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常夜紫煙堂事件録  作者: 兎深みどり


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14/50

第十四話 木の匂いの行先

 商店街のシャッターが順に上がっていく音が、朝の空気に薄く重なっていた。

 常夜紫煙堂のガラス戸は半分だけ開き、棚の硝子瓶は口を固く結び、黄銅の秤は皿を閉じたまま針を零に置いている。

 カウンターの上には昨夜の“収穫”――透明袋に戻した白紙の紙片と、駅のロッカー“312”の使用ログ、そして鳳章インテリアの搬入記録のコピーが整然と重ねられていた。

 紙の角をぴたりと揃えるだけで、紫郎の呼吸は整う。


「おはようございます、紫郎さん」


 鈴が鳴り、天田芽衣子が入ってきた。

 制服の襟は正しく、目の下にはうっすらとした陰。

 だが口元の線は強い。

 手には、駅務室経由で取り寄せた追加の照会票と、文化連絡協会の杉谷から届いたメールのプリント。


「おはよう、天田」


「協会から、“K”の追加情報が 一つ。氏名は依然伏せ、現場立会いは“案件限定”。過去の案件で、鳳章インテリアと弦月サービスの“二重協力”が三度ありました。全部、仮設ステージと展示什器の運搬名目。担当は“梶谷礼司”。」


