この人は?・・・」
「天使よ・・・神の子でもあるの。そして私の大切な人」
その言葉でこの少女とセリナとの関係がわかった。
「だが、この人は女性だよ」
そんなパパの言葉に
「うふふふ」
と笑う。
「パパとママ・・・正直に言うわ。私、今日この人に抱かれるの。
そして来年にはこの人の子供を産むわ。
男女の一卵性双生児よ。アリサの弟と妹」
2人は立ち上がってしまった。なんとこの美少女が・・・
サキが言う
「デイブ!・・・マーガレット!・・・聞いてください。
日本で1000年続くアマゾネス・・・
男の世を・・血の歴史をやめさせる為に創られた、
女しか産めぬ女だけの悲しい一族、それが私が属するアマゾネスの一族・・・
血を残すため嫌な男に抱かれて子孫を残し、
1000年も続けた歴史、そして私が生まれました。
私90%は女だけど10%は男なんです。
今日本には子供を産んだ妻が9人、子供が18人、
別に妊娠している妻が6人います。このアメリカに来て5人の妻ができました。
私の子供は不思議なことに全て男女の一卵性双生児なのです。
私は・・・私は女性が大好きです、女性しか愛せないのです。
そんな私ですが・・・セリナが好きです。大好きなのです。愛しているんです。
セリナを妻に迎えることを許していただけないでしょうか」
セリナはそっと手をサキの上に重ねた。
頬を流れる涙をそっとわが子・・・アリサが拭ってくれる。
生まれて初めて味わった人のぬくもり・・・サキからほんのりと流れてきた。
「わからん!わしにはわからん。しばらく考えさせてくれんか」
パパは2階に上がってしまった。
「サキ・ハヤセ」
「サキでいいです」
「わたしは貴女の味方ですよ。私も女ですからね」
「ありがとう、ママ」
そういうサキを驚いたように見るマーガレット。
「セリナは妻だけど、姉でもあるの。
それが我一族の掟、だから妹である私にとって貴女は私のママなのよ」
戸惑いはあったもののこの子は私の娘・・・
そう思うとたまらなくなって腕を回して抱いてしまう。
家族のぬくもり・・そう忘れていたあの半年前の悲しい夜から・・・。
「ねえ、サキに美味しいものを作るからアリサを見ていてくれる?」
とアリサを渡される。
「ねえ、セリナ。大丈夫?」
とアリサを抱いてセリナに聞く。
「酷い!・・・まあ見ていなさいって」
と言うハナから
「ママ!手伝って」
という。やっぱりと言う顔でアリサと顔を見合わせた。
きゃっきゃ、きゃっきゃと喜ぶアリサ。
しばらくしてキッチンから
「サキ!」
とサキを呼ぶセリナの大きな声。行ってみると腰に両手を置いて何やら怒っている。
「こら!サキ!・・・これは何よ!」
と買い物袋を指差す。
「お菓子ばかりじゃない。スーパーで駄目だっていったでしょ」
「ウェーン・・・ごめんなさい」
と首をひっこめて謝る。
「ほんとにあなたって・・・・しょうがないわねえ・・・ねえママ」
マーガレットは可笑しそうに大声で笑い出した。
「どうした」
と2階から降りてきたデイブがマーガレットの笑い声でキッチンに顔を出した。
サキがいたのにドキッとして、顔をそらすようにしてマーガレットを見る。
「だってパパ、
サキってスーパーであれだけ駄目っていたのに隠れて・・・これを見てよ」
とバサっと買い物袋を逆さにする。
山のようなお菓子の山・・・これはもう・・・あきれてサキの顔を見ざるをえない。
両手を腰に置いて怒り心頭のセリナ、首を縮めるように謝るサキ・・・
たまらなくなってデイブも笑いだした。
デイブもマーがレットも笑っているのに調子にのったか
「ねえ、パパ!聞いて聞いてセリナ姉さんて酷いのよ。
私が買い物篭に入れているのに次から次から棚に戻しちゃったの」
いつのまにか笑い声が止まっていた。
デイブとマーガレットとセリナの驚いた顔がサキをみつめる。
さっきから幾度驚かせられたのだろう・・・これは・・・テスだ。
半年前に死んだ筈のテスだ。いまの話し方・・・お菓子好き・・・テスそのものだ。
でも・・・・
「どうしたの?ママ・・・パパ・・・セリナ姉さんまでも」
「あなた誰?・・・サキ?・・・もしかしたらテス?」
「私?・・・私はサキよ。テスはここ」
と左の掌を開けると小さな赤い光が1フィートほど浮かび上がった。
「これがテスよ。・・・ねえ、テス。姿を現して・・・・」
ぼんやりと人の形にかわる。
サキよりも少し若い可愛い少女だ。
何か言っているようだが声が聞こえない。
サキが人差し指噛むと小さな血が出てくる。
それを口に含んでふっと振り掛けると
「パパ、ママ、セリナ姉さん。会いたかった。
いつもいつもそばにいるのに気づいてもらえない。・・・悲しかったわ」
「テス!」
3人の叫び声・・・テスに抱きつこうとするがすり抜けてしまう。
「パパ!ママ!哀しまないで!・・・パパ達の悲しみに私、天に上れないの」
「わし達のせいでお前は神の元にいけないのか?」
「そうよ、私は寿命だったの。すぐに天に上るはずだったけど
パパとママの悲しみのバリアでこの家に閉じ込められてしまっていたの」
「そうか、わし等のせいだったのか」
「ううん、それでも嬉しかった」
「寂しい思いをさせたのね」
「そうでもない。アリサがね。いつも遊んでくれたのよ。ママ」
「アリサが?」
驚いたようにセリナがいう。
「子供には私達のようなものが見えるのよ」
「じゃあ、スーパーでのサキって」
「ふふふ・・プリンセス・サキって天然なの。
さっきは私に感応されたけど、わざと自分を解放されていたもの」
「プリンセス・サキ?」
「そうよ、現世の人には判らないけど
プリンセス・サキはこちらの世界では最も有名なお方なの。
だって神の力が宿っているお方だもの。
ねえ、パパ。セリナ姉さんがプリンセスの奥様になるのを許してあげて。
だってプリンセスの奥様になるって凄いことですもの」
「ありがとう、テス。あなたの力添え凄く心強いわ」
「何をおっしゃいますプリンセス・・・やはり貴女は噂通りのお方・・・
プリンセス・・・お願いがあります。私を・・・私を天にお導きください」
「わかったわ・・・もうお別れはいいのね」
「はい、パパ、ママ、セリナ姉さん、アリサ。天でみんなを見守っています」
サキの真言が始まった。
すると表が明るくなって誰かが窓から入ってきた。
「マア・・・あなたはマリア様・・・」
テスが言うのを聞いてお顔を見る。こんな奇跡起こるものじゃない。
思わず胸で十字をきって両手を合わせる。
「マリア様・・・あなた自身がこられるなんて」
「おほほほ、プリンセスのことは日本の仏から聞いております。
だから私は貴女がこの国に着てからの事つぶさに見ておりました。
さすがにプリンセス、ハワイでのあの事件から今日までそれはそれは大活躍、
こちらの貴女の守護の者右往左往で今は倒れこんでおりますわ」
「私の守護者?」
「一番位の高いのがエブラハム・リンカーンですの」
「えっ?あの偉大な大統領の?・・・・そんなあ~」
「何をおっしゃいます。プリンセスはこの宇宙そのものが使わした、
たった一人の人間、神よりも位が高いのですよ」
「それは言わないでください。私は普通の人間です。
身体には赤い血が流れている普通の人間なのです。
力があるのは人を助けるために必要と思うようになりました。
けれど特別な目で見られるのは嫌です」
「おほほほ、やはり貴女は噂通りのお方・・・
これ以上の長居はご迷惑でしょうから私は消えます。
ではまいりましょうか」
とテスを促した。
「プリンセス・サキ・・・パパやママ、そして姉をお頼み申します」
といって体が光り、小さな光の集合体になり、その光が窓を通り抜け
天に上っていく。見たこともない・・恐れ多い出来事だった。
3人は表に飛び出して天を見ていた。そのうち星の一つがキラリと輝いた。
3人が戻るとサキはアリサと遊んでいた。
こう見ると本当普通の人間だ。でもさっきのことを思うと恐れと敬いがあった。
「やめて!そんな目で見るのは・・・私はパパとママの娘よ。本当の娘よ」
といってデイブの肩に顔を寄せる。
次にはマーガレットの胸に顔を押し付けて泣き出した。
「そうねえ・・・そうよね。あなたは娘・・・何と言ってもママがお腹を痛めた娘だわ」
「そうだな。サキは私の娘だ。本当の娘なんだ。その娘を俺が守って何が悪い!」
とパパがサキの頭をくしゃくしゃと撫で回す。
「もう、やめてよね。サキは私の妹だけど旦那様でもあるんだから」
とパパとママに訴えるセリナ。
「あら、セリナ姉さんがパパとママに嫉妬してる」
からかうサキ。
「サキがそんなことを言う・・・わかった!」
とキッチンへ消える。
次に両手にお菓子の山を抱えてゴミ箱に捨てようとする。
「ひゃ~やめて!大事なお菓子を・・・」
とアリサをママに預けてセリナに飛び掛って、お菓子を取り戻そうとする。
まるで子供の喧嘩だ。パパもママもニヤニヤ笑って止めようともしない。
アリサは紅葉のような手で拍手をしていた。
深夜2人はベットの中にいた。アリサはママが預かっている。
稚拙な性戯しか知らなかったセリナにとって本当の女になった瞬間だ。
津波のような怒涛の絶頂感がセリナを襲い翻弄した。
地の底に引き込まれていような感覚・・・
味わったことのない幸福感が自身を支配する。
その瞬間に誰もが感じる妊娠を確信したのだ。
朝、家の中がバタバタしていた。
パパとママがこの年になるまでどこにも旅行をしたことがないと知って
サキが旅行をプレゼントした。
セリナ達と日本に行けというのだ。無論、パパは京都の家には泊まれない。
でも近くにホテルがある。骨休めにはもってこいだ。
基地に戻ると皆が待っていた。一緒に日本に行くジェシー達にパパとママを紹介するセリナ。
無論大歓迎だ。パパとママも嬉しそうに笑っているが、その顔ぶれの豪華さには驚いていた。
サキは技術者たちに研究室に連れてこられていた。
レオタードはマネキンに着せられ、ベルトもインジケーターも付けられていた。
昨日からこのエアーパックを研究していた技術者たち、
図面もないこの装置の精密さにはお手上げの状態だ。
ようもこんな物、無の状態から作れたものだ。
彼女の頭の中を調べた方がいいのかも知れない
この見本を一から全てを解析するには技術者達、昼夜の勉強が必要となるだろう。
サキが持ち出した部品は全て備品倉庫に戻されていた。
倉庫の係りがサキの前に立ったときはどきりとした。
「これが所長から渡されたフリーパスのカードだ。
これさえあれば基地内はどこでも入れる。備品倉庫さえもだ。
ただし、部品を持ち出すときは必ず書類に書き出すこと。いいね」
ブスっとしていうと回れ右という号令がかかったようにして出て行った。
「はい」
と返事をするサキは申し訳なさそうに首を縮めたままだ。
サキの昨日の功績が大きかっただけにこの姿とのギャップに技術者たちは、
腹を抱えて笑いだした。
エアーパックの改造はサキが備品倉庫の部品を探すことから始まった。
時間がなくてあまり能力のない部品を使っていたことで、
自信がなかったエアーパックも最先端の部品を使うことでぐんと能力が向上する。
バッテリーパックも倉庫で眠っていた10時間以上使用可のものを見つけることができた。
ただサキの後ろであの係員が目を光らせていたのには参ってしまった。
一緒に付き添っている技術者達にはクスクス笑われる始末だ。
こうして手じかに部品があったことで短時間で改造を終えた。
「あとは真空の中での実験だけですね」
「はい、早速準備をしてデーターを取ることにします」
「じゃあ、後はよろしく」
「あのー、モバイルのバージョンアップ早いところお願いしますね」
「わかりました。あっ、それからエアーパックのレオタードですけれど
縫製は全て衣装部のサリーおばさんが全てやってくれましたから
彼女に聞けばいいです。レオタードにしたのはただの私の趣味ですから」
「いえいえ、僕達もそれに準じますよ。あんな素敵なものありませんからね」
と握手をして開放された。セリカは無論姉達も何人かは付いて回っていたので
話を聞いていたセリナに腕の皮膚を捻られてしまう。
「サキったら・・・あれってあなたの趣味だったの?」
「そうよ、だって素晴らしいじゃない。
セリナ姉さんて生身もいいけどレオタード姿って目が眩む眩む」
「私凄く恥かしかったんだからね」
「でもバレエをやっているから平気って言っていたじゃない」
「嘘よ、あんな場所でそう言うしか仕方ないでしょ」
「本当にセリナ姉さんて外面がいいんだから」
「こら!サキ!」
「キャー姉さん達、セリナ姉さんが苛める」
と姉達の間を走り回る。そのにぎやかさに姉妹達は大笑いだ。
サキは走り回って少し離れたところでセリナの方に向き直ると
「セリナ姉さん!レオタード姿って格好よかったわよ。
私スーパーガールのレオタードの下のおとこの部分が反応するのを
抑えるのに必死だったんだからね」
と言ってクルリと振り返って廊下の端で待つ家族の方に走っていった。
「もうサキったら、しょうがない子」
「セリナ!あんたも私達と同じね。サキの子供っぽさに引っ張りまわせれるのは」
「だって・・・」
「でも、気をつけなさい。少しでも油断するとあの子のお芝居にひっかるから」
「お芝居?」
「そうか、セリナはサキの一面しか知らないのね」
「ええ、コンピューターの天才ってことと不思議な魔術を使うことぐらいしか・・・」
「それはあの子の一面でしかないの」
コーデリアがそう説明する。いくら宇宙馬鹿の世間知らずのセリナでも
このハリウッドの天才女優のことは良く知っている。
そのコーデリアと姉妹になるってことサキを愛することで生まれた家族の絆なのだ。
人をこうして引きつけるサキって凄いって思ってしまう。
「あの子がどうしてこのアメリカに来たと思う。
まさかNASAの招待だけって思っているんじゃあないんでしょうね」
「えっ?違うの?」
「違うわよ。あの子の別の一面ってね。アキア・ヒノというスクリーンネームを持つ女優よ」
「女優?サキって女優もしているんですか?」
「ただの女優ではないわ。とんでもない天才女優よ」
「でも天才はコーデリア、あなた・・・」
「違うわよ。私なんて足元にも及ばないわ。きっとあの子世界を制するわよ」
「そんな子なの?・・・」
頷くコーデリア・・・何か泣きたくなったが、いやいやと首を振る。
「違うわ!」
「えっ?何が違うの?」
「私がセリナに言いたかったのはそんなことじゃないの」
「えっ?」
「サキには気をつけて」
「どうして?」
「これ、日本のお姉さん達に注意されたんだけど、
サキって天才なだけに自分のお芝居に引きづり込んで喜んでいるって」
「お芝居に引きづり込むって?」
「日本の家族でカオル・サオトメという日本で天才女優のお姉さんがいるの。
そのカオル姉さんがいっているらしいけど、
お芝居って判っていてもどうにもならないって、
どうしてもかなわないって言っているのよ」
「まあ・・・」
「サキって子供でしょ」
「うん、昨日よーくわかった」
「えっ?」
「昨日ね、スーパーにサキと一緒に買い物に言ったら
あの子ったら買い物籠にお菓子をこれでもかって入れているから
私片っ端から棚に戻してやったの。
でも帰ったらお菓子の山よ、隠れて買ってきたって」
「大変な子よね」
ヘリの出発まで時間があるのでサキとルーク監督はワシントンへ帰るため、
所長達に挨拶に行っているので、
楽しそうに話をしているコーデリアとセリナの周りに
姉妹達やアリサを抱いたママとパパが椅子を持って集まってきた。
そこで
「ねえ、ひづる。あなただけサキのお芝居に引っ掛からないって聞いたけどどうして?」
と聞く。ひづるはゆりあの通訳で答える。
「サキ姉さんて子供なの。私より子供なのかもしれない。
子供のことは子供が良くわかるの。でもこれって誰もじゃないわ。
私の周りには大女優の圧絵おば様も薫姉さんも沙希姉さんもいる。
そんな人って誰もいないでしょ。だからかもしれない」
「ひづるはね、セリア。天才子役よ」
「天才は沙希姉さんよ」
「ううん、あなたも天才に違いないわ。今度の撮影で良くわかったもの」
とコーデリアは隣にひづるを呼んで抱き寄せる。
「沙希姉さんのお話ならこんなことがあったわ」
と警察官の姉にお芝居を見破られたことがあったけど、
それ以上のお芝居でその姉とおまけに早乙女薫まで騙したしまった。
気づいたひづるに誰も判らないところから舌を出してウインクまでした
話を聞かせた。
「ふー・・大変な子ね」
「でも、騙したといっても悪意はないからね」
とゆりあがひづるの言葉足らずのところをカバーする。
「わかっているわよ。ただ面白がっているだけでしょ」
「うん」
「ねえ今の聞いたでしょ。私達も気を付けるのよ」
「わかった」
「充分過ぎるほど気をつけても、沙希によって舞台の上に上がっているわよ」
杏奈がいう。目を白黒する沙里奈、初めて聞いたのだ。
「でも、どうしてあんな凄い子が産まれたのかしら」
ソフィーが言った。
「あっ・・・それ・・・」
とつい口についてしまったセリナ。
「どうしたの?」
と聞くので話していいものかどうか迷ってしまい、
両親を見る。パパが目を閉じて聞いていたらしいが
目を開けるとセリナを見て頷き、
わしに任せておけというように口を開いた。
「セリナが話すよりわしが話したほうがいいだろう。
実際この目で見たことだが今でも自分の目が信じられないのだ。
私の娘・・・セリナの妹でテスというのだが
長い間の病気が悪化して半年前にとうとう死んでしまった。
それ以来、家の中が悲しみで暗く沈み込み笑顔がなくなった。
何をしても楽しめない。昨日だってセリナの大事な日だったのに、
基地にくることなく、家の中に引っ込んでいた。
そんなときだ、セリナが東洋の少女を連れてきたのは。
サキ・ハヤセ・・・不思議な少女だった。
家の中のどんよりとしたものが、
あっという間に消えうせキラキラした光が家の中を照らしているんだ。
セリナとお菓子の取り合いで平気で喧嘩をしているし、
セリナの下手な料理の腕もからかいもしている。
初めて来た家で遠慮もせず昔から住んでいたように自然に振舞っているんだ。
おまけに孫のアリサと会話をしている不思議・・・でたらめな会話ではない。
アリサが癇癪を起こして隠したわしのパイプのありかも教えてくれた。
そして・・・そして、わし達が悲しみの檻に閉じ込めていたテスの魂を
わし達に逢わせてくれたんだ」
「パパ、後は私が話すわ」
とセリナが引き継いだ。
「テスの魂を天に上らせるわ・・・とサキが不思議な呪文を唱えたら、
家の中に現れたのがマリア様だったの」
「マリア様が?」
と立ち上がったのは東洋人以外だったのはやはり宗教の違いか?
