第3話
(そんな…一体どうしてなの?)
険しい顔で私を睨んでくるサーラダと、サーラダの側で不安そうな顔で私を見るラッへ。会場に来ている人達は困惑した様子でこちらを遠巻きに見ている。
私はラッへを虐めていないのに、何が原因で婚約破棄を宣言されてしまったのか分からない。
「な、何故ですか!?」
「何故かだと?」
私の問いに、サーラダはさらに険しい顔を作った。
「私が知らないとでも思ったのか? オリーブ、貴女がラッへを虐めて危害を加えたからだ!!」
(あ、あり得ないわ!! そんな訳ないのにっ…。)
私は困惑しながらも反論する。
「な、何を仰っているのですか!? 私は、彼女を虐めてなどおりません!! そもそも、顔を合わせた事すら殆どないのです!!」
私の言っていることは事実以外の何物でもない。私が断罪される未来を回避する為に、ラッヘと関わらなかったのだ。
「嘘をつくな! 貴女以外に誰がラッへに危害を加えるというのだ? 婚約者である私と親しいラッへの事が気に入らなかったのであろう?」
私の主張を認めず、サーラダは私を責める。私はサーラダの事なんて好きでも何でもない。物語のオリーブとは違うのだ。
「サーラダ殿下、私は「それに!!」」
サーラダ殿下への愛情はない、と伝えようとした私の言葉をサーラダが遮った。
「ラッへが言ったのだぞ。オリーブ、貴女に嫌がらせをされているとな!! それでも白を切るつもりか!?」
その言葉に、私はラッへを見た。
(“ラッへが言った”? どういう事なの…。)
ラッへは私の視線にビクッ、と身体を震わせて涙目になった。
訳が分からない。ラッへは何故私に虐められていると言ったのだろうか。何度も言うが私は虐めてなんていない。
(もしかして、ラッへも私と同じ転生者なの?)
ラッへは物語のラッへではなく、精神は別の誰かなのかもしれない…でも、だからといって何故オリーブを、私を陥れようとするのだろうか…。
「…ヘルディン公女、私が貴女を虐めたと殿下に言ったのですか?」
「……。」
「オリーブ! ラッへに圧をかけるなっ!!」
私の問いに、ラッへは答えずに目を逸らした。そんなラッへを見てサーラダは私に怒鳴る。
私はラッへの様子を見て、もう一つの可能性を思いついた。それは、“何をしても、物語の通りの結末を迎えてしまうのではないか”という事だ。
目の前のラッへは転生者ではなく物語のラッへ本人で、本当に私に虐められたと思っているのかもしれない。物語の強制力、もしくは修正力というやつなのかもしれない。
だとしたら、もうどうにもならない。私は、処刑されてしまう…。
「ふん、どうあっても認めるつもりがないのだな…仕方ない。神官、真実の鏡を持ってきてくれ。」
(…真実の鏡?)
何も言えずにいる私を見ながら、サーラダは指示を出した。“真実の鏡”という言葉を何処かで聞いた事があるような気がした。
神官が両手で抱えて持ってきたのは、半身を写せるサイズの丸い鏡だ。
(!…思い出したわ、オリーブの罪を暴いた鏡だわ。)
物語のオリーブは、ラッへを虐めた事を認めず否定し続けた。しかし、神官の持って来た真実の鏡によって真相を暴かれて断罪される事になったのだ。
真実の鏡、それは文字通りの鏡だ。鏡に写された人物の言葉が真実か嘘かを暴く。物語の登場人物達は知っており、オリーブが真実の鏡に向かって何も言えずにいた所を、ラッへが代わりに鏡に虐められた事を言って真実だと証明したのだ。
「オリーブ、貴女がラッヘを虐めていないと言うのであれば鏡に向かって話すが良い。」
サーラダがそう言うと、神官は鏡を私に向けてきた。鏡には私が写っている。
(どうしたらいいの…私は、話すしかないわよね?)
このまま黙っているわけにはいかない。けれど、物語の強制力があるならば発言しても、嘘だと言われてしまうのではないかと怖くなってしまう。言葉が続かない…。
(…で、でも私はやってないんだから。だから、言わなきゃ…!)
「わ、わた「あの!!」」
何とか声に出そうとすると、ラッへが私の言葉を遮って来た。
「わ、私が真実の鏡に発言しても宜しいでしょうか?」
声を震わせながらも、ラッへは言った。
「ラッへ?…勿論だ。」
サーラダは少し驚いた様子だったが、すぐに笑顔で答えた。神官はその言葉を聞いて、鏡を私からラッへへと向きを変えた。
その光景に、とても嫌な予感がする。そう、物語と同じように私が発言しなかったからラッへが発言するのだ。
けれど、物語と違って私はラッへを虐めてなんていない。
「私は、」
ラッへは言葉を止めると私を見る……そして、
「…彼女に、虐められました。」
その瞬間、真実の鏡は白く眩い光を放ち始めた。真実の鏡が本当か嘘かを判断する時の反応なんて覚えていない。
…けれど、本能的に、嫌でも分かってしまった。
(…いやっ、まって、違う、違う!!)
「真実の鏡は、ラッへの言葉が真実であると告げている!!」
サーラダの言葉に、会場にどよめきが起こる。
「ま、待って下さい!! これは、な、何かの間違いです!!!」
私は叫ぶしかなかった。無駄だと理解していても、やっていないのだと…。
「見苦しいぞ、オリーブ。貴女はラッへを虐めたにも関わらず、やってないと嘘をついた!!」
サーラダは私を睨みつける。
「今この場で私とオリーブ・オーイル公女の婚約破棄を決行する!! そして、新たにラッへ・ヘルディン公女との婚約を宣言する!!」
サーラダの言葉に、会場からは驚きなのか歓喜なのかは分からないが声が上がる。
「そして、私の婚約者であり、未来の王妃でもあるラッへを虐め、傷付けた罪は重い………よって、オリーブ・オーイルに極刑を言い渡す!!!」
次の瞬間、私は兵隊に拘束されてしまった。私は藻掻くが為すすべもなく会場の出口へと連行される…。
「放して!! やめて!! 私はやってない! …嫌よっ!!!」
こうして私は、『ラッへ・ヘルディン』の通りに断罪される事になった。