「名前は“匂い”だ。扉を開ける言葉になる」


「加えて、“K”が現場で使う資材リストに“反射粉(銀)”“粘剤(低香)”“巻紙型治具”の記載。型番は空欄。……巻紙型治具って」


「舞台の煙の“見え方”を調整する道具だ。煙草ではなく、スモークの散りを読む為のもの。だが、巻紙の癖は“人の手”を語る」


「なるほど」


 天田は紙を置き、昨夜の白紙の“名刺”を取り上げた。

 片面に擦り付けられた銀粉が、朝の光を鈍く返す。


「港へ行きます?」


「行く前に、寄りたい所がある」


「どこです?」


「港と協会の間にある“木工”。――鍵に付いていた胡桃油の匂い。あれは、舞台より“治具屋”に近い」


「治具屋?」


「舞台用の小道具や枠を手早く作る町工場だ。胡桃油で木口を落ち着かせる店が一軒、心当たりがある」


「行きましょう」


 紫郎は瓶の口を 一つ閉め、ガラス戸に“準備中”の札を下げた。

 外の光は薄く、風はまだ動かない。


ーーー


 湾岸へ向かう途中、商店街の端を抜けた裏筋に、小さな木工所がある。

 看板に「和泉治具工房」とあるが、文字は色褪せ、出入り口のシャッターは半分だけ持ち上がっていた。

 中からは木の粉と油の甘い匂い。

 作業台の上には角材と曲尺、ベルトサンダー。

 壁には小さな油差しが十本、並んでいる。


「ごめんください」


 天田が声を掛けると、奥から年配の男が姿を見せた。

 手袋を外す所作はゆっくりで、指の節には長年の木の仕事が刻まれている。

 男は紫郎の顔を見て、目尻に皺を寄せた。


「おや、紫煙堂の」


「和泉さん、少し教えて欲しい」


「なんだい」


「胡桃油の匂いだ。鍵に付いていた。加えて、油差しの先の癖が少し特殊だった。先細りに布を巻いてある」


「うちのやり方だな。先を金属のまま使うと油が“跳ねる”。布で吸わせてから置くんだ」


「駅のロッカーの鍵に、この匂いが付いていた」


「駅?……清掃の若いのに一本貸したが、返しに来たのは“別の手”だったな。先週だ。ベストの連中は急ぎが多い」


「“別の手”」


「女だった。軍手の上に薄い手袋。指がまっすぐできれいで、木の人間ではない。言葉が早い」


「何と言った」


「『同じ油をもう一本。費用は“協会”で』」


「協会、という言い方をした…?」


「した」


 天田は目を合わせ、頷いた。

 紫郎は壁の油差しと作業台の角に目をやる。

 油差しの一本だけ、先の布の巻きが逆向きだ。

 右利きが巻いた布の向きではない。

 和泉が気づくより早く、紫郎はそっと顔を上げる。


「巻いたのは、女の手じゃない。左利きの誰かが急いで巻いた。――油差しの出所が辿られると困るから、布だけ替えて持って行った」


「先週ですか」


「ああ。週末前の夕方だ」


「ありがとうございました」


 店を出ると、風が少し動き始めていた。

 海の匂いが薄く、街の埃に重なる。


「協会を名乗って“治具屋”から油を手に入れる。

清掃を名乗って鍵を触る。……“名前の借り方”が似てます」


「借りる名前を選べるだけの“現場勘”がある。

『ここでこの名前を出せば通る』という勘だ」


「“K”の周辺の手、という事ですね」


「そうだろう」


 天田はメモに“和泉/油差し/左巻き”と記し、短く息を吐いた。


ーーー


 鳳章インテリアの港湾倉庫へ向かう途中、協会の杉谷から電話が入った。

 手短な報せ。

 昨夜の“監査部回付”印に関して、協会側でも同じ朱印が一件だけ混ざっていたという。

 回付経路に“監査”が顔を出すのは異例だ。

 杉谷は困惑気味に言う。


「私の手を離れて書類が動くのは珍しいのです……刑事さんは“急いだ方がいい”と」


「分かりました。こちらで当たります」


 通話を切ると、北条からもメッセージが届いた。

 港の外周カメラに、昨夜の女らしき影が“通り抜け”で映っている。

 隣接する私設カメラ(喫茶“ベイライト”の入口)にも、フードの縁と顎の形。

 耳のピアス穴。

 歩き方。

 科捜研の簡易照合では“高一致”と出た。


「顔は映ってないけど、“在る”ですね」