皆が驚いたように立っていたが相手はサキである・・・
さもありなんと徐々に椅子に座っていく。
「もう目を疑いました。でもテスが一番驚いていました。
だってそうでしょ。マリア様が自らテスを迎えに来ていただいたんですもの。
でもマリア様はサキと話をすることが目的だと言っていました」
「サキと?」
「話をする?」
みんなの目が日本の姉妹達を見回す。
ゆりあが言った。
「日本の姉妹達は今の話を聞いて誰も驚いていないでしょうね。
実は仏・・・日本の神がサキに逢いに毎日のように来られるのです。
時には叱りに・・・時には文句をいいに・・・
だってサキったらいろんな事件に巻き込まれるでしょ。
その都度サキの守護者や神が忙しく働かされ身が持たないって。
それとサキったら自分の力は強すぎるから弱くしろって
世界中の女性のDNAにサキの力を制御できるよう振り分けさせたんです」
「じゃあ私達にも?」
ゆりあは頷いてから
「それも1度ではないです。都合4度・・・
さすがに神はもうこれ以上はできないってあきれ果てられました」
「なんか無茶苦茶ね」
「でもサキらしいって言えばサキらしいわ」
「それから?」
セリナに続きを促す。
「不思議なのはマリア様がサキに対して敬語を使っていたのです」
「サキに敬語を?」
「どうして?」
「それは、エーと・・・」
何か恐れ多いので言葉が出てこない。
「宇宙の意思そのもの」
えっ・・とセリナはゆりあの顔を見る。
ゆりあはセリナに対して頷いてから
「神は調べられました」
「えっ?」
「サキの力の源・・・それは天上でも預かり知らぬことだったの。
だから調べられた。
そして判ったのはサキは宇宙その物が産み出したただ一人の人間だった」
「嘘・・・」
皆言葉が出ない様子だ。
「でも心配しないで、サキはそんな産まれよりも・・・
誰よりも人間でありたいと思っている子よ。
だってそうでしょ。私達の妹であるとともに私達の大切な旦那様よ。
そうでしょ」
皆の身体からスッと力がぬけた。そうなんだサキはサキよ。
「あははは、そうだ、サキはサキなんだ。
どんな産まれであっても皆のサキには違いがないんだから」
と声が聞こえた。
「ジョージ!」
「サキは?」
「所長や技術者たちが離さないんだ。わしだけ途中で抜け出してきた」
「でもヘリの時間が・・・」
「おっつけ戻ってくるだろうよ。君達、サキの話で盛り上がっていたんだろ」
「ええ、今サキと神の話をしていました」
「わしも日本で何度も仏を見たよ」
「仏?」
「日本の神のことだよ。それとサキを守っているのは侍だった」
「あっ!マリア様がそのこと言っていました」
「マリア様が?」
「ええ、サキのアメリカでの守護者様の中で一番位の高いのは、あのリンカ-ン大統領ですって」
「何!・・・リンカーンが?」
「はい、でもサキの為に皆右往左往して倒れこんでいると言われました」
「あははは、流石にサキだアメリカに来ても変わらないね」
★★
ヘリが着いたのは、ヘリが出発したところ・・・アルパパの家だった。
一行を迎えたのはアルパパは勿論、メイドや執事・・・
そして、あれは誰?・・・翔?弓?
サキは走って抱きつく。
「弓姉、元気だった?」
「私って判ったんだ流石にサキね、会いたかったわ」
「でもどうしてここへ?」
「翔に聞いてきたから・・・後のことは」
「後は?」
「内緒!・・・でも沙希のことだから」
「ううん。私、力を完全に制御できるようになったの。
だから、その気にならなければ何もわからないのよ。
嫌でしょ?思っていることいわれるの」
「そうね、私達は慣れたけど始めての人は驚くでしょうね」
「だったら、成功ね。じゃあ皆に挨拶してくる。その話、後で聞くからね」
沙希はアルパパに飛びついた。
「アルパパ!無事だったわよ」
「おおう・・・良かった良かった。
しかし、サキの活躍は見ていたから安心していた」
「えっ?」
「ユミがサキ達と入れ代わりにここにきたから、
あの子の持っていたモバイルと言っていたか、あれで見ておった」
「ユミ姉のモバイルで?」
「そうじゃ、ユミも優しい子じゃて」
サキはメイド達や執事にも挨拶をする。
するとだ・・・あのベランダから何人もの男達に囲まれて歩いてくる男がいた。
「ハリー!」
と言って走っていく。
そして、大統領の手前で立ち止まり、スクッと立って敬礼をした。
「モーガン大統領!サキ・ハヤセ任務を無事果たし、ただいま帰還しました」
と挨拶した。サキは知っていた。サキを危険な任務にやる大統領の苦しみ、
ケイトの子供の父親だから余計であった。だからわざとこういう行動をしたのだ。
大統領もサキの心を知ったのだろう。自分も気をつけし敬礼する。
「危険な任務の達成ご苦労!」
と言って敬礼を解く。2人して向かい合って笑顔を浮かべる。
皆は2人を囲んでこれを眺めている。
セリナやパパとママは沙希に対して大統領自身がこうして出迎え、
挨拶するのを驚きの目で見ていた。
「サキ!君がヨーロッパから帰ってきてからと思ったが
私の気持ちが我慢が出来なくなった。
正直こんなことできみが行なった功績のお返しが出来ると思っていない。
だがアメリカの市民としてどうしてもこれを受け取ってもらいたい」
と隣のSPに渡された勲章を沙希に手渡し、
「そして、アメリカの名誉市民の資格をを与え、永久にこれを守るものとする」
とケースに入った四角い箱を沙希に渡した。
「大統領ありがとうございます」
「おおう、受取ってもらえるのか」
「はい、喜んで」
というと女性達が歓声をあげて沙希に飛びついていく。
「さあ、ハリー。我々男達は部屋にもどろう」
眩しげに女達を見ていた大統領もジョージの言葉に従う。
「ジェーン・・・アルもデイブもマーガレットも部屋でゆっくりと休もう」
ジョージはジェーンの手を取った。
部屋の中ではメイド達と女性達が用意した椅子に全員が座った。
大統領の指示で屋敷の全員が集められた。メイドも執事も庭師も例外ではない。
じっと大統領を見つめる目、目、目。
部屋の四方の壁のところには、大統領と沙希のSP達が油断なく警固している。
「私はここに早くに来てアルと話し合った。
アルのエドガー一家はアメリカ最大のマフィアだ。
だから私はいろんな情報機関を使って調べた。
その結果アルがこの一家を動かしている頃は悪事には一切手を出していない。
それどころか新進の会社の長として組織を動かし、人を動かしての正業についていた。
だがアルは長男を亡くしてからやる気をなく、人まかせにしてしまった。
アルは私に言った、これからも会社をやる気はない。
出来れば誰か後身に譲りたい・・・と。サキ!
君がやれるとこんな素晴らしいことはないんだが
君を一つの会社に縛り付けることなんて不可能だ」
大統領の言葉に皆クスクスと笑い声を上げる。
「だから私は考えた。チェとジェシー、コトミ、べス、
そして先ほど紹介されたセリナ!君はまだ宇宙飛行士に未練はあるのかい?」
「未練がないと言えば嘘になります。けれど今回の飛行で私はサキに手助けを
されてですけれど何だか全てを出し尽くした。そう考えています」
「わかった。じゃあ君もだ。君達5人で会社を継いでほしいんだ。
そして君達が計画していたオクトの支社、ここでは駄目なのかい?」
「えっ?でもそうしたらこの計画凄く大きなものになってしまいます」
「大きくなってもいいじゃないか。人が足らなかったらいれればいい。
女性ばかりの会社・・・結構じゃないか。身元調査は我々がする。
会社の運営・・・サキの開発したものでは一般には出せないものもある。
ちょうど隠れ蓑になっていいんじゃないかな」
「サキはどう思うの?」
「とってもいい計画だと思う。姉さん達が力を会わせて創るんなら私全力で応援するわ」
「わかった。サキがそういうなら私にも依存はないわ。皆はどうする?」
「わたしもOKよ」
「私、警官辞めるの署長が許してくれるかな?」
「べス!それは心配ない。君はもうすでにこのワシントン市警に身分を移されている」
「えっ?本当ですか?」
「黙ってしたけれど悪かったかな?」
「いえ、いいんです。でも私警官は辞めたくありません」
「じゃあ、警官をやりながらでもいいじゃないか。
良いか悪いか判らないが警官を隠れ蓑にすればいい」
「えっ?それでもいいんですか?・・・何だかスパイみたい」
「あれ?べス姉って何か楽しんでいない?」
「誰だって、サキに影響されればこうなるわよ」
「あれ?それっ酷い!」
といってプッと頬を膨らませる。まるで子供だ。皆の笑い声が部屋に響く。
「さてとこの話はここまでだ。何か聞くこと無いかい?」
「私・・・」
と手を挙げてサキが発言する。
「出来ればここに保育所を作ってほしいの」
「保育所を?」
「ええ、来年にはお姉さん達に子供が産まれます。
子供から手が離れるって気が遠くなるほどの将来です。
子供にも寂しい思いをさせたくありません」
「サキって、そんなことまで考えているんだ」
「あたりまえよ」
「でも、そんなこと出来るの?」
「出来るわ。今アリサを抱いているママ・・・
マーガレットママが保育士の免許を持っているの。
日本でも妻や母が保育所を作ろうとしているわ。
ママも日本に行ったらそれを見て来てほしいの。
そして帰ってきたらママもパパもここに越してきてほしい」
えっ?と言う顔で2人はサキを見る。
「セリナ姉さんもその方がいいでしょ。アリサのこともあるし」
セリナは急いで両親を見る。
「私、大統領に言われたこと、少し躊躇したのはアリサのこともあるけど
パパとママのこと心配だったからよ。ねえそうしてちょうだい」
パパとママは顔を見合わせていたが、パパが口を開いた。
「ママは保育所か・・・じゃあ私はここの警備でもするか」
うわ~と両親に抱きつこうとしたセリナだが、
さっと行動して真っ先にパパとママに飛びついたのはサキだった。
出遅れたセリナ、立ち尽くしてしまう。
「こら!サキ!」
ママの腕から振り向いたサキ
「えへへへ、セリナ姉さんに勝ったわ。1番よ」
大統領もこのサキの子供っぽさにあきれてしまい、笑い出すしかなかった。
「じゃあ、保育所の件、
一人では手が回らないだろうから何人かの保育士を見つけておくよ」
「お願いします」
と耳を擦りながら頭を下げる。
セリナに耳を抓まれて自分の椅子に座らされたのだ。
「じゃあ、後一つ。
この本館の左右にある両方の建物の地下の部屋をもっと広げて
CIAとFBIの支局をつくろうと思う。
これはアルを警備すると共に
ジェシーとコトミの今度のような事件を起こさないためだ。
・・・サキはどう思う?」
「私自身だったら嫌ですが、姉達を守るためだったら何でもやってほしいです」
「そうか、サキの許可を得て心強いよ」
「あとで地下を広げることやってみますので出来れば図面を用意してください」
「サキ!君はそんなことも出来るのか?だったら支局の立ち上げはすぐ出来るんだね」
「ええ、今晩にも引越しはできます」
その通りになった。
あれからすぐに用意をされた図面を片手に地下を広げるサキ。
初めてそんな光景を見たCIAやFBIの局員達はもう目を白黒だ。
そこにはエバもカリアも顔を見せている。
先ほど大統領から名前は挙がらなかったが、
後で大統領から、ここに越してきての警固の役目を負った。
会社の手伝いをしながら姉妹達の警備に当たる。
ベスとは逆に会社の社員が本当の身分の隠れ蓑になるのだ。
サキのヨーロッパへの招待は2日後の9時に出発となった。
ジェシー達はその5分遅れで日本に発つ。そして日本に行く一行人数が増えた。
ジェシー、コーデリア、べス。エバ、カリア、セリナそれとアリサ。
セリナのマーガレットママとデイブパパ・・・そして、ジョージがヨーロッパに
サキについていくのに自分は留守番?そう思うとジェーンは我慢が出来なくなった。
サキに付いていく事は出来ないが、ジェシーと一緒に日本には行ける。
ケイトにも会いたくなった。そのケイトのそばにはマーサがいる。
ジョージに言うと笑って
「行っておいで、京都の家の温泉に入ってくるといいよ」
といってくれた。
★★★
サキとは笑顔で別れた。サキはいわば仕事だ。
ソフィー、瑞穂、ゆりあ、綾実、琴美、ひづる、希佐、杏奈、沙里奈、茜・・・
そしてジョージとスタッフ達、計16名のグループとなっていた。
学校のある希佐は途中で帰国することになる。
一方、日本に近づいた航空機のVIPの部屋、合衆国が用意してくれた席だ。
ドアをノックする音で本を読んでいたジェーンが顔を上げて返事をする。
部屋に入ってきたのは操縦士の制服を着た今日早く出て行った筈の弓であった。
「まあ、ユミ」
と立ち上がったジェーンの気配に気づいたのか音楽を聴いたり
映画を見ていた皆が顔を上げる。
「ユミ!格好いいじゃない」
「ありがとう」
「まだ日本に着かないんでしょ」
「ええ、もう少しよ」
「じゃあ、どうして?」
「皆に日本に着いてからのスケジュールを言いにきたの」
「スケジュール?」
「ええ、空港には姉のショウが迎えにきているわ。
私は報告とか着替えとかがあるので後から追いかけるからね」
「後はショウにまかせたらいいのね」
とコーデリア。
「心配はコーデリア姉さんね」
「私?」
「コーデリア姉さんは日本でも良く知られているからファンに気づかれてしまうわ」
「大丈夫よ、その時はその時。臨機応変にいきましょ。私コソコソするの嫌だから」
「ふふふ、その反応ってまるでカオル姉さんね」
「そのカオルに会うの、一番楽しみ・・・」
空港に着くと弓から翔に交代する。こういうときは双子はいい。
姿形が全く同じだから、そのままの流れで行けばよい。
フラッシュが焚かれた。空港に常駐する芸能記者達が10人ほどコーデリアを取り囲んだ。
「コーデリア・ビーナス!貴女が来日なんて。アキア・ヒノと共演じゃあないんですか?」
「ふふふ、そう見てもらえたら嬉しい!」
「えっ?」
「私の名前はコーネリア・ピーチ。日本でなんというのかしら・・・そうそう芸名なの」
「芸名?」
「今度彼女を私共のTV局が『ソックリショー』に招いたの。
芸能記者のあなた達がこうして間違えるって、彼女の優勝間違いないわね」
翔が煙に巻く。
「チェ!そっくりさんか」
と離れていく芸能記者と野次馬達。
翔と2人でニヤニヤ笑いながら空港を出てタクシーに乗り込んだ。
新幹線に乗り込むと翔をコーデリアが隣に座らせる。聞きたいことがあったから。
「ショウ、ありがとう、あなたって有能なマネージャーも出来るわね」
「ありがとう・・・それで?聞きたいのはそんなことではないんでしょ」
「ええ、チェとジャクリーヌはどうしているの?」
「京都の地下の病院で入院しているの」
「入院?酷いの?」
「違うわ、地下のお部屋でも良かったんだけど、
入院させたほうが目が届きやすいでしょ」
「地下の病院?」
「そうよ、私達のグランマザーの家の地下に
最新式の設備を持った女性専門の総合病院があるのよ。行ったら判るわ」
「でもそこってそんなに凄い医療スタッフが揃っているの?」
「専門の先生・・・ミオ先生一人よ」
「先生が一人?」
「そう・・・それと毎日掛け持ちの女医さんも一人来ているわ」
「そんな病院・・・」
「あら、馬鹿にしてる」
「だって・・・・」
「誰もそう思うよね」
「えっ?違うの?」
「ええ、行って見たらよく判るわ。そこは女にとって天国よ」
「何よ、それって」
「女性にしか効かない温泉があるの」
「温泉?」
「そうよ、怪我や女性特有の病気なんてすぐ治っちゃうの。
サキがスーパーガールになって自動車事故の女性を治した不思議な液体・・・。
コーデリアもテキサスで見たでしょ」
「あっ!」
と声を上げたのは今の話を聞いていたエバとカリアだ。
「どうしたの?」
「ジェシーとコトミを治したあの液体・・・」
「ジャクリーヌもだったわよ」
「そう、その温泉をサキは魔術で出していたの」
「じゃあ」
「そうジャクリーヌの心臓病は完治しているわ。
でも毎日のように温泉に入りに行っているの」
「なにか、凄い予感・・・」
「さあ、もうすぐ京都よ」
今度はエバに貸してもらったサングラスで顔を隠していたので
マスコミやファンに囲まれることなくタクシーに乗り込んだ。
タクシーに乗っている時間はそんなに長くはなかった。
タクシーが着いたところは彼女達にも珍しいこれが日本・・・というような風景だった。
この家の地下に病院が?・・・又、不安が彼女達を押し包む。
門を入ると大勢の着物を着た女達とオフホワイトの制服を着たナース達が待っていた。
翔が皆を見てから声をあげた。
「今からグランマザーに来日の挨拶をしてからお姉さん達6人は検査入院します。
ジェーンママは地下にお部屋をとってあるから、ゆっくりしてくださいね。
デイブパパはごめんなさい、地下には行けないのです、男子禁制ですから。
ここから見えるあのホテルにお部屋をとってあります。
マーガレットママはご自由にしてください。
地下にもホテルにも泊まってもらって結構です」
一行はまず靴を脱ぐのに驚いた。そして座敷の畳にもっと驚いた。
グランマザーは白髪の小柄な人だったけれど凛としていて凄く貫禄のある人だった。
その周囲には同じ着物を着た女性達が取り囲んでいる。
この女性達は弟子達と聞いた
そこにきれいに着飾った若い女性が10人入ってきた。話に聞いたマイコ達だ。
デイブとマーガレットは女性達の稽古を見ることにして後の皆は地下に向かった。
座敷に座れない二人にコウテイと呼ばれる弟子が持ってきた椅子に2人は座る。
一方あの『オケイコ』ルームから細長い廊下を通って行き止まりに90度のコーナーがあり
そこを下りていくと病院の受付があった。
その病院はアメリカ人の7人にとっても見たことがないような驚くばかりの設備だ。
看護師達が忙しく働いており待合で待っているのは女性ばかり・・・。
まるでおのぼりさんになったような気分がする。
そこにニコヤカに一人のナースがやってきた。ナースハットに黒い線が入っていた。
「この人がこの病院で一番偉いナースよ。そしてあなた達の姉妹でヤヨイという名前なの」
「ヤヨイといいます、よろしく」
流暢な英語で答える。
「あとは弥生さんにまかせてもいい?」
「翔ちゃんは?」
「上にデイブパパとマーガレットママがいるの。ついていなくっちゃ」
「わかったわ。でもママには後で診察と温泉に入ってもらってね」
「うん、わかった」
と皆に胸のところで手を振ってから上に上がっていく。
「では行きましょうか」
と皆を案内する。
「この階の手前の病室、6つ共皆埋まっていて皆の病室は奥になっているわ」
「埋まっているって・・・もしかしたら・・・」
「そうよ、サキの奥さん達・・・つまり皆のお姉さん達よ」
「後で挨拶しても良い?」
「うん、いいわよ。でも今日すぐでなくてもいいでしょ」
奥の部屋のみんなの病室は、それはそれは女性らしい、行き届いた病室だった。
皆は荷物を置き、リラックスした格好に着換えて廊下に出てきた。
今からジェーンママの泊まる部屋を見に行くのだ。
廊下の真ん中に並んだ2基のエレベーター、ベットが2つも入る広さだ。
地下4階に降り、ドアが開くと若い女性が一人待っていた。
「この人がママのお世話をするこの4階の係りのマキさん」
「マキといいます。よろしくお願いします」
この女性もハキハキして気持ちがいい女性だ。
「ここがお部屋です」
入ってみるとシングルのベットが隅にある何か心地よい雰囲気で迎えてくれる。
ママは荷物を置いてジェシーに手伝ってもらって軽装になった。
「さあ、行きましょうか」
どこへ?とは言わない。判っている・・・温泉だ。
再びエレベーターに乗ると地下7階に降りていく。
エレベーターを降りると何か不思議な空間だった。
日本らしいといえばいいのか。仕切られた空間に入るとなにやら白い服を渡される。
それはシースルーの短い服だった。着てみると何故か頬が赤くなるほどエロティックだ。
でも女性だけなので度胸を決めて着換えた。
入口をくぐると目を見張るほど広い温泉で、
入ってみると湯温は熱くもなくぬるくもなくちょうどいい塩梅だ。
「ママ!足はどう?」
弥生が声をかけた。
「えっ?・・・あっ!足が痛くない!」
「ママ!その髪の毛」
と驚いたジェシーの悲鳴に近い叫び声。
ジェーンも心臓に持病があり薬の副作用で髪の毛が白くなっていたのだ。
それがどうだろう、短時間のうちに髪の毛が黒く戻った。病変が改善したのだ。
これは皆が目撃したことだ。
ジェーンは急いで更衣室に戻って鏡を見て涙を流した。
女性自身、切り傷や女性特有の病歴を持つのは不自然ではない。
それがきれいに治ったとしたらどうだろう・・・皆の驚きは頂点に達している。
「あっ!お姉ちゃん達だ!・・・ママ!・・・ママ!・・・」
と叫ぶ女の子の声。
離れたところから小さな女の子が手を振っている。ジャクリーヌだった。
「ジャクリーヌ・・・あの子あんなに走って・・・」
ジャクリーヌが死の床に横たわっていたのをセリナ以外全員が知っていた。
それがあんなに元気に走っている。しかもそんなに日が経っていないのに。
ジャクリーヌの後ろから白いシースルーの女性が近づき、
途中でジャクリーヌの手を繋ぐと一緒に走りだした。
「エバ!カリア!ジェシー!べス!コーデリア!」
皆の名前を呼んで温泉に飛び込んだ。浮かび上がって皆に抱きつく。
初めてあったセリナに戸惑った顔をしたが
「チェ!この子セリナっていうの、宇宙飛行士だったのよ」
「えっ?もしかしたらあのレオタードの?・・・それならあなたのこと知っているわ」
「そう、あれは私よ」
「昨日モバイルで見ていたわ。あなたサキに抱かれたのね」
「ええ、あの晩・・・」
「あの時点で一緒に見ていたグランマザーや姉妹達みんな言っていたわよ。
あなたはサキに抱かれるって」
「うわ~、判っていたの?」
「当たり前よ、あからさまだったじゃない、あなたの身体って器用よねえ。
身体でしゃべるんだから」
「いや~恥ずかしい・・・」
「オッホン・・・」
頭の上から声がするので見上げてみたらアリサを抱く白衣の女性が立っていた。
「あっ!ミオ先生!」
この人が?・・・・皆の視線を感じたのか
「コホン」
とセキを一つして
「セリナ!アリサは小児喘息を患っているでしょう」
「あっ、はい」
「ここに連れてきて本当に良かったわね」
と看護師のヤヨイに水筒を渡す。
ヤヨイはそれをセリナに渡して、
「この水筒の中、この温泉水なの。勿論飲料用に源泉を汲み上げたものよ。
だから安心して飲ませてあげて。水をほしがったらいくらでも飲ませていいから」
ためしにセリナが飲んでみると・・・・美味しい!。
少し冷やしてあるから飲みやすい。もう一杯飲んでみた。
「あっ!」
というコーデリアの声、
「セリナ!あんたの顔の吹き出物、きれいに治っているわよ」
「えっ?嘘・・・」
と更衣室に飛んでいく。抱いているアリサが邪魔で見えにくいが本当だ。
きれいに治っている・・・いくら宇宙飛行士といっても女に変わりはない。
諦めていた顔の治癒に涙が出てしまう・
「もっと飲みたかったら、病室の冷蔵庫の水を飲むんだね。これと同じものだから」
といってから
「弥生さん。もうすぐ明子先生の回診だから上にいきなさい。
あんた達もすぐに病室に戻ってベットに横になって安静にしておくこと。
回診が終わったらあんた達の検診だからね」
口調は荒っぽいが身体から優しさが溢れている。
「ママは私が検査するから、あとで上に来てくれる?
そう受付の横の診察室よ。ママの身体のことサキからの連絡がはいっているからね」
ジェーンは思わず
「ありがとうございます」
と頭をさげる。
「これから日本にいるときはいつでもこの温泉に入りにこれるから早くあがりなよ」
といって出て行く。
残った女達、そそくさと温泉から上がる。
更衣室の鏡には来た時と同じだが中身が全く変わった別の人間が写っている。
輝くような健康体と美しさに溢れているのだ。
いつも自分の顔を見続けているコーデリアにはわかる。
自分が5歳も10歳も若返っている。本当の健康ってこういうものなのか。
「私、ここに来て良かったと思っているわ」
「本当よね」
「あのミオ先生って凄い先生なの!」
「そうなの?」
「ええ、世界でも5本の指に入るほどの天才医師なんだって」
「それ、誰から聞いたの?」
「アキコ先生よ、産婦人科の先生だからあなた達の主治医になる先生よ」
「私達の主治医?」
「アキコ先生の本当の病院はこの近くの大きな病院でそこの副院長よ。
かけもちでここにきているの」
「そんな偉い先生がどうして?」
「遠い過去でサキと因縁があったって聞いたわ。それにミオ先生の先輩なんだって。
アキコ先生が唯一天才って認めるのがミオ先生って言っていた」
「でもそんな先生がどうして私達の主治医じゃないの?」
「ミオ先生は産婦人科は素人だからよ。
性に合わないからって勉強しなかったんだって。
でもアキコ先生も凄い先生に変わりはないんだからね」
「うんわかった・・・ねえ、ミオ先生ってサキの叔母さんなんでしょ」
「しっ」
と言ってから声を潜めて皆に輪にならせる。
「そんなことミオ先生に聞かれると怒られるわよ」
「どうしてさ」
「サキの姉だと言えって」
「ほほほほ・・・何かそれいいわ」
「そうでしょ、それにね、又面白い話があるの」
「なによそれ、ねえねえ教えて」
「でもあなた達、これから検査なんでしょ。
検査が終わって先生の許可を取って、この上のレストランにおいでよ。
そこでいろいろ私の情報教えてあげる」
「レストラン?そんなのがあるの?」
「あるわよ。そこってね、私の産まれた香港にも美味しいお店はたくさんあったし、
アメリカでも旅行で行ったフランスにもイタリアにも美味しいお店はたくさんあったわ、
でもここはもう別格よ。
シェフ達は女性ばかりだけどそれはもう美味しいんだから。
初めて食べたとき、いいえ今でもその美味しさにはため息が出るほどよ」
「そんなに?・・・うわっ楽しみ・・・・」
結局、レストランに皆が集まったときは1時間が過ぎたときだ。
階段を上がると広くてシックなレストランだった。
ここも又、女性らしさが溢れていた。
テーブルには、チェとジャクリーヌとジェーンママとマーガレットママと
驚いたことにデイブパパの姿があったことだ。
確か男性禁止だった筈だが・・・不審そうな皆の顔に
「グランマザーに言われたんだよ。確かに地下には入ってはいけないが、
せっかく遠いところからきたんだから腹一杯に美味しいものを食べなさいとね。
さすがに表から入ってきたけどね。
さあさ、みんな座りなさい。わしはもう腹が減って死にそうだ」
皆が腰を落ち着けると
「私もご一緒してもよろしいでしょうか」
そこには私服に着換えたヤヨイが娘を連れて立っていた。
「あっ、ヤヨイ。・・・どうぞ」
「ヤヨイ、その子は娘さん?」
「ええ、娘のカナといいます。さあカナご挨拶しなさい」
「私の名前はカナ・ハギノです。年は6歳です。
お姉さん達も叔父さんも叔母さん達も遠いところからお疲れ様でした」
一生懸命覚えたのだろう。たどたどしい英語ながらそう挨拶した。
「まあ。カナ!あなたの英語ナイスよ」
と言ってコーデリアがとんできてカナを抱きしめる。
「でもどうして私達のこと、お姉さんて呼ぶの?