「在ればいい。線になる」


 湾岸の風が強まり、空は明るいのに光は薄い。

 鳳章インテリアの受付で身分を示すと、昨日と同じ会議室に通された。

 壁の輸送マップは青いラインで塗り直され、主要ルートに赤のピンが増えている。

 すぐに扉が開き、梶谷礼司が現れた。

 昨日と同じ無駄のない動作。

 ネクタイは朝から乱れていない。


「またお越しとは、恐れ入ります。どういったご用件でしょう」


「搬入口の“空パネル”を再確認させて下さい」


「どうぞ。ご案内します」


 倉庫の中は前日よりも整っていた。

 詰め直されたパレット、交換された梱包テープ。

 だが、匂いは薄くしか消えていない。

 反射粉と粘剤の軽い膜が、空気の上にまだ残っている。

 紫郎は空パネルの縁を指で撫で、わざと何も言わずに手を離した。

 すると、梶谷は自然体のまま、担当者に視線で“その辺を見せろ”と合図を出す。

 担当者がパネルの縁を持ち上げる。

 内側の余白は、昨日よりも狭くなっていた。

 角に薄いテープが追加されている。


「反り防止を強化しました」


「そうですか」


 天田が紙を取り出す。

 協会から受け取った資材リストのコピー。


「“K”が現場で使う資材に“反射粉(銀)”“粘剤(低香)”“巻紙型治具”とあります。こちらに搬入されたパネルに、反射粉の残りが見えます。偶然ですか?」


「倉庫は多目的です。

様々な業者が出入りしますので」


「ロッカーの“312”に封筒が差し入れられ、別の封筒とすり替えられました。その座標は、こちらと弦月サービスの間。偶然ですか?」


「港は狭い。

偶然はあり得ます」


「偶然は続けば必然です」


 梶谷は薄く笑った。

 昨日と同じ言い回し。

 天田は視線をそらさず、次の紙を差し出した。

 輸入家具の原産地証明のコピー。

 木材種の欄に“シダー”の記載。

 シダーは広い。

 スペイン杉もレバノンスギも、呼び方は同じだ。

 だが、証明書の印影の一つに、別の貨物のコードが紛れている。


「この“コード”、同じ便に『装飾パネル』と『木箱』が載ってます。木箱の受け手は“別会社”。でも、通関番号は隣り合っている」


「港ではよくある話です」


「木箱の匂いが“葉巻”でした」


 梶谷の目の奥に、短い硬さが走った。

 すぐに笑顔に戻る。


「嗅覚に自信がおありのようだ」


「煙草屋だ」


「失礼」


 担当者がパネルを戻そうとして、ふと手を止めた。

 縁の内側、アルミ枠のビス穴に、細い銀の粉が一筋。

 手で払われない“内側の粉”。

 紫郎は目で追い、天田は写真を撮った。


「この粉、昨夜と同じです」


「舞台用の反射粉は、家具の世界ではまず使いません」


「倉庫は多目的ですから」


 梶谷は繰り返し、今度は少しだけ丁寧に頭を下げた。


「本当に、協力は惜しみません。ただ、弊社の業務に直接の疑義が掛かっている訳ではない。必要とあらば監査部にお回しください」


「“監査部”……協会にも同じ言葉が滑り込みました」


「それは存じません」


 会議室に戻ると、卓上に「面談記録」の用紙が置かれていた。

 応接担当が“形式上”の記入を促す。

 天田は空欄を見つめ、ペンを持つ。

 日付、所属、目的、相手方名。

 ペン先が“梶谷礼司”と書く前に、紫郎が軽く首を振った。

 天田は何も書かず、ペンを置いた。


「形式より“在った事実”を書きます――写真を添付して」


「構いませんよ」


 梶谷は笑顔を崩さず、来訪者トレイに名刺を二枚置いた。

 天田は受け取らず、視線でだけ礼をした。


ーーー


 外に出ると、風は潮の匂いを強く運んでいた。

 喫茶“ベイライト”の入口には昼の客、窓越しに砂糖とコーヒーの甘さ。

 北条が手を振って近づいてくる。

 ポケットから折り畳んだプリント。


「外周カメラで女の“通り抜け”を三箇所拾えた。耳の形、踵の返し、腕の振り、ピアス穴。既知データに“舞台進行・大道具・フリー”の一人が近い。名前は“朝比奈”。ただし、顔面照合は不一致。別人の可能性が高い」