私達あなたのママとそんなに年が違わないでしょうに」
「だって、カオル姉さんが・・・・」
「それってカオル姉さんのせいなんです?」
「誰のせいだって?」
と後ろから声が聞こえた。
「あっ!薫姉さん!」
振り返って見ればスラッとした女性・・・
よく見ればビデオで見たカオル・サオトメだ。
「あなたがカオル・サオトメね」
「貴女がコーデリア・ビーナス・・・よく映画を見ているわ」
「私もサキと一緒に出ている貴女を見せてもらったわ」
目と目があって火花が散っているようだ。
皆はドキドキして2人を見ている。
それと不思議なことにカオルが英語を話していることだ。
それをヤヨイが言うと
「脳ある鷹は爪を隠すってね、知らない振りをしていたほうが得でしょ」
「皆を騙していたの?」
「とんでもない、黙っていただけよ」
「じゃあ、サキは?」
「あの子には何も隠せないじゃない。勿論知っているわ」
「もう、2人して・・・」
2人は英語で会話をしているから意味は判る。
「大変な人ね、あなたって・・・・ねえ、カオル姉さん」」
「そちらこそ、コーデリア」
「ねえ、その子って」
「ええ、サキとの間に産まれた子よ」
「名前は?」
「この子は娘でアイというの。彼女が抱いているのは息子でヒロシよ。
そして彼女は・・・」
「あれ?アカネじゃない」
「そのアカネの双子の姉でミドリというの」
「どうして?・・・サキに関係のある人って双子ばっかりじゃない」
「そういうあんた達も来年には双子を産むのよ」
「あっ、そうだったわ」
というセリナに
「あなたね、セリナって・・・その子がアリサね」
「どうしてわかるの?」
「サキから報告がきたこともあるけどここにいる全員が宇宙でのこと見ていたの。
私達ってサキを想う人って判るのよ。それにあんなにあからさまだったじゃない」
「えっ、みんなにも判っていたの?・・・ああ、恥ずかしい」
「でも、ストレートな感情表現って私好きよ。セリナ・・・」
「ありがとう、カオル姉さん」
「ねえ、あなた達アマゾネス『ハヤセ』のこともっと詳しく知りたい。
ある程度は聞いてきたんだけど」
「聞いたって、サキに?」
「ううん、ヒヅルに」
「ヒヅルに?」
「いけなかった?」
「あの子、碌なこと言わなかったでしょ」
「うん、言った。天然だとか世間知らずだとか」
「そうでしょ、ヒヅルは私の天敵なの」
「天敵?」
「そう、そして私にとってあの子は悪魔よ」
「でも、女優として尊敬しているようよ」
「それくらい、思ってもらわなくちゃ。私はサキ以外の誰にも負けるつもりはないの。
あなたにもね、コーデリア」
「私だって、あなたには負けない。あの勝負の話聞いているでしょ」
「ええ、来年ルーク監督のシナリオで勝負だって。でもあなた来年は・・・」
「だから、1年延ばしてもらって2年後に実現しましょうよ」
「いいわよ、実はこの話オノ監督に話しておいたの。
そうしたらオノ監督も是非参加したいって」
「あのオノ監督が?」
「そうよ、サキだって」
「えっ?サキも出演するの?」
「ううん、2人の邪魔はしたくないからスタッフとして参加するんだって」
「凄いじゃない、この映画って。今からワクワクする」
「ねえ、明日撮影所に行ってみない?」
「撮影所に?」
「明日、オノ監督がサキの舞のDVDを編集し直すのに撮影所に来るの」
「サキの舞を?」
「ええ、どうしても時間の都合でカットした部分があって、
お母様・・・いえグランマザーが文句を言ったの。
マイの記録は全てを残さなければ意味がないって。
でもオノ監督って、サキの映画やTVを撮ったことでとても忙しくなったから、
編集が今まで延びてしまったというわけ」
「行く、行く・・・絶対行く」
「私達も行くわ、連れて行って」
「じゃあ皆で行きましょう」
パパがホテルに帰った後、温泉に入るからとマーガレットママが後に残った。
皆がもう一度入りに行くから一緒にと誘われたからだ。
といのはただの言い訳に過ぎず、
男のパパがいたら自由に娘の病室や地下を歩けないからだ。
先ほど一瞬の挨拶だったけど、
ここに保育所を作るスズママを紹介された。
アメリカに帰っての保育所作り、
サキに言われてきただけに絶対に話を聞きたかった。
彼女とはまだ日に余裕があるのでゆっくりとお話しましょと別れた。
どうせこの建物にいるので顔を合わせる事があるだろう。
温泉は聞いた以上の効果をマーガレットに与えた。
腰の痛みや霞み目は全て一瞬に消え失せ、肌のくすみも消えうせ若返ったと感じた。
身体に不安があったから躊躇していた保育所の設立、自信が出てきた。
こんな効果のある温泉、身近にある日本の家族って全く羨ましい。
隣に居たジェーンが
「ケイト!・・・マーサ!・・・」
と声を上げた。
見るとお腹の大きな娘を母親が付き添っている。
2人ともブロンドのヘアーなので噂に聞いたケイトと母親のマーサだと気づく。
「ジェーン・・・あっ、ジェシーもいる」
大きなお腹のケイトがドシドシとゆっくりと歩いてきて温泉に入ってくる。
「お久しぶりねジェーン、ジェシー、来日していたのね」
「もっと早く顔を見せに行こうって思ってたけど、
ミオ先生とアキコ先生が寝ているところだから後にしてって」
「そうなの、こんな大きなお腹でしょ。少し動いても疲れる疲れる。
だから毎日食っちゃ寝、食っちゃ寝で15ポンドも太っちゃった」
「ケイト、いつ産まれるの」
「あと、10日かな、でも初産だからいつ産まれてもおかしくないから
気をつけるようアキコ先生に言われてる」
「私もジャクリーヌのときは予定日より20日も早かったわ」
「私がアリサを産んだときは10日も遅かった」
「人それぞれなのよね」
そういったときバタバタとシューズの音・・・一人のナースが温泉の入口に顔を見せ
「婦長!ミチル様に陣痛が始まりました」
大きな声で叫んだ。
「判ったわ、アキコ先生は?」
「今、分娩室に」
「すぐ行きます」
と上がりかけたが
「チェ姉さん!ジャクリーヌは私の部屋でカナと遊んでいますから」
「わかったわ、もうすぐしたら迎えに行くから」
弥生が更衣室で着換えているのを見ながら
ケイトは何事か考え決意の表情を表した。
「どうしたの?」
「母になる決意を子供に誓っていたの」
「えっ?」
母のマーサが不審そうにケイトの顔を見る。
「今更って思うでしょ。でも今までの私ってただ想像していただけなのよね。
でも同じ頃妊娠したミチル姉さんが今、分娩室でうんうんと唸って苦んでいるわ。
苦しみの先に母になる幸せ・・・それがもうすぐ私の番になる・・・
そう考えると心が浮き立ってくるの」
皆がケイトに抱きついて、そして大きなお腹をさする。
来年は自分達がこうなるっと実感する。
「さあケイト、病室に帰らなければアキコ先生に叱られるわ」
「うん、皆、先にあがるわね」
「私もついていくわ。あなた達もまだまだ先といってもすぐにその日が来るわ。
そろそろ病室に戻りなさい」
とケイトとマーサについてジェーンママも温泉を出る。
入れ替わりに次から次へと女性が温泉に入りにきた。
「きゃっきゃ」
と騒いでいる女の子達や老婦人達もいる。思い思いに温泉を楽しんでいる。
その内、若い女の子のグループがこちらを見て何か騒ぎだした。
外人が珍しいのか?・・・いや、そうではない。
温泉には白人や黒人の姿もあり、親しそうに声を掛け合ったりしている。
その内彼女達、今入ってきた2人の白人女性に声をかけて
こちらを指差してなにやら話している。
2人の女性もこちらをじっとみて、飛び上がって叫んでいる。
どうやらコーデリアのことが判ったらしい。
彼女達が走って来た。女の子達もその後ろからついてくる。
「やはり・・・ミス・・・コーデリア・ビーナスですね?」
こんなところで会ったのが嬉しかったのか
目の前で拍手をしながら飛び上がって喜んでいる。
「ぶしつけでご迷惑ではありませんでしたか?」
もう一の白人女性が遠慮がちにそうあやまる。
女の子達は彼女達の後ろで抱き合って喜んでいた。
日頃のファンのことを思えば慎ましい彼女達の態度にコーデリアは好感を覚えた。
「いいのよ、どう?そこで少しお話しない?」
「本当にいいんですか?じゃあ」
と休憩が出来るよう温泉の横に作ってある芝生の上で輪になって腰を下ろした。
「先に私達のことお話しなければ失礼ですよね」
と言って
「私はサンフランシスコから来た、シンディ・ウイリアムスといいます。
別に目的もなく日本に旅行に来ただけでしたが、
このキョウトの素晴らしさに圧倒されて暮らし初めてもう5年です。
その間に仕事はいろいろしてきました。でも入社の条件はすごく厳しいけど、
給料とかの待遇面が吃驚りするほど良い今の会社を知って応募しました。
幸運にも就職出来た会社がカオル・サオトメ事務所です」
目がキラキラと輝いている。余程張り合いがあるのだろう。
「私の名前はジョシア・カーター、ニューヨークから彼を追って日本に来ました。
3年ほどトウキョウに彼と住んでいましたが、
結局彼に捨てられて傷心旅行でキョウトに来たのです。
そこで知り合ったのがシンディでした。
そしてシンディの紹介で同じ会社に就職できました。
彼に捨てられた時は不幸のどん底でしたが今はもう最高に幸せなんです」
「どうして?」
「サキ・ハヤセに逢ったからです。彼女は私の憧れです」
「私達のことは?」
「知っています。私もいずれは・・・と思っています」
「そうね。きっと想いは達成出来るわ」
「はい」
「それで、貴女達は?」
「私達、サガラ病院にナースの勉強に行っています。アキコ先生のところです。
住まいはこの地下にあります」
「じゃあ、貴女達はアマゾネスの一族?」
「はい、私達の産まれたところはハヤセの里です」
「あなた、英語が上手ね」
「6年間、ニューヨークに留学していました」
「そう、その若さで大変だったわね」
「私、少し聞きたいことがあるの。いい?」
「なんでしょうか?」
「シンディが言っていたわね。カオル・サオトメ事務所って。
それはあのカオル・サオトメのところ?」
「はい、でも私達は芸能部門で働いているのではなく、
海外メディア部門と言ってアメリカ以外の国にオクトの製品を紹介しています。
全てサキ・ハヤセの作った商品ばかりです」
「じゃあジェシー、あなたのところと同じじゃない」
「そうよね」
「えっ?ジェシーって・・・あのルーク監督の?」
「そうよ。私がジェシー・ルーク、
アメリカに帰ったらオクトのワシントン支局を立ち上げるの」
「それ、聞いています。BBXのアメリカ向けの商品を製造販売するって」
「わたしの両親に言ったら、絶対買うって心待ちにしています」
「ジェシー、責任重大ね」
「責任の重さに押し潰されそうよ。
帰ったら大統領の口利きの会社を何社も見に行かなければならないし」
「へ~」
「へ~ってべス、エバ、カリア、セリナ!あんた達も手分けするのよ」
「こりゃ大変だ!」
「大変だって?コーデリア!あなたも無関係じゃないんだからね」
「どうして?」
「CMはあなたの事務所が一任されるのよ」
「ええ~、そんなの聞いていないよ」
「聞いていないって、あなたが社長でしょ。ワンマン経営の・・・」
「ジェシー・ルークって私達の所長にそっくり」
「所長って?」
「ケイト・マイヤー所長です」
「ケイト?・・・それは、あたりまえよ」
「あたりまえ?」
「ケイトとジェシーはいとこだもの」
「えっ!そうだったんですか」
女の子達は留学していた子から通訳してもらいながらコーデリア達の話を面白そうに聞いていた。
★★★★
「今日、東京から皆来るから早く帰ってくるんえ」
とグランマザーにそう言われて薫がみんなを連れて家を出る。
抱いていた子供を見送りに来た菊野と鈴に渡すと
2人の子供の頬にキスをしてマイクロバスに乗り込んだ。
「ねえ、カオル!あなたが子供に対する愛情って物凄く感じるわ。
これってサキの子供だから?」
「それもあるけど、子供がこんなに可愛くて愛しいものだなんて、
子供が産まれるまで感じなかったの。
お腹にいる間も私の分身って思っていたけど今ではそれ以上よ。
私の命以上のもの・・・あの子達に何かあれば私は生きていけない」
「そうなんだ、それを聞いて私、女優としてのライバル心もそうだけど
9ヶ月後にはあなたに負けない子供を産んで見せるって決心したわ」
「コーデリア!それこそ母親になる心がけよ。
これミオに聞いたんだけど、サキから連絡があったんだって」
「サキから?」
「うん、『検査ではまだなにも異常がないと思うけど
私の耳にはお姉さん達のお腹から二つの鼓動がはっきりと聞こえます。
妊娠したのは間違いがないから、
まずは母体が健康であることを調べてください』・・・って」
「それ、本当なの?」
「ええ、サキには神よりもっと上からの力が覚醒しているのよ。
その気になれば世界中のことを居ながらにして把握することもできるけど、
そんなことサキは大嫌いなの。
常に『私は人間だし、人間でありたい』と言っているから」
「サキは優しいから」
とセリナが言ったが、急に表情をくずして
「ねえ、カオル。それよりさっき言ったこと本当?
・・・私達のお腹から二つの鼓動が聞こえるって」
「本当よ、サキは嘘をつかないわ。
だからあんた達、子供のためにもサキのためにも健康でいなければならないの。
特にエバとカリア!」
「はい!」
と素直に返事する2人・・・とにかくカオルは年上だし凄い貫禄なので
反抗なんて出来っこない。
「聞いたら特にエバとカリアは危険な仕事をしているじゃない」
「いいえ、帰ったらジェシーの下で働くことになっています」
隠れて姉妹達の警護をする・・・なんて言ったら、もの凄く怒るに違いない。
「とにかくあんた達はサキの妻であることもあるけど私の妹
・・・家族でもあるんでうすからね。
守るものがたくさん出来たんだから、フラフラしない!」
と叱咤する。カオルの優しさが心をうつ。
しばらくシーンとしていたが
「ねえ、聞きたいことがあるんだけど」
「何よ」
「さっきさ、ミオがって言ったでしょ。先生と言わずに」
「それが?」
「向こうで、ミオとカオルがサキの叔母さんって聞いたけど」
「叔母さん?!」
キッとした目でコーデリアを睨む。
さすがのコーデリアも『ブルッ』と身体を震わせてしまう迫力だ。
これで、叔母さんって呼ばせない理由がわかった。
「誰に・・・」
「えっ?」
「誰に聞いた・・・・」
「ひづるが言っていたの」
「あいつ!・・・・」
と言って唇を噛む。こんな様子を見てカオルは怖いけど、
ひづると戦わせてみたい・・・誰もが思った瞬間だ。
「それで?・・・」
と一瞬にして立ち直ったのか、気分を平静に保ってそう聞く。
さすがに天才女優だ切り替えが早い。
「ミオと私のことが聞きたい?」
頷くみんなに
「ミオは私の妹よ。父親が違うから異父妹かな」
「父親が違うの?」
と時計を見て
「まだ少し時間があるから、ついでに言っておこうかな、私の姉妹のこと」
みんなは黙って聞いている。
「私達の・・・アマゾネスの『ハヤセ』のこと聞いたんでしょ?」
「ええ、聞いたけど」
「ハヤセ一族はね。言葉では言い表せない悲しい女の一族よ。
女しか産まれないので一族を世の末まで残すには、
嫌いな男に身を任せなければならなかった。
そうしなかったらハヤセ一族ってとっくに消えてしまっているわ。
どうしてこんな一族が世に出てきたかと言うと、
過去の昔から血を流す戦いって男達のせいだった。
それを無くそうとサキの前世のプリンセスが
サキの魔術の師のセイメイ・アベノが術をかけて出来た一族なの。
こうして女しか生まれない一族、女の悲しさの一族が出来たわ。
その後歴史でも男達が血を流す戦争は無くならなかった。
歴史の陰で泣くのは女。ハヤセの女は男嫌いで女しか愛せない一族なのよ。
でも子孫を残すためにはそんな好きでもない男に抱かれなければならない哀しさ。
そうした苦悩の中で私達は生まれてきたわ。
長女のマリ・ハヤセ・・・アマゾネス『ハヤセ』の現在の首長、
今ここでグランマザー・サダコのお世話と地下の施設のオーナーなの。
そのマリの長女リサ・ハヤセ・・・・週刊誌の女性記者。
マリの次女がサキ・ハヤセ、私達の旦那様ね。
そして一族の次女のミサオ・ハヤセ・・・
トウキョウでもここでもレストランをしているいわば一族のお料理番よ。
三女は警察庁長官付き秘書官のヒワコ・アスカ。
双子の娘もそれぞれ警視庁と警察庁の警部なの。
その双子にはあんた達も会っているでしょ」
「じゃあ、イズミとケイ?」
「うん、そう」
「でもどうしてラストネームが違うの?」
「養女に出されたからなの」
「養女に?」
「私達、8人姉妹の長女のマリと次女のミサオ以外の姉妹達は全て養女に出されたの」
「何か震えが来るぐらいの悲しい一族ね」
「それでね、養女に出される条件は、親には会わさないこと。
でも姉妹達には物心ついたときから会わせるということだったのよ」
「それって、何だかわかる」
「じゃあ言って見て」
「姉妹で力を合わせてハヤセというアマゾネスの一族を守り立てる・・そうでしょ」
「大正解よ。でも初めて姉妹と会ったときの
言いも言われぬ悲しみや喜びというのは判らないでしょ」
「そうね、そんなこと想像も出来ない」
「そうでしょ・・・あっ、どこまで言ったっけ。そうそう、三女までね」
女達は口を閉じた。こんな・・・こんな絵空事みたいな話現実にあるんだ。
でも女達の悲しさ苦しさが判る・・・私達だって女なんだから。
一人、男でバスの後ろで聞いているデイブパパ・・・
マーガレットはアリサと共に家で留守番だ。
・・・いやあの保育所の話、
積極的に実現する為に同じ目的を持つスズに話を聞こうとしていた。
あんなマーガレットは久しぶりだ。セリナがお腹に出来るまで
キャリアウーマンとしてバリバリ仕事をしていた昔のマーガレットに戻ったようだ。
若さを取り戻し、肌も艶々していた。なんだか心が躍ってくる。
それにしても今聞いた女の歴史・・・デイブにも悲しすぎる話だ。
「四女はね。日本の検事達のトップ・・・検事総長のミヤコ・マキ。
五女はナミ・マツシマ・・・
正直言ってこの姉って何をしているのか私だってわからない。
ただ世間の裏の世界に通じているらしいわ。
六女はこの私、カオル・サオトメはスクリーンネームで本名はカオル・ハセガワよ。
そして、七女がミオ・コタニ・・・知っているとおり世界でも屈指の天才女医って
呼ばれているけど、私にとってただの喧嘩相手よ」
「あっ、それひづるから聞いている」
「またあ?・・・ろくでもないことを言っていたんでしょ」
「それは、まあ、おほほほ・・・。
でも、これからはあなたとひづるの間には入らないからね」
「どうして?」
「そばで見ていたほうが面白そう・・・あっ、ミオ先生との間にもね」
「もうあんた達は・・・・これじゃあ、サキとレイカと同じだわよ」
「同じって?」
「ミオと私の喧嘩をそばでニヤニヤ見ているし、それにけしかけるのよ」
「どうして?」
「ミオと私が、仲良くしているなんて面白くないなんて・・・」
「それ、いえてる・・・」
「ねえ、レイカって?」
「そうか、あんた達はまだレイカに会ってないんだ。
えーとあんた達の中では一番年が若いから妹になるわね」
「じゃあレイカって?」
「私達の家族よ。それとレイカはレイカ・クジョウといってね。
今の日本の音楽シーンのトップを行くシンガーなの」
「ちょっと待って!レイカ・クジョウ・・・・私知っているわ」
「どうして?」
「知っているどころか彼女のMDを持って宇宙に行ったの。
彼女のソウルって最高よ。こんな人が日本に?って思っていたもの。
じゃあ、彼女が妹?・・・・やった~嬉しい!」
セリナが椅子の上で跳ねている。
「それじゃあ、セリナのプレゼントになったのかな」
「プレゼント?」
「今から行く撮影所でレイカとも待ち合わせしているの。
トウキョウから帰ってきたけど時間がないから直接撮影所に行くって」
「そうなの。直接会えるって素敵!」
「じゃあ、最後になるけど八女はミチル・センドウといって
日本でも有名な美容師なの」
「ミチルって名前は聞いたわ。確か昨日、陣痛で分娩室に入ったって」
とべス。
「そうよ。今朝双子が産まれたわ」
「そうなの。じゃあ帰ったらあってみたい」
「いいわよ、ミチルも喜ぶわ。
それにあんた達ミチルの子供には会っているものね」
「会っているたって、今産まれたばかりじゃない」
「違うわよ。長女のサリナと次女のアンナによ」
「ええ~・・・ミチルってあの2人のママなの?」
「そうよ」
「それ聞いて本当に家族になったんだと感じるわ」
「どうして?」
「アメリカでも知らないうちに家族に囲まれていたんだと実感できたから」
「私もそう思うわ」
エバの言葉にカリアも賛成する。想いはみんな同じだ。
車は撮影所の門をくぐり、本館の玄関前に横付けされた。
車を降りてくるマネージャーの緑と早乙女薫を先頭に出てくるのが
外人ばかりなのに道行くスタッフや俳優達、驚きで目を丸くしている。
早乙女薫がこんなことをするのが珍しいのだ。
でも目ざといスタッフが横の同僚に
「おい!薫さんの横の外人てあのコーデリア・ビーナスだぜ」
「嘘!・・・あっ!本当だ・・・サイン、サイン」
「馬鹿!横にいるのは薫さんだぜ。へたをすればどんな報復を受けるか」
「報復?どんな・・・」
「そうか、お前は薫さんと同じ仕事をしたことがなかったな」
「ああ、一度もない」
「薫さんの報復って別に物を投げたり叱ったりしないんだ」
「じゃあ、大したことないよな」
「それが甘いって。薫さんは報復する相手に向かって・・・
ただそいつに対して演技をするんだ」
「そんなこと」
「甘い甘い。仕事中だぜ。そんなこと思ってもいないのに
いつのまにか芝居の中に引っ張り込まれて、泣いたり笑ったりしているんだ。
大勢の前で笑ったり泣いたりしてみろ、
ああこいつ報復を受けているんだって判ってしまうし、
実際演技なのか現実なのか区別がつかなくなる。
精神障害までは追い込まないが、
ノイローゼということになって病院へ放り込まれてしまうんだ」
「大変じゃないか、それは」
そんな噂が流れる中、薫達は『小野組』の部屋を訪れていた。
「あら、小野監督は?」
打ち合わせをしていたらしいスタッフの一人が立ち上がった。
「あっ!薫さん!監督は今、上に呼ばれて席を外していますがおっつけ戻ると思います」
「そう、じゃあ少し待たせてもらおうかしら」
「いいですよ・・あっ、ちょうどそこの会議室に麗香さんがお待ちになっています」
と反対側のドアを示す。
「そう、麗香が来るほうが少し早かったみたいね。
じゃあ、皆!入っていらっしゃい」
その声で入ってきたのは外人ばかりだった。
スタッフ全員が立ってしまった。別に外人が入ってきて驚いたのではない。
「薫さんが英語をしゃべっている・・・・」
しかも片言ではない。流暢なしゃべりだ。
「皆!このことは内緒よ、特に芸能記者にはね。でないと・・・・」
「でないと?」
「お仕置きよ!」
皆の顔に怯えが走る。あの報復のことを思い出したのだ。
「それと、彼女がここにいることもね」
と隣に行って肩を抱くのは・・・・
「ええ~・・・コ・・コーデリア・ビーナス!」
あっけにとられている。
「監督が来たら、皆を紹介するからね」
と会議室から顔を出してそういうとドアを閉めた。
さあ、スタッフ達は大騒ぎになった。
「どうして、コーデリア・ビーナスが?」
「今、ハリウッドであきあと共演しているんじゃないのか」
「わからん・・・それより、早く監督を呼んでこい」
若いスタッフが飛び出していく。
「そうだ!・・・コーヒー・・・コーヒーだ!」
「食堂のは駄目だ!近くの喫茶店の美味しい奴を頼め!」
「幾つ?」
「判らん!どうせ経費で落ちるんだろう。俺達のもいれて30だ」
大騒ぎの中、小野監督が走って帰ってきた。
「どこだ!」
「会議室です」
ドアをノックすると
「どうぞ」
と言う声が聞こえる。
ドアを開けると正面にニコヤカな薫の姿があった。・・・その隣には
アカデミー賞の授賞式のプレゼンターとしてアメリカに行ったとき1度だけ
挨拶をかわしたことがあった、あの時と変わらぬコーデリア・ビーナスの姿だ。
それにセリナが麗香の隣に嬉しそうに座っていた。
「ミスター・オノ!あの時以来ですね」
と握手を求められた。
「覚えていたんですね」
さすがに世界のオノだ。流暢に英語を話す。
「あなたとカオルのことルークから聞きましたよ」
「ちょうどそのことでお話があります」
「そうですか?・・・でも少し待ってください。その前に大事なお話があります」
と言ってから、薫君、君達にも関係があるんだ」
「私達にも?・・・なんでしょう?」
「勿論、スタッフにも関係があるから部屋に入れてもいいかね。
通訳を頼んで彼女達に・・・」
「いえ、私が通訳します」
と言って、コーデリア達にも関係のある大事な話があることを英語で伝える。
「薫君・・・君は・・・」
「英語を話せるってこと言わなかっただけよ。
話せないっていってないでしょ。だから嘘をついたことにならないわ」
「君って、やはりあきあに似ているね。段々手に負えなくなる」
「違うわよ。逆よ。あきあが私に似ているのよ。
でも私、あんなに酷くないわよ。私だってあきあには手に負えないもの」
「ねえねえ、何を言っていたの?あきあって聞こえたから
サキのこと言ってたんでしょ」
仕方がないから説明をする。
『Oh!』と言ってから否定してくれるのかと思えば、皆ニヤニヤ笑っているだけだ。
「私達だってサキには手に負えないもの」
スタッフ達も壁際に並んで聞き耳を立てている。
カオルは話を変えるように
「監督の大事な話を聞く前に彼女達を紹介しておくね。
コーデリアのことは皆も知っての通りよ。じゃあ、べス!立って」
と立たしてから
「エリザベス・ターナーよ。職業は元はサンフランシスコ市警の警察官、
今はワシントン市警に移動になったの」
「べスよ、よろしくね」
と言って座る。
「じゃあ、エバ!」
呼ばれた女性は背は低いがまるで野生のピューマのような精悍さが伺える。
「彼女はFBI捜査官のカリア・ファーガーソンです」
ただ頭を下げただけだったが、女性スタッフ達にはまるで宝塚の男役のように
見えてうっとりしている。
「じゃあ次はエバね」
立ち上がった女性・・・まるでファッション誌のモデルのようだ。
「彼女はエバ・クリス、CIAの捜査官よ」
FBIといいおまけにCIA・・・彼女達の経歴って一体何なのだ。
「沙希と彼女達とは事件が起きた時に知り合ったのよ」
『やはり!』と沙希を良く知っているスタッフ達にはその一言で納得してしまう。
「次はジェシー・・・立って」
ジェシーは小野監督に親しげな笑顔で立ち上がった。
おやっと言う顔でじっとジェシーを見つめる小野監督。
「彼女の名前はジェシー・ルーク・・・」
「あっ!」
と声をあげる小野監督。
「監督、そうよ。彼女がルーク監督のお嬢さんなの」
「君があのジェシーなのかい?」
「そうよ、叔父様。私、変わったかしら」
「ああ、女らしくなったよ。あの頃は男みたいな格好だっだじゃないか」
「もう10年以上も前よ、私だって変わるわよ」
「はははは、そうか・・・・もう10年にもなるのか。で、今は何をしているの?」
「監督!それは私の役目よ」
とオノ監督を睨む薫。
「あっ、ごめんごめん。じゃあカオル君、お願いするよ」
「彼女はね、アメリカに帰ったらワシントンで会社を立ち上げるの。
その会社の主流がオクトのワシントン支局なの」
「じゃあ」
「そう、サキが開発した商品の製造販売よ」
「ああ、あきあ君がアメリカで発明したってあれか」
「それがメインだけど、あのモバイルやナビゲーションシステムもね」
「頑張れとしか言えないけどね」
「それで充分ですわ」
ジェシーが座った後もうセリナしか残っていないので呼ばれる前に立つ。
「彼女はセリナ・イボン。彼女のこと知っている人は?」
誰も首を傾げて答えない。名前から有名な人はいない・・・だろう。
流石はオノ監督だ。素性が一目でわかったと見える。ニヤニヤ笑っている。
「麗香はどう?セリナに覚えはない?」
さっきは名前だけの紹介だけだったから、知っているかどうかは判らない。
う~んとセリナを見ているうちに、どうしてか沙希の顔が重なった。
とたんにはっとして立ち上がる。
そしてテーブルの反対に周り、両手の親指と人差し指で長方形の枠を作り、
その中にセリナを当てはめる。
じっと見ていてゆっくりと手をおろした。顔には笑顔がある
「どうやら判ったようね。じゃあ、麗香。セリナの職業を言って見て」
「宇宙飛行士よ」
宇宙飛行士?・・・皆が顔を見合わせる。どうしてこんなところに宇宙飛行士が?
「どうしてわかったの?」
「なんとなく見覚えがあったの。でも顔でじゃないわよ。身体つきなの。
それにどうしてか沙希の顔が被さってくるのよ。
だから手で画面を作って確認したというわけ」
「その画面がモバイルの画面というわけね」
「そうよ、だって身体であんな告白する人って始めて見たもの」
カオルの通訳で顔を真っ赤にして腰を下ろした。
横にいるコーデリア達がニヤニヤしながら顔を覗き込む。
「最後に」
薫は日本語で言ったが、スーっと立つと微動だにしない。
さすが軍隊出身者だ。
「デイブ・イボン・・・セリナの父です。
これからはジェシーの会社で警備を担当します」
というと敬礼まではしないがきりっとした礼をした。
「それでは、カオル君、君達とスタッフの皆に報告すると共に
ヨーロッパに行くスタッフを選抜する」
「ヨーロッパ?」
「選抜?」
「どういうことですか?・・・話が見えません」
カオルも通訳をしながらヨーロッパというから沙希と結びつけてドキッとしたのだが、
何を言うのかオノ監督の言葉を待つ。
「実は今朝ルーク監督から連絡があった」
「パパから?」
「そうだよ、君のパパから連絡があったんだ」
「それはもしかしたら」
「君達の頭に浮かんだのは正解だよ。アキアのことだ。
今はフランスにいるがイタリアに渡った3日後にバチカンで
ローマ法王と謁見することになったんだ。
これはバチカンからの発表でローマ法王自身が謁見することを熱望されたそうだ」
「ローマ法王が?」
キリスト教では一番位の高い方だ。その人がどうして?