「偽名か、似た職能の別人か」


「“朝比奈”の同業が周囲にいるかを洗う」


「お願いします」


「それと、駅務室から追加。清掃責任者“矢倉”は、協会の“安全対策”の会合に年一で参加歴あり。名簿は開示に時間がかかる」


「名簿は“名前の借り物置き場”だ。あれば十分」


 天田のスマホが小さく震えた。

 佐伯からメッセージ。

 “映像と記録の提出、監査部へ。現場との接触は控えよ。焦るな”。

 短い指示。

 天田は返事を打たず、胸ポケットに戻した。


「課長は、正しい……でも、遅い」


「遅いのは“仕事”。速いのは“手口”。――だからこそ、匂いを見ておく」


「はい」


 紫郎は歩道の縁に目を落とした。

 反射ベストの背中が遠くを横切り、黒いテープが一本だけ貼られている。

 昨夜は二本。

 合図は変わる。

 変わるのは、塞ぎに来る合図だ。


「北条。今夜、“看板の影”に“箱”を置く」


「囮か」


「箱ではなく、“箱の位置”だ。何も入れない。空の場所に“重み”をつける」


「やり方は」


「香りの“橋”を細く掛ける。手順を知っているなら、そこを通る」


「よし、俺は通りの向こうを回る」


 段取りは短く、言葉は少ない。

 午後は店に戻らず、協会の杉谷に報告を流した。

 彼は困ったように笑って言う。


「監査の件、私の手でも追ってみます」


「無理はするな」


「無理はしません。焦らず、急ぎます」


 言い方が少しだけおかしくて、三人は小さく笑った。

 笑いはすぐ消え、風だけが残った。


ーーー


 夜。

 常夜紫煙堂の前に、紫の看板が静かに浮かぶ。

 ガラス戸の内側に薄い灯り。

 瓶の口は閉じ、秤は皿を閉じ、鏡は光を返さない。

 紫郎は看板の影の“端”に、ほとんど気づかれない薄さで香りの“橋”を渡した。

 橋は風で揺れず、地面の凹凸に沿うだけ。

 天田は通りの角を斜めに見渡せる位置へ。

 北条は向かいの建物の陰で、スマホの画角を確かめる。


 十分、二十分。

 風は弱く、通行は少ない。

 やがて、反射ベストの背中が一つ、通りに浮かんだ。

 黒いテープは一本。

 昨夜と違う。

 歩幅は一定。

 足音は軽い。

 彼は看板の影の端に、ほんの一瞬だけ足を止め、指先を“空”へ差し込む。

 そこに“箱”は無い。

 ただ、橋がある。

 指が触れる。

 香りが移る。

 男は何も掴めないまま、踵を返し、通りの角で姿を消した。


「今の、拾えました」


「拾えた。――もう 一人来る」


 言葉の通り、背の高い女が続いた。

 フードの縁、踵の返し、手袋。

 歩き方は変わらない。

 彼女もまた、看板の影の端で指を差し入れ、空を掴み、何もない事を確かめ、肩の力を僅かに抜いて去った。

 北条は追わない。

 追えば、混ざる。

 今夜は“触れた”という事実だけを手に入れる。


 十分後、メッセージが届いた。

 喫茶“ベイライト”の店主から。

 閉店前、カウンターに「木箱の買取」の張り紙を見た客が、連絡を取りたがっているという。

 名は“未告”。

 番号だけ。

 張り紙――そんな物は、出していない。


「誘い」


「行きましょう」


「俺が先に入る」


 喫茶店は照明を落とし、カウンターにランプが一つ。

 店主が目で奥の席を示す。

 そこに女がいた。

 フードはない。

 髪は後ろで束ね、耳たぶのピアス穴は古い。

 薄いニトリル手袋をはめた手が、湯気の消えたカップに軽く触れている。

 目は笑っていないが、敵意は見せない。


「夜村さん」


「そうだ」


「“木箱”を売りたい?」


「買いたい」


「買って、どうするの」


「匂いを見る」


 女は笑わなかった。

 カップに触れていた指を離す。

 指の腹に、薄い銀粉が一筋。

 照明の角度で、線が細く光る。


「匂いで、何が分かるの」


「時間。手口。――誰の仕事か」


「名前は分からない」


「名前は人が付ける。匂いは物が付ける」


「面白い言い方」


「煙草屋だ」


 女は頷いた。

 コートの内ポケットから、透明な袋を 一つ出す。

 白紙。

 角に“薄い光沢”。

 ――昨夜の袋と同じ“壁”。

 天田は息を呑みかけ、飲み込む。

 紫郎は視線だけを落とした。