熱心ではないがキリスト教信者には変わりないコーデリア達・・・もう声がでない。
「だから上に言ってヨーロッパに行く許可を得てきた。
幸いニュース番組を撮るという口実でヨーロッパに行けることになった。
出発は2日後だ。わしを入れて6名、どうしてそんな人数になったかと言えば
アメリカ側がルーク監督を入れて6名だから数を合わせただけだ」
「そのスタッフ達はサキの専従班なんです」
とコーデリアが言った。
「専従班?・・・それは何だ?」
「パパッたら、サキが動くと事件を呼ぶって言って
サキを四六時中専従班が撮り続けているんです。
勿論、プライバシーに影響がないようにですけど」
「ジョージはサキ達がアメリカに来るときにどうして日本からついて来なかったって
凄く後悔しています」
「ああ、ハワイでのテロ、航空機爆発未遂事件のことだろ」
「それだけじゃないんです。叔母のマチルダ・イルダへの強盗事件がありました」
「そんなことがあったんだ」
「ですから、次の日から専従班を作ってフィルムを回してきたんです」
「それからも何かあったのか?」
「ええ、私とべスはその日から目の当たりにしました。
それはもう、あきれるほどいろんなことがあったんです」
とコーデリアが言った。
「そんなに?」
「ええ、馬泥棒を捕まえたり、大きな岩を蹴りつぶしたり話だしたらきりがありません」
「私、そんなの見たことないわ」
「当たり前じゃないの。そんなフィルムを見ることよりも
エバもカリアもセリナも大変な事件や事故を実体験済みじゃない」
「それはそうだけど私に会う前のサキのこと見てみたいもの」
セリナの言葉にエバもカリアも頷いた。
「わしもそのフィルム見たくなった。ヨーロッパでジョージに録画を頼むよ」
「監督!それよりヨーロッパへ行くのって誰か発表してくださいよ」
スタッフが訴える。
オノ監督の口から発表された5名の人選には悲喜交々だったが
結局はスタッフが納得出来るものだった。
選から漏れたスタッフは
「あきあの行動は絶対に見逃すな」
とはっぱをかけることを忘れなかった。
「では、行こうか」
「どこに?」
「勿論映写室さ」
「いいんですか?ヨーロッパへ行く準備をしなくても」
「準備?・・・そんなもの半日もあれば充分さ」
「でも機材とか・・・」
「それはスタッフが全てやってくれるさ。
私が信頼するスタッフは優秀だからね」
コーデリアはオノ監督と話をしながらこの人の映画に出たいと強烈に思った。
「監督!お話があるんですけど」
「何だね」
「私とカオルとの映画の話、聞いていると思いますけど」
「ジョージがシナリオを書くってあれかい?」
「カオルから監督も参加されると聞いています」
「ああ、ジョージに会ったら参加を申し込むつもりだよ」
「その話、一年伸ばしてほしいんです」
「どうして?」
実は・・・とお腹をさする。
驚いたようなオノ監督の顔だがすぐに察したようだ。
「アキアの?・・・・」
頷くコーデリアに
「じゃあ、ここにいる全員が?・・・」
全員の返事を見て
「アキアめ・・・なんという羨ましい奴!」
監督の吐く言葉に
「か・ん・と・く!」
という非難の声
急いで話を変えるオノ監督。
「そうだ!コーデリア!
・・・君の喜びにつけ込むようで悪いんだが・・・あっ、ここだ」
と映写室のドアを開けてみんなをそれぞれの椅子に案内する。
レイカの横にカオルが、その横にコーデリアが座りその横にオノ監督が座って
話を続ける。他の皆は2列、3列と別れて座って、
監督がコーデリアに話す内容を聞いている。
「実を言うとコーデリアに出てほしい企画があるんだ。勿論、主演だよ」
「でも、監督。私さきほど言ったように」
「だからだよ。それにこんな偶然って本当にあるんだね」
「えっ?」
「だから、現実にお腹が大きくなる今の君に出てほしい企画があるんだ。
映画のあらすじはニューヨークでキャリアウーマンだった君が、
知り合った日本の商社マンと愛し合い2人だけの結婚式、そして妊娠
・・・・けれど君のお腹が目立つ頃、
夫は会社の出張で日本に帰ったんだけれどいつまで待っても戻ってこない。
このままでは一人で子供を産むしかない。
会社に聞いたが返事があやふやで埒があかない。
そこで君は日本に夫を探しに行くことになる」
「何だか面白そう・・・でその続きは?」
とカオルが聞く。
「日本に来て判ったことはいつのまにか夫が会社を辞めていたことと、
夫がトウキョウから遠く離れた地方の出身者だったことだ。
君が日本の汽車に乗り、夫の故郷ににやってくる。
そこで君が知ったのは夫が広大な土地を持つ名家の跡取りだったことだ。
父親が亡くなり、跡を継がなければならなくなった夫、
その夫に逢いに家を尋ねていった君は当然の如く追い返されてしまう。
でも村に仮住まいをした君を最初は物珍しげに見ていた村人達も
君の天衣無縫な明るさで次第に心を通わせていき、
そして村人の助けで君は夫に逢うことになる」
「それで?ねえ、監督!その先は?」
「6人姉妹の3番目の長男という夫は姉達の監視の中自由になれなかったが
アメリカ人とはいえ跡取りの正式な妻とお腹の子のことは無碍には出来ず
家には入れたがアメリカ人である君の合理的な精神と
日本の伝統を頑なに守る旧家の姉妹との考え方の違い・・・
病弱な母親がはらはらする日米の対決となるんだ」
「この話、面白いわ。続きは?」
「いや、その後の話は出来ていない・・・というより無理に作らない」
「無理に作らない?・・・どうして?」
「この先はコーデリアのアメリカでの生活観、
そして日本に住む女優達の生活観・・・
その違いをリアルに表現するためにシナリオはつくらないんだ」
「シナリオはなし?・・・・じゃあ、あのTVの・・・」
「君はあれを見たのか」
「ええ、ジョージに見せられたわ。だから今撮影中の女優達でやったの」
「ほう、君達だけでやったのか」
「はい、ジョージがフィルムに撮ってあるわ」
「それも録画してもらうことにする。で、アキアは?」
「勿論、サキがいなければ成立しないわ。・・・じゃあ・・・」
「そうだ、アキアには5人姉妹の5女をやってもらうが、あくまでも脇役だが長女にはカオルだ」
「私が?・・・でも私も脇役・・・よね」
「そうだ。それも重要なね。主演はコーデリア・ビーネス・・・この映画が2人の前哨戦だな」
「いいわ、私絶対にやりたい。・・・でも監督!シナリオがないって」
「そう何もなかったら話が進まないかとんでもない方に行ってしまう。
だからエピソードだけは作っておこうと思う」
「何か力が入りそうね」
「監督!さっき私に言いましたよね。・・・だから出てほしいって。
あの言葉の意味が引っかかって・・・」
「ああ、あれはね。君のお腹が目立つ時に映画を撮りたい、と言う意味だよ」
「お腹が目立つとき?」
「ああ。シナリオの無いリアルな映画だから、
お腹に詰め物をした女優なんて撮りたくない。
君が妊娠したと聞いたときは天の啓示だと思ったね」
「でも私の妊娠のこと知ったのは、そんなに時間が経っていないでしょ。
どうして?・・・この企画そんなに前から?」
「実をいうとね、アキアが渡米する前に2人で映画のことを話す機会があったのさ。
そしたら彼女がこんな話、面白いとは思いませんかって言い出したんだ。
その上で近い将来、ハリウッドの女優さんの主演で出来たらいいですねって言うんだよ」
「じゃあ、この企画ってアキアの原作?・・・」
「ああ、そうだよ。わしは彼女の作った話をただそのまま伝えただけだよ」
「アキアったら、そんな話一言も言わなかったわ」
「わしもさっきまではただの話だったんだよ」
「この映画、私も出たい」
と言い出したのはレイカだった。
「レイカ!あなたは・・・」
「いいえ!確かに私のスケジュールって今、一杯です。
でもお話を聞いてこれ、絶対に出なければ一生後悔するって思いました。
礼子!いいわね」
とマネージャーの吉田礼子に言った。
「仕方ないわね。・・・私も今のお話を聞いていて
必ずあなたは出演するって思ったから仕方ないわね。
そのかわりクランクインまでとアップからのスケジュールは、
きつくなるからね。わかってる?」
「それぐらいの事わかってるわ。監督!いいですよね
「あははは、君にはかなわん。
でもどうせ夫婦で出演することになるからマアいいか」
「夫婦でって?・・・まさか」
「ああそうだよ。コーデリアの夫役はレイカ、
君の夫であるタカシ・ヒリュウを考えている。
アキアが現場にいるのなら変な役者はいれられないからね」
「うわ~あの人喜ぶと思います。
最近アキアとの仕事がなくなって刺激がないって毎日ぼやいていますからね」
「あははは、彼らしいね」
「ということは監督にはキャストが?」
「ああ、アキアが話すのを聞いていて、
すぐに映像の中で動き回る女優や男優達の姿が見えたんだよ」
「では?」
「カオル!君の思っている通りだよ、アキアがキャストされる以上
何も知らない者を多くは入れられない。だから今までに共演した者を使う」
「監督!ニューヨークの話もあるってことは、
ハリウッドの俳優も使うんですか?」
「そうだよ、ニューヨークでのロケでは君の家族や友達、
2人のマンションの住人等いろんな人が出てくる」
「じゃあ、今撮影に参加している連中を使ってあげてください。
アキアと同じ映画に出れるなら地の果てまで飛んでいく連中ですから」
「ジョージに頼もうと思っていたんだが・・・それはいいな」
「はい」
と嬉しそうに返事をして椅子に背もたれに身体を預けた。
聞いているアメリカの姉妹達もドキドキしながらじっと聞き耳を立てていた。
「ではキャストのことわかっている人だけでも教えて・・・」
「いいよ。勿論主演はコーデリア・ビーナス!・・・君だ。夫にはタカシ・ヒリュウ。
彼の姉妹達には、長女がカオルくんが、
次女にはTVで一緒だったサナエ・イトカワを予定している。
そして三女は君だ、レイカ」
『やった~』というように右手で拳をつくり真上に振り上げた。
「四女はメグ・イワサ、五女は勿論アキアだ」
「ヒヅルは?・・・ヒヅルは出ないんですね」
カオルの嬉しそうな顔にオノ監督は
「君の天敵のヒヅルかい?・・・あははは残念だな、君をがっかりさせて。
実を言うと主演はコーデリアだが、ヒヅルもそれに準ずる大事な役になる」
「大事な役?」
「それは言わない。
いくら出演するっていっても、君達にも謎がある方が楽しみじゃないか」
「それはそうですけど」
とぷっと頬を膨らませるカオル。
「君にとっては悪魔のようなヒヅルでも、
この映画はコーデリアとヒヅルが要となるんでね」
「ふふふ・・・私、ヒヅルとの共演も楽しみ、
あの子のことは今、撮影中だからよ~くわかっているつもりよ」
「それじゃあ、君達が見たがっているアキアのフィルムを見せるよ。
これは市販のDVDと同じものだ。時間を合わせるために少し切ってあるが、
貞子師匠のクレームによって全てを見れるように
始めから終わりまでの編集をしなくてはならなくなった。
わしはコンピューター処理というものは判らない。
だから昔からのフィルムを切ったりつないだりの編集方法をとっていた。
麗香君、君の謡の箇所を1箇所だけ切ってつないだところがある。
良く聞いておかしかったら言ってくれないか。
修正するか、もしくはもう一度録音してもらわなくてはならない。
あとの最終処理はコンピューター技師にやってもらうつもりだよ」
「じゃあ」
といって場内が暗くなりスクリーンに舞妓姿のアキアの姿・・・
「うわ~綺麗!」
「ファンタスティック!」
という声が飛び交う。
始めて見る舞妓姿はこの異国の妻達の目にどう見えているのか?・・・
ただうっとりと映像に引き付けられていく。
第一幕の桜の精の恋物語、第二幕の男女の恋・・・
前にも書いたが外人のほうがバレエやダンスを観劇する素養はできている。
そんな彼女達もサキの舞う恋の激情に身体が痺れてしまった。
その上、三幕のあのマイは一体何?
恐ろしげなマスクが割れ、白いキモノがレッドに染まった。
あれは血の色・・・別にCGではないし、小道具なんかじゃない。
あきあのことだ、マイに魔術なんて使う訳なんかない。
全て本物なのだ、
オニという化け物と人との狭間を心に込めてマイをマッた結果が
今フィルムの中に全てある。
「サキって恐ろしいわね」
とコーデリアが薫に言う。
「恐ろしい?」
「ええ。私は一応演劇のプロよ。でもそのプロの私が今こうして
素人みたいにサキのマイを見た喜びでもう体が震えてしょうがないの。
ジョージがカーネギーホールで一日だけサキのマイのショーを
計画しているのって判るわ。
私、猛烈にサキのマイを肉眼で見たくなった」
「私だって」
「私もよ」
「わしもそうだ」
振り向くとみんなの目がキラキラと輝いている。
デイブパパにしても身を乗り出してみている。
こうして四幕、五幕が終わりフィルムの試写が終わった。
「小野監督!1箇所・・・いえ2箇所、不自然なところがありました」
と麗香が言う。
「判った・・・で、どうする?」
「こんな大事なフィルムを機械的な修正なんてされたら・・・
私、我慢だ出来ません、だから・・・」
「だから?」
「もう一度録音していただけませんか?それも録音スタジオみたいなところでなく、
舞台のあるお婆様のところで紫苑の琵琶の演奏をつけて・・・」
「わかった、でもわしも時間は今日しかとれない。どうだろう、今からでは?」
「今からですか?・・・判りました。電話してみます」
と後ろの席からマネージャーの礼子に渡された携帯電話。
「もしもし、紫苑?私よ、麗香・・・うん、元気だよ・・・うん、うん・・・
実は紫苑にお願いがあるの・・・・」
と話をする。
「わかった。じゃあ、すぐ行くね。あっ、それからあの舞台で着ていた着物を着るから、
着付けを志保さんに頼んでくれる?・・・わかった。じゃあ」
と言って電話を切った。
「よし!それじゃあ、お~い!録音係り!機材を車に積めろ!」
といってから、コーデリア達を眺めてから
「そういうわけだから、
わし達は貞子師匠の家に行くが君達は京都見物でも何でもしてたらいい」
「嫌よ!京都見物なんて明日からも出来るじゃない。
こんなチャンスもう無いんでしょ」
「ああ、無いだろうな」
「じゃあ、私帰る!・・・ねえ、皆はどうする?」
「私だって・・・観光なんてするより家や病院で皆と話する方が面白いじゃない。
ねえパパは?」
「わしだって、あのレストランでゆっくりとコーヒーを飲んだり、
皆と話をしたり・・・そして、マイを見る。
わしにとって、この日本でしか味わえない至福の時なんだ」
「じゃあ、決まりね。帰ろう!」
皆が立ち上がった。
★★★★★
家に戻るとオーナーのマリとコウテイ達、
そしてナースのヤヨイまでもが迎えに出てきていた。
「麗香様!」
「志保さん、お願いできます?」
「へえ、じゃあ急いで・・・」
「はい」
と2人で先に家の中に入っていく。
オーナーのマリはそれを見送っていたが、すぐに振り向くと
「お帰りなさい。皆さんお疲れになったでしょう。
さあ、お上がりになってごゆっくりなさって」
と見事な英語で言うのだった。
全くこの家の人達は・・・とため息をつきながら靴を脱ぐ。
身近にこれだけ会話が出来る人がいるって・・・
日本に来る前に日本人は英語は勉強しているが
英会話が出来る人は少ないって聞いてきたのは全く嘘みたいだ。
「やあ、真理さん」
「これは小野監督。お話は聞いております。さあお上がりになってください」
「わかりました。お~い!機材をおろして運び入れてくれ。車は駐車場にな」
と言ってから、真理の後に続く。礼として貞子に先に挨拶しなければならなかった。
異国の妻達は看護師のヤヨイに
「一度病室に帰って気楽な服に着換えてきてください。
今は健康体ですけど、やはり締め付けられる服は駄目ですから」
「はい」
と言って素直に従って地下へと向かう。
楽な服に着換えると皆は集ってから一階のマイの稽古場に上がっていった。
そこには大勢の女性達が思い思いの格好で座っていた。華やかな舞妓達、
ナース姿の女性達、紺色の制服の女性達、聞いてみると婦人警官だという。
べスにとって国は違うが同僚に会ったと言う気安さがある。
オノ監督のスタッフ達は舞台下で忙しく機材の設定をしている。
コーデリア達は邪魔にならぬように
ジェーンママとマーガレットママとデイブパパが座るパイプ椅子の横に、
出来ていた空きスペースに腰を下ろした。
皆の後ろにはショウとヤヨイがパパとママ達の後ろにはユミが
それぞれ通訳のためにスタンバイしている。
日本の着物に着替えたレイカが舞台に上がる。
後ろからマンドリンのような楽器を持って続くのは
先ほど電話で話をしていたシオンという子だろう。
そういえば撮影所で見たフィルムの中にあの子が映っていた。
「じゃあ、1回テストするよ」
と舞台後ろの壁につけられた大きなスクリーンに映像が映された。
それと共にシオンの楽器から『ジャジャーン』と不思議な音色が
この部屋の中に鳴り響く。
低いテノールの歌が流れ出した。
一度聞いたがこうして新たに、しかも肉声で聞きなおすと
体中の血がゾゾゾ~と逆流する感じだ。歌詞は日本語だから判らないが
このレイカが日本のトップのシンガーというのが納得出来る。
宇宙にレイカのMDを持っていったセリナなんか
大きな目を開けたまま固まってしまっていた。
「よし、ストップ!」
オノ監督の声で演奏と歌が止まった。
「二人ともさすがだね。映像とのズレは後で直そうと思ったけれど
そんな手をかける必要もないね」
「ちょっと、ちょっと二人とも」
とグランマザーが声をあげた。
「二人とも前のときよりズッとズッと味わいがあって深みもあるんどっせ。
またまた成長されましたなあ」
と感心しきりだ。
二人ともコウテイに出されたジャパンティで喉を休めていたがグランマザーの言葉に
振り向いて頭をさげている・
「凄い!凄い!レイカも凄いけど、あのシオンも天才ね・・・
私本当にここに来てよかったって思っている」
それを聞いていたジェーンママが
「私もセリナの言うこと賛成ね。いつもハリウッドは
凄い人ばかりがいる凄いところって思っていたけど
ここはそれ以上のところね。ママもずっとここで住みたくなったわ。
それにあの温泉ってアメリカに無いし」
「私もハリウッドとこのキョウトと掛け持ちしょうかな。
ジェーンママが言うようにハリウッドにはここの温泉がないものね。
あの恩泉水の化粧水とミネラルウオーターは
大量に送ってくれるように頼んだけどね」
「えっ?そんなのあるの?私聞いてないわよ。コーデリア!」
べスが大きな声で言いかけたが慌てて小声で文句を言う。
「あらあら、べスは何にも聞いていなかったの?
サキ達がアメリカに来たときから持っていたのに」
「だってあの化粧水アメリカの有名メーカーの化粧ビンだったし・・・
確かに無臭だったからおかしいなって思ったけど」
「べスはそこが甘いのよ。私、すぐに遣わしてもらったの
。私アメリカのメーカーものが一番だって思ってたけど
でも。次の朝ビックリよ。
肌の潤いってもう・・・それはそれは頬に手を当てるとプルンプルンして
手のひらにくっつくのよ。だからアンナに言って少し分けてもらったの。
その時アンナに聞いたら日本にいけばいくらでもあるわよって、それも無料でよ」
「それって、温泉に入ったときのような効果があるの?」
とセリナが聞く。
「後は私が話しましょうか」
とショウが言った。
「あれは添加剤なしの正真正銘100%のここの温泉水なんです
。私も使ってみてビックリした一人です。
姉妹達に聞けば、化粧水なんていくらでもあるから自由に使いなさいって」
「ねえねえ、さっきのことどうなの?」
とセリナがせっつく。自分の荒れ肌を一瞬にして治した温泉だ。
「それは温泉に生きるウイルスの期限が1週間だからそうです」
「1週間?・・・1ウイーク?」
「そうハヤセの里から送られてきて皆が使うようになるときって
もうそんなに期限がないでしょ。
それに皆はここで直接温泉にはいっているから、
もう化粧水の効果は判らないっていっています」
「ふ~ん、ウイルスの賞味期限かあ、それでもあんな効果があるって・・・」
「そうなんです。ウイルスがいなくなっても普通の化粧水の何倍もの効果って、
調べられたミオ先生もアキコ先生も驚いているんです」
「これ市販されているんですか?」
「ええ、市販分はわざと1週間過ぎてから販売されます。
だって奇跡のような温泉効果を世間に知らせること出来ませんもの」
「そうねえ、そんなことすれば世界中の女性がパニックになってしまうわね」
「でも市販されている化粧水・・・
グランマザーの名前をとって『サダコ』って言います・・・
凄く評判がいいんです。
東京のミサオ叔母様が出しているレストランに化粧水ではないんですが
ミネラルウオーターをお客様に出しているんですが、
それはもうお代わりがひっきりなし、
空のペットボトルまで持ってくる豪の女性もいるんです」
「そうよねえ、水っていってもあんなに美味しいんだものね。
その上に効果があったら評判よねえ」
とエバが言うのをチラッとジェシーを見て笑うショウ。
それをさすがに見逃さなかったコーデリア。
「あんた達!何をこそこそしているの?」
「ふふふ・・・」
と横から笑い声がする。ユミだ。
「ショウ!ジェシー!コーデリアに隠れて何かをしょうとしたあんた達が悪い」
そういうとジェーンママと顔をみあわせ笑っている。
舞台ではオノ監督とレイカとシオンがまだ打ち合わせをしていた。
「さあ、ショウ。言っちまいなよ」
とユミがいう。
「そうね。ジェシー・・・どうしようか」
「まあ、ここまで判ってしまったらしょうがないか」
「どういうことなの?ジェシー」
カリアが聞く。
「実はね、サキ達とテキサスで出会った最初の日だったの。
シズカに頼まれたのはサキが作った製品ばかりではなかったわ。
シズカはアメリカの女性に多いそばかすや肌荒れに
この化粧水がどうかと思っていたらしいの。
だから大量にアメリカに化粧水を持ってきていた」
「あら私、そんなの聞いていない」
「だってコーデリアに言ったら、
あんたはたくさんの化粧水を取り込んでしまうでしょ」
「まあ・・・そうだけど」
皆クスッと笑う。
「まず、あなたが使ってみなさいってシズカに渡された化粧水。
寝る前に化粧を落としてから使ったの」
「うん、それから?」
皆の顔がジェシーに寄っている。
「朝、起きてまず手のひらを頬に当ててみたの、もうビックリ・・・・
手のひらに肌がくっついてプルンプルンいっているの。
鏡を見てもう一度びっくり、ファンデーションで隠していたけれど私、
そばかすで一杯だったの。
それが小さいころからの私の悩み・・・
それがどうお、全部といわないけれど少なくなっているのよ。
私、ママとシズカを呼んだわ。
ママは私を見て『まあ』と言ったっきり固まってしまったわ」
「それはそうよねえ、小さいころから素顔を見ているわたしにはもう別人だったわ」
「シズカは『どうやら効果があったみたいね』ってニッコリ笑うの。
ショウが通訳だったから、そこにいたわよね」
「ええ、でも私が見た限りそばかすってそんなに目立っていなかったと思いますけど」
「ね、私の素顔を始めて見た人もそう言うわ。
長年鏡を見続けた私にはもう半分に減った・・・としか見えなかった」
「でもさあ、昨日温泉に入った時、ジェーシースッピンだったでしょ。
そばかすなんてあった?」
「へへへ・・・化粧水を使い続けたおかげで全部消えたの」
「全部消えた?」
「じゃあ、昨日温泉で私の肌が綺麗になったでしょ。
あれと同じ効果がウイルスの消えた化粧水でもあるっていうの?」
「そう、不思議だけどね」
「凄い!私友達に勧めるわよ。悩んでいる人ってとんでもなく多いわ」
「どうお?売れると思う?」
「そりゃ売れるわよ。それにミネラルウオーターだって売れると思う」
「実をいうとね、今度立ち上げる会社のメイン商品にしょうと思ってるの。
それだったら、女性ばかりの会社っておかしく見えないでしょ」
「いいわね、でも化粧品会社にするの?」
「ううん、扱う商品って化粧水に限定できないでしょ。
化粧品を扱うのに免許がいるなら取ってもいい。
でも会社の名前は『オクトコーポレーション』、
結局はサキの作った商品が会社の利益のほとんどだと思うから」
「それはそうよね。サキのBBXってきっと売り出したとたんに
品切れになるような商品よ」
「それが頭が痛いところなの」
「なるようになると思うわ。
でもさ、あんた達はとんでもなく忙しくなるのは火を見るよりあきらかね。どうする?」
「帰ったら、まずは女性達の面接をしなくてはならないわ。
ホワイトハウスからは何人かの面接依頼が来ているし」
「えっ、もう?」
「そうよ、あんた達にも面接官を頼むわよ」
「うへえ、面接をやるって考えもしなかった」
「しっ・・・始まるわよ」
夢を見ているような時間が過ぎていった。
1幕を終わったら収録は終わりだったが
グランマザーがそれを許さなかった。ここまで見たのだ、
最後まで見せてほしい・・・と言うのだ
そりゃそうだ、誰だってそう思う。2幕が終わり3幕・・・・
面が割れ、白い着物が真っ赤に染まった。
「あれって、サキの汗だそうですよ」
ショウが言った。
「真っ赤な血の色はサキの汗?・・・・」
頷くショウに
「そんな馬鹿な・・・汗が真っ赤な血の色に変わるなんて・・・」
コーデリアの声にグランマザーの声が飛ぶ。
「なあなあ、コーデリアはん。あんたの言うことうちにはわかりまへん。
けんどあんたが言いたいことわかりまっせ。
今見たこと疑うておりますやろ。へえ、うちだって最初はそうどした。
この舞台で、小沙希ちゃんが最初に舞って見せてくれたんどす。
流した汗が真っ赤な血に変わったんどす。
そんなこと嘘やおもても、自分の目の前で事がおこったんどす。
信じられまへんどしたけんど、ほんまやったんどす。
こんなこと誰だって出来るもんやおまへん。
小沙希ちゃんやからこそ出来た・・・うちそう思います」
納得出来ないが、グランマザーの口から出た言葉、コーデリアには納得できた。
再度始まったフィルム・・・・華やかな舞妓達の舞で終わった。・・・皆沈黙だった。
頭の中にヨーロッパの異国でニッコリと笑う小沙希の顔が浮かび上がってくる。
そのときだ。
「ハロー・・・誰かいませんか?」
と庭先から声が聞こえた。
慌ててコウテイの一人がカーテンを開けるとガラス戸の向こうに
背の高い黒人の女性が立っていた。
黒人と言ったけどよく見ると白人とのハーフかクオーターか
白人が少し日に焼けたぐらいの肌の黒さだ。
「ナタリー!」
と言って立ち上がったのはミオ先生だ。
あのいつも落ち着いているミオ先生があんなに慌ててガラス戸を開けた。
あっ!裸足で庭に飛び出して二人で抱き合って飛び跳ねている。
みんな呆然とこの様子を見ていた。
コウテイの一人が慌てて玄関から庭に回ってサンダルを渡した。
足の裏を払ってそれを履くミオ先生。
しゃべり続けているのが玄関に回ってもその声が聞こえている。
みんなあっけに取られて誰も声を上げる者はいない。
オノ監督だってスタッフ達だって機材を片付ける手を止めてこの様子を見ていた。
廊下に顔を見せると女性の肩に手を置いて、
皆に紹介するように1ッ歩前に押し出すと、
「皆、紹介するよ。私が留学したとき、高校生の時1年間と大学の1年間、
そしてインターンの時の3年間。
私は彼女の家にホームステイしていたの。
名前はナタリー・ウッズ、今はワシントン州立病院で産婦人科の副部長しているわ」
「産婦人科の?・・・というと私達の?」
「そういうこと。ナタリーはあんた達の主治医になるの。
だからこの日本まで来てもらったというわけ。
ちょうど5名の患者達が入院していて、
今まさに新しい命を誕生させようとしているわ。
それを手伝ってもらって慣れてもらおうと思ったの」
「慣れるって?・・・ミオ!私だってもう千人以上この手で取り上げているのよ」
心外だというようにミオに文句を言うナタリー。
「でもね。ここにいる妊婦さん達の赤ちゃんの誕生の仕方って普通の人と若干異なるの。
ねえアキコ先輩」
「そうよ、私だって始めてマリさんの赤ちゃんを取り上げた時には
本当に肝を潰したものね。
それもマリさんだけじゃなかった。サキちゃんの子供を産んだ全員なの。
それはそれは厳かだったわ」
二人の女医の言うことに外人妻達何やら凄い予感がする。
その時だ。玄関の戸が開く音がして
「ただ今」
といってドヤドヤと廊下を歩いてくる音がしたる。
『ガヤガヤ』ととにかく煩い。
顔を見せた全員が静々とグランマザーの前に座った。
グランマザーはもう零れ落ちそうな笑みで一杯だ。
コウテイ達も、もうニコニコ顔だ。
「お婆様!ただ今、戻りました。
これより少しお騒がせするやもしれませんが、よろしくお願いします。
「何をいわはるんや、皆自分の家に帰ってきただけやおへんか。
遠慮なんか・・・・何を言うとるんどすか」
笑いながらもそう叱るグランマザー。
「それを聞いて安心しました。志保さん勝枝さん、そして皆さん、ただ今」
「おかえりやす」
コウテイ全員が頭を下げるがもう満面の笑顔だ。
するとくるっと振り返って
「みなさん!、ただ今!久しぶりの我が家です。
ゆっくりと生き抜きしますから皆さんもよろしくね」
と挨拶する。見た目若いのに何だか気おされるような凄い貫禄だ。
「あの人がサキの正式の奥さんになる、リツコさんなの」
「へえ・・・・でも何だか凄い貫禄ね」
「あの子、子供が産まれて変わったからね」
とミオ先生。
横から
「ヒヅルがここにいたら言うでしょうね。
さすが元スケバンのリツッチャン先生ねってね」
とカオルが座りながら言う。
「スケバン?」
聞きなれない言葉に聞きなおすエバ。
「常に成績がトップなのにスケバンとして暴れまわってらしいわ」
「暴れまわる?」
「あの子にはどうしても耐えられなかったことに遭ってから変わったんだって。
それまで誰にも優しい子だったのに、
男を毛嫌いするようになって町のチンピラや不良学生を
叩きのめしていたって聞いたわ」
「オウ!それなら判る。正義のヒロインよね。でも先生って?」
「あの子がハイスクールの時から、ジュニアスクールの子の家庭教師をして
最後には日本で一番のそして一番難しい法科に入れたの。
そしてサキがアメリカに行く前迄ヒヅルとミヅホの家庭教師をしていたわ。
今は医者を目指そうとしている二人の女の子の家庭教師よ」
「サキの正式の奥さんって判るような気がするわ」
「それでもサキは遥か上を行く気かん坊だからね。あんた達も妻として自覚するのよ。
戒めって大事だからね」
「カオルだって妻でしょ。他人事みたいにいわないで」
とコーデリアが言う。
「だってサキって私には手に負えないもの」
「私だってそうよ。
私あのマフィア最大のエドガー一家の悪い奴を叩きのめす現場にいたんですからね。
私だってCIAで命を何度も落とすような・・・・アワワワ」
と口を押さえるエバ。さっきカオルに言われたこと思い出したのだ。
慌てて口を閉じるが遅かった。
冷たい目をしたカオルがエバをジッと見て言う。
「それから?・・・・・」
どんな悪党との戦いで窮地に陥った時よりも、今の方が恐ろしい。
隣のカリアが気の毒そうにエバを見ている。
「いいから、言って御覧なさい」
言葉が無茶苦茶冷たい。
「私だって・・・CIAで・・・命をかけた戦いって・・・幾度も経験したけど・・・
あんな戦い方って前代未聞、恐ろしくて腰が抜けました」
最後は早口で言い終えた。
「ふ~ん、腰が抜けたの。それから?・・・」
「これが力の違いだって実感しました。
男達を叩き伏せましたが誰一人、傷一つ付けなかったのが不思議でした」
「不思議だった?」
「ええ、でもサキと一緒の時間が長ければ長いほど
その笑顔と優しさで不思議だったことが判かったんです。
だからでしょうか、もうその時にはサキと別れる事が出来なくなっていました」
「そうよねえ、それで誰しもサキに惹かれていくのよね。不思議をもう一つ言うと・・・」
「それ私にも判る」
「じゃあ、コーデリア!言って御覧なさい」
「サキ一人の旦那さんにこれだけの妻達なのに誰も嫉妬するものはいない」
「そう、正解よ。でもこれだけは私判らない。いくらハヤセの女と言っても、女は女よ。
嫉妬は女の専売特許だけど誰一人いないのよ」
「それはきっとあれよ・・・」
「あれって何よ。はっきりいいなさいよ。コーデリア!」
「サキって旦那さんが偉大だから・・・
サキを独り占めなんて出来ないよ。恐れ多いもの」
「そうかもね・・・・いいえきっとそうよ」
とべスが言う。
「そうね。サキだからってことか・・・
ねえ、サキの奥さんになれた私達って幸せなんだよね」
「おまけに姉って呼んでくれるし」
とセリナ。
「それに凄い人」
とベス。
「天才女優だし、天才発明家・・・・」
とカリア。
「不思議な魔術を使う魔女」
とエバ。
「可愛さ100%」
これはジェシー。
ジェーンママもマーガレットママもデイブパパも横で笑っている。
「姉さん、もう一つ忘れているわよ。
サキの中の10%の男ってそれこそ超ど級ってことを」
これはミオ。横でナタリーが目を大きくして聞いている。
「そうね、それに妊娠は100%」
とコーデリアが笑う。少し照れ笑いだ。
ナタリーはそんな彼女達を見て驚きで一杯だった。
確かにミオから・・・彼女から・・・
いつの日だったかアマゾネスのハヤセのことは聞いていた。
ショックを受け一晩中泣き明かしたことがある。
親友の血族の悲しい歴史・・・嘆き悲しむことしか出来なかった。
そんなある日、と言っても最近のこと、
ミオから電話があって『やってもらいたいことがある。
勿論、産婦人科に関することだが詳しくは直接説明したい。
だからすぐにでもジャパンに来てもらいたい。
飛行機のチケットは、すぐにも届くはずだからそれが届き次第、
バック一つでいいから飛んできて・・・』
それだけ言うと電話が切れたのだ。
一体何?数年も連絡が無かったくせに、この強引さは相変わらずだ。
でもミオに頼まれると嫌とは言えない。だからこうしてジャパンに来た。
初めてのジャパン、初めてのキョウト、そして初めてのジャパニーズハウス。
なのにこれって一体何?・・・数人いた男性は帰っていった。
残るはこの広い部屋に沢山の女性だけ。
もう余りアメリカでも見られなくなったナースの制服を着たたくさんのナース達。
日本の伝統の着物を着たあれがゲイシャガールなのか。
そして紺色の制服・・・あれは一体?・・・
そうか、日本の映画で見たことがある。確か警察官だ。
さまざまな職業の女性達・・・・そして・・・そしてコーデリア・ビーナス!、
いくら世の中のこと知らない朴念仁のナタリーでも知っている
有名なハリウッドスター・・・
そんな彼女がどうしてここに?・・・・えっ?・・・まさか?