「“壁”を置いたのは、あなたね」


「さあ」


「指に残った。あなたの仕事の癖が」


「癖、ね。……あなたに癖は無いの?」


「ある。煙を嗅ぐ癖だ」


「ふつうの人は、それを“勘”と呼ぶ」


「勘は外れる。匂いは外れない」


 女は微かに肩をすくめ、袋をテーブルに置いた。

 中には、極細の刻み――シャグが少量。

 色は明るく、葉脈が細い。

 乾きは早い系統。

 添えられた小片に“原産地証明コピー”。

 農園名、ロット、収穫日。

 だが、紙の端の“水分値”に矛盾があった。

 収穫地の平均湿度と、乾燥工程の所要日数からすれば、こんな軽さにはならない。


「産地偽装、ね」


「あなたが持ってくるという事は、『見ろ』という事だ」


「見て、どうするの」


「置いておく。必要な時に、必要な所に置く」


「誰に渡すの」


「“匂いを邪魔する人”以外に」


 女は初めて笑った。

 笑いは短く、音は無い。


「“邪魔をする人”って誰」


「“焦るな”と言って、扉を閉める人」


 カウンターのベルが鳴って、扉が開いた。

 佐伯だった。

 制服の襟は緩く、手には封筒。

 喫茶の空気は動かないのに、彼の周りだけ、匂いの向きが変わった気がした。

 佐伯は二人と店主に軽く会釈し、こちらへ歩いてくる。


「天田。夜風に当たるのも仕事のうちだが、店でやれ」


「はい、課長」


「その“袋”は」


「拾いました」


「監査部に回せ」


「回します」


 佐伯は女に目を向けない。

 女は佐伯に目を向けない。

 二人の視線が交わらないまま、佐伯は封筒を置いた。

 表に“監査部回付”の朱。

 中身は通達。

 現場との非公式接触の禁止。

 情報は全て“監査部”経由。


「焦るな」


「はい」


 佐伯はそれだけ言い、扉のベルを鳴らして出て行った。

 銀粉が空気で微かに舞い、すぐに見えなくなった。

 女は封筒を見ず、袋をテーブルの上に残したまま、席を立つ。


「今夜は、ここまで」


「次は」


「次は“匂いの強い 所”で」


「港か」


「港は匂いが多すぎる」


「では、舞台の“袖”だ」


 女は答えず、カウンターに代金を置いて、すっと店を出た。

 足音は小さく、戻らない。

 北条が扉の外を一度だけ追うが、無理に追わない。

 追えば、混ざる。


 天田は透明袋を手に取り、光に透かした。

 細い刻みの筋。

 葉脈の向き。

 茎の割合。

 紙片の“水分値”。

 数字の嘘は、手の中で軽く鳴る。


「紫郎さん」


「なんだ」


「この刻み、証明と合わない」


「合わない」


「どこで」


「“途中で”だ。――産地から港へ来る途中で、混ざっている」


「誰が」


「“混ぜる権限”を持っている手だ」


 喫茶店の空気が少し冷たくなった。

 店主がカップを片付ける音だけが小さく響く。

 天田は袋を丁寧に封じ、証拠袋に入れた。

 北条は“監査部”の通達を写真に撮り、署へ送る準備をする。


「課長に、どう言います」


「言わなくていい。――言うのは、匂いだ」


 天田は頷き、店主に礼を言い、外に出た。

 港の灯りが遠くで揺れている。

 風は強くはないが、方向が少し変わった。

 街の匂いと海の匂いが薄く入れ替わる 時間。

 紫郎は歩道の端で立ち止まり、袋の上から香りを一度だけ嗅いだ。

 甘さの影、乾きの速さ、茎の微かな青さ。


「……これは“北の乾き”じゃない」


「北?」


「証明は“南”だ。だが、この乾きは北だ。倉庫の空調で作れる乾きじゃない。港に来る前に、乾いている」


「輸送経路の“北”」


「大陸の上を回している」


「鳳章のルート?」


「名前は“匂い”だ。扉を開ける言葉になる。――でも、煙は嘘を吐かない」


「はい」


 紫郎の声は小さく、しかし確かだった。

 天田は夜風を一つ吸って、ゆっくり吐いた。

 焦りは視界を狭める。

 急ぎは視界を広げる。

 今は急いでいい。

 歩き出す足は迷わず、港とは別の方角へ向いた。

 舞台の“袖”へ――名前の残らない 所へ。

 そこに“手”がいる。

 そこに、木の匂いの行先がある。


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