・・・慌ててミオの顔を見る・
ミオもそんなナタリーの心の内を読んでいた。
「ナタリー!あとで皆を紹介するわ。その時に全てを話してあげる。
でもたぶんナタリーが思っている通りだよ」
とミオが言った時、『パタパタ』と足音。廊下から姿を見せた若いナースが
「ミオ先生!アキコ先生!ヒワコ様とケイト様が産気づかれました」
勿論、ショウとユミの通訳付だが、その言葉に部屋中が騒然となった。
ミオは急いで立ち上がると大きな声で
「アキコ先輩!・・・ヤヨイさん!あなた達はヒワコ姉さんを頼みます。
ナタリーはケイトを・・・私が介助にまわるからね・・・」
部屋を飛び出す二人に
「さあ、ナタリー・・・ここはあなたの腕の見せどころよ」
訳もわからぬままミオに腕をつかまれて部屋を出て行くナタリー。
部屋にいた4~5人のナースが後を追っていく。
ジェ-ンママと抱いていたアリサをデイブパパに渡したマーガレットママも
黙って部屋を出て行った。
4人のコウテイ達も後を追う。
「ねえ、私達も行かない?」
「ええ」
と真っ先に立ち上がったのはジェシーだ
慌てて6人が立ち上がり、後を追い出した。
「これこれ!あんた達!」
グランマザーがそう叫んでいるが、日本語だからコーデリア達には判らない。
でも言いたいことは伝わってくる。
『これこれ、あんたら!あんたらが行っても邪魔になるだけで何にもならしまへんえ。
ほらほら、そんなに走って・・・もっと自分の体大事にしなはれ!』
そう言っているのだ。サキの妻となったが故にそこまで身を案じてくれる。
くすぐったくて心地良い。
特に身寄りの無いコーデリアとべスにとって産まれて初めて味わえる家族の味だ。
自然と頬を冷たいものが流れてくるのは仕方がないだろう。
昨日教えてもらった分娩室の前には、ママ達とコウテイ達が心配そうに立っていた。
お産は病気の一種なのだ。医療が発達した現在でも100%安全だとは言えない。
特に年を取った女性達はそんな例をその目で幾らでも見てきている。
ジリジリするような時間が過ぎていった。
そして皆が耳を澄ませ部屋の中の様子を聞き耳たてている時だった。
一人の若い看護婦が出てきた。
「皆さん!ヒワコ様とケイト様の強いご希望です。
どうか部屋の中で私達を見守っていてほしいと・・・」
そして外人妻達に向き直って、
「これは皆様方が来年経験されることなのです。その目でしっかりと見ていて欲しい。
ケイト様がそうおっしゃっています」
この言葉はショウとユミの通訳で小さな声だがしっかりと彼女達に伝えられた。
頷くコーデリア達・・・。
防菌の白い上っ張りと大きなマスクと帽子・・・・を着てから静かに分娩室に入る全員。
入って見て判る部屋の広さ・・・経験済みのセリナが
「まあ・・・」
とと言ったきり言葉にはならなかった。
聞くと普段は真ん中に仕切りがあり二部屋の分娩室になっているが、
今回は二人の意向によりこうして仕切りが取り払われ、
広い分娩室の真ん中に二つの分娩用のベットが並べられていると言う。
二人の悲鳴のような叫び声が部屋中に響いている。
4人のコウテイ達がそれぞれのベットで二人の顔の汗を拭いているナースを見て
二人づつに分かれてナースからガーゼを取り上げた。
慌ててアキコ先生を見るナース達・・・
チラッとこの様子を見て軽く頷くと安心して忙しく働くナース達に
加わっていく二人のナース。
コウテイ達は二つのベットの患者達の顔の両側に回り、交代で顔の汗を拭いている。
敬虔な部屋の中・・・
筋が伸びエバとカリアなんか胸のところで十字を刻んでいる。
危険な仕事を厭わないこの二人が経験する初めてのお産のシーン、
神に祈るなんて生まれて初めてだ。
それはいきなりだった。ヒワコとケイトの二人が同時に
「ウグッ」
と叫び声が途切れた。
「あっ!頭が出てきた・・・もう少しよ、がんばりなさい!」
そんなアキコ先生の叱咤が飛ぶ。
ケイトの脚の真ん中にいるナタリーの緑の手術衣と帽子、
白いマスクから出ている大きな目が一層大きくなった。
それは信じられぬものを見た驚きだった・・・
脚の間から立ち上がったナタリーは光に覆われていた。
その両の手には光り輝く小さな赤ん坊がいたのだ。
ヒワコのお産に立ち会っているアキコ先生だってそうだ。
二人の光輝く赤ん坊が部屋中を明るく照らしている。
赤ん坊達の泣き声が聞こえない。
でも、無事なのは元気に手足を動かしていることから判る。
二人の赤ん坊はナース達に渡され、きれいに拭かれている。
「さあ!ケイト!・・・女の子は無事に産まれたわよ。次は男の子、がんばって!」
今度はあっというまに男の子が産まれた。
一度産道が開くと二度目は最初ほど酷くは無い。
光輝く4人の赤ん坊・・・・それはとても不思議な光景だ。
でも部屋中がとても暖かい・・・・それは幸せな心地よさでもあった。
ナースから二人の光り輝く赤ん坊を渡されたベットで横たわる二人の母・・・
このことは聞いていたのだろう慌てることなく愛しげに赤ん坊を抱いている。
それからが大変だった。
肝を潰したというより固まってしまったのはナタリーや外人妻達だ。
あれは日本の姉になるヒワコの枕元に忽然とか神々しい姿が現れたのだ。
「菩薩様!」
と声をあげて頭をさげるミオ。
そして、ケイトの枕元には・・・・・
「あっ!マリア様!」
とセリナが思わず声をあげる。
その声で体が一瞬硬直するが十字をきるのは生まれてから身に付いた習慣なのか。
ナタリーも外人妻達も手を胸前で両手を硬く組み、膝を曲げて祈っていた。
日本の仏と西洋の神は静かに厳かに二人の母が抱く光り輝く双子の額に
両の人差し指をあてる。
ゆっくりゆっくりと光が仏と神によって消えていく。
やがて双子達の光は消えた。
マリア様は母となったケイトに優しく微笑みかけ、
「我が娘ケイトよ、よかったですね。おめでとう。
母となった喜びと幼子への慈しみが手に取るように感じられます。
これからもあなた達のこと見守っておりますよ」
といってから外人妻達に見て優しい笑みを向けられ、
「我が娘達、次はあなた達が元気な子を産むのですよ。
見守っていますからね。
そう言ってからカチカチに体を固まらせているナタリーに向かって
「ナタリー、あなたはもう一人ではありません。
この先あなたには素晴らしい未来がまっています。
このまま真っ直ぐに歩んでいきなさい」
といって消えられた。
ナタリーと外人妻達は床にお尻を落として泣き出してしまった。
『マリア様』に出会った喜びなのか驚きなのか本人達にもわかっていない。
ただただ目から溢れ出た涙と嗚咽がとまらなくなっている。
やがてそれも癒えた。
顔を上げると『ボサツ』と呼ばれた仏が神々しい笑顔で
「マリア殿のいわれたこと、心に留めておきなさい。
そしてサキ殿と出会った幸運を忘れないでおきなさい。娘達よ」
日本人には日本語、アメリカ人には英語・・・で心の中に語りかけられたのだ。
神や仏が消えた分娩室にはしばらく静寂の時が流れた。
やがて『ホー』と一斉に大きな吐息が漏れた。緊張感が解けたのだ。
そして皆の顔に笑顔が溢れていく。
我先にベットの上の双子達に群がっていった。
『ワイワイ』とさえずるのは日本人もアメリカ人も同じなのだ。
こうして1ヶ月に及ぶ妊娠に対する検診や心構えなどをしっかり日本で学び、
そしてアマゾネス『ハヤセ』の一員として・・・
家族の一員として心から楽しかったといえる日本滞在が終わった。
特に天涯孤独だったコーデリアとベスにとって
生まれて初めての家族というものを味わえた嬉しさはもう口では言い表せなかった。
特に昨夜行われた送別パーティの中でグランマザーに抱きしめられて
「コーちゃんもベスちゃんも、うちの孫なんえ。
それにここも京の家もあんた達の実家なんどす。
毎年帰って来るんえ。約束どす」
と言って抱きしめられ、子供のように大きな声で泣いてしまった二人、
今ではこの二人が孤児として孤児院で育ったことは、ここにいる全員が周知のことだった。
グランマザーからコーちゃんと呼ばれるようになっていたコーデリアもベスにしても
他のアメリカの妻達も、3人のママもデイブパパもおまけにナタリーまでも
日本語は解せないが、グランマザーの話すほんわかとした京都弁だけは、
通訳なしでも判るようになっていた。不思議なことだ。
産まれて間もないが、6人の母達は我が子を連れてしばらく早瀬の隠れ里に帰るという。
鈴ママも菊野屋の女将も付いて行くらしい。
それを聞いたグランマザーも骨休みに里へ帰ると言い出した。
そうなれば高弟達も全員とはいかないが半数は付いていくことになった。
こうして話は大きくなり、
二人の尼のように地下で働く女性達も里には行ったこともない者もいるので
バス1台ではまかない切れなくなって、バス2台をリースした。
勿論、運転手は里の女性だ。
アメリカ人達は目を輝かした。
里のことはアメリカで何度も何度も聞かされていからだ。
だから本当に行って見たかった。
でも帰国があと1週間とせまったのであきらめていたのだ。
だから、里に帰るという話に飛びついた。
妻達も主治医のナタリーもママ達も明子でさえ
あまけにこの頃には温泉等の場所は規制されたが、
デイブパパは地下のマーガレットママの部屋で泊まれる等
地下の病院施設や地下の施設での行動がゆるやかになっていた。
今まで僧侶達の出入りもあり、デイブパパの人柄もわかり、
おまけに産まれて来る子供の半数は男児ということもあり、
1000年続いた早瀬の『男子禁制』という規則は考えざるを得なくなったのだ。
大勢が帰ってきたので里の中は活気づいた。
初めてここを訪れた者達は一様に驚きで一杯になる。
季節外れの満開の桜・・・
春のような風の中に舞う桜の花びら、でも桜は枯れはしない。
花が散った後から芽が出て花が咲く。自然の摂理がここでは通じない。
心地よい風が頬をうつ。
初めて里を訪れた翔や弓にしてもあまりのことに身動きすらで出来ないで居た。
「これってサキだわ」
桜の木の下でステップを踏みながらコーデリアは踊っていた。
サキとダンスをしているかのように。
「本当・・・サキに抱かれているみたい・・・」
ベスもセリナもカリーナもエバもジェシーも・・・
チェとジャクリーヌでさえ手を取り合って踊っているのだ。
ママ達やデイブパパ、日本の姉達はそんな彼女達を笑いながら見ている。
「さあさ、あなた達長い間バスに揺られてきて疲れたでしょ。
少しお部屋でゆっくりとしてから皆で温泉に入りましょ」
そういうマリの言葉にほっと肩から力が抜ける初めてここを訪れた者達。
ハヤセのアマゾネスの聖地なのだ。緊張するなというほうがおかしい。
特に故郷というものを持たないコーデリアとベスにとっては、
ここが生まれて初めての持った故郷となる。
こみ上げて来るものがあっても不思議ではない。
いち早く気づいた翔と弓が二人の肩に手を回し『トントン』と二度三度軽く叩く。
そんな二人にそっと頭を預けるコーデリアとベス。
それを見届けたかのように薫風が皆を包み込んだ。